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友達の弟③

透子を珍しく激昂させた渡部の言葉は、言い返した後もそのまま心を傷つけ続けていた。


(怖がりすぎ)


そう言われたら、そうなのだろう。そう見えるだろうと思う。

でも、あの金髪の男が透子に怒鳴った「犯すぞ」という言葉がどんなに女性を…脅かすか。

(言う)側にも少しでも理解して欲しいと思うのは…無理な話なのだろうか。



蒼は…渡部とは絶対、違う。


間違いなく、本気で心配してくれていた、と思う。

でも、渡部の言う通りだ。

透子は甘え過ぎてる。

恋をして、自分の怯える心さえ武器にして、蒼に会う口実にした。

蒼の方は…もしかしたら面倒臭がってたかもしれないのに。

蒼の好きな人が自分かもだなんて…

なんでそんな風に思い上がることができたんだろう。


透子はぺちゃんこに潰れた恋心を抱えて、ノロノロと家に続く坂道を上がった。

何度か蒼から着信があったが、出る勇気が持てなかった。


家に着くと、更に透子を落ち込ませることが待っていた。

透子の家の前に車が止まっていて、外からでもどんちゃん騒ぎの声が聞こえる。

車があるということは…

透子がそうっと玄関に入ると、案の定、宴会が始まっていて、しかも、井草やそれ以外の家のお母さん、奥さんまで来ている。

「あら〜、透子ちゃん、お帰り!」

「ただいまです…」

忙しく働く女性達の奥に、ウンザリした顔の香子の顔が見えた。

やっぱり…。

「すぐ着替えて来ます」

透子が言って、自室に上がると、すぐに香子が来て、

「最悪!最悪さいあく!」

とぶちまける。

「今日はなんの日?」

「知らないよ!近藤さんが仕事休んだから暇で来ちゃって、ついでに電話して井草さんとか呼んじゃったとかそんなんよ」

「来ちゃったパターンね…」

透子は素早く着替えると、香子に

「替わるから、勉強してていいよ、香子」

「うん。ごめんねお姉ちゃん。宿題も終わってないの」

ホッとした様子の香子を部屋に逃して、透子は1階に降りる。

「透子ちゃん、お醤油ストックどこ?」

と早速近藤の小母さんに聞かれたりして、透子は忙しく手伝った。


おじさん衆だけなら無視できても、女性が来ておさんどんを始めると、手伝わないわけにはいかなくなる。

手伝うだけならまだいいが、その合間合間に透子は漏れなく嫌味のようなアドバイスを受け続けることになるのだ。

「透子ちゃんはこんな遅くまで、どこ行ってたんだ」

と一人が言い出す。

塾です、と言うと

「受験生かあ。どこ受けるの?」

「それがねえ、聞いてくださいよ」

と酔った父が騒ぎ出す。

「二子橋大学に行くって言うんですよ!」

「へええ!大したもんだ。先生の出身校でしょ?」

「いやいや、受験するだけなら猿でも出来るってね」

と笑うと、

「私は無理だって言ってるんですよ。こいつは昔から要領も頭も悪いし…。だいたい短大とかで充分だと思うんですけどね」

「あら、先生、女性差別」

「いやいや!世の才女の皆さんには頑張って欲しいと思ってますよ!でも透子はねえ…大学に行ったところで」

透子はぐっ、と堪える。

ここで爆発しても、どうにもならない。

「まあ透子ちゃんなら、大学落ちても、うちに嫁に来ればいい」などと言う人までいる。佑太の父親だ。

「おー、佑太が貰ってくれるなら、安心だ」

当の佑太は、チラリと透子を見て、

「まあ透子は真面目に勉強してるんだかどうだか…彼氏とチャラチャラ遊んでるもんなあ」

と冷ややかに笑う。透子はかあっと顔が赤くなった。

「えー!透子ちゃん!彼氏ってなに?」

「んなあんだあ、勉強って、ソッチの勉強かあ?!」

大騒ぎになる。

透子は「誰でもない、そんな人いない」と言い張って、トイレに行くふりをして2階の自室に逃げた。

ドアを閉めて、息を吐く。

…今日は、散々だ。

この調子じゃあ、まだ暫くは下の人たちは帰らないだろう。

困るのは、皆が帰るまでは香子も透子もお風呂に入れないのだ。

仕方ない。

とにかく、香子も恐らく隣の部屋でそうしているように、下の音を耳に入れないようにイヤホンをして、透子は机に向かった。


…イヤホンをしてたから、誰かが階段をそっと上がる音も、施錠し忘れていた自室のドアが開けられたことにも気付かなかった。


透子は突然背後から抱き締められた。

悲鳴を上げようとして口を手で塞がれる。

「…透子」

イヤホンを取られて、耳元で呼ばれる。

恐怖のあまりぶわっと鳥肌が立った。

…佑太が、座る透子の背もたれごと透子を抱きしめている。

「んー!」

透子は口を塞ぐ掌にも嫌悪感を感じて身を捩る。

…怖い!

怖い!

誰か!

「透子、俺だ。怖くない。叫ぶな」

耳元で言う。

突然部屋に入ってきて、何を…

「さっきの本当か?」

さっきの…?混乱のあまり透子にはわからない。

「彼氏なんていないって。…別れたのか?こないだの奴」

「んー!んん!」

「捨てられたんだろう。あいつ、遊んでそうだったもんな」

「ん、ん!」

独り言で話しを完結していく。

「大丈夫だ。さっきの話聞いただろ。俺が透子、貰ってやるから。先生にもちゃんと言ったから…」

何?貰う?誰が?何を?

何を父に話したって…?

透子はカッとなって、緩んだ掌に思いっきり噛み付いた。

「いっ…!!」

拘束が緩んだ所で、立ち上がって思いっきり頭突きする。

透子のおでこが佑太の顔面に当たって、佑太が呻き声を上げて鼻を押さえた。

その隙に、透子は逃げ出した。



1階にいる人達に助けを求めようという気は全くなく、家を出る時に、誰かに話しかけられたような気がするがそれも無視した。

靴を履くのもまどろっこしくて、サンダルを突っ掛けて逃げ出していた。

怖い。

怖い。


がむしゃらに走って、気が付いたら駅前まで来ていた。

サンダルに、家着のパーカーと、下は中学の時の青紫のジャージで、財布も携帯も持っていない。

はあはあと息が切れて、透子はベンチに座り込んで、震える手で顔を覆った。



…どうしよう。

もう…限界かもしれない。



「透子さん」


ありえないはずの声が降ってきて、透子はゆっくりと顔を上げる。

「…あ、お、くん…」

制服姿の蒼が、長身を屈めて心配そうに透子を覗いてる。

「透子さん、どうした?」

「なんで…?」

「…電話しても出ないし、家まで行ったんだ。でも、誰か来てるみたいだし、夜遅いからやっぱり帰ろうと思って…たら、透子さんに追い抜かされて」

「…なんで」

こんな時に。

頼るのやめようって、思ったのに。

透子は耐え切れず、泣き出した。

こんなのって、もう、無理だ。

「透子さん」

蒼が隣に座って、肩に手を回して抱き寄せた。

透子は蒼の制服に縋り付くように、啜り泣いた。



「…蒼くん…」

一頻り泣いて、落ち着くと、居た堪れなさが浮上してきた。

「ごめん、は無しで」

先回りして蒼が言う。

「…ありがとう」

「どういたしまして。何もしてないけど」

そんなことはない。

「何があった…?」

透子が言葉に詰まると、透子の前髪を避けて、おでこを撫でる。

「ここ、赤くなってる。…暗くてよく見えないけど、ちょっと血が出てるかも」

そう言われると、ちょっとジンジンする。

「さっき井草さんに…あ、こないだ車で話し掛けてきた人、あの人に…頭突きしたから」

「頭突き?なんで?」

「部屋で、勉強してたら…後ろから、突然…」

透子が声を震わせると、蒼の顔が強張った。

「あ、な、何も…されてないんだけど。抱きつかれて…それで、頭突きして、逃げてきた」

「…っあの野郎」

蒼が低い声を出す。

「下の階にお父さん達もいたんだけど、なんか、多分、それくらいでって言われると思って。それで、飛び出してきちゃったの」

蒼は激情を堪えるように歯を食いしばっていたが、やがて、その歯の間から呻くようにため息を吐いた。

「…良かった、俺…会えて」

「うん…ありがとう」

透子が感謝を湛えた目で蒼を見上げると、

「透子さん、今日…うち泊まったら?」

と蒼が言う。

「え!そういうわけにはいかないよ。だいじょ…」

大丈夫、と言いかけて、暗い気持ちになる。

大丈夫じゃない。

佑太のいるあの家に、帰りたくない。

「よし、行こう」

と蒼が透子の手を握って、透子を立たせた。

「いやいや!悪いよ、私…なんとか、なんとかする」

「ちょっと待ってて」

と言うと、片手は透子を捕まえたまま、片手でスマホを操作して、

「もしもし。…今日、透子さん泊めていい?……そういうんじゃない、訳アリで。後で説明するけど」

「あ、蒼くん!蒼くん…!ダメだよ、悪いよ!」

透子が背の高い蒼に縋り付いてピョンピョン飛んで電話を取ろうとするが、うまく避けられてしまう。

「…はいはい。聞いとく。じゃあ、連れてくから」

「蒼くん!」

「オッケーだって。メシ、食った?」

「蒼くん、私、そんなに迷惑掛けられない。あの…家の物置でじっとしてる。そんで井草さん居なくなったら…」

「…マジで会えて良かったわ、俺…」

はあ、と息を吐くと、

「そんなこと透子さんにさせるくらいなら、俺、今から透子さんち上がり込んで井草と対決するよ」

対決?!

透子はギョッとする。

「だ、駄目だよ、喧嘩は…」

「喧嘩なんかにならない。ボコボコにする」

もっとダメ。

透子はなんとか、蒼に迷惑を掛けないで家に帰らない方法を頭の中で模索する。

(付き合ってもいないのに、図々しい)

渡部の言葉が脳裏にこびり付いている。なのに、良い言い訳が思い付かなくて、

「私…大丈夫だから」

と繰り返す。

「透子さん、俺…」

蒼は何か言い掛けて、言葉を切り、駅前の派手な建物を見上げる。

「じゃあ、カラオケ行こう。俺、朝まで付き合うし、…流石にこのタイミングで手は出さないって誓う」

「だ、ダメだって!お金も持ってないし、そんな迷惑掛けられな…あ、蒼くん、蒼くんたら」

透子の手を握ってさっさとカラオケに行こうとする蒼を必死で止める。

「…待って、待って…!」

蒼に甘えたくなる自分との戦いだったはずが、どちらがより迷惑かの二択になっている。

「…わ、わかっ…、や、やっぱり、蒼くんちに、お邪魔していいでしょうか…」

「うん」

透子が折れるのを待ってた顔で、蒼が頷いた。



「もしもし、香子?お姉ちゃん」

行く前に妹に電話させて欲しいと頼んで、蒼のスマホを借りて香子の携帯に電話する。

『お姉ちゃん!大丈夫!?』

「大丈夫…どうなってる?」

『どうって、こっちが聞きたいよ。井草さんが、お姉ちゃん説教したら怒って出て行ったって鼻血出しながら言ってて』

「え!井草さん、鼻血出しちゃった?」

『そんで誰も探しに行こうとしないし。私が今行こうと…』

「だめだめ!大丈夫だから!こんな遅くに家出ちゃダメ!」

と言ってから、家の中も安全でないと思い出し、

「自分の部屋で、鍵掛けて!井草さん達帰るまで絶対出ちゃダメ!」

『…お姉ちゃん、井草になんかされたの?』

香子が地の底を這うような声を出す。

「…なにもされてないよ…ただ…内鍵掛けるの忘れちゃって…」

思い出して身体を震わせる。

「井草さんが入ってきたの気付かなくて。…抱きつかれて、後ろから口塞がれて」

『は?!はあ?!』

「私を貰ってやるとか言うから、カッとなって手に噛み付いて、頭突きして逃げて来たの」

『信じらんない!痴漢じゃん!!』

「香ちゃん、落ち着いて。後でお父さんには電話するから、香ちゃんは部屋から出ちゃ駄目。今日だけはイヤホンも駄目」

『…お姉ちゃんは?』

「お姉ちゃんは、友達の家に泊めてもらう…今、たまたま、会って」

『友達って、誰?大丈夫なの?』

「大丈夫。また電話するから」



電話を切って、蒼に御礼を言ってスマホを返すと、蒼が怖い顔でそれを受け取る。

「蒼くん?なんか怒ってる?」

透子が覗き込むと、蒼は「…透子さんに怒ってるわけじゃない」と言って、「行こう」と、透子の手を握った。



水澤家に着いて、申し訳なさで透子が土下座するより先に、水澤母・艶子に抱き締められた。

「でかした蒼」

抱き締めながら、息子を褒める。

「女の子が、こんな格好で家を逃げ出すなんて」

と声を湿らしたので、透子はそんなひどい格好だっただろうか、と気にしつつも、なんだか安心して、ポロポロ泣いてしまった。



「着替えを覗かれたことがあって…」

落ち着いた透子が今日の事情を話した後に、ぽつりぽつりと言う。

水澤家のリビングで、蒼と透子だけ遅い夕飯を食べてから、食後にココアを淹れてもらった。

蒼の父はまだ仕事で帰宅していない。

「その時に内鍵を妹の分も買って、自分達で付けたんですけど」

「それって、イグサにされたの?」

隣に座る蒼が険しい顔で聞く。

「覗きは、その時よく来てたおじさんの高校生の息子だけど」

ギリッ、と蒼が歯噛みした。紫も美しい顔を歪めて、

「コロスッ」

となぜか裏声で言う。

「お父さんに相談した?」

艶子が優しい声音で聞く。

「したんですけど…うちの父は、ダメなんです。そういうの、すぐ茶化しちゃって。当時、母がいたんで、怒ってくれて、もうその人は息子さん連れて来ないように言ったみたいですけど」

でも、やんわり言ったせいで、その後もたまに来てた。

「その後、ちょっと…胸を、触られたりすることもあって」

「は?誰に?殺す」

蒼が怒ってくれる。

「私のオッパイを!」

と紫が。紫のではない。

「…そんなことがたまにですけど、あって、何度頼んでも寄り合いはやめてくれないし、父が地域の人と親しくなるほど暇があれば出入りするような男の人も増えて。今までは不幸中の幸いというか、私しかそういう被害に遭ってないけど、妹に向かうのは絶対嫌なので」

「幸いじゃない!」

艶子が突然強い調子で言う。

「…お母さん、透子さんがびっくりする」

蒼が言って、隣に座る透子の手を上から覆うように握り込む。


ちょ…家族の前で…

というか何故、手…手を…


艶子の口調の強さよりもびっくりして蒼を見上げるが、蒼は素知らぬ顔だ。

そんなこととは知らぬ艶子が、

「透子ちゃん。…聞きにくいけど、お母さんは?今日ね、うちに来てくれて本当に良かったしこの朴念仁の息子にしちゃ上々の出来だと思ってるんだけど、でも、今日、お母さんを頼ろうと思わなかったのはどうして?」

「母は…」

普通に話そうとしたのに、また涙が溢れてしまった。

「母は、怒ってくれるし、父に文句も言ってくれるんですけど…家には入れてくれなくて」

蒼が握った手を離したかと思うと、ぐっと肩を抱き寄せる。

それで余計透子は泣けてきた。

「む、む、胸を、触られた時に、香子を、妹を連れて家出して、母の家に行ったんですけど…ドア越しに話を聞くだけで、キーチェーンを外してくれなくて」

「汚部屋なのかな?」

紫が頓珍漢なことを言う。

透子は思わず、泣きながら笑った。

「そうかもしれない」


そうかもしれない、でも。

それでもいいから、ドアを開けて欲しかった。



「すみません、なんか、変な話して」

一頻り泣いた後、透子は謝った。

心配そうな艶子に、

「でも、大丈夫なんです。実は父と賭けをしていて…、父の出身校の、二子橋大学に受かったら、私と香子は二人で家を出て、別れて暮らしていいことになってるんです」

「それであんなに勉強してたのかァ」

紫が得心したように言う。

「いや、受験生は皆これぐらいは勉強するからね、ゆかちん」

と突っ込む。

「その賭け、反故にされたりしない?」

艶子は心配そう。

「多分、大丈夫。録音してるし、寄り合いの席で持ち掛けて皆聞いてるし。…反故にされたら本当に家出します」

「そしたらウチにおいで」

と、艶子、紫、蒼が同時に言うので、透子はまた笑ってしまった。



お風呂を借りて、紫のパジャマも借りて脱衣所を出る。下着はお金を借りて、コンビニで買ってきた。

「ごめんね、お風呂まで借りちゃって…」

時間が遅かったので、もう艶子と紫は寝てしまったようだ。

蒼が一人でリビングでテレビを観ている。

「いや、そん…」

透子を見て言葉を切る。

「…っ」

「なに?なんか変?」

透子より紫の方が身長が高いからパジャマの丈はちょっと余ってる…が、胸のボタンは少しキツい。でも、隙間から胸が見えるほどではない…のは確認済み。

「っはあ…!な、なんでもない」

ぶはあ、と蒼が息を吐き、

「ちょっと、息するの忘れた」

とおかしなことを言う。

「生きてね」

透子もちょっとよく分からない返答をしてしまった。



「俺の部屋で寝て。俺、違う部屋で寝るから」

「え!」

何故か蒼の部屋に連れて来られ、そう言われる。

「…子供部屋しか、内鍵がないんだ。俺も父も勿論何もしないけど、男が居るだけで怖いんじゃないかと思って」

姉の部屋は汚部屋(アレ)だし、と言い添える。

「蒼くん…」

なんて優しいんだ。

透子は感動する。

「蒼くんも蒼くんのお父さんも、怖くないよ」

「うん」

蒼は頷いて、透子の頭を撫でる。

「でも、ここで寝て」

と有無を言わせない雰囲気で、笑みを浮かべる。

「は、はいっ」

なに?この色気。



「今日…朋希が、ごめん」

透子が怖がらないように、ドアを開けたまま、蒼が言う。

「トモキ…?」

「渡部朋希。今日、迎えに行ったって」

「ああ!」

その後のショックな出来事で吹き飛んでいた。

「あいつ、思い込みが激しくて…なんか変なことを女子に吹き込まれたみたいでさ。俺が透子さんに騙されて毎日使役されてるようなことを」

透子は気持ちが暗くなる。

「事実だよね…」

「なんでそうなる?」

蒼は本気で頭を抱える。

「送り迎えだって、家に来させてるのだって、俺が好きでやってるんだよ」

「そういう蒼くんの優しさを利用してるのは私だからね」

言い返すと、

「優しさ?…透子さん、本気で言ってる?」

何故か声に剣呑さが混じる。

「優しさで男は動かないよ。少なくとも俺は違う」

じゃあ、何で?

透子が気圧されて黙ると、はああ、と蒼が力を抜いた。

「透子さんって…マジで心配になる。男にヒョイヒョイ騙されそう」

「そんなことないと思うけど…」

「今日だって、俺の代わりって言われてヒョイヒョイ付いて行ったんでしょ、朋希に」

「うん。だってそう言って…え?!嘘なの?」

ほら、と蒼が眉を上げる。

「嘘だよ。俺が透子さんの迎えに他の男寄越すわけないじゃん。俺を足止めして、勝手に行ったんだ。何回も電話したしLINEもしたのに、透子さん出ないし…あいつ、殺してやろうかと、思ってる」

思ってる。現在進行形ですか?

「殺さないでね」

一応、言っとく。

「でもほんとに、そんなキツイことは言われてないよ」

付き合ってもいないのに、図々しい。は事実だしなあ…。

蒼がお迎えを本当は嫌がってるんだと思ったことに一番傷付いたけど、それを言ったら、片想いバレそう。もうバレてそうだけど。

「ちゃんと言い返したし」

と胸を張ると、蒼がふっと笑って、「らしいね」と言った。

「思ってたのと違った、って、あいつ、俺が怒る前から既になんか、へこんでたもん。許さねえけど」

「許してあげて。駅まで送ってくれたし…」

「それが一番許せない」

とよくわからないことを蒼が言って、「そろそろ寝ようか」と言う。

「…おやすみ、透子さん」

と優しい笑みを浮かべて透子の頬をするっと撫でると、部屋を出て行った。

「鍵、掛けてね」

と去り際に言い残して。

「ふわあ〜」

透子は蒼の部屋で、頬を抑えてベッドに転がった。

なにあれ…。

優しいし、かっこいいし、優しいし、かっこいいし…

蒼がいつも寝ているベッドに横になると、今日泣き縋った時の蒼の匂いがして…

透子は落ち着かない気持ちで、眠りについた。

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