第四話 ナツキ
1
「……わ、わかった、わよ……ふんっ。それでこのナツキ様に何か用なのっ!?」
ナツキの目はきつくつりあげられ、組まれた腕からも苛立った様子がよくわかる。
「俺はカイトだ。……とりあえず、街に戻らなくていいのか?」
「……うっ、い、いいのよ!」
沈んだ彼女の顔。
ボロボロな貴族の服……それらからいくつかの可能性が浮かぶ。
「とりあえず……ここは危険だ。安全、とまではいかないが魔物の少ない場所で話したい。ついてきてくれるか?」
「うん……わかったわよ」
闇にまざるような暗い顔に、どうにかしてやりたい気持ちが生まれる。
どうにも、前世で妹がいたからか、こういう年下の子には弱い。
たまに木にぶつかり、木を怒鳴りつけてそれからまたしゅんとなるナツキ。
到着したのは寝床としていた大きな木の根元。
ナツキの剣を借りて、寝床を掘る。
どうにか、二人分のくぼみができた。
「あ、あったかい」
「寒かったのか?」
ゴブリンの身体ではよく分からない。
「うん……それで。話って何?」
「事情を聞いてもいいか?」
「ど、どうしてよ……あんただってどうせあたしを裏切るんでしょ? どうせいなくなっちゃうんでしょ?」
「いなくなる……それは否定できない。だけど、裏切ることは絶対にしない。それだけは信じてくれ」
「……」
「あんたを信じたいんだ。あんたを助けたいんだ。……困っているなら話してくれ。見た目はブサイクなゴブリンだけど、心は人間だ」
「……」
ナツキは何度か頷いたあと、ぽろぽろと涙を流した。
ゴブリンの体で綺麗な彼女に触れるのは、多少の引け目があった。
しかし、今は誰かに優しくされたいだろう。
軽く、彼女の背中を撫でた。
いよいよ、ナツキの涙は止まらない。
「……パパとママに……捨てられたの」
覚悟はしていたが、ナツキの嗚咽交じりの声に心が痛む。
「私……魔法の才能がまったくなくて……魔力だってロクにないんだよ。『おまえは貴族じゃない、平民の子だ!』って」
それに同意すれば、悲しみがより深くなる。
海斗はナツキの両肩を掴み、目を覗きこむ。
赤い長髪とは対照的な、空のような澄んだ瞳。
美しいナツキの瞳に、ゴブリンが映りこんでいる。
「酷な話をするが、捨てられるだけマシだったんじゃないか?」
一呼吸のあと、涙をぬぐったナツキが立ちあがる。
頭をごんと木にぶつけ、押さえながら叫ぶ。
「……ま、マシなわけない! 馬鹿!」
「ある意味でラクなのは、殺されることだ。来世に期待ができる。……奴隷として売り出されたら?」
海斗の言葉にはっと、ナツキは口を半開きにする。
「……奴隷。うん、あたし……家に奴隷がいたからわかる。最悪、だったと思う」
「悔しさはあるかもしれない、けど……生きていて体は自由だ。なら、まだまだやれることは一杯あるはずだ。……最悪ではあるが、親の最後の優しさだったんだろうな」
魔力のない子が家に生まれれば、貴族としての立場を悪化させる可能性がある。
この世界について詳しくないため、深く言えないが……才能のない子どもがどのように扱われるのか、なんとなく分かる。
貴族にとって、魔法は大切なものなんだろう。
おちこぼれ、平民、ナツキが家にいれば、そんな罵詈雑言が友達や親からぶつけられたかもしれない。
ただのクズである可能性もあるため、ナツキの家族について海斗はそれ以上の言及はやめた。
「……うん……うん」
すべてを失ったナツキは、納得するように何度も頷く。
自分に無理やり折り合いをつけようとしているが、ナツキの涙は止まらない。
「俺の、仲間になってくれないか?」
だから、その心を一時的にでもいいから癒すために言葉を口にする。
――ふざけた言葉だ。
海斗は自分の知りたいことを得るために、仲間という言葉を投げた。
すべてはナツキを利用するために、弱みにつけこむために。
「なか、ま……? あたしの近くにいてくれるの?」
「ずっと、は約束できない。けど、あんたが一人で生きていけるような肉体的な強さを手に入れるまでは、協力できる」
それだって恐らくはそう長くはないだろう。
彼女は普通の人間の五倍の速度で成長できるのだから。
「いいの? あたしと……いてくれるの?」
「ああ、いてやる。おまえが、強くなるまでは」
「……わかった、わかったわよ」
ナツキはこくこくと、ゆっくりではあるが頷いた。
2
起床と同時に、ナツキが慌てた様子で叩き起こしてきた。
魔物の大行列に驚いているようだ。
海斗は初めての日を思い出し、苦笑する。
ぷるぷると怯えた様子で剣を構える。
この大群相手に戦う意志を持てるあたりが、あのスキルの所有数なのかもしれない。
ここでは戦闘は起きない、というのを伝えると……驚いた様子ではあったがナツキは剣をしまう。
それでも、安全のために魔物たちが消えるまで、外にはでない。
リンゴをいくつか回収し、ナツキに持っていく。
「ありがと……」
「味わって食べてくれ」
ナツキはリンゴを一口食べて目を見開く。
甘みが口の中に広がり、渇いた喉はくぼみにたまった水で腹を満たす。
ナツキには少し酷かもしれない。
むせながらも、ナツキはなるべく綺麗な水を飲む。
「おなか……痛い」
「なれてくれ、としか言えない」
ゴブリンの体では、問題ないがナツキには毒のようだ。
ペットボトルのようなものが用意できれば良いが、そう都合の良いものはない。
ひとまずは、木をバケツのように切って代用することを考えていると、腕がつつかれる。
「ね、ねぇカイト、それでどうするの? あたしが強くなるって……あたし魔法なんて何にも出来ないわよ」
「剣がある、おまえには」
「こ、この剣だって……渡されただけよ?」
「誰にだ?」
「……あたしが捨てられそうになったときに、あたしの専属の執事が……ね」
「そうか……良い剣だ。その執事は良い目を持っている」
「そ、そう?」
自分のことのように笑顔をみせる。
魔物を探しに向かいながら、注意事項をいくつか話す。
勝手な行動をしない。
そして、何よりファミリーネームであるアルフェルドを二度と名乗らないこと。
ナツキは予想通り涙を浮かべる。海斗は彼女が落ち着くまで周囲に視線をやる。
落ち着いたところで、今日の予定を話す。
「まずナツキ、俺は他人のスキルを見る力を持っている」
「え? ど、どういうこと!? そんなS級のスキルを持っているの!?」
「珍しいのか?」
「過去に数人だけいるって聞いたことがあるわよ! 学校の歴史の授業で習った!」
ナツキが所持しているスキルを伝えると、ナツキは星のように目を輝かせる。
「け、経験値五倍に熟練度五倍は聞いたことある! 過去の勇者が持ってたスキルよ! 確か、数百年に一人だけの才能だって! 勇者にだって慣れるような天才的なスキルよ!」
「勇者?」
「うん! 魔王を滅ぼす勇者よ! ほんとなの!? ……い、いや嘘ね! 喜ばせるための嘘でしょ!?」
「本当だ、俺は嘘は言わない」
疑いが多くなるのは一度捨てられたからだ。
信じればまたいつか捨てられるかもしれない。簡単に悲観的な考えがぬけるとは思えない。
はっきりと伝えると、ナツキの表情から険が少しだけ抜けた。
「ふ、ふん、まあいいわよ。……それで?」
「その効果は知っているか?」
「知ってるわよ。所持者の獲得経験値とかを五倍にするのよ」
所持者、という言葉に海斗はこっそりと肩を落とした。
「とりあえず、一度どのくらい戦えるかゴブリンで試そう」
「わ、わかったわ」
ナツキは剣を優しく握り、ゆっくりと刀身を見せる。
「ピンチになったら助けるから安心しろ」
「ふ、ふん期待しないでおくわよ」
ナツキは少し疑った様子で歩いていく。
やがて見つけたゴブリンへ、ナツキは駆けていく。
剣を振るのはそれなりであるが、体の動かし方までは微妙なところだ。
それでもゴブリンを一人で倒せた。
たいそうな自信となったようで、ナツキは倒れたゴブリンを踏みつけて剣を構える。
「ど、どうよ! ナツキ様は強いのよ!」
「あー、強い強い」
「渇いた笑いで拍手すんな! 心をこめなさいよ!」
海斗は自分のステータス画面をみて、心からの笑顔を浮かべている。
新しく追加された、経験値五倍、熟練度五倍、肉体強化Lv1。
これらのスキルももれなく、2ポイントで獲得できる。
経験値五倍と熟練度五倍は、迷いなく獲得する。
これで残りは2ポイントだ。
迷っているのは、格闘術、剣術、肉体強化の三つだ。
熟練度は恐らくスキルのレベルアップを早める。
ならばレベルアップが必要なスキルは早めに獲得しておきたい。
肉体強化のスキルならば、どれでも使えるだろう。取得した。
「よし、とりあえずは……雑魚を狩っていこうか」
「ふん、任せないよ! あたしに倒せない魔物なんていないわよ!」
すっかり調子に乗っている。
増長しすぎないように、注意をしながら歩いていると、ナツキは頬をかいて唇を尖らせる。
「ねぇ、あんた魔族なのよね?」
「魔族?」
「うん、知能を持った……人間の敵、とも言われているわね」
「だから、俺の心は人間だからな」
「うん……そうね。でも、あんまり街に近づきすぎないほうがいいわよ?」
「どういうことだ?」
「魔族の体の魔の心を封じる結界があるのよ。あんた間違えて近づくと、全身がだるくて動けないかもしれないわよ?」
「そうか……物知りだな」
「だって、魔法の才能がないから……勉強しかすることなかったんだもん」
「そうか……」
悪いことを聞いてしまった。
不意に潮風の匂いがした。
だいぶ海に近い場所にいたようだ。
「あっ! う、海みたいわ!」
「なんでだよ……」
「いいじゃない! 街から結構歩かないと見れないのよ、ここっ」
「……そうなのか?」
海斗が視線をやると、いつの間にか街からかなり離れていた。
ナツキに引っ張られるようにして到着した断崖絶壁。
ひやりとした。落ちたら命はないだろう。
だが、危険ゆえの美景だろうか。
「……綺麗だな」
「うん……船にのって、遠くに旅したいって昔思ったのよ。あれっていつだったかな」
「今って何年の何月なんだよ?」
「そ、そうね……えーと今年がE654年の三月だから……えーと、うん二年前だったわね」
「そうか。今なら、自由なんだ……いつかは出来るだろ」
「ふ、ふん……当たり前ね」
景色を楽しんでから、再び魔物狩りに向かう。
3
魔物狩りをしながら、仲間がいなければできないことを検証していく。
しばらく戦闘をすると、ステータス画面に新たにパーティーというものが追加される。
パーティー追加に、ナツキの文字が出たため、クリックした。
「な、なんか変な声が聞こえたんだけど」
ナツキが振り返る。
「どんな声だ?」
「パーティーに参加しますかって」
「しますっていえ」
「し、します」
言うと、ナツキがパーティーに追加される。
その横にパッシブスキルと表示され……経験値、熟練度の二つが映っている。
ナツキが仲間として認められたことで、パーティーに誘えるようになった。
そして、彼女、もしくは海斗が所持しているパッシブスキルがパーティー全体に影響するというものだ。
二人が所持しているが、一つしか表示されていない。
「4ポイント返せよっ!」
「……ひっ!? な、なによ!」
思わず海斗は叫び、ナツキに頭を下げる。
感情で怒鳴ったが、けして無駄ではないだろう。
ナツキがいないときには、無駄ではない。
自分に言い聞かせる。
二十五倍にならないのが悲しい程度だ。
鼻息荒くしながら、魔物を倒していく。
経験値がガンガン増えていく。
そして、海斗は自分の経験値をナツキに渡す方法も発見した。
パーティーのナツキを選択すると、いくつ渡すか表示される。
今持っている経験値は2453だ。
ナツキがレベル2になるには、あと2300必要。
いま全部あげればナツキは人間としてのレベルが一つあがる。
しかし、海斗はあげなかった。
すでに調子に乗っているナツキがさらに成長してしまえば、手におえなくなる。
第一、ゴブリン一体を倒すだけで経験値が百近くはいる。
早くて今日中にはレベルアップするだろう。
残りの時間、魔物を狩り続け――夜になった。
「ふふん! あたしレベルアップ! レベル二よ!? あたし天才でしょ!」
木の根元の家に戻ってきたが、ナツキはずっとこんな調子だ。
「あんまり調子に乗るなって」
「うるさいわよー。ふーん、レベル二って言ったら十五歳くらいで慣れたらいいってもんなのよ? で、一般の冒険者はレベル3くらいなのよ? この調子なら、あたし、明日には大人を圧倒しちゃうんじゃない! ふっふふーん!」
やはり、彼女は調子に乗ってしまった。
額に手をやりながら、一応の言葉をかけるがまるで届かない。
「ねぇねぇ! 明日にはオーク狩りに行くわよ!」
すっかり暗い顔は隠れ、海斗の体を引っ張ってくる。
駄々をこねる子どものように。内容は物騒でしかない。
「……やめとけ。安全に勝てるかどうかは不明だ」
「なんでよ! あっ、あんた怖いんでしょー?」
傷つけるかもしれないが、海斗は昨日のことについて指摘してやる。
「……そんな調子に乗って昨日までは泣いていたのにな」
一瞬怯むが、すぐにナツキは首を振って胸をはる。
「あ、あんなの……あいつらが悪いのよ! 見る目がなさすぎるわよっ!」
「そうかもしれないが――」
「でしょ!?」
捨てられた悲しさなどどこ吹く風だ。
すっかり調子に乗ったナツキには、明日からきちんとした指導をする必要がある。
海斗は明日のことを憂いながら、横になる。
「明日、絶対にオーク狩りに行くわよ!」
「嫌だっての。もう一レベルあがってからにしようぜ」
「大丈夫よ、大丈夫。あたしがあんたも守ってあげるから」
「嫌だっての。女、おまけにガキに守られるなんてな」
「生意気よっ」
「どっちがだ。良いから、さっさと寝ろ。今日はもう疲れた」
どんどん成長していくナツキとは違って、海斗の成長はあくまでゆっくりだ。
体力が明らかに増えていくナツキについていくだけで、結構な疲労だった。
横になるとすぐに眠れてしまった。