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その2

地下へ向かう為の状態で固まっていた足を即座に引っ込め、勢い良く開けられた扉へと体を向ける。

足音の持ち主は予想通り、上司の自称幼なじみ兼親友である、レスター中将だった。



放っておいたらいつまでも地下に籠もっている呪いの人形を虫干しすると声高に宣言しては、無理矢理にでも太陽の下に引きずり出すのが俺の使命、と明言してはばからない。時には無関係の部下(わたし)をも巻き込んで、庭園でお茶をしたり遠出に連れ出したりと、豪放磊落かつ明朗な人柄を持つ根っからの体育会系人間だ。つまり、室長とは真逆のタイプ。

それでも、自称幼なじみ兼親友だけあって、情報の共有度や室長の仮面表情に対する解析能力は驚くほど高い。

そんな人が駆けつけてくれたとは心強い!


「レレレレレレ、レスター中将――ーっ!見ましたか!?見たんですよね!?室長のあの髪っっなんですかあの散切り頭っ何があったんですかぁっ!?」


勢い込んで、おそらくは全てを知る男へと情報開示を要請する。


「何が…ってか、もとはといえばユラちゃんが教えたんだろ?」


三十路間近のこの独身男性は、爆弾発言をこともなげに言ってのける。しかも軽々と。こちらは非常事態宣言が先ほどから脳内をぐるぐるぐるぐる駆け巡っているというのに。

なのに、何を教えたせいでああなったと言うんだ!


「何をです?」


心当たりは全く無いんですが!


「失恋したら長い髪をバッサリ切って思いも断ち切るのが定番って……一年前くらいユラちゃんもバッサリいってたじゃん。肩下ぐらいまで」


軽い口調で言いながらも目つきが厳しいのは気のせいですか。

もしかして、余計なこと教えやがって、とか恨まれてますか!?

確かに失恋して髪をバッサリいった時に女子限定儀式ですとは言いませんでしたけど。


「それは……女の子の場合のみに適用されるのはあまりにも常識だと思ったので、確かに室長に詳しい説明はしなかったですけど…………じゃ、なくて、えっ失恋!? 室長が失恋!? いつ、昨日!? 昨夜室長に何がっ」


「……………あれ?」


「まさかあの室長が失恋!? 相手は!? あぁぁぁ、もしかして名うての呪術師に目を付けられてしまったと誤解されて、こっぴどく振られたとか? 女であることが恥ずかしくなるくらい綺麗な髪と顔の男なんてゴメンよ、って言われてこんな髪切ってやる~ってなったとか? いやいや室長に限ってそんな短慮は……」


驚愕のあまりまくしたてる口調に若干引き気味のように見受けられるのは気のせいでしょうか。


「えーーっと、……やっぱりユラちゃんもゴメンなの?」


「いえ、わたしは別段ゴメンというわけではないです。ないですけれど、隣にいると時々いたたまれなくはなりますね。顔はおろか肌の白さや肌理の細かさまで、勝負するまでもなく完敗ですし。

でも、呪いの如く整った容姿だけじゃない室長の良さも、わたし、ちゃんと知ってますから!」


そうよ、採用面接試験で出会ってからもうすぐ二年、伊達に来る日も来る日も助手としておそばにいたわけではありません。


「あいつの良さねぇ。うん、ないわけじゃないけど伝わりにくいよなぁ」


自称幼なじみ兼親友ともあろうお方が、しみじみとなんたる言いぐさ!

確かに根暗な雰囲気に覆い隠されまくった室長の良さは、伝わりにくいどころか見て見ぬ振りをされてしまいそうな空気の悪さをまとっていらっしゃいますけど。

助手として部下として、単なる見てくれ美青年の有能根暗ではないと、わたしは理解してますよ! と声を大にして主張しておくところでしょうここは。


「レスター中将、大丈夫です、室長の良さはわたしでもわかるんですから、いつか必ずや大勢の方が認識してくださる日が来ます!

表情筋の運動が壊滅的で感情の揺れ幅がわかりにくい方ですけど、弱き者の環境の為に静かに空気を震わせて怒ってくれたり、参っている相手を労ることをちゃんと知っている、優しい方ですよね。

寝食を忘れて没頭しちゃうほどの古代文書への深い愛の持ち主で、休憩時間すら惜しいはずなのに、部下には働きすぎないよう適度に休憩を取るようちゃんと気を遣ってくれるんです。

そういう室長のいいところ、時間をかけて理解しあえば、超えられない壁はないと思います!

だから失恋で髪の毛を切るより先に戦略を変えて再度挑戦をするべきだったのではないかとレスター中将から室長に……」


言ってあげてください、まで言えなかった。

ふっと穏やかにゆるんだ瞳が背後へと視線を移したことに気づいたからだ。


「…………だとよ、グレイ」


ふいに呼ばれたフロレスタン室長の愛称。ガバリと振り返れば、地下へと続く階段の入り口を塞ぐかのように壁により掛かる無言の大型呪い人形……ではなく、フロレスタン室長!


「…………………」


「んぎゃーーっ室長っいつからそこに!? すみませんすみません、完全に遅刻ですよね、すぐに昨日の続きの翻訳から始めますから!」


「…………翻訳ではなく、再度の挑戦から始めることにする」


年齢以上に深みのある声が形の良い唇から零れ落ちた。


「えーと、一時的放置のつもりが1ヶ月手付かずのままの例の古代文書にまた手を着けるってことでしょうか? 了解です、至急資料をご用意いたします!」


これでも有能な部下ですからね、遅れた分の仕事を取り戻すべく、サクサクキビキビ働きますよ~。

そう決意して地下階段へと足を踏み入れつつ、まさか室長は失恋の痛手をバネにして仕事を極めるおつもりではないかと心配になる。いやでもそういう事態にならぬように諫め役のレスター中将が来たんだろうからおそらく大丈夫だ。

安心して古代文書読解の準備をしよう。

レスター中将、あとは頼みました!

心の中で声援を送るわたしの耳に、階段入り口で交わされた二人の会話が聞こえてくる。


「敵はなかなか手強いようだ。心してかかれ。なるべく率直に。分かり易くを心がけろ」


「………言われるまでもない」


仕事奨励してるしーっ!

仕方ない、今日は働きすぎないようわたしが見張ることにしよう。

大体にして、フロレスタン室長の翻訳は実用向きに簡略且つ分かり易いから大丈夫ですよ、レスター中将。

あれ?途中放棄していた古代文書って、兵法書だったかなあ?



疑問に思いながら、薄暗い階段を踏み外さない程度の駆け足で、いつもの仕事場へと向かった。





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