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第九話 敗北

 1


 二日後。

 海斗はすでに起床していた。

 今日から訓練が始まるのだ、初日から遅刻するわけには行かない。

 朝の八時から訓練が開始され、とにかく戦闘訓練、体力づくりを重視したメニューだ。

 朝食の後、外に出る。


 犬や猫のような魔族もいれば、人型のスライム、足が触手のようになっているもの、花のような魔族まで本当に多くいる。

 どれも、一応は二本足で立っているように見える。

 少なくとも、下半身を隠せばそう見える。

 その辺りも魔族と魔物の違いの一つなのかもしれない。


「それでは、訓練を始めてもらう。二人組みになって、得意な武器を構えてくれ」


 続々と二人組みが作られていく。

 基本的には年齢の近いもの同士だ。

 海斗ほどの年齢はいなかったが、最後まで余っていた一人の女性と組むことになった。


「わ、私……タユと申す。よ、よろしくお願い……する」

「ああ、よろしく。俺は海斗だ」


 彼女は控えめに頭をさげる。

 猫耳と尻尾が、あわせて揺れる。

 騎士の開始の合図とともに、武器を構える。

 海斗の武器は剣、タユの武器は斧だ。

 

「か……かかってこい」

「別に、先を譲ってもいいぞ?」

「……そ、そうか。なら、行かせてもらう!」


 タユが海斗からみて、左側に斧を構える。

 あまり高くない身長のせいで、斧を触れるのか多少の心配もあるが、海斗は冷静に観察する。


 間合いをつめ、彼女が斧を振りぬく。

 大きな一閃。

 海斗はスキルが増えるのを見ながら、隙を見つけて剣でつく。

 タユは腕をたたむようにして、斧を戻して受ける。

 力はタユのほうが上だ。

 タユは両手で斧を持ち、その場でこまのように回る。


 斧にふられるのも利用するように。体重を乗せた一撃とともに斧が振りぬかれる。

 剣で受けながらも、力の向きを逸らすだけにとどめる。

 高威力に手が痺れる。


 回避をうまくとりながら、海斗はタユの隙を見つけ踏みこむ。

 体を丸めるようにしてタユが防御をとるが、斧を戻すのに時間がかかる。

 戻している途中に剣を割り込み、思いきりひく。

 タユの手から斧が離れ、


「……だーっ! も、もう一回!」

 

 タユが短く悲鳴をあげる。

 もう一度武器を取り直して、お互いがぶつかりあっていく。

 三回やって、海斗の全勝。

 海斗の様子を見ていた騎士が、腕を組む。


「おまえの相手は、昨日入隊した奴らじゃあ……きついか。おまえ自身のレベルアップにはならねぇよな」

「いや、別にそんなことはないが」


 剣術はどんな相手でもそれなりに熟練度があがっていく。

 熟練度五倍の効果のおかげもある。 


「そうか? うーん……。とりあえずだ、組を変えて訓練だ」


 ひとしきり武器による訓練が終わり昼食の時間となる。

 海斗が食事をとっていると、タユが近くに座る。


「あなたの剣は素晴らしいなっ。どこで訓練をしていたんだ?」

「えーと――」


 嘘を混ぜながら適当に答えていく。

 人間の世界で何をしていたのか、そのレベルに到達するまえ、どれほど剣を訓練していたのか。

 キラキラとした慕うような視線に、海斗の頬がひくつく。

 見習い騎士たちの相手をしていると、既に訓練のほとんどを終えている先輩見習い騎士たちが近づいてくる。

 犬みたいな容姿だ。前にロビーで絡んできたのと同じ奴だ。


「おまえ、遠くで見ていたがなかなかやるみたいじゃんか。……どうだ? 一戦やらない?」


 彼の目は単純な好奇だけではない。

 首を振って食事を再開する。


「午後は、体力づくりのメニューがあるから……やめておく」

「なんだよ、つまんねぇな」


 先輩見習い騎士はつまらなそうに舌打ちをして去っていく。

 午後は走りこみや、移動しながらの戦闘訓練など、とにかく体力を使うものばかりだ。

 無駄な体力を今から使うわけにはいかなかった。



 2



 午後の訓練で、身体が重たかった。

 海斗の訓練を強化するということで、海斗は四肢におもりをつけ、戦闘訓練を行うことになった。

 おかげで、動きが満足に行えず……見習い騎士相手にもそれなりに苦戦するようになってしまった。

 魔石に魔力をこめ、明かりをつける。


 疲労した身体を休めるように、ベッドへ寝転がる。

 夕食も終え、シャワーも浴びてきた。シャワーはまさに骨身にしみた。

 

 後はもう寝るだけだ。

 今日取得可能一覧に追加されたスキルを確認する。

 斧術Lv1、槍術Lv1、盾術Lv1、魔法付加Lv1。


 魔法付加……タユが持っていたスキルだ。

 単純に、剣に魔力をこめる能力だが、切れ味が強化される。

 また、属性によってはスライムなどにも有効な手段となる。

 使い勝手は良いし、何より魔石に魔法をこめるなどの作業も出来るようになる。


 珍しいスキルであり、これだけでもそれなりに金を稼げる。

 取得については検討中で、昨日ロードが使っていたアグレッシブについても同じだ。

 アオイの連絡など無視して寝ようとしていると、部屋にノックの音が響く。


「おい、カイト、オレと一騎打ちでやろうぜ」


 生意気な犬の魔族がまたもややってきた。

 ニヤニヤと、なにやらからかうような顔だ。


「寝たいんだが……」

「いいのか、そんなこといって?」


 先輩見習い騎士がくいと廊下を指さす。

 扉の向こうでは、タユが魔族に囲まれるように立っていた。

 人質、というところだ。


「……何が目的だ?」

「なーに、先輩が色々と教えてやろうと思ってさ。こっちは、色々とアピールしておかないといけないんだよ」

「……あ?」


 疑問に首を捻る。

 目の前の見習い騎士の目つきが途端に鋭くなったのだから、海斗は首を捻るしかない。


「……まあ、いいや。さっさ支度をしろよ。おまえをぶっ倒してオレのほうが上って教えてやるよ」

「だから、何がだ……」

「いいから、さっさとしろ。大事な友人を傷つけられたいのか?」

「わかったよ」


 くたくたで、立ち上がるのも億劫な体を起こす。

 タユに原因がない以上、彼女をこのまま無視するわけにもいかない。

 ふらつくと、見習い騎士が馬鹿にするように笑った。


「なんだよ。情けないな」

「で、何をするんだ」

「ついて来い」


 命令されて外に連れて行かれる。

 もうすっかり空は暗くなり、風呂上りの体を冷やしていく。

 身体は重たい。もういますぐにでも眠れる。

 寮から外に出て、しばらく歩いた場所にある訓練場。

 見習い騎士たちが利用できる場所であるが、今の時間は誰もいない。


「勝負は剣による戦闘でいいな?」

「……ああ」


 剣を持つのもつらかった。

 この状態で勝ちは無理だ。

 男はアピール、ともいっていた。彼を気持ちよく勝たせることにした。


「カイト……てめぇだけは気に食わないんだよっ」

「そうか。そういえば、あんた名前は?」


 ひとまず、話題を逸らすためにいう。

 鑑定すればわかるが、まずは仲良く。

 仲良くといえば自己紹介からだ。

 海斗ができるかぎりの笑顔で対応するが、むしろ彼の怒りを増幅させてしまったようだ。


「……は? てめぇ……今回の成績トップ者であるオレを知らないのか!? 先輩を敬う気持ちを持ち上がれっ」

「……悪いな。有名な人だったのか? 昨日は疲れてて、ロクに調べる時間もなかったんだ」


 海斗は慌てて鑑定を使う。

 地味にこのスキルは目に力をこめる必要があるため、疲れている体では正直行いたくはなかった。


「クロスだ! 今、ヒビロ様の部隊にもっとも近い男だよ!」

「そうか」

「だから、おまえをぶっ倒して、絶対にヒビロ様の部隊に入ってやるんだよ」


 アピール、ヒビロ様。

 この二つから、海斗はうっすらとだがクロスの真意に気づいた。

 もうすぐ、先に入っていたクロスたちは指名される。

 ヒビロの部隊に入るための、アピールなのかもしれない。

 しかし、海斗はいまいちつながりがはっきりしなかった。

 海斗を倒したところで、アピールに本当になるのか。


 思考は彼の戦闘態勢をみて、中断する。

 クロスは腰を低くし、剣を頭上に構える。

 彼のスキルをざっと見る。

 剣術、斧術、盾術。レベルは2で、普段ならば苦戦する相手ではない。


 クロスの剣を回避する。

 それもギリギリ。足がもつれそうになる。

 力がいつもの半分程度しか出ない。

 疲れているタイミングを狙うなど卑怯な奴だ。


 どうにか海斗は一度だけ全力をこめる。

 それだけで踏み込んだ足が悲鳴をあげる。

 振るう腕がきしみ、剣を落としそうになる。

 それでもクロスの剣にぶつかり、どうにか剣を弾きあげる。

 だが、海斗の剣も闇の中をくるくると回る。


 これで引き分けだ。もう力をこめる余裕はない。

 海斗が試合を切り上げようとしたところで、しかしクロスはさらに踏み込んできた。

 クロスはニヤリと笑い、手首の袖からナイフを取りだす。


 体を蹴り飛ばされる。

 足が痛み踏ん張りがきかない。

 クロスが首元にナイフをつきつけてきた。


「かっ、この程度かよ」


 海斗も、一発やり返したため、ひとまずはよしとした。


「まあ、いいだろこれで。あの二人をいい加減解放してやってくれ」

「ふん、負けたくせに偉そうだな。おまえら、離してやれ」


 クロスがいうと、タユは今にも泣きだしそうな顔でその場で震えていた。

 先輩たちにこんな扱いをされ、さぞかし怖かっただろう。


「もう、調子に乗るなよ、雑魚が」

「別に調子には乗ってねぇよ」

「おまえ、オレよりか弱いんだから、敬語くらい使えよ。クソが」


 クロスが吐き捨てるようにいって、仲間を連れて去っていく。

 三人が消えたところで、タユが駆けよってくる。


「だ、大丈夫か!?」

「かなり疲れているんだ。……悪いが、寮まで連れて行ってくれないか?」

「ま、任せろ!」


 タユが海斗を背負い、そのまま寮の部屋まで運んだ。

 海斗は何度か感謝を伝えると、そもそもは私のせいだから……と申し訳なさそうにタユは頭を下げた。



 3



 部屋で眠る用意を整えていると、アオイからの通信が入る。


(ふぅ……今日も疲れたんじゃよー。おぬしは、どうだったんじゃ?)

(クロスとかいう男に絡まれて、面倒だったな)

(おうおう、……本当じゃな)


 アオイのパソコンにすでに今日の行動が小説となって届いているようだ。

 ざっと目を通したのか、アオイが楽しげな声をあげる。


(おぬし、かなり疲労しておったんじゃろ? よく、ここまで戦えたものじゃな)

(もう、腕があがらねぇよ……ったく、なんであいつはあんなに噛み付いてくるんだよ)

(ああ、そうか。おぬしには別視点については知らなかったのう)

(別視点?)


 海斗が首を捻ると、アオイが調子よさげな声をあげる。


(この小説執筆機能について詳しく話したことはあったかえ?)

(俺の体に目に見えない妖精みたいな感じでくっついてきて、自動で書いてくれるんだろ?)


 常につきっきりで監視をされているようなものだ。

 アオイが何度か頷いてくる。


(まあ、だいたいそんな感じじゃ。じゃがな、こいつの優秀なところは周囲の人にもくっついて書くこともできるんじゃよ)

(周囲の人?)

(そうじゃ。例えば、おぬしの近くにおったナツキとかの視点で書いてくれる事もあるんじゃよ)

(はー、なるほどな。それで?)

(わしは見たんじゃが、以前のロードとの対決のときは、海斗視点ではなかったんじゃよ)

(は? 言っておけよ。俺滅茶苦茶見せ場作ってわざと一瞬ピンチになるようにしたりと演出に拘ったんだぞ?)

(じゃーかーらー! そういうのは言ってはならぬ! 後でわしが削除しておくからのっ。でじゃ、わしは別の人間の視点をみたんじゃ。誰じゃと思う?)

(さっきの、クロスとかいうのか?)


 クロスがあの訓練を見ていたとは考えにくい。

 あの場にいた騎士はそれほど多くはなく、クロスの姿はなかった。


(違うんじゃよ。あの場を遠くからみておった、ヒビロじゃ)

(……あいつか。それで?)

(なんでも、次の指名でおぬしを選ぶつもりらしいんじゃよ)

(は……? なんで? 色々と基本を学んでからじゃないのか?)

(部隊でそういうのを引き受ける場合はその限りでもないんじゃと。あ、深くは知らぬぞ? わしもあくまで答えられるのは原稿の範囲だけじゃ。見たいのじゃったら、おぬしに見せるんじゃよ?)

(……いや、いい。まあ、わかった)


 クロスがどうして攻撃的な姿勢であったのか。

 どちらが上であるのか、彼がそれにこだわった理由は、ヒビロの部隊に入りたいから。

 どこかで、海斗を指名するという話を耳にしたのだろう。

 どうにか評価を下げようと動き出したわけだ。


(まったく、面倒な奴らに目をつけられたな)

(どっちじゃ?)

(ヒビロと、特にはクロスだな)


 もしもこれで海斗が指名されれば、クロスがどんな行動に出るか予想できない。

 海斗はどうしようか、と思考をめぐらせるが……やれることは自分の評価を出来る限りさげておくというものくらいしかない。

 わざわざ同じ魔族同士、喧嘩するのも馬鹿らしい。




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