第八話 試験
1
黙っていればヒビロが話しかけてくることはない。
彼女はたまに、別の誰かと難しい話をしている。
海斗は、アオイと話をして時間をつぶす。
話すことは世間話、他愛もないことばかり。
やがてアオイが眠り、海斗も眠る。
到着したのは明け方だ。
体を起こし、首都を見る。
人間の国に負けず劣らずの盛況っぷりだ。
そして、やはり人間もそれなりにいる。
奴隷の首輪をつけている様子もない。
アオイに聞いても自分で学べ、としか言ってくれない。
ここまで親切にしてくれた男に声をかける。
「……人間と、意外と仲いいんだな?」
「人間の国からくると、以外って感じか? まあ、そうだな。オレたちは別に人間を嫌っちゃいないからな」
「なのに、どうして戦いがあるんだ?」
「人間が好きだからさ」
男の発言に首を捻っていると、馬車が止まる。
「ほら……あっちで入隊試験が行われるぜ?」
「そうか」
海斗は凝り固まった体を解すように左右に捻る。
骨であるからか、良い音が上がる。
数度ジャンプして体の調子を確かめながら、試験会場へと向かう。
舗装された石畳を踏みしめ、敷地内に入る。
騎士たちの宿舎があり、その庭は大きい。
普段はその庭で訓練が行われているが、今日は休みだ。
試験官が数人並び、その前には受験者がいる。もちろん、全員が魔族だ。
みなまだ小さい。
年齢はナツキくらいだ。
海斗のような大人は、ここにはいない。
「少し目立つが、勘弁な。事情は話してあるから……たぶん大丈夫だ」
男が子どもたちの前に立っている騎士を見る。
騎士はどこか魔族らしい容姿をしていて、一瞬頬が動く。
「試験ってのは何をするんだ?」
「俺たち部隊に必要なのは、ここよ」
握りこぶしを作り、男は数度叩く。実力を見せる、分かりやすい。
「よう、おまえが人間の国から来たという魔族だな?」
「ああ」
「けっ、人間を今まで何人殺したんだ?」
騎士は人間を嫌う側の魔族のようだ。
「0だな」
「情けない。情けない魔族だぜ。ひょろひょろした腕に、たいした覇気もねぇ。何歳だよ?」
「十六歳だ」
年齢については、生前のものを伝えた。
ただ、そろそろ十七歳になるところでもある。
騎士は上から下へ視線を動かしてから、ニヤリと笑みを作った。
ぽんと強く肩を殴られる。挨拶代わりの一発、というところのようだ。
後方で男が額に手をやり首を振る。
下手に反抗するな、と言っているようだ。
騎士はざっと視線を全体にやる。わざとらしく海斗には向けてこない。
「試験は、武器のみの戦闘だ。ま、勝てるとは思ってねぇよ。それでいいから全力を見せてくれ」
騎士はそういって、剣を構える。
別の騎士が、進行をつとめ手元の資料を読んでいく。
「最初は、ネルド!」
「は、はい! ネルド、九歳! 頑張ります!」
「おう、かかってきやがれよ!」
騎士が相手をして、戦闘が始まる。
剣を数度受け、騎士は回避を優先していく。
ネルドの実力をみたいからだろう。
やがて、騎士は満足した様子で剣を振るい、ネルドの剣を弾く。
「よし、次っ!」
そうして、騎士は叫び次々と相手をしていく。
海斗は騎士のステータスをみる。
ロード Lv3 騎士
アグレッシブLv2 剣術Lv2
レベルが三というだけあり、子どもたちには負けない。
「次、カイト! 最後か……っ」
騎士がいい、ロードが笑みを浮かべる。
「へっ、やっとおまえか」
対戦の順番が回ってきて、海斗は立ちあがる。
「おう……臆病者の魔族には、さすがに入隊はさせられねぇよ」
「休憩はいいのか?」
「けっ、むかつく野郎だぜ」
それは海斗も同じであった。
受けいれられるとは思っていないが、あからさまな態度を見せられたら気分も良いものではない。
「……それでは始め!」
海斗はナツキからもらった剣を抜いた。
2
「ああ、また悪いクセが出てるなロードの奴は」
「そうですね……まったく、いい加減にしてもらいたいものですね」
軽い気晴らしに訓練所へと向かったヒビロは、ちょうどカイトの試験を見ていた。
付き添いの護衛の騎士ヴァルロに伝え、遠くから眺める。
ヴァルロは美しい所作で、軽い礼をした。
やけに人間臭い、スケルトン。
人間の世界でひっそりと暮らしていたのだから、それも仕方ないのかもしれない。
お手並み拝見、といこうか。
海斗が先にしかけ、ロードはそこから防戦一方となる。
ロードの動きを封じるように剣を振るっていく。
荒削りではあるが、スケルトンとは思えない力強さがある。
「……ほぉ、意外と良い剣筋だな」
「そうですね。ただ、まだ慣れない様子もありますか」
「まあ、なんでもいい。あれならば合格だな」
レベル三のロードを圧倒しているのだから、問題はない。
ロードの表情がみるみる悪化していく。
ロードを応援する声が多いのが、なんとも情けない。
「くっ、おまえ! 魔法で強化していやがるな!」
「していない」
ロードが叫びながら一度距離をあける。
カイトへいちゃもんをつけ、時間を稼いでいるようだ。
ヒビロは隣の騎士をちらとみる。
「しているわけがないだろう。なあ?」
「そうですね。体内で強化をうまくしている可能性はもちろんありますが……それほど器用に強化できるならば、それはそれで評価しますしね」
「だな」
ヒビロはフンと鼻を鳴らし、カイトをじっくりと観察する。
面白い素材が転がってきたものだ。
ロードはそれから、ニヤリと笑みを作る。
「止めますか?」
「いや……カイトの対応を見てみよう」
ロードはスキル、アグレッシブという魔法を使用した。
一定時間、体の反応をあげるというものだ。
明らかにロードの剣が早くなり、カイトを押していく。
「ほらほらどうした! 人間も殺せないあまあま魔族ちゃんよ!」
ロードが笑いをまぜながら剣を振るっていく。
「からかうにしても、もう少し言い方があるだろう」
「そうですね。ロードは別に人間は嫌っていないはずですが……たぶん、挑発のつもりでしょうが、注意してもらいたいものですね」
「本当にな。人間との共存が父上の理念なのにな」
カイトはロードをじっくりと観察している。
あの両目に、敗北はなかった。
部隊に入れれば、使える素材であるだろう。
ヒビロが率いている部隊は、まだまだ優秀な人材が少ない。
ヒビロ自身が子どもであり、部隊長になったのもつい最近だ。
「次のスカウトで、カイトを指名してみるか」
「……良いのですか? 基礎訓練を受けてから出ないと、こちらで一から教える必要がありますが?」
「良い。あれは次の指名まで待っていたら、別の部隊に持っていかれてしまう」
見習い騎士は、基本的に各部隊の人間が自由に指名していく。
もしも被ればジャンケンによって、決めることになっている。
そうして、部隊を少しずつ大きくしていく。
同じ魔族の中でも競争意識を作り、強い部隊を作るのが魔王の目的だ。
普通、見習い騎士は数ヶ月の基礎訓練を受けることになる。
基礎訓練で知識、戦闘、そういったものを教えられる。
それを無視して、無理やりに指名することもできる。
その場合は、部隊で新米の育成をする必要があるため、仕事が増えるが、その仕事量を考えてもとりたいと思えた。
ロードの加速する剣をさばきながら、カイトの体が傾く。
「終わったな」
「ええ。カイトさんの勝利ですね」
カイトのふらつきを、ロードは隙ととらえた。
「おらよっ!」
ロードが叫び剣を振りぬく。
罠にひっかかった。
カイトが自然に、いかにもつまづいたかのようなふらつき。
だがそれはロードの大振りを誘うためだけのものだ。
ロードの剣をさけ、隙だらけのロードの背中を軽く蹴る。
こてんとロードの体が倒れる。
「ヴァルロ、私は先に戻り……部隊のメンバーに伝えてくる」
「わかりました。私はロードにいくつか注意をしておきますね」
「ああ、頼んだ。未来あるものをつぶさないよう、きっちりとな」
ヒビロはニヤリと笑みを作る。
どこまで使えるようになるかはわからない。
あのスケルトンの状態はざっと年齢的に十六、十七程度だ。
これ以上驚異的な成長はないだろうが、今のヒビロの部隊には最低限の戦闘をこなせる者も少ない。
新たに入る優秀な人材までのつなぎ、そう考えれば悪いことはない。
3
「……ま、まさかオレが負けるなんて……っ」
「ロード、あなたはやりすぎです」
海斗が剣をしまっていると、見慣れない女性騎士が近づいてくる。
ドラゴンの尻尾が見え隠れしている。
女性騎士の鋭い目と一瞬ぶつかる。
「……やりすぎたか?」
海斗が頬をかいて謝罪の用意をしていると、女性騎士は慌てて手を振る。
ぐいっとロードの首根っこを捕まえる。
「ああ、いえ。あなたは関係ありません。……それでは、ロードは預かっていきますので、後は任せました」
「は、はい! わかりましたヴァルロさん!」
「……ほら、ロード。早く歩きなさい」
「う、うへへ……」
ロードが不気味な表情で歩いていく。
ドラゴンの魔族であるために、力は計り知れない。
残された騎士がヴァルロに敬礼をしてから、試験について読みあげていく。
次に行ったのは、魔力検査だ。
これに、海斗はそれなりの自信があった。
ずっと魔法を使ってきたため、サンダーボルトも五発は使えるように成長している。
これだけの魔力量、一番になれるのではないかと用意された水晶玉に触れる。
魔力が測定され、騎士が目を細める。
「……おい、おまえ本当にスケルトンだよな?」
「ああ」
「魔法は覚えているか? 覚えているなら、その魔法名と何回撃てるか教えてくれ」
「サンダーボルトが五回、ファイアーボールが三回だな」
「……おいおい! 魔力少なすぎるだろっ! 魔心を持ってないのかよ!?」
「ま、魔心?」
「人間の町にある魔心結界って知ってるだろ!? 魔族の心臓は魔力を作り出す源なんだよっ、おまえの魔力量、人間並みだぞ!? 魔心があれば今の三倍くらいはあるはずなんだが……って悪い。個人差もあるよな」
騎士が数度呼吸をして落ち着く。
もしかしたら、心は人間、というのも間違いではないのかもしれない。
その後も魔力が測定されていく。
もちろん、全員合格だった。
というよりも、この段階ではまず誰も落とされることはない。
この後、新米騎士は数ヶ月の訓練を受け、順次部隊に指名されていくというらしい。
「とりあえず、各自その番号の部屋に明日までに引越しをすませてくれ。小さな寮だが、しばらくはそこで暮らしてもらうっ。わかったら、今日はもう解散だ!」
海斗は手渡された部屋番号を見る。
013と書かれた木の板。
みなが興奮気味に解散していく中、後処理を済ませている騎士に声をかける。
「俺はこの身一つだ。もう今から寮に入ってもいいか?」
「ん? ああ、問題ない。それじゃあ、ついてきてくれ」
「わかった」
騎士に連れて行かれながら、いくつか聞いておく。
食事や、今後について。
食事はすべて支給される。
とはいえ、それほどの量ではない。
また、休日は週に一度しっかりと用意されている。
金を稼ぎたかったら、その日に各自アルバイトをするなり魔物狩りをするなりしろという話だ。
「俺はずっと人間の世界で暮らしていたせいで、知識が少ないんだが、魔族と魔物の違いってなんだ?」
「そりゃあ、言葉が話せるかどうかってところが一番じゃねぇかな? 厳密に、これっていう違いはないが……後はきちんとした思考が出来るかどうかってところだな」
「そうか」
ロードの奴は魔物みたいだな、なんて言葉が浮かぶ海斗だが、親しくもない相手にそのジョークは通用しない可能性もある。
ぐっと言葉を飲みこみ、寮に入る。
見習い騎士のための寮であり、先に入隊していた者たちがロビーに集まっていた。
海斗を射抜く視線の多くは、子どもが多い。
平均年齢は6~13くらいだろう。
とはいえ、見た目が完全に魔物のような子もいるため、はっきりとはしない。
「わ、そのスケルトン具合……キミ、16くらい?」
「お、おう」
突然声をかけられ、戸惑った。
魔族はもしかしたら、相手の様子である程度の年齢がわかるのかもしれない。
年齢については基本的に訊ねないことを心に決めた。
「うっわー、今さらだね」
馬鹿にした笑いだ。
つられるように笑いがいくつも起こる。
やはり十六以上の入隊は少ないのか、嘲笑の対象だ。
「こらこら。おまえらは今週の休みの日の指名待ちだろ? ほら、少しでもアピールしに行ってこいよ」
騎士が手を叩き怒鳴るようにいうと、騎士見習いたちは軽く手を振って解散する。
「……まあ、頑張るんだね」
先輩風を吹かすようにして、騎士見習いたちが笑って去っていく。
誰もいなくなったところで、騎士が頬をかく。
「まあ、あのくらいの子は調子に乗るんだ。あんたの実力があれば、十分問題ないからな」
「子どもにいちいち怒るつもりはない。……それよりも、見習い騎士ってのはどんな感じなんだ」
「どんな感じって?」
「例えば、次に指名されなかった見習い騎士はまだ、この寮に残るのか?」
「まあそんなところだな。最長で六ヶ月。そこまでで指名されなかった場合は、寮を追い出される。まあ、おまえなら早くて一ヶ月で指名されるさ。とにかく、実力はあるんだ。真面目な姿勢さえみせれば、どこの部隊も指名してくれるだろうさ」
「ありがとな」
簡単に仕組みが理解できたところで、海斗は案内された部屋に入る。
これから数ヶ月はお世話になるかもしれない部屋だ。
左側にベッドが、右側に勉強机が置かれた質素な部屋だ。
机とベッドの僅かな隙間が移動の場となる。
窓も一応ある。
「狭いが、ま、そこら辺はなれておけよ? 部隊に所属しても、有名になるまではこんな感じの部屋が続く可能性もあるからな」
「了解だ」
「ま、あんたの身長を考慮して回りよりかは大きいからな。部屋についての変更は受け付けないから、そういうわけで。明日の午後にこれからの説明があって、明後日からが本格的な訓練が始まる。体の調子は整えておいてくれ」
こくりと頷くと騎士が部屋を出る。
鍵をかけられないのが嫌であったが、海斗は窓を開けてベッドで横になった。