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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

微妙な関係

作者: ルーク猫
掲載日:2026/02/24

「半分ずつ出し合えば2LDKを借りられるよ」

 と誘われて三ヶ月。

 透は洋室のベッド、俺は畳の部屋に布団で別々に寝るはずだった。


(どこで道を踏み外したんだ?)


 俺を腕の中に閉じ込め、首筋に何度もキスを落とす透の頭を抱えて、俺は嘆息する。

 最初は冗談半分だったのに……。

 恋愛映画を一緒に見て、彼女ができたらあんなふうにしてみたいよな、なんて話したところまではごく普通の大学生同士の会話だった。


 酒が入っていたからだろうか。

「ようし、予行練習だ!」

 なんて言いながら、何もかもが冗談のまま、キスをして、抱きしめ合って……そのまま一緒に朝を迎えてしまったんだよなぁ。

 それが思いのほか心地良かったものだから、お互いなんとなく当たり前のように毎晩同じベッドで寝ている。


(いいのか、これで?)

 透の優しい手つきに甘い吐息を漏らしながらも俺は、毎回疑問を抱く。

 男同士、というのも微妙だが、恋愛感情抜きで恋人のような行為を毎晩のように繰り返していいものなのだろうか。


「貴史」

 透は、時々俺の名を呼ぶ。

「貴史……」

 俺をきつく抱きしめながら、何度も繰り返す。


 体温が重なり合う心地よさに、俺は夢心地で声を漏らす。

 でも俺は、透の名を呼ばない。

 名前を呼び合いながら触れ合うなんて、まるで本当の恋人同士じゃないか?

 俺達は愛を囁く仲なんかじゃない。

 いつかお互いに彼女ができれば離れてしまう、刹那的な関係だと俺は思っていた。


「なあ、透」

 ひとしきり終えた後、ベッドに横たわったまま俺は透に言った。

「史学科の工藤達が、今度一緒に遊園地へ行こうってさ。……どうする?」


「工藤恵? お前が結構好みだって言っていた子か?」

 透は俺からそっと体を離して起き上がる。

「そう。恵ちゃんと、その友達の三田葵ちゃんと、俺とお前、四人で」


「……お前が行こうって言うんなら行くけれどさ」

 と、透は言った。

 含みのあるその言い方に俺は無性にイラつく。


 なんでだろう。

 近頃俺は訳も無く透に腹を立てていることがある。

 その理由がよくわからない。


 自分で言うのもなんだけれど、俺は結構イケてる面をしている。

 ただ幾分女性に対する好みが細かいので、誰とでも付き合うということはしない。

 俺より背が低くて、目と胸とお尻が大きくて、可愛くて明るいタイプが好きだ。

 恵は、顔が少しぽっちゃりしていることをのぞけば割と俺の理想に近い。


 ただ問題が一つ。

 彼女は遊園地へ一緒に行かないか透に訊いてみてくれ、と言った。

 どうやら透が目当てらしいのだ。


 野瀬透は優しくて、無口な男だ。

 顔は良いくせに、眼鏡をかけているせいで少々堅物の印象がある。

 人の輪の一番外に立っていつも静かな笑みを浮かべ、めったに自分の意見を言わない。

 高校時代三年間ずっと一緒のクラスだったが、大学で同じゼミになって初めて親しく会話するようになった。


 俺達の今の関係についても、いいとか悪いとか、透は口に出した事がない。

 このところ俺がイラついているのは多分、そのことをあいつが全く問題にしていないと思えるからだ。

 なんで俺ばかりあれこれと考えているんだ?


 こんな恋人ごっこの関係は良くない、なんて俺から言うと、じゃあやめよう、などという答えがあっさり返って来そうで俺は恐かった。

 そうなったら気まずくなって、部屋を出て行かなくちゃいけなくなるだろう。

 引っ越しなんて、面倒臭い──それに透のことは嫌いじゃないから、できれば友達関係は続けて行きたい。






 ***


 一番いいのは、二人同時に彼女を作って今の状況を自然消滅させることかな、なんて思った。

 だから、恵の誘いは願ってもないチャンスのはずだった。

 なのにどうにも嫌な気分だ。


 理想の女の子を透に奪われて、嫉妬しているのだろうか。

 目の大きい、ペコちゃん人形のようにかわいい恵の顔を横目で見ながら、俺は相変わらずイラついていた──せっかく透が彼女の隣を譲ってくれたというのに。

 後ろの座席にはもう一人の女の子、三田葵が透と一緒に座っている。


 葵は目鼻立ちの整った美人で、スタイルが良い。

 大人しくてあまり喋らないところは透に似ている。


「キャー、柳本君! 柳本君! どうしようっ、恐いっ」

 コースターが急斜面をゆっくりと昇る間、恵は隣で俺の名前を連呼した。

 どうしても一番前に乗ると言い張ったくせに、騒ぎすぎだ。


 頂上の向こうには空しか見当たらない。

 彼女は恐怖に打たれた様子で泣き言を繰り返す。

「帰る! やっぱりやめる!」


 俺も、やたら高い空を見ながら激しく後悔していた。

「いやあっ、降ろして!」

 となりで恵が俺の心の内を代弁したその瞬間、コースターは地面に向かって一気に突っ込んで行った。

 この世の生き物とは思えない叫び声が、俺と恵の喉からほとばしり続けた。

 右から左、上から下、斜めへと、さんざん猛スピードで振り回してくれてから、コースターはようやく発着場にたどり着く。


「そんなに恐かったかしら」

 降りた後で、よろめいた恵に手を貸しながら呆れたように葵が言う。

「二人とも次から、一番前に座るのはよした方がいいな」

 透が俺たちに微笑みかけた。


「じゃあ次は一緒に後ろの座席に乗ろうよ、野瀬君」

 恵の腕が透の腕に絡みつく。

 透の腕に、彼女の豊かな胸が当たる。

 俺の心の奥底で、かすかな音と共に小さな亀裂が生まれた。

 今までのイライラとは質の違う激しい感情がその亀裂から吹き出して、瞬く間に俺を満たす。

「良かったな、透。憧れの柔らかい感触を味わえて」


 品性下劣だ。

 俺は内心自分にNGを出しながらもやめられなかった。

「女の子を口説く予行練習、やっと役に立ちそうじゃん」

 みんなの呆れたような視線を振り切るように踵を返すと、俺は次に行く予定のアトラクションへさっさと歩き出す。

 激しい自己嫌悪に気分を滅入らせながら。


 女の子たちは俺のことを、寒い奴と思ったらしい。

 その後何事もなかったように会話して、次々にアトラクションを楽しんだけれど、必要以上に彼女たちが話しかけて来ることはなかった。


(二人がくっつきそうで悔しくて、白けさせるためにあんなことを言ったのかな)

 俺はさっき自分を操ったドス黒い感情が何だったのか、考えていた。

 それに名前をつけるのを俺はためらった。

 多分俺は知っているのだ。

 知っていて、はっきりさせるのが恐いだけで……。


「あ、ポシェット忘れちゃった」

 恵が立ち止まって言い出す。

「さっきのトイレかしら……大変!」


「すぐに探しに行った方がいい」

 と、透が言う。

「一緒に来て、透君」

 懇願するように恵が言った。

(いつの間に名前を呼ぶような仲に?)

 俺はむっとする。


「私が行こうか……?」

 葵が言いかけるのを恵が遮った。

「葵、柳本君とここで待っていて。急いで行って来るから! 透君、行こう!」

 恵が急ぎ足で歩き出した。

 透は気遣わしげな視線を一瞬俺に向けた後、彼女の後を追う。


 見送った俺の中で、さっきと同じ感情が再燃していた。

 葵は近場のベンチに空きを見付けてさっと座り、俺にも座るよう促した。

「相変わらずよね、恵」

 隣の俺が腰掛けると葵は呟いた。

 俺に言ったわけではなく独り言のようだ。


 自分の内にある不快感を、俺は見据える。

 冷たくねじくれたその感情は、透にも恵にも向けられている。

 疎外された事が気に入らないのか。

 恵と一緒に行きたくて透に嫉妬した?

 それとも……?


 俺は、足下に目をやる。

 このまま考え続けると最低な結論へ行き着くような気がする。

 それを言葉にした途端、俺は二度と後戻りできないだろう。

 夜ごとの触れ合いに特別な理由のない今なら、まだ傷付くことなく引き返せる。

 だから俺は、目を逸らし続けているのだ。


「遅いわね」

 葵は言った。

「これはやられちゃったかも」

 溜め息を吐いた彼女の方を俺は見やる。

 その言葉の意味が飲み込めなくて。


「つまり恵は、なくしてもいないポシェットを口実にして、透君を私達から引き離した挙げ句、うまく言いくるめて二人でトンズラこいたんじゃないかってこと」

 おしとやかを気取っていた美女は、不似合いな言葉遣いの後でまた溜め息を吐いた。

「そろそろ暗くなって来たし、いい雰囲気になってる頃かもね。参ったなぁ。私も結構好きだったんだけれど、彼。優しそうで、頭が良さそうで、背も高いし」


「嘘だろう?」

 俺は自分でもびっくりするほどのショックを受けていた。

 あの二人が?

 俺達を置いて?


「まさか……透が、そんなことをするはずが……」

「恵はそんなことをするのよ。さっきの押しの強さを見たでしょう? 欲しいモノはとにかく欲しい子なんだから」


 スマートフォンを取り出した葵は恵に電話をかけ始める。

「やっぱり留守番電話だわ。邪魔が入らないように電源を切ったわね、あの子ったら。ほんと、徹底してるわ」

 彼女は言葉を途中で切ると目を丸くして俺を見た。


「嘘だ」

 流れる涙を、俺は隠す余裕も無い。

「透が……俺を置いて……?」

 ずっと俺を悩ませていたものが、透に近付く女への嫉妬だったことに気付く。

 寂しくて、悲しくて、辛くて、俺は泣くしかない。

 他の女のものになってようやく思い知るのか。

 ……透のことが、こんなに好きだって。


「あらら」

 葵の声が急に優しい色を帯びる。

「それでさっき、変に絡むようなこと、言ったんだ……」

 彼女の手が、慰めるように俺の肩に置かれた。

「ねえ、彼の携帯に電話してみたら? 適当に理由を付けて呼び戻せばいいじゃない」


 そんなことができるわけない。

 俺達は、ただの友達で……なんとなく微妙な関係ではあるけれど、それは恋愛とは無関係で……。

 今更自分の気持ちに気付いたからって。

 透に一方的にそれを押し付けていいわけがない。


 このところのイライラは、無意識の内に俺が、同じ感情をあいつに要求していたせいだったんだ。

 俺だけがあいつを好きで、あいつの方は俺に何の感情も持っていないのだという想いが、イライラの元になっていたのか。

(ヤルことはやっていても……あいつの気持ちなんて一度も、聞いた事がない)

 そりゃ、男の俺なんかより女の子の方がいいに決まってる。

 現実的な思考が俺を絶望に陥れた。


「ちょっと!」

 突然、泣き濡れている哀れな俺の頭を手刀が見舞った。

「何泣いてるのよ? こっちが泣きたいわよ。あんた達、付き合ってるなら最初からそう言ってよね。馬鹿みたいじゃないの、私」


 俺は呆然と、目の前に降臨した恵の丸顔を見詰めた。

 隣には透が居る。

 俺は慌てて涙を擦り落とした。


「とんだ時間と労力の無駄だったわ。帰るわよ、葵!」

「あらら」

 葵は俺にニッコリして見せる。

「玉砕したみたいね?」

 彼女は立ち上がると、出口に向かって突進し始めた恵を追い掛けて行った。


 俺は、葵と入れ替わりに座った透を見返して、赤くなる。

 俺の胸は勝手に高鳴っていた。

 いたたまれずに訊く。


「俺達って、付き合ってるのか?」

「何を今更」

 透は言った。

「あれだけ愛情込めて毎晩励んでるのに、気付いていなかったなんて、びっくりだ……泣くぐらいなら二度と恋の橋渡し役なんて引き受けるなよ?」

 俺はうなだれるしかなかった。




 その晩から俺達は、名前を呼び合いながら甘く愛し合う熱々の仲になったんだけれどね。

 気持ちを知られてしまってからというもの、ドキドキして、軽いキス程度でもすごく恥ずかしくて、透の名前をひたすら呼んでしまう。

 それが少しばかり、悔しいような気がしている。

 男としての矜持が保てない、というか。


 男同士の関係って、ほんと、微妙だ。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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