その2
「って、どうよ!! 信じられる!? どこによびだして何の話をするんだよあいつは!!」
授業から解放された学生達が部活動にアルバイトにと勤しむ放課後。
昼間は賑わう学食も今はその姿を変えて静まり返り、聞こえてくるのは調理場からのおばちゃん達の話声と食器を洗う小気味いい音。
それをBGMにして、私は隣りに座る後輩に詰め寄った。
後輩はといえば、わずかに身を引いて、
「まあまあ、京介先輩がそんななのは今に始まったことではないじゃないですか。……んで。それはともかく、どうして先輩はその話を僕にするんですか。僕がその絢也なんだけど」
と、溜息をついた。何よそのあからさまに嫌な顔。
でも考えてみれば、それもそうか。いや、でも仕方がないのですよ絢也君。
「だってだって、この部活で何か相談するとしたら普通副部長にするもんでしょうよ。他に部員もいないんだから」
そう。放課後ほそぼそと活動する我らが部活動、料理研究部。恥ずかしながら、部員は3年部長の私と同じく3年の京介、それからこの小生意気な1年副部長の絢也のみ。
さらにお恥ずかしいことに、私達には部室というものがない。本来なら調理室を使わせてもらえそうなものだが、残念ながら個人的な理由から使用できないのである。……正直に言えば、私が家庭科の先生との相性が抜群に悪いのです。はい、そうです。部長の私が悪いんですよ。
「ははは」
頬を膨らませる私に、絢也は餃子の皮に身を包む手を休めることもしない。彼は馬鹿にするようにわざとらしく笑って見せて、几帳面にじゃばらを作りあげる。
ちなみに今日の活動内容は、餃子づくり。ニラをたっぷり入れて、ホットプレートで焼くだけの簡単調理。そこ。手抜きじゃないから、勘違いしないように。
「ははは、じゃない。あんたって奴は、なんでそんな肝心なこと隠してた上にこの時期に!? 私達約72時間後には卒業ですよ!」
「知ってます。まあ、だからこそなんですけど。あ、ちょっと先輩、皮からはみ出てますよ。まったく不器用ですね。というか本当は先輩には知られずに卒業してもらうつもりでいたんですよ。ぽろっと漏らしてしまったのが、完全なる僕の誤算でした。ほら、先輩達さえ知らずに卒業しちゃえばこっちのもんでしょう? 一人残された僕が新入生を迎える前にやめてしまえば、卒業式を終えた瞬間にでもこのくだらん部活を廃部においこめるというものです。ねっ?」
絢也は小首を傾げて、にこりと笑う。その間、勿論彼の手は止まらない。精巧に形よく餃子達が精製されていく。
「可愛く言ってもダメなものはダメ。あー。なんでこんな後輩しか入らなかったんだろう」
「それは先輩が無理やり入部届けを書いて出してしまったからでしょう」
……うむむ。
「いっそのこと、一年前に戻りたいわ」
「戻っても先輩なら同じ過ちを犯すでしょうね」
……ううぅ。
「戻れたとしたら、少なくともあんたみたいなのは入れなかったね。うんうん」
「こんな素晴らしい先輩思いの後輩、僕以外にどこにいるっていうんです」
「どこにもいないかな」
「…………」
次々にホットプレートに並べられていく餃子。ちなみに売り物のごとく大きさも形も整った方が絢也の餃子。幼児の粘土細工のように不格好に丸められた方が私の餃子。
うるさい。口に入れて食道を通って胃で消化して外に出してしまえば、形なんて関係ないわよ。文句があるなら言ってごらんなさい。ほら。
「で、なんでやめんのよ」
豚肉の脂まみれになった指で私はお構いなしに絢也を指す。早く手を洗いたいんだけど。
「だって、先輩が卒業したら、この部活にいる理由がなくなるから」
「え、何それ? 告白??」
「まさか。誰が先輩なんかに。先輩、目はあいていますか? 気は確かですか?」
絢也君、即答でした。
「あんた、餃子の皮に包むわよ」
「……」
そして、私たち(ほぼ絢也)の作り上げた餃子の並んだプレートに火がつけられる。あとは個々の隙間にサラダ油を適量たらし、プスプスと餃子の鳴き出す音を待つ。
音がすれば蓋をして、手を洗いに――
「それはそうと先輩」
「はい?」
絢也は脂にまみれた手を手術前の医者のごとく胸の位置まで持ち上げて、私を横目に見る。脂の手で他の物を触って汚したくないのね。その気持ちは分かるんだけど、ちょっといらっとくるよ。その仕草。
「京介先輩のことどうするんですか?」
「どうって?」
まあ、あんたが言いたいことぐらいわかってるんだけど。意地悪でとぼけてみました。
「告白はしないんですか?」
「誰が」
「あなたが」
「なんで」
「好きなんでしょう?」
「うん大好き」
「……」
やがて、小さな音が聞こえてきたことを合図に適当な量の水を流し込まれたアツアツのプレート。大きな音を立ててあがる水蒸気に私が少し後ろに身を引いていると、蓋が閉じられた。
そして再び静かになった学食。
「じゃあ、交換条件とかどうでしょう?」
次に切り出したのは、絢也のほうだった。




