第二章序 暗闇の夢
「龍二ーーっ!」
兄ちゃんが叫んでる。僕の名前を呼んでいる。
初めて見る、兄ちゃんの青ざめた顔。やだな。大丈夫だよ。
だってこれは夢だもの。
きっと次に目が覚めたら、兄ちゃん達が居て、『それは夢だよ』『怖い夢だよ』…って。
だからもう、心配しないで。
だってほら。
僕は背中から串刺しにされたはずなのに、どこもちっとも痛くないんだ。
血だっていっぱい出てるけど、僕、全然苦しくないんだよ。
───だから、心配しないで、兄ちゃん…。
僕は口を開いて、そう言おうとした。
だけど、口からこぼれ出たのは言葉じゃなくて、たくさんの血。
───あれ?
僕は全身から力が抜けるのを感じた。さっきの夢と同じだ。
胸が痛くなるほどの恐怖。
夢だと解っていても、やっぱり恐いなあ。…恐いよ…兄ちゃん。
思った途端、涙が出た。
ひょっとしたらこれは現実で、本当に死んじゃうのかも。
…嫌だ。嫌だよ。兄ちゃん。…死にたくないよ。
そう言えば僕は、ずっと昔からこんな気持ちを感じていた気がする。
ずっと昔から、こんな夢を見ていたような気がする。
ずっとずっと、もう覚えていないくらいずっと昔から…。
繰り返し、繰り返し、同じ夢を。
兄ちゃん。僕の大好きな兄ちゃん。
夢が…この悪夢から目が覚めても、きっと兄ちゃんは、僕の兄ちゃんだよね?
僕のたった一人の、世界で一番大好きな、僕だけの兄ちゃんだよね?
僕はどうしてもこれだけは伝えたくて、ままならない舌を必死になって動かした。
「大好きだよ…兄ちゃん。ありがとう…」
うまく言葉にできたかわからない。だけど、どうしても伝えたかった。
大切なこの気持ちだけは、兄ちゃんに。
伝わったかな?…伝わってると、良いな…。
「……っ!!」
兄ちゃんが…あきにいや、大兄ちゃんが、なにか言ったような気がした。
だけどもう僕には何も聞こえなくって。
心臓の音。だんだん小さくなる。
なにも感じない。
目の前に広がるのは、どこまでも続く暗闇。
僕の一番恐いもの。
最後にそんな暗闇の中で立ちすくむ自分の姿を見た。
なぜだかとても──哀しそうだった。