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第七話 魔族

 1



 ナツキが手袋や仮面、さらに大き目の服と、外套を持ってきてくれる。

 それらを人間のときを思い出しながら着ていく。

 手袋をつけ、最後に外套を着てフードを頭に被る。

 トドメに、仮面をつければ完成だ。


「……うん、一応これで怪しいけど一目で魔物だってのはわからないわね」

「本当か? ありがとう」

「……」


 それからナツキは黙り込んだ。

 回答を急かす必要はない。

 ナツキが答えるのを待っていると、やがて顔をあげた。


「あたしもついていく」

「……」

「っていうのが、あたしの最初の意見、だったけど……カイトはこれからもっと強い場所に行くんだよね?」

「……わからないが、最終的には魔族の国でひとまずは暮らそうと思っている」


 そこで、人間に戻るための進化を繰り返していく。

 それが海斗の基本路線だ。


「だったらあたしはきっと邪魔になるわね」

「かもしれないな」

「だから、あたしは……ここに残るわ。まだまだあたしは……弱いし、気を抜いちゃうときもある。ここで、もっと自分を鍛えあげて……それで、いつかカイトを助けるわよ」

「嬉しいが、無茶だけはしないでくれ」


 わかってる、とナツキは頷いた。


「……俺はもう出発する」


 海斗は歩きだそうとしたところで、ナツキは剣を一本差し出してくる。

 ナツキが普段使っている剣だ。


「……それは?」

「あたしに、色々教えてくれたお礼。剣を貸してあげる」

「……そういうことか」

「後でちゃんと返しに来なさいよね」


 ナツキの笑顔は初めてあったときに比べて晴れやかなものであった。

 受けとるか迷った末、海斗は剣を掴む。


「本当にいいんだな? 執事がくれた、大事な剣だったよな?」

「うん。大事な剣だから貸すのよ。そのくらいじゃないと、ぽいって捨てられちゃうでしょ?」

「……そこまで薄情じゃねぇよ。わかった、この剣は必ず返しに来る。人間になったら必ず返すからな」


 海斗は剣をもらい、伸びた紐で肩にかける。

 それで見た目だけは剣士のようになった。


「……ナツキ、これからおまえは冒険者として生きていくんだろ?」

「うん」

「大丈夫か?」

「これでもカイトよりか、冒険者としての経験はあるのよ?」

「そうだったな。心配するだけ無駄だったか」

「それよりも、あたしはカイトのほうが心配よ……。カイト、死なないでね? どうやって魔族の国に行くかはわかるわよね?」

「ああ、それについては頭に叩き込んである」

「大丈夫? からっぽよね?」

「からかうなよ」


 ナツキは目をごしごしと擦りながら、懸命に笑顔を浮かべる。

 一ヶ月でここまで親しくなれるとは思ってもいなかった。


「……ナツキ。今俺が持っているすべての経験値はおまえに贈与する」

「……いいの?」

「ああ、もう調子には乗らないだろ?」

「……あ、当たり前じゃない!」


 ナツキに今もっている経験値をあげると、レベルが4になった。

 これで、冒険者の中でも抜けた存在だ。彼女をパーティーから外す。


「また、今度な」

「うん、また今度」


 それを最後に、海斗は歩きだした。

 目指すは南の港町。

 そこで編成されているという、魔族狩りの船に乗り込むことだ。



 2

 


 数日の移動のおかげで、港町に到着した。

 魔族と戦闘を行うためか、この街はどうにも殺伐とした空気がある。

 街に入るのだって容易だった。

 怪しまれることはあっても、誰も止めやしない。

 道に転がっているゴミが、風に乗って廃れた道を転がっていく。


 町としての活気はない。あるのは、最低限の店だけ。

 ……魔族の国に兵を送るためだけの町。

 まさにその言葉がふさわしかった。

 どこか色の抜けたような町の中で、海斗は騎士を見つける。


「さて……今回送り込む犯罪者の用意はできたな?」

「ええ、もうだいたい決まりました」

「よし、それじゃあ出発――」


 言いかけた騎士の肩を叩く。


「ん? なんだどうした? ……って怪しい見た目だなぁおい」

「俺は魔族に恨みがある、船に乗せてくれないか?」

「……魔族に恨みぃ?」

「ああ、家族を殺されたんだ。あいつらに仕返しをしないと……憤りが治まる気がしないんだ」


 言うと騎士は目に涙を溜めた。


「……その気持ちはよくわかるよっ。俺も家族を魔族に殺されたからなっ!」

「……た、隊長? のせるんですか?」

「構いはしねぇよ。悪いが、戦いたいなら犯罪者たちしか乗っていない船に乗ってもらう。大丈夫か?」

「……ああ」

「そうか。顔は?」

「……魔族に酷く傷つけられてな。人には見せられない」

「……くそっ魔族めが! ああ、わかったよ。頑張れよっ」


 騎士が明るい笑顔とともに送り出してくれる。

 それから騎士は別の船にのり、海斗は犯罪者たちの船に乗りこむ。

 人が多くつめられた中で、海斗は背中を船の端につける。

 ここまでは予定通りだが、ここから先はまるで予想もできていない。


「おい、あんた」

「なんだ?」


 顔を見ると、サトウだ。

 結局また捕まったのだろう、奴隷の首輪をつけられている。

 船が動き出し、後方から遅れて騎士たちの船が出航する。


「魔族に命乞いをしたらどうなるかね?」

「さぁな」

「……はぁ、ま、寿命が少しだけ伸びただけでも十分か」


 サトウは諦めるように笑っていた。

 海斗は視線を周囲に飛ばす。

 そこには、以前海斗が牢屋から抜け出したときのメンバーばかりだ。

 さすがにあの状況から逃げ出せたものは少なかったようだ。

 海斗は目を細めるようにして、遠くを見る。


「後方の船、ずるいよなあいつら。奴隷の首輪の有効範囲ギリギリからオレたちに命令だけを出すんだぜ?」

「確かにな」

「まあ、逃げるなら戦闘が始まったところでだぜ。どうせ騎士の連中はすぐに逃げるんだ。その隙に……ま、賭けだが海に飛び込むんだよ」

「海って……戦闘の場所によっちゃあ、それで終わりだろ」

「今さら生きられるとは思ってねぇよ。ま、ただでくたばるつもりもねぇけどな」

「大した根性だな」


 犯罪者にならずに、別のことに力を入れればよかったものを。

 海斗が乗る船から、やがて対岸の大陸が見えた。

 町もある。

 歓迎されているわけがない。

 魔族たちが次々と海へ飛びこむ。

 遠めでも分かるほどにサハギンや人魚のような生き物がいた。

 後方の騎士たちはとっくに逃げ出している。

 

「に、逃げろ!」


 海に飛び込んだ罪人の体を槍が貫く。

 むしろ、海の方が危険だろう。

 サトウも怖気づいたようで、船の縁に手と足をかけたまま固まっている。

 海斗は最初から戦闘するつもりはない。


 船の上で暴れる人間たちだが、次々に魔族に襲われて数を減らしていく。

 さすがに人間がいるままでスケルトンとばれるわけにはいかない。

 やがて、敵船が近づいてくる。


『降伏しろ、人間ども!』


 敵船の縁にたつ少女がそんな大声をあげる。

 まだナツキとさして変わらないような小さな体。

 明らかに人間に近い顔であるが、どこか妖しい魅力を放っている。

 鋭い棘のある目。

 黒髪が良く映えた彼女は腕を組みながら、こちらを見下ろしてくる。


「……舐めるなよガキ!」


 飛び出した罪人だったが、少女が軽く手をふるとその体に火の弾が貫く。

 全身を火が包み、やがて男は燃え尽きて消えた。

 彼女の背後に控える女性が、ファイアーボールを打ち込んだ。

 それだけで、抵抗する者たちはいなくなった。

 みなが両手を船につけ、頭をこすりつける。

 満足げに少女は手をふり、部下に指示を出す。


「奴隷として、こきつかってやれ」


 部下たちが船に橋をかけて、人間たちを連れていく。

 そこで、海斗はフードと仮面を外した。


「……お、おまえ! スケルトンの魔族か?」


 姿を見せると魔族と人間から注目されることになる。


「ああ……人間たちの土地から逃げるために、ここに来たんだ」


 部下たちは慌てた様子で、先ほどの少女を呼びに向かう。

 連れ出された少女は、苛立った様子で睨みつけてくる。


「……人間臭いな。魔物と人間の……半端者といったところか」

「……」


 海斗は彼女の鼻の良さに頬のあたりの骨がかたかた鳴る。


「怪しい、人間側のスパイの可能性もある。はっきりするまでは、牢屋にぶちこんでおけ!」

「へいっ! ……というわけだ。まあ、大人しくしていればたぶん大丈夫だからな」


 魔族の男性が小声でそう言ってくれた。

 手錠をかけられ、魔力が押さえ込まれる。

 本来、手錠にはこういう効果がある。

 初めての日。ゴブリンだからと舐められていなかったら、あの時点で海斗は死亡していた。


「それじゃあ、帰還する。船をだせ」


 少女は全体を睨みつけるように叫び、船が街へと向かった。



 3



 港町で数日拘束される。

 海斗の身柄よりも先に人間たちのほうが決定したほどだ。


 海斗は魔族たちの反応が意外であった。

 魔族たちは、人間をそこまで拒絶していない。

 絶対に殺す、ということはない。

 港町にも魔族と人間が並んでいる姿も見受けられた。

 例えば、夫婦などで人間と魔族というのがよく見られた。

 まあ海斗が見たのは、牢屋に連れてこられるまでの数分だったが。

 

「……カイト、おきろ」


 男の声が響き、体を起こした。

 用意されている食事を口に運んでいると、扉が開いた。

 手錠が外される。


「喜べカイト、これから首都に向かって……入隊試験を受けてもらうことになる」

「入隊試験か?」

「ああ……そこで最低限の成績を残して使えるようなら、部隊に入ってもらう。で、ダメだったら……まあ、その後は自由だな」

「つまり、わざと手を抜いて自由を選ぶのもありってことか?」

「そういうことだ……けど、部隊に入っておけば、生活の場と最低限の食事は支給されるんだ。損はないと思うぜ? つーか、基本的に問題児以外は入隊できるしな」

「そうか……部隊はどのくらい自由がないんだ?」

「別にそうでもないぞ? 週に必ず休みはあるし、訓練だって早ければ午後の五時には終わるからな」


 それを聞き、海斗は口角をあげる。

 笑顔ではなく、ひきつりだ。

 ナツキとは休みなしで、毎日朝から晩まで訓練していた。

 それはかなりハードな日々であったようだ。

 海斗も、ナツキも疲労などはなかったためまるで気づかなかった。

 海斗が想像していたよりも、ナツキが化け物になっているかもしれない。


「わかった。とりあえず、武器を返してくれ」

「あいよ」


 男に剣を返してもらい、装備を整える。


「……さて、これからすぐに出発だ。この街でやり残したことはないな?」


 空は暗い。

 午後の八時だ。

 そろそろアオイの通信が入る時間でもある。


「街を見れば色々と出てくるかもしれないが」

「なら、ないっ。よし行こうか」


 他の牢屋には誰もいない。


「人間たちはどこで仕事しているんだ?」

「ああ、第三部隊の連中に全部引き渡したよ。俺たちがこれから向かう町にとりあえず運ばれている。奴隷として、荷物持ちとかやらせるんじゃねぇかな?」

「そうか」


 牢屋から出るとすぐ馬車が用意されていた。

 それなりのサイズであり、おまけに豪華に装飾されている。


「……俺のための準備か?」

「違う違う。中に……魔王様の娘――ヒビロ様が乗っているんだよ。首都まで一緒だから……粗相がないようにな?」

「ヒビロ様、ね」


 馬車の扉を開けると、腕を組み目を閉じた少女がいた。

 船で命令を出していた少女だ。

 どうしてあれほどの態度をとっていたのか。

 その理由が判明した。

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