第十八話 激化
1
一週間ほど使い、動物園が出来上がった。
人間の客がやってくることはないが、サーファが少し工夫している。
人形ではあるが、いくつもの人の置物をおいた。
海斗が気に入っていたクラシックも流せば、それなりの雰囲気はでた。
「それでは、今日は三人でデートですわね」
「デートですね」
海斗の左右の腕をシフォンとサーファが掴む。
こういった経験がないために、海斗は反応に困る。
「別にそこまでしなくてもいいだろ」
気恥ずかしさで引き剥がそうとするが、さらに力を込められる。
「なんですの」
「嫌ですか?」
顔を覗きこんでくる二人はどこか幼さの残る笑顔。
どうしても、妹と遊びに行く、というような感覚だ。
結局、ともに並んで歩いていく。
「はい、こちらドラゴンになりますわっ」
「火を噴きますよ。どうぞ」
「やめろバカっ!」
シフォンが言うと、ドラゴンが思いきり火を噴いてくる。
檻の間から火がもれ、近くでみていた人形たちを焼き尽くす。
二人を抱えて後方に避難するが、檻を破ってドラゴンが暴れだす。
「おまえ、しっかり檻を作れって言っただろっ」
「つ、作りましたわよっ。サーファが強すぎるドラゴンを作ったのに問題がありますの!」
「えへん」
シフォンが腰に手をあてて誇らしげに胸を張る。
頭を軽くはたいてから、海斗は地面を蹴り剣でドラゴンの首を狙う。
振るわれた爪を剣で弾き、そのままドラゴンの首を斬りおとした。
もうこのくらいの魔物で動揺などしない。
海斗は剣をしまい、シフォンを睨みつける。
「ごめんなさい。調子に乗りすぎました」
「他の魔物は大丈夫だよな?」
「……ふふふ」
「頼むから、のんびり見ようぜ」
シフォンをじろっと見ると彼女は頬をかいて、舌をだす。
とぼけるような仕草に、ため息をつくしかなかった。
その後も三人で回り……夕方になる。
海斗が絵をかき、具体的に味を指示し、ハンバーガーを三つ作ってもらう。
手にもったハンバーガーをぱくりとそれぞれ食べる。
「パンとハンバーグ合いますね」
「そうですわね……うんうん、この味で大丈夫ですの?」
「まあ、だいたいこんな感じだな」
思っていたよりもずっと上手に出来たハンバーガーに口をつける。
右に、シフォンが座り、左にサーファが座っている。
二人とも楽しげな笑顔を浮かべている。
海斗は決意を固めるために、空を見上げる。
サーファの思い一つで、この世界は昼にも夜にもなる。
普段は時間など気にしていない彼女たちだが、今日は一日の時間経過をしっかりと作っている。
「聞いていいか?」
ハンバーガーを手に持ちながら、二人に視線を向ける。
彼女たちはきょとんとした様子で、顔を見合わせ小首を傾げる。
「なんですの?」
「私たちはカイトさんに隠すことなどありません。どうぞ、なんでも聞いてください。サーファのスリーサイズですか?」
「わたくしではなく、あなたのにしなさいな!」
サーファがかーっと吠え、海斗は苦笑を浮かべる。
「二人はあの世界でどんな風に生きて、そしてここに迷い込んだんだ?」
そんな、楽しい話からは少し離れるかもしれない。
だが、どうしても二人のことが知りたかった。
シフォンとサーファは顔を見合わせて、それからぽつりぽつりと口を開いていった。
2
「……私たちは、人間でしたが親はいませんでした」
「それで、あてもなくさまよって歩いているところで……隠れた魔族たちが拾ってくれましたわ」
「私たちは、凄く楽しかったです」
「魔族は怖い者……そんなことございませんでしたわ。魔族の方々はわたくしたちを実の子どものように育ててくれましたわ」
「けれど、私たちの村は……戦争によって壊れてしまいました」
「……わたくしたちも死に掛けましたわ。けれど……魔力が暴走し、そして、ここに流れ着きましたわ」
「私たちは、ここで何十年も訓練をしました。……なぜか、年をとることはまったくありませんでした」
「時空の移動の際に、わたくしたちの体が少しおかしくなってしまいましたの。エルフと同じように長い年月を生きられるようになったようですわ」
「……そして、今にいたります。こうして、誰かと楽しい時間を過ごせるようになるとは思いませんでした」
左右から交互に語っていたシフォンとサーファはお互いに同時に笑みを浮かべる。
二人がどれだけ苦しかったのか、海斗には半分ほどしか理解できない。
「……二人とも、凄い力をつけたよな。なんで、そんなに強くなろうと思えたんだ?」
二人の表情があからさまに悪くなる。
それは聞かれたくないことだったのかもしれない。
シフォンとサーファはお互いに視線をぶつけ、それから海斗の体に身を寄せてくる。
「おまえら、どうしたんだ?」
反応に困っていると、二人は笑みをうかべ、それから頬に軽くキスをしてきた。
一瞬、魔力が膨れ上がり身体が痛む。
「あ、わたくしたちの魔力が少しうつってしまいましたわね」
「大丈夫ですか?」
シフォンが冷たい手で額を触ってくる。
海斗は軽く片手をあげる。
魔力に一瞬むせたが、それでも耐え切れないほどではなかった。
「……いきなりなんだよ」
遅れて照れくささがやってきて、海斗は頬をかいた。
二人はベンチから離れ、それから手を繋いだ。
「わたくしたちは二人で一つの力、ですわ」
「力が暴走しないよう、お互いに相手の魔力を封じるように、キスを解除としています」
「そんなわたくしたちが全力を出せば、世界を破壊することでさえ、出来ると思いませんこと?」
「その未来は容易に想像できるものですよね?」
シフォンがはかなく笑い、サーファもどこか寂しげに。
夕陽を背中にして二人が言った言葉に、海斗は嫌なものを感じてベンチから立ちあがる。
「どういうことだよっ」
「現在、人間と魔族が……一応は同じ種族同士で争っていないのはどういう理由かわかりますか?」
魔族の中では敵対があったが、それはどちらかといえば少数派だった。
みな、一つの考えを元に団結している。
「人間と魔族が戦っているからですわ」
「もしも、人間か魔族が滅びれば……恐らくは今度は残っている種族内部での戦いが始まります」
「つまり、その反対――人間と魔族が協力するには?」
「……まさか」
海斗は拳に力をこめる。
その言葉の先は、言われなくても分かる。
海斗も考えていた共存の可能性――
「「共通の敵がいればいい」」
二人は声をそろえて、両手を合わせる。
「おまえたちが、ここで修行をしたのは、全部そのためだっていうのか……っ?」
「はい。私たちはここで訓練し、そして……世界を揺るがす力を手に入れました」
「これでわたくしたちは……世界の敵――第三勢力として世界を恐怖の底に叩き落すことができます」
「それは……ダメだっ」
「「……」」
海斗は言葉を吐き出し、二人に毅然とした眼差しを向ける。
「おまえたちは……どうするんだよ? 世界の敵になって……それで? その後はどうなるんだよ」
「……そうですね。理想的なシナリオは」
「魔王と勇者、そして、人間と魔族が協力し、わたくしたちを倒す……というところですの」
「それじゃあ、おまえたちは死ぬっていうのかよ?」
「「はい」」
二人は何のためらいもなく。
まるで、この世界のためならば命を投げ出すことも怖くないというように。
力強く頷いた。
「ふざけるなよ……。その世界じゃあ、俺は素直に笑えない。あんたらがいない世界なんて、俺がぶっ壊してやる」
止める。
二人はあのときの妹のように、間違った方へ進もうとしている。
あのとき、出来なかったからこそ。
今度こそ、間違いを犯す前に、止めなければならない。
「魔族たちは人間との共存を願ってるっ。確かに、一部で反乱も起きたが、それでも大多数は理解しているっ。魔族には人間が必要だってなっ!」
「そうですね。ですが、それでは対等にはなれません」
「魔族に人間が必要でも、人間にとって必ずしも魔族は必要なものではありませんわ」
「……だとしてもだっ。いくらでも道はあるだろっ! わざわざおまえたちがすべての敵にならなくても、世界が一つになる手段はあるだろっ!」
「では、今すぐにその方法を提示してください」
「……な、それは。お互いが話し合って、理解をすれば――」
「出来ていないから、何十年も争っているのではありませんこと?」
咄嗟に考えが浮かばない。
……何か、あと少し考える時間があれば出てきそうなのだが。
そうは思っても二人は背中を向ける。
「おい……っ」
「最後に、楽しかったですカイトさん」
「はい。とても……有意義な時間を過ごせましたわ」
満面の笑顔とともに歩きだし、お互いの手の甲にキスをする。
体を傷つけてでも止めるとし、剣を抜いて駆け出す。
足に鞭が巻きつく。
見ればサーファがすでに魔法を放っていた。
そして、シフォンがイノシシを召喚する。
「加減はしますわ」
「……怪我をしたら、ごめんなさい」
「……わたくしたちが落ち着いたところで、扉を作りますわ。それまで、しばらくここでお待ちくださいまし」
イノシシが真っ直ぐに駆けてくる。
海斗は剣で防御をするが、力負けして弾き飛ばされる。
足場にクッションがいくつも生まれる。
サーファが作ったものだ。
それでも衝撃が背中に伝わり、肺から空気を吐き出す。
むせながら体を起こし、視線を飛ばす。
……空間の裂け目が縮まり、二人の後ろ髪が消えていく。
イノシシも、何もかもがここにはいなかった。
残ったのは人形たちと、檻の中で鳴き声をあげる魔物たちだけ。
自分で用意してもらったクラシックが虚しく耳に届く。
「ふざけんなよ……っ」
海斗は短く息を吐き、ステータスを開く。
このまま諦めるわけがない。
また、誰かが傷つくのを見逃すなんて絶対に嫌だ。
3
「勝手なことばかりしやがって。そんな勝手が許されると思っているのかよ……っ!」
海斗は怒鳴りながら進化の画面を開く。
「……魔力、だったか。ぶちまければ、この世界に風穴が開いて、世界が開くんだろっ」
今の魔力では足りない。
だったら、出来るように体を作りかえればいいだけだ。
進化をタッチすると、全身が痛む。
ワーウルフから、ワイトへ。
――足りない。
気合で痛みをねじ込み、ワイトからマジックワイトへ。
――足りない。
進化、進化……それをただ繰り返す。
進化のたびに魔力が膨れ上がっていく。
それでもまだ、足りない。
――二人が世界の敵になって、それで世界を正しい方向へと導く?
それなら、あの双子はどうなる?
あんなに優しい奴らが世界のために犠牲になろうとしている。
そんな自己犠牲的なやり方で生まれる平和なら、俺が潰してやる――。
1000、950、900……ポイントが減っていく。
とにかく、強そうな生物へと進化していく。
身体の変化が連続で起こり、どんどん痛みが大きくなっていく。
それでも関係ない。
残り150ポイント。
そこでようやく、人間の選択肢がでる。
魔力の変化は起こらないが、当初の目的は達した。
しかし、それではまだこの世界から抜け出せない。
残り100ポイント……勇者、魔王の二つが出現する。
魔王を選択するが、それでもまだ穴が少し開くだけだ。
気づけば、体が人間と魔物を混ぜたようなものになっている。
最後のポイントを使い――精霊王と書かれた進化を押す。
瞬間、体中の力が膨れ上がり――海斗の肌が黒く変色していく。
「……これは」
ポイントはそこで終わり、進化の選択肢も消えた。
だが、魔力が体を破り今にも出てこようとしている。
海斗はその魔力を体にまとっていく。
肌の上を覆うように、薄い黒の鎧が作られる。
それが全身を包む。
魔力による鎧の構築が終わる。
痛みと疲労で全身が気怠い。それでもまだ、始まったばかりだ。
海斗は剣に魔力をこめる。
かたかたと剣が震えだす。
魔力を込めすぎて破壊しそうになり、慌てて抑えつける。
魔力付加によって強化された剣を振り抜く。
先ほどまでの苦労が嘘のように、空間が切り裂かれる。
横に振り、さらに穴が大きくなる。
紫色のその世界へと海斗は思いきり、飛び込む。
すべての感覚が鋭敏になり、海斗の探知魔法の精度も跳ね上がる。
使用すれば、本当にすべてを把握することが出来、脳の処理を緩和させるために、精度をわざと抑える。
捉えた。
二人が移動しているのを見つけ、そちらへと跳ぶ。
足場を魔力で固め、一度に一気に跳ぶ。
紫色の海の中を駆けていくような感覚。
数秒で、二人の姿を発見した。
二人はさすがに反応が早い。
「……なっ!? か、カイトさんですのっ」
「驚きました。なんですかその姿は……っ」
二人が臨戦態勢を整える。
「バカなことはやめろ!」
「……カイトさん」
「嬉しいですが……もうこれしかありませんの」
二人がキスをし、魔力が膨れあがっていった。




