第6章:奇跡の調味料、醤油もどき爆誕
食卓革命の第一歩、醤油もどきの開発は、想像以上に困難な道のりだった。前世の知識があるとはいえ、私は醸造家ではないただの料理好きOLだ。材料も、大豆ではなく黒豆、米麹ではなく麦麹と、完全な代替品。うまくいく保証などどこにもなかった。
まずは、黒豆を柔らかく煮て、潰す。そこに炒って砕いた麦と麹菌を混ぜ合わせ、塩水と共に大きな樽の中へ仕込む。前世で見たテレビ番組や、ネットで調べた手作り醤油のレシピを必死で思い出しながらの作業だ。
「お嬢様、本当にこれで……黒くて塩辛い水ができるんですか?」
隣で手伝ってくれるエマが、不安そうに樽の中を覗き込む。彼女には、私のやっていることがまるで錬金術か何かのように見えているのだろう。
「ふふ、ただの塩辛い水じゃないのよ、エマ。これは『うま味』という、人を幸せにする魔法の元になるの」
うま味。この世界にはまだ存在しない概念だ。
仕込みが終わった樽は、家の隅の比較的温度が安定している場所に置き、布をかけて寝かせる。ここからは、時間と菌の力が全てだ。毎日、私は樽の様子を観察し、時々かき混ぜる。最初の一週間は、何も変化がなかった。二週間が経つ頃、樽の中からぷつぷつと小さな泡が立ち上り始め、酸っぱいような、独特の発酵臭が漂い始めた。
「お嬢様、なんだか変な匂いが……これ、腐ってしまったんじゃ……」
「大丈夫。これは菌たちが頑張って働いてくれている証拠よ」
そうは言ったものの、私の心の中も不安でいっぱいだった。本当にこれで合っているのだろうか。
そして、仕込みから一ヶ月が経ったある日のこと。
いつものように樽の布を開け、中をかき混ぜようとした私の鼻腔を、ふわりと香ばしい匂いがくすぐった。それは、今まで感じていた酸っぱい匂いとは明らかに違う、どこか懐かしく、食欲をそそる香りだった。
(この匂い……間違いない!)
私は急いで清潔な布を用意し、樽の中のどろりとした液体を漉し始めた。ぽたり、ぽたりと、布から滴り落ちる黒い液体。それを小さな器に受け、震える指でそっと舐めてみる。
最初に感じたのは、岩塩のしっかりとした塩味。そしてその奥から、まろやかで、深く、複雑な風味がじんわりと広がっていく。これだ。これこそが、私が求めていた「うま味」。完璧な醤油そのものではないかもしれない。けれど、これは紛れもなく、料理の可能性を無限に広げる奇跡の調味料だった。
「……できたわ、エマ! 醤油もどきが、ついに完成したのよ!」
私はエマを抱きしめ、子供のようにはしゃいだ。エマはきょとんとしながらも、私の喜びが伝わったのか、嬉しそうに笑ってくれた。
さっそく、この魔法の調味料の実力を試さなくては。
私は先日買っておいたロックブルの硬い肉を取り出し、薄切りにする。熱したフライパンに油をひき、肉をさっと焼いて、そこに完成したばかりの醤油もどきを回しかけた。
ジュウウウウッ!
食欲を刺激する音と共に、醤油が焦げる香ばしい匂いが、部屋中に、いや、家の外にまで一気に広がっていく。それは、この辺境の町では誰も嗅いだことのない、蠱惑的な香りだった。
「な、なんて良い香り……!」
エマがうっとりと目を細める。
焼き上がった肉を皿に取り、エマに差し出す。
「さあ、食べてみて」
エマはおそるおそる、一切れの肉を口に運んだ。その瞬間、彼女の目が見開かれる。
「おいしい……! あんなに硬かったお肉が柔らかくて、それに、今まで食べたことのない、ものすごく美味しい味がします! これが、お嬢様の言っていた『うま味』……!」
私も一枚食べてみる。うん、最高だ。醤油もどきの風味が肉の臭みを消し、旨味を引き立てている。これなら、どんな食材もご馳走に変えられる。
私たちのささやかな成功を祝っていると、ふと、家の外に人の気配がするのに気づいた。そっと窓から外を覗くと、隣の家に住むおばさんや、近所の子供たちが、何事かと私たちの家を遠巻きに眺めている。みんな、くんくんと鼻を動かし、さっきの肉を焼いた匂いの発生源を探しているようだった。
その光景を見て、私はにやりと笑った。
食卓革命の狼煙は、今上がったばかりだ。この奇跡の調味料で、まずはこの町の人々の胃袋を鷲掴みにしてやろう。私の計画は、次の段階へと進む。




