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その5

「拒絶をしていないというならば、求婚を受け入れるということか?」


首を傾げた室長の肩から、散切り状態の黒髪がバラバラとこぼれ落ちる。これが首を傾げた子犬なら可愛いのに。どう見てもぎこちなく動くからくり人形だ。

それにしても、散切りになっても艶はなくならないんだなぁ。羨ましい。

いやいや髪の毛に見とれてる場合ではなくて。


そういう意味で言ったんじゃないんです、と誤解を訂正せねば!


「求婚を受け入れるのは無理なんですけど、室長という人間を拒絶しているわけではない、と言いたかっただけです」


傾げた首をギギギ、と戻したからくり人形…ではなく室長は、またしても凍える視線で刺すようにわたしを見上げる。

ひいいっ滅多にないアングルだから余計心臓に悪い!


「…………わたしを拒絶していないというのであれば、何故求婚を受け入れられないのか、簡略かつ明瞭に説明しなさい」


どえぇぇ~っこんな時にまで上司口調ですか!?

意見を述べるときは簡略かつ明瞭に。研究論文でもそれを心がけること。

一年半余り、助手として部下として、時には生徒として、そう教育されてきた。


頭の中をぐるぐると色んな考えがかけめぐり、簡略かつ明瞭な答えなんて無理無理無理、と泣きそうになる。


室長の人となりは嫌いどころかむしろ好きですよ。

磨き抜かれた殺人的な美貌の持ち主なのに、その容姿にそぐわぬ頑固なペンだこができている指先は、仕事に真剣に取り組む証だと尊敬してます。

性格もある程度慣れてしまえば害の無いものですし、たとえ根暗であろうとまがまがしい雰囲気をまとっていようと、歩く姿を見た愛玩犬がしっぽ巻いて逃げ出そうとも、個性だと思えば思えます。

でも、わたしが知っているフロレスタン室長は、彼という人間を構成するごく一部の情報に過ぎないわけで。

グレイロディアス・なんちゃらかんちゃら・フロレスタンとかいう御大層な名前を持つらしいお偉い身分の方、となると、はっきり言ってわたしの手に余る。


末流貴族でさえ遠い世界の方だと思っているのに、それが名門貴族(たぶん)のご子息から、求婚?

無理無理無理。

絶対無理。

庶民から玉の輿、ってのも広い世間では全く無いわけじゃないみたいだけど、わたしの柄じゃない。

何代か前の国王陛下が門閥貴族の反対を押し切って実力登用主義を断行した結果、一昔前に比べたら随分と身分の差という壁は薄れているのだとは思う。だとしても、その壁は無くなったわけではない。歴然とその存在感を主張している。


室長と女中のお姉さんの間に愛があると思ったから、越えられると励ましたのであって、わたしじゃ無理だ。

わたしと室長の間に、燃え盛る恋だの愛だのの炎はないのだから。


わたしは王立図書館の一職員であるユラ・ブレイズで十分満足してる。

それ以上は分不相応だし、想像も出来ない。


フロレスタン室長もレスター中将も、それを感じさせぬ扱いをしてくれているから忘れがちだけど、住む世界が違う人だ。

だから、絶対に相容れないと思います。


……でも、それを言ったら室長は傷つくかな?

あの薄氷色の瞳が、また潤んでしまうのかも?


なるべくフロレスタン室長を傷つけないように、婉曲表現でお断りをしなくては。ただし簡略かつ明瞭に!

ぐるぐると考えを巡らせながら室長の顔を見れば、答えを待つ表情は深刻な上に早くしろと無言の脅迫を視線でビシバシ放つ。

わわわわ、待たして焦らして期待をさせてるんじゃないんです!

とりあえずお断りの理由を総括して告げるべく焦って口を開く。


「ごめんなさい、よく知らない人との結婚は出来ません!」


「……一年以上共に過ごしてなお、知らぬ者と申すのか?」


わ~ん、また表現間違えた!?

論文を提出する度要約が的外れだと何度も指摘されたトラウマが蘇えりそう……。


「すみませんすみません、これはですね、比喩表現というか暗喩的な……」


弁解しようとするわたしをさえぎるようにフロレスタン室長は息を吐き出す。

溜め息!? 国語力の不足に溜め息!?


「……そうだな、意図した結果ではないが、そなたはわたしの本名を知らぬであろう」


「ああ、そういえばそうですね。随分とややこしいお名前をお持ちらしいというのはレスター中将から聞いて知ってますが……あれ、室長から直接は聞いたこと無いですよね? わたしが忘れてるだけですか?」


「言った覚えはない。一年以上ここに勤めながら、偶然にも誰一人そなたの耳に入れなかったことが驚きだが、かえって良かったのやも知れぬ。

正式に求婚するからには、わたしの口から正式な名を名乗ろう」


「は?ですから求婚されても…」


わたしの言葉なんてお構いなしに、きらきらというよりギラギラした目にわたしの薄茶色の瞳を真っ直ぐ見つめられて落ち着かない気分になったので少し視線を落とす。

形の良い薄い唇がゆっくりと言葉を紡ぎ出すのを、どぎまぎしながら見つめ返した。


「汝の豊穣たる大地の如き瞳に囚われ、瑞々しき果実の唇を奪いたいと欲する者、我が名はグレイロディアス・ドライベル・フローレンス・フロレスタン・ディ・ディオ・リリエンタール。

汝の虜であり(しもべ)であらんと欲す。どうか生涯の伴侶という栄誉を与えたまえ」



…………いろいろ突っ込みどころが多すぎて、情報処理能力が追いつきません!




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