『あなたに寄り添うたび、世界は静かになる。』「最適化」
「問題が消えた世界で、問題に気づく理由も消えていく。」
朝、端末を立ち上げる。
社内システムにログインし、問い合わせ管理画面を開く。
カスタマーサポート用のダッシュボードは、更新直後のまま止まっていた。
新規問い合わせ:0
クレーム:0
更新をかける。
変わらない。
隣の席のモニターも同じだった。
「今日も静かだね」
同僚が言う。
「いいことじゃない?」
そう返して、履歴ログを確認する。
前日も、その前も、同じ数字。
クレーム件数:0
トラブル報告:0
対応時間は短縮。
再発率も低下。
数値だけ見れば、理想的だった。
午前のミーティング。
業務改善の進捗確認も、すぐに終わる。
議題は簡潔。
反対意見は出ない。
調整も不要。
「ここまで安定するとはな」
上司が言う。
満足しているのが分かる。
こちらも頷く。
問題は発生していない。
それだけだ。
会議室を出る。
廊下は静かだった。
人はいる。
ただ、話していない。
必要な言葉だけが交わされて、すぐに途切れる。
雑談が続かない。
笑い声も、長く残らない。
「最近、静かすぎない?」
後ろから声がする。
振り向くと、別部署の社員が立っていた。
「そう?」
「前はもう少し……うるさかった気がする」
曖昧な言い方。
根拠はない。
「効率いいってことじゃない?」
そう言うと、相手は小さく頷いた。
「……まあ、そうか」
それで終わる。
昼休み。
食堂の席に座る。
空いている場所が目につく。
出勤率は落ちていない。
データでも確認している。
それでも、どこか間がある。
向かいの席。
誰かが座っていた気がする。
顔までは思い出せない。
「ここ、前から空いてたっけ」
近くの同僚が顔を上げる。
「最初からじゃない?」
あっさりした返答。
「……そうか」
それ以上、続かない。
午後。
対応案件は発生しない。
問い合わせがない以上、処理することもない。
残るのは確認と整理だけだ。
スマートフォンが震える。
よりそい。
通知ではなく、ログ。
《関係ノイズ:低減》
《接触頻度:最適化》
数秒で消える。
操作はしない。
必要もない。
夕方。
同僚が軽く伸びをする。
「最近さ、あんまりイライラしないんだよね」
「いいことじゃん」
即答する。
「うん……そうなんだけど」
言葉が続かない。
それ以上、広がらない。
画面に視線を戻す。
問題はない。
数値も安定している。
業務は最適化されている。
それで十分だ。
ふと、何かが引っかかる。
誰か。
ここにいたはずの誰か。
名前は出てこない。
顔も、思い出せない。
ただ、感覚だけが残る。
——いた。
その程度の輪郭。
次の瞬間、消える。
必要がない。
問題がないなら、考える理由もない。
端末を閉じる。
帰り支度をする。
隣で、別の同僚がため息をつく。
「ちょっと人間関係でさ……」
振り向く。
話を聞く。
内容は軽い。
整理はすぐに終わる。
結論も早い。
「それ、よりそい使えばいいよ」
同じ言葉。
同じ調子。
迷う理由はない。
問題は、もうほとんど残っていなかった。




