第20章:偽りの聖女の終焉と、本当の幸せ
「すき焼き外交」の大成功により、アリアの名声は王国中に轟いた。彼女は、ただの料理人ではなく、「国を救った英雄」「食の聖女」として、民衆から絶大な支持を集めることになる。
それに伴い、必然的に、偽りの聖女リリアの立場は完全に失われた。
アリアが本物の豊穣をもたらす知恵を持っていることが明らかになった今、リリアの「聖なる力」が偽りであったことは、誰の目にも明らかだった。彼女がこれまで行ってきた儀式が、ただ国庫を浪費するだけの無意味なショーであったことも暴かれ、民衆の怒りは頂点に達した。
さらに、すき焼きの宴の後、我に返ったジュリアンが、リリアに騙されていたことにようやく気づいた。彼女がアリアを陥れるために、数々の嘘をついていたこと。ジュリアンの愛情を利用し、成り上がろうとしていたこと。全てが白日の下に晒されたのだ。
ジュリアンは王太子の位を剥奪され、リリアと共に、王都から遠く離れた修道院へ送られることになった。そこで、自らの犯した罪と向き合い、静かに生涯を終えるように、という国王からの最後の温情だった。
彼らが王都を去る日、見送る者は誰一人いなかったという。それは、彼らが自ら招いた、あまりにも寂しい結末だった。いわゆる、「ざまぁ」というやつだろうか。けれど、アリアの心には、もはや彼らに対する何の感情も湧いてこなかった。
全てが解決し、辺境伯領に穏やかな日常が戻ってきた、ある雪の夜。
レオンハルトは、アリアを城のバルコニーへと誘った。
空には、降るような満天の星が輝いている。冷たく澄んだ空気が、心地よかった。
「アリア」
隣に立ったレオンハルトが、静かに私の名前を呼んだ。振り向くと、彼の真剣な灰色の瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
「君がこの地に来てから、全てが変わった。凍てついていたこの土地は、温かさを取り戻し、人々の顔には笑顔が戻った。そして……俺の、凍てついていた心も、君が溶かしてくれた」
彼は、私の冷たくなった手を、そっと彼の大きな両手で包み込んだ。その温もりが、心にまで伝わってくる。
「君は、俺の、そしてこのベルク領の太陽だ。君のいない人生など、もう考えられない」
彼は私の前に跪くと、懐から小さなベルベットの箱を取り出した。箱の中には、辺境の山で採れるという、冬の空の色を映したような、美しい青い宝石の指輪が輝いていた。
「アリア・フォン・クライネルト。俺の妻になって、これからもずっと、俺の隣で笑っていてほしい」
その言葉は、どんな甘い愛の囁きよりも、誠実で、温かかった。
私の目から、熱い涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。それは、悲しみの涙ではない。喜びと、幸福に満ちた、温かい涙だった。
「……はい。喜んで」
私は、涙で濡れた顔のまま、最高の笑顔で頷いた。
レオンハルトは、優しく私の涙を拭うと、その唇をそっと重ねた。星空の下での誓いのキスは、少しだけ、しょっぱい味がした。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生し、婚約破棄され、追放された。それは、物語の筋書き通りの破滅だったかもしれない。
けれど、その先に待っていたのは、絶望ではなかった。
王子様との恋物語ではなく、自分の力で、自分の足で掴み取った、かけがえのない居場所。忠義に厚い親友。そして、私の全てを受け入れ、愛してくれる、不器用で、誰よりも優しい人。
手に入れたのは、温かくて、美味しくて、笑顔に満ちた、本当の幸せだった。
私の第二の人生は、この凍てつく北の地で、最高に輝き始めたのだ。




