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作者: 吾井 植緒

社会人の方は会社の事は忘れて、広い心でお読みください。

「ヘぁ?」


俺のキャラではない、鼻に抜けたような間抜けな声が思わず出てしまった。

机に置かれた封筒を見て、俺はそれを差し出した彼女を見る。

俺と会うと大抵キュッと結ばれるその唇にしゃぶりつきたいとか、こじ開けたいとか思ってる場合じゃない。

いや、こじ開けるのはもちろん俺の唇であって、放送禁止(ピー)音だと途端に鬼畜なエロ風味がしてなんともとか思ってる場合でもない。


『辞職願い』


彼女の手書きで書かれた文字に俺は少しだけ、ドッキリであって欲しいと部署内を見回してしまう。

だが、残業をしている連中はコチラを見向きもしない。

男に見つめられるのは趣味じゃないし、彼女を見てる奴がいたら即効排除してやろうとは思ってたけど、今はコッチを見てドッキリだと笑ってくれた方がマシだった。


「はーっ」


今のは溜息ではない、深呼吸だ。俺はこの封筒の中身を見る勇気が無い。

深呼吸でもしないとこんな恐ろしいものは見ることが出来ない。

彼女の前で組まれた手がピクリと震えるのが見える。

俺はその指を見るたびに、細いなぁしゃぶ・・・逃避している場合じゃなかった。


ガサリと開ける。多少乱暴な手つきになるのは仕方が無い。

辞表か。ああでも、俺と結婚するとなったら会社辞めることになるよなぁとか考える。


でも俺と彼女はそんな関係になってない。


そうだよ、入社してきた彼女を見て一目ぼれした俺は虫を排除しまくって頑張り屋な彼女が俺の部下になって、仕事にも慣れてきてそろそろ本気出しちゃうよってなったトコだったんだよ。


無情な彼女の仕打ちに、涙が出そうな俺の視界に移る『一身上の都合』。

タイピングが得意な彼女のテンプレ通りな内容は無機質で封筒の文字のような温かみは無い。


「君は仕事を放り出すような無責任な人ではないと思っていたのだが。」


「一月もあれば、引継ぎは可能です。」


私には、大した仕事もありませんし。そう続けて、彼女は儚げに笑った。


彼女の寂しげな顔を見て、俺は閑散期なのをチャンスだと思っていたのにと眉間に皺を寄せた。

どんどん食事とか、飲みとか、あわよくばデートとか。誘おうと思ってたのに!

チラリと下を見たのは、俺のカバンに入っている旅行のパンフを思い出したからだ。


「あの、安西課長?」


彼女の声に俺はフッと笑ってしまう。流石にお泊りデートは先走りすぎだったな、と。


「それで、辞めてどうするんだ?」


まさか、別の虫が付いてしまってソイツと結婚しますじゃないよね?

俺の目は今涙目で、あまつさえ血走っているかもしれないので、それを隠すように目を細めた。


「・・・。」


答えない彼女に焦れた俺は聞いてみる。


「転職か?」


彼女はフルフルと首を横に振った。

その度に彼女の短めの髪からシャンプーなのか甘い香りが漂う。

常ならその香りに目を瞑って酔いしれる俺だが今はそんな場合じゃない。


「まあこの業界で、今の会社より上はないしな。ではどうするんだ?」


「・・・。」


彼女は答えない。なぜ答えないんだろう。

彼女に兄弟はいないから、田舎の親が借金で困ってるとかかな。この大企業の給料で賄えない借金か。そういう事なら力になれるな。俺、給料いいし。君との結婚に備えて貯金してるからね!


「何だ、言えないのか?上司に言えないような事なのか?それとも君は軽い気持ちで会社を辞めるような人間だったのか?」


「っ、違います!」


つい、たたみかけるように言ってしまった俺に応えた彼女の声は細いけれど、聞えにくいわけじゃない。けれど今の否定はいつもより強くて、残業していた連中がコチラを向いていた。

俺が何でもないと手を振っていると彼女が頭を下げた。


「・・・も、申し訳ありません。」


「どうした。常に冷静な君が大声を出すとは。図星か?会社に不満があって、あてつけで辞めるとかそう言うことか。」


俺はさりげなくいつも君を見ている的な意味で冷静だと評価を混ぜる。

ああ、もし会社に不満があるなら俺に相談してくれればいいのに。相談を受ける内にいつしか二人は・・・なんてね!


「いえ、結婚するんです。」


は?


「君、彼氏いないだろう。」


俺はビックリしすぎて思わず手札を晒してしまった。

だが、俺の情報によれば彼女に彼氏はいない。

それとも『相手は貴方です』とか言って逆プロポーズしてくれるつもりなのかな?かな?

そんな俺の希望は打ち砕かれる事になるとはその時の俺は思ってもみなかった、って事にならないでお願い!


「え、あ、そうですけど。田舎に帰って、見合いするんで。」


ハハハ、一瞬で砕かれる希望ってどうよ。俺はなんで知ってるんだコイツと言う視線があるかと思うと彼女の顔をマトモに見れなかった。今弱っている精神にそれはキツイ仕打ちだからだ。


「・・・・・そうか。」


「ハイ。では、失礼します。」


打ちひしがれた俺は若くして課長になった優秀な頭脳が働かず、ニベもなく立ち去った彼女を引き止めることが出来なかった。


 ※


「ばーか、ばーか。とうとう見限られたか。ばーか。」


罵倒されている俺はうるせー、このハゲと言いたいがグッと我慢する。

何しろ相手は部長で俺は課長だ。ちなみに部長はハゲてはいない。


「お前に俺は再三言ったよなぁ。課内の空気見とけって。やっぱ居辛くなって、辞めちゃったじゃん。」


俺から掻っ攫った辞表をヒラヒラさせて、部長は笑う。

課内の空気?彼女が居ればピンク、いなければ土留色だな。それよりも奪われた辞表を取り返したい。


「今時珍しく、チャラチャラしてない真面目ないい子だったのに。」


なら、辞表を撤回させればいいと保留を願う俺に部長は甘いと吐き捨てた。


「残念だけど、引き止める程の人材じゃないし、辞表は受理するしかないな。」


「そんな!」


「お前だって、俺だって辞表出しゃそれで終わりさ。会社なんて、そんなモンだ。だから、こうなる前に、お前がどうにかするべきだったんだ。」


お前の失態だから次の評価は覚悟しておけと部長は告げた。

そうだな、あれだけ優秀な彼女が辞めるんだ。俺の人事評価は最悪になるだろう。そして俺の気分も最悪だ。


「せめて、辞めるまでの一月は彼女が居心地いいようにしてやれ。引き継ぐ人材は俺が用意してやっから。」


項垂れる俺の背を叩いて、部長は日本酒のお代わりを注文した。

その日、俺はベロンベロンになるまで飲んだのだった。


「おいおい、信じられないねー。まるで分かってないじゃないか。」


部長にタクシーに放りこまれたのは覚えている。

だが、マンションの部屋にどうやって戻ったかが記憶にない。


「あの子にはやはり相応しくない。」


夢に出る女は彼女だけでいいのに、俺を叩いたこの女はなんだったんだ?


 ※ ※


翌日、最悪な事に俺は二日酔いになっていた。

背中が痛い。

スーツのまま寝てしまったので、シャワーを浴びようとジャケットを脱いだら背中に足跡があるのに気付いた。

女ものの靴跡だ。夢では叩かれたと思っていたが、どうやら何者かに蹴られていたらしい。


念の為、部屋を見回るが誰もいない。


良かった。お持ち帰りとか冗談じゃない。

俺は彼女以外持ち帰る気はないが、顔がいいと言われる俺を持ち帰ろうとする女がいたりするのだ。昨日はべろべろになってたし危ない所だった。せっかく今まで清い身を守っていたのに、ココに来て変な女に持ち帰られたなんて冗談じゃない。清い身って、童貞って意味じゃないぞ!遊び人なんてマジメな彼女には軽蔑されそうだし、結婚相手としても相応しくない。そういう訳で、今は清い身だが経験はそれなりに積んでいるというバランスのいい俺である。

彼女とは何も始まってないのにとか言うんじゃないぞ。俺は基本的にポジティブなのだ。若くして出世するなら俺位ポジティブでないとやってられないだろう。


そんな感じに自問自答しながらシャワーを浴びて、幾分かスッキリした俺はエリートらしく身支度を整えた。朝食もしっかり取りたいが、二日酔いなので軽めに済ます。


よし、残り一月。

なんとしても彼女を田舎に帰らせないぞ!


なんて気合を入れたのもつかの間。絶賛頭が痛いです。

二日酔いのせいだ。俺は頭痛が長引くタイプなのだ。いつもは仕事でアクティブに社内を回ったり、社外に出たりしている俺が机でウンウン唸る羽目になっている。


彼女を見れば、涼しげな顔でパソコンになにやら打ち込んでいる。ああ、やっぱり彼女がいると課内はピンクになる。花が舞いそうだ。

そうしてうっとりしていると、何時の間にか俺の前に部長とその刺客が立っていた。


「おお、無事だったか。」


そういって部長はハゲてはいない頭を撫ぜた。二日酔いで青い顔なのに無事と言われるとは、どんだけ昨夜は飲んだのだろう。

なんとか頷いた俺に部長は後ろの若い男を紹介してきた。


「安西課長、例の件、コイツが引き継くからヨロシク。」


部長に促され、刺客は頭を下げてから笑顔を見せた。なんとも爽やかな笑顔だ。あまりの清涼感に二日酔いの俺への嫌味かと思う。


「鈴野 良太郎です。よろしくお願い致します!」


しっかりした声にガンガンと頭を揺さぶられた。そんなこんなで引きつっている俺に構わず、鈴野は引き継ぐ担当は誰かと聞いた。


「いい男だろう。エース候補だから色々な課を回らしてるんだ。キッチリ鍛えてやってくれ。」


部長が爽やかエース候補の後ろでニヤニヤしながら言った。俺は彼女の引継ぎにわざわざ爽やかな若い男を、しかもエリートを用意してきた部長を内心で扱下ろす。なんで、残り一ヶ月、爽やかエリートと、彼女を近づけなくてはいけないんだ、このハゲ!


「波多野、コッチに来い。」


しかしハゲが去りそうもないので、俺は仕方なく彼女を呼んだ。

正直、爽やかなイケメンと彼女を会わせたくない。けれど部長の指示では仕方が無い。まだ課長な俺は会社を牛耳れない未熟さに泣いた。


「課長、何でしょうか。」


涼やかな彼女の声に俺は精一杯できる笑顔を見せた。二日酔いで青いのは仕方がないが、顔がいいと評判の俺の良い表情を彼女に見せ付ける必要があるから頑張った。


「君の、仕事を、引き継ぐ、鈴野君、だ。」


無駄に句読点が多いのは笑顔を固定し続けるのが苦しかったからだ。二日酔い的な意味でも。


「鈴野 良太郎です。波多野さん、よろしく。」


「あ、ハイ。波多野 愛美(まなみ)です。よろしくおねがいします。」


俺は入社当時を思い起こさせる彼女の爽やかな挨拶に嫉妬した。若い男にそんな挨拶しないでほしい。


「引継ぎってさぁ~、波多野さん辞めるのぉ。」


嫉妬を、彼女の前で表情に出してはいけないと堪えていた俺は、部長もいるというのに会話に割り込んで来た女性社員を思わず睨んだ。おい、上司同士の話に割り込むんじゃねーよ。しかもなんで嬉しそうなんだ。そんで語尾を延ばすとかありえない。そんな奴俺の課に居たのかよ。信じられん。

そんな私怨が混じった俺はすごい顔になったようで、その女性社員は以降黙って仕事に戻った。懸命な判断だ。俺は厳しい上司である。


そうして愛美の方を見ると彼女はなぜか下を向き、鈴野が彼女の華奢な肩を叩いていた。流石エリート手が早い、じゃねーよ。何してんだ、鈴野ー!

しかしハゲ部長が見ているので、俺は私情でそれを咎める事も出来ず歯をギリギリ言わせながら仕事をしろと言うのがやっとだった。


「え、こんな事までやってるんですか、波多野さん。すごいですね!」


二日酔いと戦いながら、何とか書類と格闘する俺の耳には自然とキャッキャウフフな会話が入ってくる。


「・・・そんな、雑用ですから。」


愛美はそう言って謙遜するが、堅実で確実な仕事振りは評価に値するものだと俺は思う。

縁の下の力持ち的な仕事は愛美に任せると確実だと、俺は仕事を回していた。

重要視してたんだ、俺は。


「そうそう。波多野さんてぇ雑用とぉ、会社での男あさりしかできないんですよねぇ。」


なん、だと?

さっきのとは別の女性社員がほざいだ言葉に俺は二日酔いも忘れ、ギンと目を見開いた。

なんで俺の課の女性社員はどいつもこいつも語尾を延ばすんだ?しかも俺の愛美が男あさりなんて、そんな事してる暇ないように仕事目一杯させてんだよ。冗談じゃねぇ!

そんな俺の気迫が届いたのか、愛美に嫌味を言った女性社員がビクリと震えた。

俯いた愛美に駆け寄ろうと立ち上がった俺は二日酔いの頭痛に襲われ、再び机に沈没する。

クソ、情けない。


「その雑用が重要なんじゃないですか。それにこの仕事の量で男あさりなんて、してる暇ないですよね。」


ああああ、しかも爽やか鈴野に手柄を横取りされた。

クッ、流石部長の用意した刺客だ。中々手ごわい。

そうなんだよ、雑な用って書くけど重要なんだよ、雑用。男あさりする暇ない位大変なんだよ、雑用。


「ねえ、波多野さん。その俺に引き継ごうとしないその仕事って、誰かに押し付けられてんじゃないんですか?」


たとえば、この人とか。

そう言って、鈴野は嫌味な女子社員を指差した。図星なのかそいつは顔を逸らしている。

二日酔いになんとか打ち勝った俺は愛美の机にようやくたどり着くことが出来た。


書類の束には、涼やかな彼女にしてはファンシーな可愛らしい付箋が付いている。それには『前島さん金曜まで』と愛美の丁寧な文字が書かれていた。


「前島、どういう事だ。」


そういや、コイツ前島って名前だったよなと俺は書類を捲りながら声を出す。

爽やか鈴野ばかりにイイトコを見せさせる訳にはいかないのだ。


「コレはお前の担当の案件だ。なぜ波多野にやらせている。」


「か、課長ぉ。」


汗の浮いた化粧の濃い顔を睨んだら、二日酔いの頭痛が増す。

けれど、びっくりしたような顔で俺を見る愛美を見たら、癒されてしまった。


「波多野も残業にならないよう調節しながら仕事をするのは流石だが、管轄外に手を出してミスがあったらどうするつもりだ?」


「課長、そんな言い方しなくても!」


抗議してきた鈴野には、つい私情がまじった睨みを利かせてしまった。

俺だって、課長でなければお前みたく全面的に愛美の味方したわい!


「波多野、今ある書類は全部出せ。」


「あの、課長。」


「机を粗探しされたくなければ、自分で全て出すんだ。」


拒否したら彼女の机を嘗め回すように見つくしてやるぜ、なんて思ってはいない。俺は怒っていた。

俺の本気を悟ったのか彼女は書類を出した。表に貼られた付箋に名前があるのをピックアップして俺は中を確認する。


「河口、北村。他にいるなら、俺が見つける前に来た方が身のためだぞ。」


名前を呼ばれ、ビクリとする二人の女性社員。ついでに俺が課内を見回して宣言すると何人か震えるのが見えた。

女が多い課だからか全部女だ。愛美がかわいいから嫉妬したのか?どいつもこいつもふざけやがって。


「そうか。最近課内の書類の出来が良かったのは波多野のお陰か。」


俺は怒っていたが、愛美を褒めると言うアピールも忘れない。仕事が出来るという評価は伊達ではないつもりだ。


「これは一体どういう事なんだ、お前ら。仕事の振り分けに文句があるなら、俺に言え。」


「か、課長ぉ~。」


「いいからとっとと書類を取りに来い!それと!社会人ならムダに語尾を延ばすな。耳障りだ!」


俺は一気に言って、机に戻った。自分が出した大声で頭痛が痛い。頭を抱えてると、机にペットボトルが置かれた。


「何騒いでんのよ、アンタ。二日酔いなんでしょ。」


貰ったスポーツドリンクのペットボトルの蓋と格闘する俺を見下ろすのは、衝立を隔てた隣の女課長だった。こいつは俺の同期である。


「悪いな、向井。」


「やっと事態を理解したのはいいけど。遅いわよ、アンタ。どう収拾つけるのよ。」


向井はヒールを履くと俺と同じ位ある長身だ。派手な容姿のせいもあるが、見下ろされると迫力が増すのだ。二日酔いだからこんなに気圧されるんだと思いながら、俺は課内を見回す。

愛美の机に積み上げられた書類を、受け取りに来た人間の名前を確認しながら渡す波多野は黒い笑顔だ。ふてくされながら立ち去り際に何人かが愛美を睨んで帰るのを見て、俺はどうするかと呟いた。

波多野はこれで課内の人間を把握できたのだからいいだろう。フォローは必要無い。愛美と、彼女に仕事を押し付けた連中は要フォローだな。特に仕事を押し付けた奴等、これで懲りなければ愛美がいなくなった後に次なる獲物を見つけないとも限らないし、愛美に八つ当たりで何かするかもしれない。


「安西。」


「分かってるよ、向井。部長にも言われてたんだ。俺は課内を掌握してなかった。俺のミスだ。何とかする。」


何時だって真正面に立ち、にらみ合い競い合う俺たちだから、向井にこんな気遣う声を出させるなんて嫌だった。どうせならもっと咎めて欲しい気分だ。何しろ、俺の愛美が被害にあってたのだ。何て情けない自称エリート課長だろう。


「ま、頑張んなさいよ。」


細い腕からは考えられない力で俺の肩を叩き、スタスタと立ち去る向井を見送る。これは叩いたというより殴ったと表現したい所だ。ものすごく痛い。二日酔いの頭痛を忘れる痛さだ。

とにかく反省は終わり!と俺は気持ちを無理やり切り替えた。俺ほどのポジティブになれば、コレ位昼飯前なのだ。


そうして時計を見れば、ちょうど12時。俺はスポーツドリンクを一気飲みして立ち上がる。


「波多野、行くぞ!」


勢いに任せて、愛美に声をかけた。言葉が足りないのは照れなので、致し方ない。


「え?課長?」


「お前の弁当は鈴野にでもくれてやれ。俺が奢ってやるから、たまには付き合え。」


俺は戸惑う愛美を連れ、ざわめく課内を後にした。取捨択一で、他へのフォローは後だと決めたのだ。俺は辞める愛美を優先する。仕事も大事だが、人生も大事なのだから。


 ※ ※ ※


カッコよく、颯爽と愛美を先導して店に入るまでは良かったのだ。

実にエリートイケメン課長らしいエスコートぶりであったのではないかと思う。今まで脳内シュミレーションを繰り返してきた成果が今ココに!とまで思った位だ。きっと、愛美もカッコいい俺を恍惚と見上げながら着いて来ている事だろうと。ついでにこのまま一生着いていこうと思ってくれたら、万々歳だと。


「あの、安西課長?」


しかし現実は非常だった。何時だってシュミレーション通りとはいかないのだ。完璧だと思ったプレゼンでさえ、何かズレてるねぇと評価されてしまう世の中なのだ。

困った眉で俺を見上げる愛美がいてもおかしくない。


「ホントに、大丈夫ですから。皆さんに仕事を手伝ってと言われて、嬉しかった位で。私なんか手伝っても大した助けにならないと分かってはいたんですけど、まさかこんな大事になるなんて・・・。」


愛美の新しい一面発見をして俺は驚いていた。

すげーネガティブだったんだね、愛美。超ポジティブな俺とちょうどいいんじゃない?

脳内ではそんな口説き文句が踊っているが、俺のヘタレな口からそれが出る事は無かった。


「唯でさえ、課の空気を悪くしてるっていうのに。こんな、最後で・・・。私が出来もしないのに断りきれないのが悪かったのに、忙しい皆さんに迷惑をかけるような事をしてしまって。本当に申し訳ありません。」


あれれ?なんで愛美は頭を下げているのかな?

悪いのは仕事を押し付けたアイツらで、被害者は愛美なのに。

え?もしかして、俺が叱る為に昼飯誘ったと思われてる?


「・・・波多野、それは違う。」


ビックリしすぎて何も言えないと思っていたが、ヘタレな俺の口は頑張った。頑張ってくれた。

誤解を解かなくてはと、俺の脳はこれ以上無い位の回転をしている。


「ランチAセット、お待たせしましたー。」


「色々誤解があるようだが、とにかく食べよう。話はそれからだ。」


「・・・・・はい。」


二日酔いの俺より白くなってしまっている愛美が食べれるか心配だったが、それは杞憂に終わった。よかった、ココを選んで正解だった。何しろここのランチはどんなに気分が悪くとも美味いと食べれてしまうと評判なのだ。


「コーヒー、お待たせしましたー。」


美味しく食べ終えた食器は下げられ、能天気な声を出す店員が持ってきたコーヒーを啜る。愛美は猫舌なのでフーフーしてるのがかわいい・・・っと和んでいる場合じゃないな。


俺はガバッと頭を下げた。


「すまない、波多野!俺が課内を掌握してなかったばかりにお前に負担が行ってしまっていたようだ。本当にすまない!」


「え?えっ?」


ついでにガバッと愛美の手を両手で握る。


「本当にすまない。君が辞める程思い詰めているとは思わなかった。それもこれも課長である俺の責任だ。是非責任を取らせてくれ。」


「あ、あの、安西課長・・・。」


幸いな事に愛美は俺の手を振り払わなかった。それを良い事に俺は畳み掛ける事にした。チャンスは逃さないのが真のエリートである。


「早々許しては貰えないだろうな。そうだ、なんなら土下座でもしようか。」


「えっ、そんなやめてください。」


「そうか、俺も退職した方がいいか。」


「ち、違いますっ。辞めなくていいですから、そんな必要ありませんっ。」


「でも君は辞職を・・・。」


「わ、私は田舎に帰って見合いをするだけで。」


「愛美はそんなに結婚したいのか?」


「え?今、え?」


「なら俺と結婚すればいい。」


「え?・・・ええ・・・・・え?」


「ん?ええって事は良いんだな。なら決まりだ。」


「いや、違・・・じゃなくて。そんな・・・冗談でしょう、課長。」


泣き笑いの顔になった愛美に俺はとっておきの笑顔を見せて、握っていた手を離す。名残惜しそうな顔をしたのを見逃さない俺は最後の締めにかかった。


「波多野愛美さん、どうか結婚してください!」


「おお、プロポーズ?!」「土下座までするか、漢だな。」


俺の長年の社会人経験で培われた土下座を披露した為に、ギャラリーがざわめいている。


「ちょっ、課長、わかりました!分かりましたから、やめてください!」


「キャー!オッケーしたわ!」「ここまでされたらオッケーするしか無いよね。」


ギャラリーが煩い中、俺は愛美に促されて顔を上げる。


「はやく、でましょう!はやく!」


愛美は真っ赤な顔で俺を睨んだ。俺は店員に祝福の言葉を受けながら、悠々と会計を済ました。営業の経験もある俺は面の皮には自信がある。


「もう、恥ずかしい!信じられない!嫌われてると思ったのに、あんな・・・。冗談よね?もしかして・・・いや、まさか。そんな。」


店の外で愛美が一人ブツブツと呟いている。

俺は今手元に指輪や花束が無い事を残念に思っていた。


会計を終えた俺に気付かずにプルプルしている愛美の片手を俺はそっと捕った。


「愛美は俺に嫌われてると思ってたのか。」


「か、課長!」


「さっきの話は冗談じゃないぞ。俺は本気だ。式は何時にする?」


するっと細い腰に手を回し、俺はこれ以上ない程真っ赤になった愛美に口付けようと顔を傾けた。


「そう、カンタンに、許して、たまるかー!!」


そんな叫び声と共にいつかの蹴りが俺の後頭部に決まった。


「ぐぉっ。」


「か、課長ー!」


これが、愛美の自称守護霊との戦いの日々の始まりでもあるのだが、それはまた別の話。


よくある意中の彼に嫌われてるかも的なオフィスラブのお話に挑戦してみました。

無駄に長い割りに中身が無くなりました。結論として、私にオフィスラブは無理な話だったと分かりました。反省。


残念なイケメンで無駄にポジティブでヘタレな課長と、超自虐系ヒロイン。シリアスは他でいっぱいあるので無駄にちょっとオカルトを足してみました。

ちなみに続きません。

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[一言] 面白かったです。 でも途中まで、ネットで話題の勘助って怖いな~と思いながら読んでました。
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