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第二十一話

 


 1

 


 一ヶ月が過ぎ、ナツキはようやく、各国の代表たちの考えが変わりつつあるのに胸を撫で下ろしていた。

 人間の国は全部で五つある。

 北の国ドグルド。――ナツキが今いるこの国は、もっとも魔族への理解が高い。

 魔族と長くぶつかりあってきたからだ。


 北の国の戦争ははっきりいえばやらせだ。

 お互いにぶつかりあう姿勢をみせ、人間と魔族が戦っている、というだけの見せ掛けだ。


 一ヶ月前だってそうだった。

 お互いの最強がぶつかりあうことで、誤魔化していたにすぎない。

 ……だが、その戦争の途中に、ナツキは大切な人の姿を見つけた。

 なぜか女の姿であったが、あれだけの力を持っているのだ。いくらでも性別も変えられるのかもしれない。

 そう考えながら、各国の王が集まった部屋でナツキは手を机に叩きつける。


「……迷宮の脅威は、この一ヶ月で十分理解したはずです。魔族の奴隷を連れて行っても、中には入れない。無理やり入ろうとすれば、身体が砕け散る。それで、放っておけば、迷宮から魔物があふれ出てくる。対策をするには、魔族と協力する必要があります」


 ナツキの伝えた事実に、二人の王が苦い顔を作る。

 魔族との戦争では、あまり前線に立つことのない国の二人だ。

 彼らの国では、武器や食料を多く生産しているため、戦争が起きるとなればそれだけ懐が潤う。

 戦争だって悪いことばかりではない。

 

「それでもですねぇ……魔族との協力はどうなんですかね? ご先祖様たちが命を散らしていったのを冒涜するみたいで嫌なものなんですがね」

「……そうですねぇ。私も彼に同意見ですね」


 反対に二人の王が声を荒げる。


「ならば、おまえたちの部隊を魔族に派遣してみるがいい。魔族を相手にして、戦い続けるのがどれだけ大変なことか、おまえたちもやってみれば理解できるさ」

「そうだ。戦争での恐怖を知らずに、懐をこやすことばかりを考えるんじゃない」


 それに対して、先ほどの王二人も声を荒げる。


「何が、前線の恐怖だ。おまえたちが前線に立って戦ったことがあるのか?」

「そうだそうだ。そのぼてった腹で一体何と戦っているんだ?」


 四人の王が喧嘩を初め、ドグルド国の王が組んでいた腕を広げる。


「やめないか、見苦しい。今争っている段階ではないだろう。すでに魔族側は話し合いを行い、人間と協力をしたいと言ってきているのだ」

「そうですね。……そこをうまく使いましょう。相手が下手に出てきています。我々人間側が上だというのであれば、協力してやっても良い、などと脅せば良いのでは?」

「……何を馬鹿なことを言っている」


 ドグルド王は呆れて額に手をやる。


「すでに魔族たちは奴隷だった人間のすべてを解放し、迷宮の破壊にも向かっている。圧倒的に立場が弱いのはむしろ私たちだ。奴隷を解放し、無理やりに従わせようとして何人の魔族と争ってきている? いつまでも、このままで良いわけがないだろう」

 

 ドグルド王の言葉に、四人が身を小さくしていく。

 みなもう、妥協しなければならないのは理解しているが、それでも今までのプライドと、先の見えない不安によってその決断が出せずにいる。

 ……ずっと魔族を敵としてそれによって、金を稼ぐ手段しか教えられていないのだ。

 これから先、変わっていく世界で、自分達が王として贅沢が出来るのかがわからない。


「まったく。どうしてこうも皆は精霊王に怯えているのでしょうかね? いくら精霊王とはいえ、人間たち全員で殺しにかかれば、やれない相手ではないのではないでしょうか?」


 一人の王が言う。


「ならばおまえは、万の魔物と戦って、敗北はないのだな?」

「……」

 

 発言した王も理解はしているようだが、悔しげに顔を歪めている。


「……協力をしよう。戦争はやめて、人間と魔族が共存する世界を作っていかないか?」


 ドグルド王はそのタイミングで伝える。

 ドグルド王がずっとやりたかった魔族との共存。

 彼がそういうから、ナツキも勇者として彼に力を貸している。


「ゆ、勇者様っ、それで良いのですか!? あなたは神によって魔族を滅ぼすための力を授かりましたのですよ!?」


 魔族との共存を拒む王が、この場でもっとも決定権の強い勇者にそう申し出てくる。

 神によって与えられた力――ナツキはそれに苦笑する。


「あたしは小さい頃に、力がないとして親に捨てられました。そのとき、いくあても、生きる希望もなかったあたしを拾って、面倒を見てくれたのが……魔族の人でした」


 ナツキの言葉に、王たちは目を見開く。


「捨てられたあたしをその人は優しく、厳しく、守ってくれました。……彼がいなければ、あたしはとっくに野垂れ死んでいたはずです」

「そ、それじゃあ……勇者様の力は、魔族のおかげ、ということか?」

「はい。彼は私の大切な師です。人間たちの中には魔族に仲間を殺された人たちもいるでしょう。けれど……同じ数だけ、あたしたちも魔族を殺してきています。それでも、魔族は人間との共存を望んでいます」


 ナツキの言葉に、王達は顔を伏せる。

 誰も何も言わない。

 これから先、魔族がいなければ人間たちは生きていけない。

 それを理解しているのだろう。


「精霊王からの、これが最後の忠告でしょう。人間と魔族が何年、何十年も戦ってきました。土地は荒れ、命は失われていきました。……この長い戦いをどこかで終わらせなければなりません。……あたしは、五十年ぶりの勇者ですよね? だから、あたしも……ここでこの戦いを終わらせたいです」


 ナツキが胸に手をあてて、思いのありったけを伝えると王たちは、うつむいていた頭を上げる。


「……そうですね。戦争ばかりの世界を、子どもたちに残すのは……親としてよくないですよね」

「わかっています。……自分たちのことばかりを考えていてはいけない。私たちにも子どもがいる。……子どもたちに、魔物だらけの世界を渡すわけにもいかない、か」

「まさか……大人である私たちが、それに気づけなかったとは」

「純粋な……子どもだからこそ理解できたのでしょうね。さすがに……勇者、様だ」


 王四人が拍手をし、ドグルド王は大きく息を吐き出す。


「明日、魔族側と話し合いを行う。それで、これから先を決めていこう。それと、ナツキ様。さっきの言葉をあちこちの街で伝えてくれないか?」

「ちょ、ちょっと! なんでよ!」

「人間たちも、勇者様の決意であれば、納得できるだろう?」

「それはいい。私ももう一度聞きたいものだしな」


 感動した様子の王たちに、ナツキは拳をふりあげる。


「そうですね。今度子どもにも聞かせてあげたいものだ」

「あ、あんたたち!」


 ナツキはからかわれて、顔を赤くしながら王たちを睨みつける。

 王たちの笑い声が部屋に響き渡った。



 2



 魔族の町。

 ヒビロは広場に集まっている市民や部隊の人間たちを観察しながら、一つ呼吸をする。

 ……ようやく、自分のやりたかった、人間との話し合いの場を持てた。

 ヒビロはこらえきれない笑みを抑えるようにして、大きく声をあげる。


『みなのものっ! 昨日、人間側から話し合いをしたいと伝えられたっ!』


 ヒビロの宣言に、魔族たちの歓声があがる。

 もちろん、つまらなそうな目をしている魔族もいる。

 まだ、すべての魔族がそれを受け入れられていないのも知っている。

 ヒビロはそれから、自分の父についての容態についても簡単に伝えていく。


 現在ヒビロは魔王代行をしているだけにすぎない。

 父がぎっくり腰で体を痛めたため、急遽、人間との戦争に繰り出しただけだ。

 その結果は、魔王としての実力を証明できて終わったが。

 ヒビロはすぐに、広場での宣言を切り上げる。


 明日から忙しい。

 それらの計画をたてる前に、第九部隊の自室へと戻る。

 ヴァルロだけを呼び、ヒビロは笑みとともに伝えた。


「……もしかしたら、あの精霊王とやらは、カイトかもしれない」

「……女装、ですか?」

「そこは知らないが……だが、あいつは第九部隊のネックレスをわざわざつけていた」

「……つまり、あの戦場でヒビロ様に何かを伝えるために?」

「だろうな。本当に隠すつもりならば、ネックレスなど外すだろう。……たぶんだが、あの迷宮の力でも魔族と人間がまとまらない可能性がある。あれに恐怖し、協力しようとする先導者が必要だ。その対象として、私に教えようとしたのかもしれない」

「確かに、ヒビロ様にそれを伝えるのは、うってつけではありますね」

「ああ。恐らくだが、人間側にも……もしかしたら勇者とも知り合いなのかもしれないな」

「……確かに、現在勇者があちこちで話し回っているとも聞いていますね」

「ふん……」

 

 ヒビロは戦場での勇者との会話を思いだす。

 勇者もまた、魔族を本当に倒すつもりはないと言っていた。

 どうにかして、魔族と話し合う機会が欲しいとも。

 カイトのおかげで、その機会を得ることができた。


「……まったく、生きていたのならば戻ってくれば良いものを」


 腕を組み、ヒビロは言ってやった。


「……それはできないでしょうね。彼はもう魔族、人間どちら側からも敵になることを選んだということでしょうし」

「だろうな。しかし……不可解な力を持っている男だったな」

「もしかしたら、力を隠していただけかもしれません。精霊王として世界を見て回るつもりだったのかもしれませんよ」

「なるほどな。それにしても、見た目は女なのに精霊女王ではないのか?」

「言いにくいではございませんか? それに、精霊王に性別があるという話しは聞いたこともありませんよ」


 なんて、ヴァルロと笑みをまじえて話をする。

 ヒビロは必要な資料を持って、席を立つ。


「……私もこれから、貴族と話し合いをしなければならない。さてさて、どれだけの反対が出るだろうな」

「それほど多くはありませんよ。人間たちに比べれば、恐らくは少数です」


 魔族のいくらかを忍び込ませ、情報を集めている。

 人間たちでは猛反発を起こしているものも多くいるそうで、しばらくは騒がしいだろう。


「それにしても、迷宮か。あれはなかなか面白い、遊びのような感覚ではあったな」

「そうですね……。ただし、問題としては敵が少々強すぎるようにも感じました。あと、あちこちに出現しすぎです」

「そのあたりは、カイトがうまくやってくれるだろうさ。さて、行くとするか」

「……はい。おともしますよ」


 第九部隊の人たちにどうやって伝えるか、悩みどころだ。

 今は色々と慌しい。カイトだって、本当にそうなのかまだ確信があるわけではない。

 ひとまずは黙っていることにした。

 ヒビロはこれから、不安が多くあった。それでも、それらを一つ一つ処理していった先に、明るい未来が待っている。

 そう信じて、拠点を後にした。



 3



 七年の日が過ぎた。

 ようやく、人間と魔族が表向きではあるが迷宮を攻略していくようになっていった。

 その中でも、もっとも意欲的なのは勇者と魔王を中心としたパーティーだ。


 人間たちが行った一番最初のことは、人間と魔族が共同で学べる場を作ること。

 つまりは、人魔学園……いわゆる学び舎だ。

 まだはっきりとはしていない迷宮を悩み、楽しみながら協力して突破できるように。

 お互いの種族が、種族などという考えを忘れて過ごせるように。


 そのためだけに、作られた学園は、海斗たちが作った世界最大の塔迷宮の近くに作られた。。

 まだ四年という歴史の浅さであるが、段々と教育や迷宮への情報が集まっているのがわかる。

 その学園の入り口に立ち、海斗は頭をかきながら地図を見る。

 

「それにしても、でけぇ学園だな」


 呟きながら、周囲を観察する。

 魔族と人間が、一応は仲良く登校している。

 まだ喧嘩まがいのものも発生しているが、比較的軽度なものだ。


 もともとあった貴族のための学園や、魔族たちが通っていた学園などから情報を集め、お互いが良いと思ったものを取り入れている。

 風紀委員が暴れる生徒たちを引っ張っていく。

 それをみて生徒たちは苦笑をもらし、それぞれが入学式の行われる体育館へと向かう。

 海斗もそちらへ向かう。

 今日から海斗もこの学園に通うのだ。

 

 迷宮に予想もしないバグが発生してしまい、現在その処理に忙しく、とにかく情報が欲しかった。

 世界中でもっとも迷宮に関して情報が集まるのはこの学園だ。

 サーファの能力は世界に干渉すること。

 その干渉によって、プログラムのあちこちにエラーが生じてしまったらしく、サーファでもどうしようもない問題が発生している。


「いやぁ……まさか、勇者様と一緒の学園に通えるなんてなぁ」

「ほんと、ほんと。俺は魔王様と一緒ってのが良かったぜぇ……可愛いもんなぁ」


 海斗の前を歩く魔族と人間が話している姿をみて、笑みを浮かべる。

 彼らの後ろを歩いていくと、不意に目の前に二人の女性が立った。


「ゆ、勇者様……っ!?」

「ま、魔王様!?」


 先ほど話していた二人が、驚愕の声をあげる。

 それから、嬉しさと恥ずかしさを混同させたような顔で頭をかく。

 二人が歩いてくる。

 やはり、気づいたようだ。


「お、おい、こっち向かってきてるぞ?」

「や、やべ、き、緊張するぅ……」


 人間と魔族が胸を押さえて、顔をあげる。


「あ、あの僕――」

「俺は――」

「悪いな、二人とも」

「あたしたち、あんたの後ろにいる男に用事があるのよね」


 なんて、仲良くナツキとヒビロが海斗の顔を見てくる。

 今年で十六歳となり、他の人々の見本として、ヒビロとナツキがこの学園に入学してくるのは知っていた。

 海斗は返す予定だった剣を手に持ち、もう必要がなくなった第九部隊のペンダントを左手に持つ。


「……カイト、あんた。今何歳よ?」

「力――進化しすぎたら、年を取らなくなったんだよ。とりあえず、だいぶ遅れたけど、剣。サンキューな」

「……別に、いいわよ」

「それと、ホレ。たぶんもう、ヒビロの部隊には戻らないから。これ返しておく」

「ふん……悪いがまだ受け取るわけにはいかないな。これから、戻ってきてもらう予定なのだからな」


 ヒビロとナツキの間で視線がぶつかる。


「とりあえず、入学式にでも行こうぜ」

「……ふん、勇者と魔王をおいて、首席で合格だなんて、あんた目立って大丈夫なの?」

「本当にな。もっといい点とってくれよ」

「……むかっ!」

「ほ、ほぉ……仮にも前の上司に向かって言うではないか」


 海斗が歩きだすと、二人が我が物顔で左右を囲む。

 奪い合うようにして、魔王と勇者が視線をぶつけている。

 周りからの好奇と疑問の目も増えていく。

 二人が入学すると聞き、ここにやってきたのも一つの理由だ。


 なかなか腕を離してくれない。

 しばらくは、学園での生活を送ることになるだろう。

 それは別に嫌ということはなかったが、色々と面倒もつきまといそうだった。


「……長かったが、やっと戻ってこれたな」


 そう小さく呟いた。



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