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乙女ゲー短編

ごめんなさい、宇宙語は理解できません

作者: まめ

 問題児ばかりの通称クズ組は、三学年纏めて校内の外れにある旧校舎に隔離されている。その方が色々と大人にとり都合がいいようだ。その旧校舎にも通称があり、生徒間ではクズ組本部。またはそれを略して本部とも呼ばれている。どうやら彼らがクズ組に抱くイメージはヤクザに等しいものらしい。勿論一般生徒は本部はおろか、その付近には誰一人として近付きやしない。

 そんなクズ組のテリトリーに一般生徒がいるのだから、普段は飄々としている(ちがや)がそれを見て驚くのも無理はないだろう。茅が侵入者を観察してみると、その人物は茅よりも大きな背丈の男子生徒だというのに恥も外聞も無く号泣していた。まあ声は押さえて泣いていただけましかもしれないが、それにしてもこれはない。更に彼が泣いている理由を聞いてみたところ、あり得ないくらい阿呆らしいものだった。


「ええー。 なに? 高校生のくせに迷子なの?」


 男子生徒はずびずびと鼻を鳴らし、なおも泣き続けた。高校生にもなって校内で迷い子とは、なんと阿呆らしい理由だろうかと茅は呆れてしまった。


「……ず、ず、ずびば、ぜん。だって、宇宙人、みたいな、人に、おい、追いかけられて。き、気付い、たら、ここに、いたんです。す、すびばせん」


 男子生徒は泣き過ぎて上手く呼吸が出来ないらしい。引き攣った息をしながら何とか言葉を紡いだ。


「ああー、あんたも宇宙人の被害者なんだ。じゃあしょうがないよね。だってあれ、日本語が通じない生き物だもんね」


 茅の言う宇宙人とは、電波少女として既に校内では有名な霞麗(かすみうらら)のことだ。彼女が言うには、この世は恋愛ゲームの世界で彼女はそのヒロインらしい。そしてゲーム内の攻略対象の少年達は霞に恋をし、彼女はハーレムを築くのだそうだ。それからサポートキャラの少女は霞の為に少年達の居場所を常に把握し、彼らのあらゆる個人情報を彼女に教えなければならないとのことだった。その事を霞も黙っていればいいのだが、誰彼構わず話してしまい、転校してきてからあっという間に触ってはいけない危険人物として有名になってしまった。

 まあその様な思考を持った人間になど、誰も関わり合いになりたくないだろう。それは茅も同じく絶対に彼女に関わり合いになりたくない。それでも近寄って来たら、思わず殴ってしまうかもしれない。


「い、意味分かんない、事ばっか言われて。それっ、それで逃げちゃって。その時に、け、携帯落としちゃって、友達にも連絡、出来なくって。う、宇宙の、言葉。分かっ、分からないです。ごめんなさいって、言いました」


 珍しく茅は、必死で引き攣りながら話す少年に辛抱強く耳を傾けた。どうやら彼は登校し自分のクラスに向かう途中で宇宙人に捕獲されてしまったらしい。彼は何度も何度も会話を試みたようだが、わけのわからない言葉しか返って来ず、それが怖くてどうしようもなくなり逃げて来たらしい。無理もない話だ。誰だって初対面の相手に、あなたはゲームの攻略キャラで私に恋する予定なんだよ☆ なんて言われて恐怖を感じずにいられるだろうか。


「分かる分かる。俺もあいつ見かけたら、ついつい視界から消したくなるくらい嫌いだし。ていうか存在自体をこの世から消し去りたくなるよね」


 まあ茅ならば恐怖よりも不愉快が勝って暴力を振るうだろう。というか本当に殺しかねない。あ、煩わしい蚊を退治したよ。くらいの感覚でやりかねない。


「うちの兄と、同じこと、言ってますね」


「そうなんだ。じゃあ、あんたの兄さんとは気が合うかもね」


 泣いていた男子生徒はようやく呼吸が落ち着いてきたらしい。先程よりも滑らかに話せるようになっている。


「うちの兄は、社会的に抹殺してやるって……」


「ああー。そういうのも楽しくていいよねー。シロ先輩に頼んだらしてくれるかも」


 どうやら男子生徒の兄も茅や白夜(はくや)と同じく危険人物らしい。人の肉体を抹殺するのも恐ろしいが、人を社会的に抹殺するのも相当に恐ろしい行為だ。


「こら、茅なにしてんの! 弱い者いじめしたらダメでしょうが! 可哀想にその子、恐怖のあまりに泣いちゃってんじゃん」


 まわり将棋で勝負をしようと茅を探していた(あかり)は、見付けた彼の隣に涙を流す男子生徒がいるのを見て慌てて声を掛けた。弱い者いじめか、カツアゲか、はたまたただの暇つぶしか。どれか分からないがきっと茅が泣かしたに違いないと星は思った。


「はあ!? 勘違いしないでよね、あーちゃん。俺がこんな弱っちいの相手にケンカ売るわけないし」


「ええー。だってあんたこの間、厳つい不良みたいなの泣かしてたじゃん。まあこの子は厳つくないけどさあ」


 嘘をつくなよと星の表情は険しくなった。つい数日前だ。茅がこの付近で不良を泣かして土下座させたのは。高校生の男子が土下座する場面なんて、普通に生きていれば見ることはないし、ましてや土下座されることなど皆無に等しいだろうに。それを偶然見てしまった星はドン引きした覚えがある。


「あれはちょっと、お願い聞いてもらってただけじゃん。それよりこの人。宇宙人に絡まれて逃げてたら、携帯落としちゃって迷子になったらしいよ」


「ああー、それは可哀想に。……でも迷子って自分の学校で?」


 相手に土下座されながら、自分がお願いするってどんな状況だよと思ったが、そこを掘り下げても経験上から疲れるだけだと分かっているので星はスルーを決め込んだ。茅は常人とは異なる不思議ルールで生きている人物だから気にしたら負けだ。彼の事を理解できるのは、同じく常人と異なるルールで生きている白夜と幸春くらいなものである。まあ最近は秋雪という、やっぱり不思議ルールの住人であるお友達が増えたのだけれども。それにもしかしたら常識人だと思っていた睦月も、そろそろ不思議ルールの住人に仲間入りするかもしれないので、仲間はこれからも順調に増えそうな気はする。

 それにしても宇宙人に追われたのには同情するが、自分の通う学校で携帯落としたくらいで迷子になるものだろうかと星は男子生徒に疑問を抱いた。普通は迷子になんてなりはしないし、いくら無駄にだだっ広い白鳳学園とはいえども滅多にない事だ。

 あれ、なんだか嫌な予感がする。なんでだろう。


「有り得なくね? お前どこの箱入り坊ちゃんだよ。やんごとなき身分なの?」


 いつからいたのだろうか。幸春が呆れた顔で男子生徒を見ていた。彼の隣には睦月と白夜もいる。

 あれ、これやばくない? いつものパターンじゃない?


「あ、じゅん君だ。この子は一年S組の寒菊隼(かんぎくじゅん)君だよ。ハルの言う通り。彼は箱入り中の箱入りだねえ。シロ先輩とどっこいどっこいの超お坊ちゃまだよ」


 にこにこと笑みを浮かべて睦月がそう言った。星の予感は早速的中である。

 ムーミンと知り合いとか最悪じゃないか!

 もう星は隼を危険人物としか思えなくなった。それから現在、屋上で宇宙人撃退スイッチの改良工事に着手している秋雪を思い浮かべ、彼女は深い溜息をついた。それによくよく見れば隼も、ショートレイヤーをベースに緩いふんわりしたパーマがかかった爽やかイケメンヘアーが違和感なく似合ってしまう顔を持っている。そう美少年だ。

 ああ、宇宙人ホイホイがまた増えてしまったかもしれない。


「へえー。まあ俺は見ての通り、箱入りでもなんでもねえけどな。けど俺んち位の家柄なら、こいつ箱入り坊ちゃん界のプリンスじゃね?」


 それまで黙っていた白夜が訳の分からないことを言った。まあなんと言うか仮に白夜が箱入り坊ちゃんだとすれば、この世は世紀末状態に陥るだろう。きっとそこら中で、ひでぶが見られるに違いない。

 シロちゃん先輩。あなたはどう見てもドラ息子です。本当にありがとうございます。ていうか、そもそも箱入り坊ちゃん界って、どこに需要がある世界なんでしょうか。なんていうか箱入り坊ちゃんしかいないという事は、皆マザコンだったりピーターパン症候群だったりするんでしょうか。嫌悪感、半端ないです。

 星はそれを想像すると気持ち悪くなり、背筋がぞぞっとした。


「じゃあ、あだ名はハコ王子だね。一昔前のナンセンスさが光ってていい感じだよね」


「よっ! ハコ王子!」


 自由人の茅が、またもや付けられた相手が不憫になるあだ名を考えた。これは睦月よりも酷い。茅の言う一昔前のナンセンスさが物凄くダサい。イケメンという事実が霞んでしまうくらいだ。

 調子に乗った幸春がすかさず、どこか懐かしい掛け声を発した。何かどこかで聞いたような感じがするのは気のせいだろうか。


「え、あの。ちょっと意味が」


「じゅん君。諦めた方がいいよ。こうなったらこの人達、人の話はまず聞かないから」


 睦月は戸惑う隼の肩を持ち、彼の顔を見据えてから首を左右に振った。不思議ルールの住人たちの事は気にしたら負けである。


「え。そうなんですか?」


「そうだよ。だって僕のあだ名ムーミンだよ」


「……そ、それは、なんていうか。その」


 これは笑った方がいいのだろうか。それとも怒った方がいいのだろうか。隼はどういった反応を返せばいいのだろうかと悩んだ。

 確か睦月といえば、鬼の生徒会会計として恐れられていたはずではなかっただろうか。どんな小さな不正会計も許さず。各部が部費を要求するのには、個人事業主が銀行に融資をお願いしに行くのかと勘違いしそうになるほど細かくきっちりとした書類が必要だったと記憶しているのだが。そんな彼にムーミンなんてあだ名を付けるだなんて。度胸があるのか、はたまた馬鹿なのか。それとも、そのどちらもなのだろうか。


「ひどいでしょ? やんなっちゃうよねえ」


 はあ、と隼は無難に答えた。そうですねと肯定すればクズ組のメンバーが怖いし、そんなことはないですよと否定すれば睦月が怖い。どうしようもなかった。もう嫌だ。お家に帰りたい。折角泣き止んでいたというのに、隼はまた泣きそうになった。

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