第11章:みりん風調味料と、新たな甘味
醤油もどきの開発成功に続き、私が次に取り組んだのは、料理に甘みと照り、そして深みを加えてくれる魔法の調味料、「みりん」の開発だった。
もちろん、この世界に「もち米」や「米麹」といった本格的な材料はない。そこで私が目を付けたのは、辺境の山で採れるという、蜜のように甘い樹液を持つ果実「シュガーベリー」だった。
このシュガーベリーを大量に集め、果汁を絞り、じっくりと煮詰めていく。焦がさないように、ひたすら鍋をかき混ぜ続ける地道な作業だ。アルコール分はないけれど、濃厚な甘みと独特の風味を持つ、黄金色のシロップが完成した。これを、私は「みりん風調味料」と名付けた。
この新しい調味料の完成によって、『陽だまり亭』のメニューは飛躍的に進化した。
醤油もどきとみりん風調味料を合わせたタレを使い、魚や肉に塗りながら焼く「照り焼き」。こってりとした甘辛いタレが絡んだ食材は、食欲をそそる美しい照りをまとい、白米との相性は抜群だ。鉱夫の男たちは、この照り焼き定食の日には、いつも以上にご飯をおかわりしていく。
また、根菜などを甘く煮しめる「甘露煮」は、優しい味わいで、お年寄りや子供たちに大人気となった。
「アリアさんの料理は、毎日食べても飽きないねぇ」
「次は何が出てくるのか、楽しみで仕方ないよ」
お客さんたちのそんな言葉が、私の何よりの原動力だった。
そして、このみりん風調味料は、料理だけでなく、新たなお菓子の世界も切り開いてくれた。
ある日、私はエマと一緒に、おやつ作りに挑戦した。卵を一生懸命泡立て、そこに小麦粉と、みりん風調味料を加えて混ぜ合わせる。それを木の型に流し込み、オーブンの遠火でじっくりと焼き上げた。
焼き上がったのは、黄金色に輝く、ふんわりとした四角い焼き菓子。前世で大好きだった、「カステラ」もどきだ。
一口食べると、卵の優しい風味と、みりん風調味料のしっとりとした上品な甘さが口いっぱいに広がる。この世界のお菓子といえば、砂糖を固めただけのキャンディーか、木の実を練り込んだ固いクッキーくらいしかなかった。このふんわり、しっとりとした新しい食感と味わいは、衝撃的だったに違いない。
「お、おいしい……! お嬢様、こんなに美味しいお菓子、生まれて初めて食べました!」
エマは目をキラキラさせながら、夢中でカステラもどきを頬張っている。
この焼き菓子は、『陽だまり亭』で食後のお茶と一緒に出すようになると、たちまち町の子供たちの心を鷲掴みにした。母親に手を引かれ、「あの黄色いふわふわのお菓子が食べたい!」とやってくる子供たちの姿は、実に微笑ましい光景だった。
そんな『陽だまり亭』の日常に、いつしか溶け込んでいる人物がいた。辺境伯、レオンハルトだ。
彼は相変わらず無愛想で口数は少ないものの、ほぼ毎日のように、夜の閉店間際にふらりと現れた。そして、私が試作した新作メニューを、黙々と食べるのが常となっていた。
「辺境伯様、今日は新作の『肉じゃが』です。ジャガイモとお肉を、甘辛く煮込んでみました」
「……ああ」
彼は何も言わず、ただひたすらに食べる。けれど、その食べっぷりと、食べ終わった後にほんの少しだけ和らぐ表情が、何よりの「美味しい」という言葉だった。
「このカステラとかいう菓子……甘すぎず、良いな」
珍しく彼が感想を口にしたのは、カステラもどきを初めて出した日のことだった。
「お口に合いましたか?」
「ああ。……今度、城にも少し納めてくれ。執務の合間にいいかもしれん」
ぶっきらぼうな言い方だけど、それは彼なりの褒め言葉であり、私の作るものを認めてくれている証拠だった。
視察のたびに、とは名目上のことだろう。本当はただ、私の料理を食べに来ているのだ。その事実に気づかないほど、私は鈍感じゃなかった。
氷の騎士と呼ばれる彼の、凍てついた心が、私の作る温かい料理で、少しずつ溶けていく。その過程を見守るのが、私の密かな楽しみになっていた。




