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第十四話 それぞれ


 1



 月の光を全身に浴びながら、海斗は見つけたヒビロを助けるために、剣を頭上に構えながら飛び降りた。

 着地と同時に剣を振りぬく。

 混乱、戸惑いの声を耳にしながら、周囲の人間たちを切り裂いて走る。

 闇の中で輝くナツキの剣は、見事に人間の鎧を破壊していく。


 反応した人間の体を鷲掴みにして、放りなげる。

 ヒビロの近くにいた人間にぶつけ、ヒビロを解放する。

 男――ゴゾッガが反応する。

 顔に凶悪な笑みを張り付かせ、海斗の振りぬいた剣を受け止める。


 ワーウルフの力でも、彼を破ることが出来ない。

 ヒビロに視線だけを向けると、すぐさま彼女は避難する。


「カイトッ!」

「大丈夫だ。俺を信じろ」


 それだけを伝える。

 敵のステータスをみて、ただものではないというのもを理解している。


 ゴゾッガ Lv4 イクス・オーガ

 自己治癒Lv3 肉体強化Lv5 格闘術Lv5


 スキル自体に特殊なものはない。

 だが、海斗は自分の現在所持しているスキルでは、彼の肉体レベルに匹敵するはずがないのも理解している。

 

「おいおい、こっちは護衛としてヒビロ様を守っていたのによぉ……」

「あんたらの会話は全部聞こえているんだ。そういう設定なんだろ?」

「……はっ、良い耳していやがるな」

「良い情報通がいるんだよ」


 ゴゾッガが剣を弾く。

 それから地面を踏みこむ。

 一瞬で間合いがつめられ、海斗はすかさず剣を構える。


「おせぇよ」


 ゴゾッガの声が、背後から聞こえた。

 海斗はすかさず、用意していおいたファイアボールで周囲を焼き払う。


「……はっ!」


 ゴゾッガは燃えながらも、蹴りを放った。

 海斗の身体が弾かれる。

 海斗は姿勢を直し、建物を足場にし、ゴゾッガを見据える。


 相当なダメージが今の一撃で体を襲う。

 自己治癒が発動するが、一瞬で治るほどではない。

 余裕の笑みを浮かべたままのゴゾッガを見やる。


「魔心結界の影響はねぇんだな」

「そのくらいは対策済みなんだよ。それよりも……テメェがカイトか」


 じっとゴゾッガが見てくる。

 サンダーボルトを用意していると、ゴゾッガは楽しげに笑みを浮かべた。


「なるほどな。うちの部下を差し置いて部隊に選ばれた理由もわかるぜ。頭の回転の早さ、戦闘能力の高さ……ああ、誇っていい」


 ゴゾッガが間合いを潰す。

 剣をすかさず振るうが当たらない。

 ゴゾッガは攻撃をするとみせかけ、そのままヒビロのほうへと向かう。

 全開ではない彼女は、今もつらそうに逃げている。


「だがな、オレの目的はテメェじゃねぇんだよ」


 ゴゾッガが叫び、ヒビロを捕らえようとする。

 すかさず、魔法を放つ。

 ゴゾッガの体に当たり、ゴゾッガが苦しげに顔を顰めた。


 海斗はすかさず距離をつめ、剣を振りぬく。

 掠り、ゴゾッガの拳が迫る。

 大振りな一撃だが……明らかに動きが鈍っている。


「あんたの用が俺になくても、俺は隊長を守るためにここにいるんだよ。悪いが……そっちには行かせないからな?」


 ヒビロの前に立ち、彼女を守るように剣を横に構える。

 ゴゾッガは苛立った様子で頬をひくつかせ、それからポケットから注射器をとりだし、自身の胸に打った。

 とたん、ゴゾッガの体から魔力が膨れ上がる。


「……魔力増強だな。だが、体には毒でしかないはずだ。命を削ってまで、今の国を否定するのか?」


 ヒビロの声が背後から響く。


「当たり前だ。人間との共存だと? ふざけるなよ……っ。奴ら人間が、歴史でどれだけ魔族を傷つけてきたから、知らないわけじゃねぇよな! いや、少なくとも、テメェの父親はその歴史の中を生き抜いてきたはずだ!」

「それを理解して、父上は共存を選んだっ。苦しかったのは貴様だけではないだろうっ」

「納得なんざできねぇんだよっ!」


 ゴゾッガが拳を振るい、海斗は剣で受ける。

 どれだけ傷を与えても、多少の傷は、すぐに塞がっていく。

 ゴゾッガの力任せの拳を、剣で受ける。


 重たい一撃に全身が潰れるような錯覚があった。

 力を外に逃がしたが、ゴゾッガの蹴りが眼前にあった。

 左腕を犠牲に防ぎ、剣をまわしゴゾッガの肩を切りつける。

 ゴゾッガの追撃を、後方に跳んで回避し、サンダーボルトを放つ。


「今の魔王に疑いを持つ奴は少ねぇなっ。随分と、平和ボケした魔族の育成が上手みたいだなっ!」

「それを……みなが望んでいるからだろうっ! ……いつまでも争っていても、どうにもならないから! 魔族も人間も、この世界で共に生きているっ。だから、父はみなが楽しく生きられる世界を目指しているだけだっ!」

「ハッ! そんな世界が出来ると本当に思っているのか!? 面白いものだなっ、そんな夢物語が、本当に出来るのなら……世界は二つに別れてねぇよッ!」


 ゴゾッガの拳を腹で受け、お返しに剣を突き刺す。

 ゴゾッガを睨む。


「おいカイト! オレと協力しな。テメェがいれば、今からでも城を落とせる。こんな腐った世界」

「悪いが、人間にも、魔族にも俺には恩がある。どちらかの権利を排除しなければならない世界なら、俺はいらねぇよ」

「どいつもこいつも……間抜けすぎだぜ。昔を何も知らねぇから、そんなことが言えるんだよッ!」


 ゴゾッガの拳は明らかに衰えている。

 魔力が切れてきたのだろう。

 海斗もまた、これ以上の戦闘ははっきりいってつらい。

 海斗は拳をかわし、ゴゾッガの腕を切り上げる。

 返す刃で、彼の右腕を斬りおとした。

 ゴゾッガは抵抗もなく落ちた腕をみながら、後ずさる。


「夢物語だ……。そんな世界など作れるはずがねぇんだよっ」

「あんたには出来ないからって、そんな諦めた選択肢を押しつけるのは間違っている」


 ゴゾッガは苛立ちまじりに腕を押さえる。


「人間――弱い生物と共存するなんて、ふざけたことを抜かす魔族もすべて同じだっ。そういう馬鹿どもはオレが消し飛ばすっ」

「弱くてもいいじゃねぇかっ! そうやって、自分を強いと思って、他人にも強さを強制して……強くなろうとしたってなれないんだよ。俺にはあんたが正しいやり方だとは思えないんだよっ」


 海斗は自分の前世を思いだし、怒りとともに剣を振るう。

 ヒビロがありったけの声で叫ぶ。


「みんな幸せ……そこまではいかなくても、魔族と人間が手を取り合う手段はいくらでもあるはずだっ。父上はおまえとよく話していただろう!? 理解できないわけではないはずだっ」


 ゴゾッガは不気味に笑い、それから血走らせた目を向けてくる。

 

「そして、また人間に裏切られる。そうやって、魔族は馬鹿な歴史を重ねるんだよ」


 ゴゾッガはそのまま、体にいくつもの注射器を打ち込む。


「……さあ、最後の戦いだ。なに、言っておくがロクな攻撃は何もねぇよ。ただの、自爆だ。爆発するのは俺とテメェたち! 残るのは、オレの意志と傷跡だっ!」


 ゴゾッガの膨れ上がった魔力が、周囲にばら撒かれていく。

 その魔力がどんどん収縮していく。

 

「……おい、ヒビロっ! 逃げるぞ」

 

 海斗は彼女の体を担ぎ上げる。

 しかし、さすがにダメージをもらいすぎた。

 海斗の体が痛みに沈む。

 

「カイト! くっ!」


 ヒビロもまた、結界内であるため、満足に動けない。

 海斗は諦め、彼女を思いきり放り投げる。

 一緒に死ぬよりかはマシだろう。

 

「カイトっ!」


 ヒビロが叫びながら手を伸ばしてくる。

 これで死んだら、どうしようかと考えていたが、まあどうにかなるか。

 そんな気楽な考えが浮かび、海斗はヒビロに笑みを向けた。

 ヒビロの着地までは考えていないが、悪くて骨折程度ですむはずだ。


「さあ、ここに、オレの証を残させてもらうっ」


 海斗は剣を鞘にしまい、溢れる魔力の衝撃波に飲み込まれた――。



 2



 三日が経過し、街も段々と姿を取りもどしていった。

 ゴゾッガの仲間達の行動はあったが、魔族たちの選んだ道は、結局は人間との共存だ。

 もちろん、ゴゾッガに賛成するものもいる。

 そして、それらの少数意見に対しても、耳を傾けていく。

 正直言って、すべてを否定できない部分もある。


 だが……魔族の多くは理解している。

 どれだけ裏切られることになっても、いつかは人間の力が必要になってくる。


「……人間を奴隷にして、か」


 ゴゾッガの仲間達は、人間を捕らえ、それこそ家畜のようにして扱うことを提案している。

 それもおかしなことはない。

 だが、人間のすべてが魔族に敵対しているわけでもない。

 悩ましい問題であった。


 ヒビロは、部屋の机にぐだりと寝そべる。

 部屋がノックされ、ヴァルロが入ってくる。

 ヴァルロも怪我をしていたが、すでに歩ける程度には回復したようだ。


「……カイトは見つかったか?」

「……いえ、カイトさんは今も捜索していますが……どこにも」

「そうか……」


 胸が締め付けられるように痛んだ。

 最後に見せたカイトの笑み。それを思いだし、ヒビロは短く息をはく。

 あれは、ヒビロの迷いを振り払うために浮かべてくれたと思った。


 いずれは直面する、主張のぶつかりあい。

 共に生きていくか、奴隷として人間を捕らえるか。

 それに間違いはなく、どちらも正しい。

 そして、恐らく……少数意見は決してなくならない。

 最後は……ゴゾッガのように力で捻じ伏せるしかないのかもしれない。

 それでもヒビロは、自分の共存という考えに迷いを持たないために、カイトの笑顔を思いだす。


「もしも、本当に隊長を目指すのであれば、この傷にも慣れてください」

「分かっている。一人の部下をなくしたくらいで……これほど落ち込んでいるなんて隊長失格だな」

「……そうですね」


 わかってはいても、心の整理は簡単にはつかなかった。

 カイトがいなければ、どうなっていたかは不明だ。

 例えば、父上の前でゴゾッガが自爆をしていたとしたら、恐らく……国が傾くほどの大打撃となっていた。

 まさしく、カイトの行動は英雄に値するものだ。

 思えば、カイトについてはまるで何も知らなかった。


「……これが、隊長か」

「そうですね」

「すまない、な。……あと一週間は寝込んでしまうかもしれない」

「……わかりました。ですが、隊員のみなさまも……元気なヒビロ様をみたいはずです。悲しいのは……ヒビロ様だけではありませんから」

「おまえもか、ヴァルロ」

「彼がいなければ、私も死んでいたかもしれません。少なくとも……ヒビロ様を守り抜くことはできませんでした」

「……そうか」


 ヒビロは短く息を吐いて、席を立つ。

 

「タユとレードは?」

「タユさんは毎日しょんぼりとしています。レードさんは……一応明るくふるまっていますが、空元気、といったところですね」


 同期のメンバーがこうも早く死んだのだ。

 これから先、騎士として活動できなくなるほどのトラウマになる可能性もある。


「カイト……」

「ヒビロ様……悲しい初恋でしたね」

「な、何を言っているか! 助けてもらってかっこいいと思っただけだっ、そこまでは言っていない!」

「顔真っ赤ではありませんか」


 ヴァルロが苦笑し、ヒビロは顔をそっぽに向ける。

 ヒビロの心中では、自分への言い訳の言葉がいくつもあがるが、むしろそれが余計に肯定しているように感じた。

 逃げるように部屋を出る。

 廊下を歩いていくと、リビングで呆けたタユとレードを見つけた。


「二人とも、何をしている?」

「……はー」


 タユがぬけた声をあげ、気づいたレードが慌てて口を開いた。


「精霊たちの木漏れ日。天は雨を呼び、人の心に悲しみを与える」

「……なるほど。つまり、レードはカイトの死を悲しんでいる、ということだな」

「否定……とはいえない。いいライバルになれると思っていた」


 レードの言葉にようやくタユも現実に戻ってくる。

 慌てた様子で彼女は頭を下げてくる。

 今、そこまで厳しく伝えるつもりはない。


「カイトの死は……確かに悲しいものではある。だが……部隊に入った以上、そういう可能性も……ある」

「……精霊王も同じことを言っているはず」

「明日、私が死ぬかもしれない。明日、隣にいる者が死ぬかもしれない。そういう危険な世界で私たちは生きている。これから、もしも人間との戦争が始まれば……もっと多くの死がある」


 ヒビロは今まで、死というものついてまるで考えなかった。

 もちろん、創作物やそういう体験を聞いたことはある。

 だが、それらはあくまで知識として得たもの。


「……今回、私もそれを……理解できた。悲しんでばかりも……いられない。もしも、戦争であったら……一人が死んでいるのを悲しんでいる間に、もっと多くの死体ができあがってしまう。……だから、私はカイトが言っていた人間と魔族、どちらも楽しく暮らせる世界を……作るために生きる」

「……ヒビロ様」

「だから、だ。おまえたちも……手を貸してくれないか?」


 今までは、隊長としてとにかく、強さを見せなければならないと思っていた。

 魔王の娘とはいえ――いや、魔王の娘だからこそ、コネでの隊長昇格と思われることばかりだ。

 弱さを見せれば、仲間たちに舐められると思っていた。

 しかし……ヒビロという魔族はそれほど強くない、と分析できている。

 カイトが見せたような笑顔を浮かべてみる。


「……あの、ヒビロ様ってもっと怖い人だと思っていました! 私、驚きました!」

「ほぉ、正面から言うか」

「わっ、ご、ごめんなさいっ!」


 タユが慌てたようすで頭を下げる。

 弱くてもよい。

 ヒビロはカイトの言葉を胸に抱きながら、笑顔を二人に向けた。



 3



「……勝手に死んだことにしやがってな」


 アオイから送られてきた文章に目を通し、額に手をやる。


(まあ、それもそうじゃろ。実際……今おぬしは死んでいるようなものなんじゃからな)

「……」

 

 はぁ、と海斗は痛む体を引きずった。

 時空と時空の狭間。

 そこに作られた島に、海斗は流れ着いていた。

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