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友達の弟⑦

「合格発表は一人で見る」

と透子は頑として主張した。


あれだけ頑張って落ちた時に、自分がどうなっててしまうか想像もつかなかった。

蒼にもうカッコ悪い所見せたくない。もっと言うなら、これ以上自分のことで心を痛めてほしくないと…


思った、のに。


たくさんの数字の中から自分の番号を見つけた時、透子は思わず顔を覆った。


…あった。

受かった…。

良かった。


安堵で涙が滲んだ瞬間、強く肩を抱き寄せられた。


「透子さん」

心配そうな、思わずと言った風な、彼の声。

「…っあ、蒼くん…な、なん」

涙を目に溜めたまま、呆然と見上げた。

「ごめん」

バツが悪そうに蒼が言う。

「駅で待ち伏せて、こっそり着いてきちゃった。どうしても、俺…」

と口籠もり、

「…ごめん」

と謝った。

透子はあんなに強硬に主張してたのが馬鹿みたいに、緊張してた分心が(ほど)けて、蒼に寄り掛かった。


来てくれて嬉しい、と、心から思う。


「受かったよ、蒼くん…」

と囁くと、蒼が透子を抱く腕に力をギュッと入れて、

「やっ…」

と大声で言い掛けて、周りを憚って声を顰めて、

「…やった、やったね、透子さん」

と囁いた。

「うん」

透子が頷くと、

「身体が冷えてる。…あっちにトドールがあったから、入ろ。皆に連絡するでしょ」

と蒼が手を引いて、発表を見る人の群れから引っ張り出してくれた。



香子、学校の先生、水澤家、母親の順に電話して、父親には家に帰って、大学の帰りを待って直接言った。

父親は、まさか受かると思ってなかったようで、「まさか」とヘラリと笑ったが、透子がそんなことで冗談を言うわけがないと気付いたようで、そのまま固まった。

「…そうか…受かったのか」

「うん」

「そうか…」

父親はそう呟いて、思い出したかのように「おめでとう」と言った。



その後、透子は母親を家に呼び出し、透子と既に第一志望の高校に入学を決めていた香子が家を出ることについて、両親と話をした。


「蒼くん、ごめんね、会いたい」


珍しく透子が蒼にそう電話を掛けてきたのは、その家族との話し合いの後だった。


「ちょっとだけ揉めちゃって…」

呼び出した時には既に蒼の家の近くの公園に居ると言い、慌てて駆けつけた蒼の目に、透子はいつになく()()()いるように見えた。


話し合いの場で、透子の父親が、「寄り合いをうちでやるのを止めるから、家族で暮らしたい」と言い出したのだ。

戻りたくない母親を父親が説得していたよりによってその時、近所の人がやって来て、上がり込んで和室で父親と話し始めてしまい、母親は鼻で笑ってさっさと自分の家に帰って行った。


それで、その話は、終わり。


…父親が「家族で暮らしたい」と言った時に、母親の顔を一瞬縋るように見た香子が、まだたったの15歳の少女だということを覚えていたのは透子だけだった。

透子は一欠片でも香子に期待させた父親を許せず、今までで一番強い怒りを隠したまま、母親が帰った後の父親の失意を突くように、アパートの候補を提示して、了承させた。


「賭けに勝ったんだもの」

と悲しげに笑う透子の表情には、合格発表の時の晴れがましさは片鱗も残っていなかった。

見ていられず、蒼が抱き寄せると、透子は低く嗚咽を漏らした。


15歳の妹を引き取って家を出ると言う透子だって、まだたったの18歳なのだということに、家族の誰も気付かなかった。





***

「じゃあ、椎名町に決めたの?」


3月の終わり。

この日は、久々に晴れて、ポカポカ陽気になった。

電車に並んで揺られながら、蒼が訊くと、

「そう」

と透子は頷く。

「駅から徒歩10分の2DKで、4階建の3階でエレベーターもないんだけどね」

「引越し、いつ?手伝う」

「来週の火曜日…だけど、業者さん頼むから、大丈夫」

「でも…あ、そっか」

蒼が思い出して、それ以上の申し出をやめる。

「ごめんね」

透子が真剣な顔を向けた。

電車の進行方向に向かって2席並ぶクロスシートの席。

その席で二人で並んで座っている。


妹との新居には、彼氏だろうと友達だろうと男の人は呼ばないと決めた、と透子は宣言した。


「今まで、不特定多数の男の人が出入りしてて、すごくストレスを感じてたの。私達二人とも。だから、そういう決まりにしたの…香子も私も安心出来なきゃ意味がないから」

ごめん、とその時も、透子は蒼に両手を合わせて頭を下げた。

家に入れないのは残念だが、透子らしい、と蒼はすんなり納得した。

もっと言えば、妹の男友達が出入りする環境よりもずっといい、と実は思っている。


「いいって。今日から明後日までは透子さんと過ごせるし」

と蒼が思い出させる。


そう。透子は今、蒼と約束していた二人きりの旅行に来ていた。

受験とはまた違う緊張を紛らわせようと、透子はさっきからずっと喋っている。

「う、うん…そ、そうだしね、そうじゃんね」

顔が赤くなる。

うう、これじゃあエッチな想像をしてるみたいじゃあないか…。

「それに、受験が終わったからいっぱいデートも出来るようになったしね」

蒼が微笑む。

「うん、うん、た、楽しかったね、エノスイ」

「すっげえ楽しかった。今度は大学近くでデートしようね」

「うん!…蒼くんたら、どこ行っても迷子になるから、心配だけど」

と透子が笑いながら言うと、

「あー…俺的には透子さんなんだけど…迷子になってたの」

ちょっと納得がいかないように蒼は呟いた。


受験が終わっても、透子は自分と香子の卒業式や入学準備、部屋探しでそこそこ忙しかったが、その隙を縫うように蒼と何回かデートした。

受験中禁じていたキスも、試験直後に蒼にもう解禁だと言われて何度も、した。


でも今日は…


今日は…多分…それ以上のことを、するわけ…でしょうか。



旅館に着くと、透子はポカンと口を開けて、蒼を振り返った。

「え、蒼くん…ここ?」

「うん、そう。星4以上だし、良い宿だと思うよ」

「いやいやいや…」

有名な宿だ。

待遇の良さでも、お値段の高さでも。

「わ、私でも知ってるけど、この旅館…ねえ、蒼くん、ちょっと」

入り口でたじろぐ透子の手を引いて、蒼は旅館に足を踏み入れた。


部屋は和洋折衷の、畳とベッドの併存している部屋だった。

キングサイズの脚の低いダブルベッドがドーンと絨毯の間に鎮座している。

そのベッドを見ただけで、透子は顔が熱くなる。

「す…すごい部屋だね」

感想を言う声も上擦る。

「流石に一番いい部屋とはいかなかったけど…」

蒼がちょっと残念そうに言う。

「すっごくいい部屋だよ!ねえ…あのさ、高いんじゃない?ここ。私、半分払うからね」

「いらないって。合格祝いだよ、透子さん。…ほら、来て。ここ、全室露天付きなんだ」

「えー!」

透子が飛び上がって見に行った。

大理石に檜の浴槽が埋め込まれていて、渓流の流れが見下ろせる。

「うわあ!すごい!」

透子がはしゃぐのを、蒼が嬉しそうに眺める。

「後で入ろうね」

「うん!」

テンションが上がって、ちょっと緊張が解けた。



とは言っても、部屋食で夕飯を食べ終わると、否が応でも()()()が近付いてきているのを意識せざるを得ない。


「どうする?」

夕飯を片付けられて、部屋に沈黙が訪れたタイミングで蒼に声を掛けられて、透子は座ったまま「ハイッ」と良い返事をした。

「ど、ど、どうっ…って?」

「ええと…お風呂、入る、よね?」

「ああ!」

透子はウンウンと赤べこのように首を振った。

「あ、あ、蒼くん…先にどうぞ」

「いや…透子さん、先に入って」

赤い顔で二人で譲り合った結果、いつも通り蒼が勝って、透子が一番に入ることになった。


渓流を見下ろす夜の露天風呂は間接照明の効果もあって、風情がある。

「ふわあ…気持ちいい…」

めちゃくちゃ念入りに身体を洗った後で、透子はやっと湯船に入る。

気持ちいいけど…すごく緊張する。

どうしよう、上手くできなかったら。

どうしよう、変な身体だって思われたら。

考え込んでいるとのぼせそうになって、透子はノロノロと湯船から上がった。



「蒼くん、どうぞ〜」

透子が脱衣所から出て蒼に声を掛けると、何故か部屋をウロウロしていた蒼が、浴衣の透子を見て「うっ」と言う。

「…はい、って来る、ね」

と言ってお風呂に向かい…


秒で帰ってきた。


「はやっ」

透子は思わず言う。

「蒼くん、(からす)の行水だね」

「いや、そ…早かった?」

「うん。ちゃんとあったまった?」

「いや…わかんない」

と髪をワシャワシャタオルで拭いた。


「…」

「…」

二人、会話を失くし、ベッドの端と端に足を下ろして座った。

脚の低いベッドなので、透子でも体育の時の三角座りのような格好になる。

蒼は片足だけ胡座を組むようにして座る。


「…透子、さん」

蒼が緊張した声で言う。

「ハイッ」

透子はさっきからずっといい返事をしている。

「俺…透子さんが嫌がることは、絶対しないから」

「…はい」

「ええと…」

とまた言葉を切り、

「電気、消す?」

部屋の電気を消すと、ベッド脇の間接照明だけになった。


「はあ。んー…と、じゃあ…」

蒼が透子に向き合う。

「と、透子さん…いい?」

透子はギュウっと布団を掴んで、「…うん」と頷いた。


キスをして、透子をベッドに押し倒すと、蒼はすぐ夢中になった。


透子は泣きながら蒼に縋り付いて、それで…


…この夜、透子は蒼のものになり、蒼は透子のものになった。


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