第10章:王都の不協和音
アリアが辺境の地で人々の胃袋と心を満たし、新たな幸せを築き始めている頃。彼女を追放した王都では、暗い不協和音が鳴り響き始めていた。
王太子ジュリアンと、彼の隣で微笑む聖女リリア。二人は、アリアという「悪」を排除し、理想の国作りを始めると高らかに宣言した。
リリアは、自らの「聖なる力」を使えば、王国はかつてないほどの豊作に恵まれると豪語した。ジュリアンは彼女の言葉を盲信し、国の予算を惜しげもなく注ぎ込み、大規模な祈りの儀式を何度も執り行った。豪華絢爛な祭壇が組まれ、リリアは純白のドレスをまとって、民衆の前で神に祈りを捧げる。
しかし、その結果は惨憺たるものだった。
リリアがどれだけ祈りを捧げても、天候は不順なままだった。長雨が続いたかと思えば、今度は日照り。作物は育たず、収穫量は年々落ち込んでいった。
「おかしいわ……。私の聖なる力が、こんなはずは……」
リリアは焦り、さらに大規模な儀式を要求する。ジュリアンは彼女を慰め、「大丈夫だ、君の力は本物だよ」と囁き、さらに国庫を開放した。
当然、国の財政は急速に悪化していく。儀式にばかり金を使い、本来行うべき治水事業や食料の備蓄は疎かになった。足りなくなった財源を補うため、税金は引き上げられ、民の生活は日に日に苦しくなっていった。
王宮では、古くから王家に仕える忠臣たちが、ジュリアンに何度も諫言した。
「殿下! 聖女様の儀式はもはや無意味にございます! 国庫の無駄遣いをおやめください!」
「税の引き上げは民を苦しめるだけです! 今なすべきは、現実的な食糧確保の対策でございます!」
しかし、ジュリアンは聞く耳を持たなかった。
「黙れ! 貴様たちは聖女様の力を疑うというのか! リリアを信じられぬ者は、私の治世に必要ない!」
彼は自分に異を唱える者たちを次々と遠ざけ、リリアと、彼女に取り入ろうとする耳障りの良いことしか言わない者たちだけを側に置くようになった。王太子は徐々に孤立し、国政は完全に機能不全に陥っていた。
民衆の間でも、不満と不安が渦巻き始める。初めはリリアを新たな聖女として崇めていた人々も、続く凶作と重税に、次第に疑念の目を向けるようになっていた。
そして、そんな人々の間で、ある噂が囁かれ始めた。
「なあ、聞いたか? 追放されたアリア様が暮らしているベルク辺境伯領だけは、食料が豊からしいぜ」
「本当か? あんな極寒の土地で?」
「ああ。なんでも、アリア様が新しい調理法や保存食の技術を広めて、領民は飢えることなく暮らしているそうだ」
「……なあ、もしかして、本物の聖女は、アリア様の方だったんじゃないのか?」
「馬鹿、大きな声で言うな! でも……確かに、クライネルト公爵家は代々、土の精霊のご加護篤い家系だと聞く。豊穣をもたらす力があったとしてもおかしくはない……」
最初はささやかな囁きだったその声は、次第に無視できないほどの大きさになっていく。
ジュリアンは、そんな巷の噂を耳にするたびに、苛立ちを募らせた。
「アリアだと? あの女が、今更なんだというのだ!」
自分が捨てた女が、自分を差し置いて民から評価されている。その事実が、彼の高いプライドをひどく傷つけた。リリアもまた、アリアの名前が出るたびに、扇の陰で悔しげに唇を噛んでいた。
王都に満ちる不協和音。それは、偽りの聖女と愚かな王太子がもたらした、国の崩壊へと続く序曲に他ならなかった。




