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【閑話】妹の友達②

あお、と恐る恐る俺が話しかけに行けたのは、昼休みになってからだった。

ちなみにその頃には学年の女子は「水澤蒼に通学電車でハメられ隊」と、「水澤蒼の純潔を守り抜く会」で二分されていた…なんそれ。


「なに?早とちり」

と返された。

「あの、昨日…ごめん」

「…」

まだ怒ってる。当たり前だよなあ…

「…反省したのか」

と言われて、俺は勢いよく身体ごと頷く。

「した!これ以上ないほどっ」

「じゃあ、今回だけ許す。次はないからな」

「うん!うんうん!ありがとう、蒼!」

パアッと顔を明るくして俺がお礼を言うと、

「透子さんが許してやれって言ってたし」

と言う。

「あ、おれ、透子ちゃんにもあやまりゃないとっうお!」

噛んだのは蒼が、俺の座った机の脚を勢いよく蹴り上げたからだ。

「倉橋先輩って言え」

…えっ…心、せま…

「わ、わかった。く、倉橋先輩にも謝りたいんだけど…」

「わかった、言っとく。早とちりは二度と会うな」

「ええー…」

全然許されてる気がしない。あと、俺のあだ名、早とちりになっちゃったの?


「で、でも実際、どうなってんの?」

俺は持ち前の立ち直りの早さで復活して、蒼の前でお弁当を広げる。

蒼は既に自分の弁当を大方食べてしまっていた。

「何が?」

「とう…倉橋先輩と。朝、先っぽだけ挿入れてきた女子って、くらっにゃああ」

また机を蹴り上げられる。

「透子さんで変な想像したら潰す」

何を?ナニですか?

「お前、お弁当跳ねたぞ!」

「早とちりが悪い」

「ううう」

何も言えない。

蒼は俺の質問は無視して、弁当を片付けるとスマホを弄っていたが、ふと首を傾げる。

「…なんだ?コレ」

「ん?なに?」

「姉ちゃんからなんか、変な…」

とちらりと画面を見せてくれる。

「ああ、それ…」

蒼の質問箇所の上のメッセージも、つい覗いちゃう。


―電車で卑猥なことすんな!彼氏気取りかよ(8:03)

―うるさい(8:08)


―透子さんに、15:30頃そっちの校門で待ってるって言っといて(12:14)

―(音声データ)(12:18)


彼氏気取りかよ、ってお姉さんに言われてるよ。

そっか。彼女が彼女気取りなんじゃなく、逆だったわけね…


「それ、音声だよ。音声メッセージ。タップしてみ」

「音声?」

蒼が怪訝な顔でタップすると、


『違う!ちっがーう!嫌いじゃない!送っちゃだめ!』


あ、倉橋先輩の声だ。

蒼の肩がピクリとする。


『じゃあ、なに?』

これは誰だ?蒼の姉ちゃん?

『えっ』

『じゃあ、好き?』

蒼が息を詰めているのがわかった。

『…蒼くん、好きな人、いるよ。…優しくて、可愛くて、頑張り屋さんで、料理上手な子だって』

倉橋先輩の悲しそうな声。

…やばい。声だけで、好きってわかるわ。

『げえ、あいつ、何言ってんだ』

確かに…。

『だから、もう、送ってもらったり、そういうのやめるんだ』

あー、これは…俺が言ったせいもあるかしら…怖い。蒼の顔見られねえ。


『…ん〜、突っ込むべきか、放っとくべきか、悩ましいね』


そこで終わり。


「…」

「…」

てか、蒼の姉ちゃん。これは立派な盗聴では…

と思ってたら、蒼が大真面目な顔で、

「これ…何回でも聞けるの?保存って出来る?」

「…」

こっちは彼女の声を保存しようとしてるよ!



ーーーー

そんなことがあった翌週くらいのことだったと思う。


「ただいまー」

家に帰ると、妹のローファーと一緒に、行儀良く並べられた靴があった。

絵留の友達か?

リビングに顔を出すと、母親に、

「丁度良かった。これ上に持ってってあげて」

と盆を渡される。

お茶と大福。

「えー、俺、あんこ嫌いだって」

「あんたじゃなく、絵留。絵留の塾の友達来てるから」

「えー、なんで俺が」

ぶつぶつ言うけどそのまま上に持ってってやる。

「絵留、おやつ」

いつもの癖で、いきなり妹の部屋のドアを開けた。

すると、ベッドに腰掛けていた妹と、妹が慰めるように肩を抱いている妹の友達らしき制服の少女が顔をあげる。


「あ…」


泣いてる。

肩までの真っ直ぐな黒髪。整った顔に、勝気そうな大きな瞳が涙で濡れている。

「アホ兄!ノックくらいしろ!!」

絵留が慌てて俺の盆を奪って、追い出してドアを閉めた。

俺は呆然と、閉まったドアを見つめる。


…なに今の。


…何がおかしいって、それから動悸が収まらないことだ。

自室に戻って着替えて、何故かすぐに今日の約束をキャンセルして、ウロウロと部屋を回る。

何時間かそうして過ごしていたら、隣の部屋が開いて、どうやら妹の友達が帰るようだった。

俺は文字通り飛び上がって、偶然を装い階下に行く。


「あ、あほ兄」

絵留がいらんことを言う。

「すみません、お邪魔しました」

涙の後の消えた綺麗な顔で、彼女が頭を下げると、肩まで切り揃えた黒髪がはらりと落ちた。

「あー、…もう帰るの?結構暗いけど、大丈夫?」

俺が言うと、

「大丈夫です。ありがとうございます」

とニコリともせず、去る。


「おい、おにい、どこ行く」

声を掛けられて初めて、自分がスマホだけズボンのポケットに突っ込んで、薄着のまま外に出ようとしていたことに気付いた。

「はっ、俺は、何を」

「わざとらしいよ」

いや本当に…

「香子は男嫌いだから無理だよ」

などと絵留が言う。キョウコちゃんかあ。

「ということはフリーか…」

「ポジティブ人間め」

吐き捨てて、

「協力なんかしないかんね」

などと言う。

「でもまた遊びに来るんだろ?」

「馬鹿兄。今までも何度も来てるっつーの」

嘘だろ。

「なんで教えてくれなかったんだ」

「何をだよ!」

「次いつ会える?」

「会える?、じゃねえわ、キモい、バカ兄」


俺の妹は俺にちょっと辛く当たりすぎだと思うわ。


それでも、たまに家に来ると言う次の機会には必ず教えてくれるように妹に厳命(どげざ)して、どこかふわふわした気持ちで過ごす日々が続いた。


***


俺は厳しい部活が嫌で、自分達で蒼含む中学の頃のダチとフットサルのチームを作って週2くらいでゆるーく遊びのゲームをやっている。

その日は石神井のコートを借りていたが、蒼は「池袋じゃなきゃ行かない」などと言い、よって女子も大幅に減り、なんとなく盛り上がらずに解散になった。


「ねー、なんで水澤、池袋に拘ってんの?」

凛那がブーブー言って、俺は「さあ」と曖昧に濁すが、今じゃ理由は明白だ。恋だ。

倉橋先輩が池袋の塾に通っていて、そのお迎えに行きたいが為に蒼は最近やたらバイトを入れるし、何かと池袋で所用を済ませようとする。

「会いたいって言って行けばいいのに」

と言ったことがある。

蒼に会いたいなんて言われたら、即オチだろ。会いにきちゃうだろ。

ところが蒼は、

「透子さんの邪魔になりたくない」

とまだ気持ちを打ち明けてないらしい。

健気や…。



その石神井の帰りに、俺は香子ちゃんに偶然会った。

同じ中学か、2人の男子と駅前で話してる。

…男嫌いじゃなかったの?

俺は訳のわからぬ焦燥感に駆られて、つい持ち前のコミュ力を発揮してしまった。


「こんちは、何やってんの?」

と話しかけに行く。

三人とも驚いて俺を見た。

「香子ちゃん、俺のこと覚えてる?絵留の…」

「絵留のお兄さん」

香子ちゃんはびっくりした顔のまま、そう言った。

覚えてた。良かったあ。

「あ、私今日、絵留の家にお邪魔する約束なんです」

と香子が言って、

「先輩、帰りですか?」

と聞く。男子二人はなんだか気まずそうにお互いを見遣ってる。

「うん。じゃあ一緒に行こう」

と俺はニッコリと微笑んだ。

蒼には無理だが、中坊には負けねえぞ!



「すみません、助かりました」

電車に乗って、やっと安心したかのように香子ちゃんが息を吐いた。

「あ、やっぱ絵留と約束は…」

「ありません。嘘です。あの子達、しつこくて」

「知り合い?」

「部活の後輩です。なので、あまり強くも言えなくて」

「あー、わかるよ」

「全然好きじゃないって言ったんですけど…」

結構踏み込んだこと言ってるな。



引退した部活はテニス部。

犬か猫かなら犬、でも別にどっちも飼いたいとは思わない。

第一志望校はなんと俺のいる南高!



ってとこまで引き出した所で、彼女が、「あ、私、ここなんで」

と言って電車を降りてしまった…

のを、つい後を付ける俺氏。

いやいやこれはどう見てもキモいって。引き返さなきゃ…

と思いつつ改札を出て彼女の後頭部を追う。


と、彼女が左前方に首を向けると、ビクリと身体を震わせ、その場に突然立ち止まった。


やばい、気付かれた…?

緊張した俺の目の前で、香子ちゃんは俺が全く予想していなかった行動に出た。


「このっ、強姦魔!…痴漢野郎っ!」


大声で叫ぶと、スーツ姿の一人の男に突っ込んで行って、その脇腹に思いっきり飛び蹴りをかました―



「イヤー!うそお!!」

と叫んだのは加害者でも被害者でもなく何を隠そう俺だ。


「死ねっ!この街から出てけっ!猥褻魔っ!!」

と不意を突かれて蹴りを思いっきり喰らって、倒れた所を更に蹴る香子ちゃん。

駅前にいるほぼ全員がびっくりして固まってそれを唖然と見守ってる。


や、や、やばいって。

やばいよやばいよっ。


俺は咄嗟に、というか完璧なるパニック状態で、

「ハイカットお!完璧!」

と叫び、男に襲いかかる香子ちゃんを後ろから羽交締めにすると、

「本番もよろしく!」

と言い放ち、そのまま抱き上げ、火事場のクソ力でダッシュして改札前に逆戻りして、そこで彼女の体を下ろし、手を強引に引いて改札を通り、丁度来た電車に無理矢理一緒に乗った。


「は…はああああ〜!」

電車に乗った途端力が抜ける。

「な、な、何やってんの…香子ちゃあん…」

「…先輩こそ」

香子が呆然と俺を見た。

気付いたら二人、周りに奇異の目を向けられる中、電車の床に座り込んでいた。



「ハイ、お茶」

我に返って、次の駅で降りた俺たちは、ホームのベンチに座った。

まだどこか呆けている香子ちゃんに自販機でお茶を買ってあげる。

「…ありがとう」

と言った後、取ってつけたように「ゴザイマス」と言った彼女は、完璧に放心してるように見えた。



「姉が、あいつに、襲われて」

香子がポツリポツリと言葉を溢した。

俺はその衝撃的な言葉に身体を凍らせる。

「あ、大丈夫だったんですけど。車に引っ張り込まれそうになったらしくて」

ホッとする。

「…姉は、よく、そういうことがあって。見た目が凄く、男好きするというか、男の理想みたいな見た目なんで、それもあるんですけど」

男の理想みたい、と言われて思い浮かんだのは友人の恋の相手である倉橋先輩だ。

胸が大きいのに華奢で、目が大きくて、童顔。

いや俺は香子ちゃんの方が理想だけどなーっていうのは、さすがに言うの今じゃない感。

「家に遊びに来た父の友人の息子に着替え覗かれたり、やらせろとか言われたり」

香子は硬い表情のまま、手を握りしめる。

「酷かったのは、皆の前で…胸を揉まれて。それを皆が笑って見てたりして」

それは酷い。全然知らない香子の姉の為に流石の俺も義憤に駆られる。

「酷いね」

言うと、沈んだ顔のまま頷いて、

「それで先日、さっきのやつに車に引き摺り込まれそうになって…。助けて貰ったんで、事なきを得たんですけど」

助かって良かったね、と言いそうになって、倉橋先輩が言った言葉をふと、思い出す。


(男の人に追い掛けられて、怖い思いした女子の気持ちなんて)


「…事なき、じゃないよなあ、車に引き摺り込まれそうになるのは」

とつい呟くと、香子がハッとしたように顔をあげて、「そう!」と力強く同意した。

「そうなんです!全然、事なきじゃないの!お姉ちゃん、泣いてたし、夜も嫌な夢見るみたいだし、同じ色の車にも怯えちゃって」

ぎゅうっと両手の拳を握りしめて…お姉さん思いだな。

「先輩、わかるんですね。そういうの」

ちょっと尊敬の目で見られて、俺は天まで舞い上がる心地になった。

…ちょっと後ろめたいけど。


「でもさ、さっきのは危ないよ。逆襲されてたら香子ちゃんの方が怪我してたよ」

これだけは言わなきゃ、と俺は似合わない説教をする。

「でも…あの野郎の顔見たら、つい」

「それにさ、あのまま興奮して罵倒してたら…香子ちゃんか香子ちゃんの家族があいつに何かされたんだなって、思われちゃうんじゃない?近所の人とか見てたらさ」

と俺が指摘すると、香子ちゃんが愕然とした顔で俺を見上げた。その目にみるみる涙が溜まって、俺は慌てる。

「あっ、いや、お、怒ったんじゃないよ?!そうじゃなくて…」

「違う、違います、これは…」

香子がゴシゴシと顔を乱暴に拭った。

「…私…本当に考えなしだなって思って。こんなんだからいつもお姉ちゃんに助けてもらうばっかりで、何も出来ない…」

…それで泣いてたのか。

俺の家で香子ちゃんが泣いてた理由に思い当たる。

…いい子だなあ。

「私が守りたかったのに…あの男…」

「ん?誰?」

「あ、いえ」

香子が首を振った。



家まで送る、と言うと香子は頑なに遠慮したが、

「流石に今日は危ないと思うよ」

と言うと「…すみません」と受け入れてくれてホッとする。

送りたいっていうのもあるけど、本当に気を付けた方がいいと思う。近所の男だって言うし。

「あいつ、私みたいなズカズカ系には弱いキモオタなんで、大丈夫だと思うんですけどね…」

「キモオタなの?」

「うちの姉のこと、妹扱いして喜んでたんですよ。妹に夢見るキモオタでしょ」

「あー、そういう漫画あるよね」

と俺も同意する。

「ちなみに…」

と香子が神妙な顔になる。

「ん?」

「今のところ、先輩を絵留のお兄さん以上の目では見られないんですけど、大丈夫ですか」

「ハッキリ言うなあ!」

いっそ清々しい。

「期待させてたら申し訳ないので」

「あは」

フラれたはずなのに、笑みが溢れた。

「まあ、これから頑張るから、いいよ」

俺が言うと、香子も笑って、「どうかなあ」と言った。

その初めて見た彼女の笑顔に、俺は吸い込まれるように魅了されて、自分が完全に本気になったことを自覚した。


…その約20分後。


送って行った彼女の家から出てきた彼女のお姉さんの顔を見て、俺は因果応報の意味をこれ以上ないほど思い知ることとなる…。

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