友達の弟⑧
受験勉強中に起きていた時間に透子は目を覚ました。
朝の5時。まだ暗い…。
心地よく微睡みながら、いつもと違うシーツの感触に、部屋の匂いに、自室ではなく旅館に居ることを思い出す。
同時に全裸の自分を抱え込む腕の正体に思い至り、透子は覚醒と同時に赤面する。
見上げると、蒼があどけない顔で寝息を立てていた。
…こうしてると、可愛いのに。
昨日は…いや、一昨日の夜もだが、全然可愛くなかった。
透子は、自分たちの性行為は、穏やかなものだとなんとなくイメージしていた。
シーツの上で恋人同士の手が合わさって…雀チュンチュン、のような陳腐で漠然としたイメージしか持てなかったのは未経験者だから仕方ないと思うのだが…
それが、まさか、あんな。
一昨日の夜、初めて結ばれた直後に蒼が「もう一回だけ」と透子の脚を開いた時は耳を疑った。
もう一回「だけ」と言ったくせに、横向きでした後また前から抱かれて…
喘ぎ過ぎて死ぬかと思った。
昨日の朝は、キスマークだらけの身体に赤面しながら早朝の露天風呂で身体を洗っていたら、朝が弱いはずの蒼が乱入して来て「洗ってあげる」と好き放題されてしまった。
朝なのに…露天風呂なのに…!
一昨日と昨日の朝がそれなら、昨夜は推して知るべしである。
着実に透子の弱いところを把握してきた蒼に、透子は散々に啼かされてしまった。
好きな男の子に耳元で「好き」「可愛い」と言われるだけで濡れる程敏感な透子の肌は、その蒼に身体中全て口付けられて舐められて、快楽の余り最後は意識を飛ばしてしまった。
あんな、あんな…
あんなこと、あんなにするもの?
誰にも聞けない質問を一つ抱えた透子は、それでも付き合った時からの疑問は一個解消できたことを思い出す。
…昨日の朝、露天風呂で、あれやこれやされた後に透子は勇気を出して聞いたのだ。
いつから自分のことを想っていてくれたのか、と。
露天風呂に浸かりながら、全裸で膝に跨る透子の質問に、蒼はちょっとポカンとした表情を見せた。
恥ずかしくなって透子は早口になった。
「一番…最初はマイナスから入ったでしょ?そんで金髪の狂犬事件で再会して…そのあと池袋で会って。そのくらいまでは私のこと嫌いだったよね?いつから…」
「はあ?…嫌いじゃないよ!俺…!」
蒼が本当にびっくりしたように言って、ちょっと黙ってから、
「…好きになったのは多分…金髪の狂犬のときだけど」
今度は透子がびっくりする。
「え?!」
目を丸くした。
蒼は真剣な顔で透子を見る。
「その後、池袋でさ、透子さん俺にぶつかってきたでしょ」
追い掛けられた時だ。透子がウンウン頷いていると、
「あんな人だらけの池袋にいたのに、男6人くらいでいたのに、透子さん…俺にぶつかってきたんだ」
その意味が透子の心に落ちるより先に、蒼が言葉を続けた。
「…あの時に、完璧に、落ちた」
どこに?
「あ、あれ痛かった?ごめんね必死だったから…」
透子が謝ると、
「そうじゃなくて」
蒼が真剣な、どこか苦しそうな顔で言い募る。
「…運命だと思った。こんな偶然あるわけないって。人生で初めて気になった女の子が、俺の胸に飛び込んで来るなんて…」
蒼の強い瞳から逃れられなくて、透子は一瞬息をするのを忘れた。
「恋に、落ちたんだよ、俺」
どこに、じゃなく、恋に。
何を言われてるかやっと頭が理解して、ズワッと体温が上がった。
「透子さん…俺、夢中なんだよ。他の何より透子さんが特別なの」
「ふわあ」
口から心臓が飛び出そうなことを耳にして、口から心臓は出なかったが変な声が出た。
「す…すごいこと聞いちゃった気がする」
「重い?」
「重くない…でも、なんで?」
なんでそんなに、私を…。
蒼は溜息を吐く。
「俺の方が聞きたいよ」
「え?」
「俺に何したの?」
言って、蒼が透子の首の後ろに手を回して引き寄せて、噛み付くように唇を奪った。
…それでまた、露天風呂でちょっとエッチなことをされて、部屋に抱き抱えられて入るとベッドの上でちょっとじゃないエッチなことをされたのだ。
あんなこと…あんなにする??
また同じ想いに気持ちが戻ってしまう。
透子を翻弄し続ける蒼は確実に慣れている。
色々と慣れている。
と思うのだが。
「俺も慣れてないよ」
と蒼が言ったのは、昨夜、脱がされる直前。
「え、嘘だあ!」
と透子が言ったのは、蒼のモテっぷりを知っていたのもあるが。
「本当。俺、透子さんが初恋だもん」
「はつ…」
「運命だって、言ったでしょ」
「でも…」
「でも?」
拗ねたような透子を膝に乗せて、蒼が髪を撫でる。
「なんか…あんなに上手なもの?なんか、慣れてない?」
「…」
蒼はしばし絶句して、
「昨日まで童貞だったから、今ので滅茶苦茶興奮したんだけど…」
どうてい。
透子の脳内で一瞬高村光太郎がこちらをチラリと見た。
いや、分かってる。
「あ、蒼くん…も、初めてだったの?」
「そう」
透子の浴衣の帯を弄びながら、蒼は肯定する。
「…」
「そんな驚く?俺、やっと高二だよ」
「あっ、そっか…そうだね」
でも。
「蒼くん…モテるもん。カッコいいし、優しいし」
「俺、優しくないよ」
透子の帯を引っ張って解きながら、蒼がそう言った時には、その瞳には獰猛な光が宿っていた。
「もう思い知ったかと思ってた」
そう言った蒼に浴衣を脱がされてベッドに投げ出された透子は、それから散々「思い知らされた」のだった。
…昨夜の自分の狂態を思い出し、また頬が火照る。
朝の光の中、目の前で安らかに眠る男が小憎たらしい。
つねってやろうかな、と手を出して、
…あ、ひげ、生えてる。
薄ら生えてるヒゲが新鮮で、ついジョリジョリ手で撫でた。
「…すき」
小さく呟く。
「蒼くん…飽きないで…」
少しでも長く、蒼の運命の人でいられますように。