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姉の友達①

電車に乗ると、蒼は車両を見渡す。


…いない、か。


彼女に逢ったのは、この時間の下り列車だった。


偶然を装ってまた会いたい。

という願いは、恐らく贅沢だ。

彼女は姉の友達で、姉に頼めば多分、セッティングくらいはしてくれる…賄賂は必要だろうが。

でも、自分は一度誤解で恫喝してしまっていて、彼女を怯えさせてしまっている。

それに、また会って、それで()()なる?


恐らく、自分は()()()なってしまう。


…その予感が真実味を持ったのは、それから数日後に逃げてきた彼女がぶつかって来た瞬間だった。



----

電車に乗ると、蒼は車両を見回す。


いた。


「透子さん」

声を掛ける前から蒼を見つけてにっこりしてる彼女に、蒼も相好を崩す。


「おはよう、起きれたねえ、蒼くん」

そう言って、座れてたのに立って、蒼の隣に来て立ってくれる。吊り革に掴まる腕がピンと真っ直ぐで、小さくて可愛い。

「うん。…透子さんに会いたかったから」

そんな言葉がするりと出てくる。


通学で同じ路線を使っているはずなのに、朝全然会えない。

そう言ったら透子は、「朝は学校で勉強をしてる」と言う。

…姉と生活スタイルが違い過ぎる。


早起きする、と言い張ったけど、朝が弱いのを知ってる透子は無理しなくていいと、登校の時間も乗る車両も教えてくれなかった。

先日国公立大学の受験が終わってやっと、「もう、二度と、勉強しない!!」と宣言した透子の朝の登校時間が遅くなり、蒼がちゃんと起きれば間に合う時間になった。



「もうすぐだね」

と言えば、合格発表日のことだとすぐわかったようで、透子が頷く。

「緊張するなあ」

「一緒に行くからね」

「まだ言ってる」

と透子が呆れる。

合格発表は透子は一人で見に行くと言い張る。

一緒に行きたい、と言うのを、「蒼君は優しいが過ぎる」と断られてる。

…優しい、じゃないって、いつも言ってるのに。

透子の手をギュッと握って、耳元で

「透子さんが嬉しい時も悲しい時も側に居たいの、俺は」

と言うと、透子が面白いように真っ赤になって周りをキョロキョロした。

「あ、あのね、色んな人が乗る電車だからね?!」

透子の言う通り、車両には蒼の学校の生徒も、透子と同じ学校の制服も乗っている。

「うん。俺のクラスのやつもいるわ」

思いっきり近くに、蒼のクラスの女子がいる。その向こうにも。

「え、ほんと?…あ、蒼くん、手…!」

「うん?手が、なあに?」

繋いだ手が気になるようだが、離してやらない。


俺のものだ。俺は、彼女のものだ。


「蒼くうん…」

真っ赤な顔で困ったように眉を下げる。

…可愛くて仕方ない。

彼女の手の小ささに、不意に、彼女の唇の柔らかさを思い出す。

彼女の小さな舌の感触も。その唾液の甘さも。

連想ゲームのように、彼女の乳首の感触も口に広がる。

柔らかな彼女の胸を掌で揉みしだき、ぷりんとした乳首を舌先で転がした。

甘噛みして吸うと、透子が腕の中でプルプル震えて…


透子は怒ったけれど、あそこで止められた自分の精神力を褒めて欲しい。

胸丸出しで目の前で達した透子に男の欲望を突き付けて、あのまま全部自分のものにすることだって出来たのだから…。


現実には透子に可愛い顔で怒られて、「受験が終わるまでキス以上禁止」を言い渡されて軽く絶望したわけだが…。


蒼はそれから受験当日までそれを守った。

透子にとってこの受験がどんなに大切か、わかっているからだ。


透子の両親は、どちらも毒親だ。


透子はそう思っていないが、水澤家の見解は一致していた。

父親は、「絆」を拗らせ、家に友達を呼んで家族を蔑ろにする。

母親は、性加害の危険のある家に娘二人を置いて家出して、そのまま見捨てた。

透子が助けを求めたという夜に、家に断固として入れなかったという母親は、恐らく男もいると思うのだが…

「不倫してる、と思ったと思うんですけど」

と、あの夜、透子が井草に襲われて、震えながら俺に泣き縋った夜に、蒼の親の前で言ったのだった。

「妹もそう思ってるんですけど。多分、してないんです。母は、以前から、一人の時間が一番大事な人だったので…。今が本当に快適で、私達が入り込んだら、そのまま居座られると思ったんでしょう」

悲しげに、だけどはっきりと諦念を顔に出してそう言っていた。

「父も、母も、悪い人間ではないんです。でも…多分…もう、子育てに飽きちゃったんです」

何年もしてるんだもの、飽きちゃうこともありますよね、そりゃ。

と笑う透子は、聞き分けの良すぎる子どもなのだろう。

彼女が親を捨てる方法も、優秀な大学に入る代わりにという、ひどく優等生然としたものだった。


あの家で、透子の家族は妹だけなのだ。…妹にとっても同じだろう。


そんな透子の受験勉強は鬼気迫るものだった。

蒼は、姉がアレなので余計そう思うのかも知れないが、あんなに勉強する人間を他に見たことがない。

自分の欲で、透子を邪魔してはいけないと思った。

その代わり、受験が終わったら、自分が用意できる最高の場所で、透子の全部を貰おうと目論んでいる。


「あ、蒼くん。次、降りるから、ね」

「うん。…今日、放課後、会える?」

「今日は友達と遊ぶ約束があるなあ」

「どこで?何時まで?迎えに行っていい?」

矢継ぎ早に聞くと、透子があわあわして、

「な、何時に終わるかわかんないし…大丈夫、ゆかちん一緒だから」

と言う。

なるほど。姉に聞けばいいのか。

「わかった。気をつけてね、透子さん」

「うん。ありがとう。…じゃあね、蒼くん。行ってらっしゃい」

「行ってきます、透子さん」


このやり取り。もはや新婚といってもいいと思う。


透子の笑顔を目に焼き付けながら、蒼は姉に今日の放課後の段取りを聞くべくLINEした。


***


ー池袋西口でカラオケだけど。迎えに来る気かよ

ー勿論。何時まで?カラオケ

ーさあ、盛り上がっても18時くらい?門限ある子が多いし。

ーわかった。場所後で送っといて


18時、池袋か。

それまでどうしようかな、と教室で考えていると、渡部朋希にフットサルに誘われる。

「今日?急だな」

「うちのチームじゃなくて、高梨のチームの助っ人。今日急遽二人穴が出たんだって」

「池袋なら行く」

「出たよ!…なんで?倉橋先輩、受験終わったんじゃねえの」

蒼が透子の塾のある池袋に拘ってることを知ってる朋希が言う。

「…そうだけど。なんで知ってんの?」

「なんでって、全国的に国公立の前期日程は終わっただろ…なに?なんで怖い目で睨むの?」

「お前、透子さんに迷惑とか心配とか掛けてないだろうな」

朋希は透子に妙なちょっかいを掛けて彼女を傷付けた後、どういう訳か透子の妹の香子に一目惚れしたらしい。

香子が来年度からうちの高校に入ることが決まって、透子は大分朋希を警戒している。

「か、掛けてないない。というか、会ってもいないぞ、お前の彼女とは」

「…ならいいけど」

この言い方だと、妹の方には会ってるな。

朋希はちょっとアホだけど、女の子を弄ぶような奴ではない。

その点では蒼は楽観的で、自分の透子にさえ接触しなければいいと思っている。

勿論、応援なんてしない。透子と朋希なら、100対ゼロで透子の味方をする。

「で、どうする?フットサル。池袋だけど」

「行く。18時には帰る」

「オッケー。まあ、せいぜい二時間だろ」

朋希が返事をすべくスマホを繰っていると、別のクラスメートがどやどやとやって来て、

「蒼ー、見たぞ、電車で!」

「あれが彼女?朝からイチャイチャして」

「お前、俺らがいたの絶対気付いてただろ」

いや、気付いてなかった。

「見てたのか。どこにいた?」

「お前らのすぐ後ろだよ!」

「行ってらっしゃい、行ってきますって。新婚かよ!」

と話しかけてきた内の一人、来夢が言う。

「やっぱりそう見えた?」

真顔で聞くと、頭をポコンと叩かれた。

「まさか蒼が、そんなに女にハマるとはなあ」

中学から一緒の来夢と朋希に感慨深げにそう言われる。


俺もそう思う。


女子がよく分からない生き物に思えてきたのは、小学4年生くらいからだった。

好き好き言われて、周りの奴らから冷やかされて、違うと言うと女子に泣かれて囲まれてまた泣かれる。

中学くらいから女子の行動がエスカレートしてきて、家の周りをウロウロしてピンポンダッシュされたり、隠し撮りされたりした。

家の電話も、イタズラで掛けて来るので、親が解約した。

それでも、女嫌い、という程には捻くれていなかったと思う。

女子にも色々いて、いい奴もいる。

それはわかっていたから、友達として付き合えるようなサッパリした女子との付き合いは続けていたが、そのいい奴だと思ってた女子に騙された。

ストーキングされてるっていうから、一緒に帰ってたのに、狂言だった。

「この嘘つき!水澤のこと、私がずっと好きだったの知ってたくせに!」

「私だってずっと好きだったんだもん!必死だったんだもん!」

と友達だと思ってた女子二人が教室で取っ組み合いの喧嘩をして、教師に親が呼び出されるに至って、なんだか全て、馬鹿らしくなったのだった。


「蒼って変わってるよなあ。あいつもあいつも、結構可愛いのに。付き合って、セックスしてえとか、ないの?」

と蒼に聞いたのは、中3の時も同じクラスだった来夢だった。


なんて答えたんだったかな。


多分、セックスはしてみたいけどもっと優しい怖くない女子がいい、って言った気がする。

そんでこれは来夢には言ってないけど、俺、可愛いって思ったことない、あいつら(女子)のこと。

てか、可愛いって、形容詞としては理解してたけど、女子に使う言葉ではないと思ってた。

犬も猫も鳥も魚もカエルだってオケラだって可愛いけど、女子がどんな格好していても、エロいと思ったことはあっても、可愛いと思ったことはなかったのだ。



「ん?」


昼飯を食った後に、姉からのLINEに気付く。

ああ、カラオケ店の情報送れって…


『とうこー』

『ん?なあに…あ、なあに?へへ』


透子さんの動画!


教室の窓際で誰かと話してた透子が、スマホを向けられてるのに気付いてピースをする。


『動画だよー』

『動画なんかい』

笑って、

『動いた方がいい?』

とピョコピョコ変なダンスをする。

『それ、もしかして、チュウダンス?』

『そう!流行ってる…』

『もう流行ってないよ』

『うそお』

『浦島太郎乙!』

『アハハ!ひどい』

笑う透子の後ろから風で煽られたカーテンがふわっと盛り上がり、透子がカーテンに覆われる。

『透子がカーテンに喰われた!』

『小さいから…て、こら!』

カーテンの下から顔を出した透子が、乱れた髪でまたアハハと満面の笑みを浮かべた。



「か…!」


「お、どうした?蒼、机に突っ伏して」

ガコンと音を立てて机に頭突きする勢いで突っ伏した蒼に、友達が心配そうに声を掛ける。

「…」

「あおー?」

「…可愛いに殺されそう…」

心臓が壊される。

「なんだって?」

「来夢、お前、よく今まで無事だったな」

あんなに色んな女子を可愛い可愛い言ってて。

「あ?俺がなに?」

「可愛いって、最早、痛いんだけど」

心臓が痛い。


可愛くてごめん、って、マジで謝ってほしい。

俺をこんなに翻弄して、平気な顔で、「私は一人でも大丈夫」なんて言うんだから。


「とりあえず姉ちゃんにまた投げ銭しないと…」

「どういう状況?」


姉に貢げば貢ぐほど、可愛いがスマホに溜まる状況、だよ。

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