覚書/ノストラダムス大予言、中の人
――1999年7月に人類は滅亡する――
1970年代、社会現象となったノストラダムスの予言。根拠となる詩集は、1555年から1567年にかけて出版された四行詩の『百詩篇集』(※誤訳『諸世紀』)で、この人の死後に増補された。問題の詩には、「アンゴルモアの大王」と「恐怖の大王」というキーワードがある。
海外のオカルト信奉者が騒いでいたところに、陰謀論者の五島勉が食いき1973年、『ノストラダムスの大予言』というトンデモ本をだし、マスコミが面白がって拡散。そして盛大に外れた。噂の真相はどうなのだろう。
アンゴルモアの大王とはフランス国王フランソワ1世で、恐怖の大王とは神聖ローマ帝国のカール5世を指しているという説がある。
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フランソワ1世(1494年 - 1547年)は、フランス・ヴァロワ朝の国王だ。
ドイツ=神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン1世が没すると、フランス国王フランソワ1世は皇帝の座を欲し、ドイツ選帝侯を買収しだす。これに対しマクシミリアンの娘で、ハプスブルク家を仕切っていたマルグリットは、甥っ子でスペイン国王カールを推して対抗。選帝侯を逆買収に成功する。結果、カールが、皇帝カール5世となる。フランソワ1世は面白くない。
さて、イタリアは帝国の縄張りだったのだが、先々代シャルル8世から、フランス王国はちょっかいをかけていた。フランス、ドイツが「イタリア戦争」を勃発させることになる。結果は、フランスの惨敗で、フランソワ1世は捕虜になってしまう。
1529年、フランス国王不在につき、王母ルイーズ・ド・サヴォワと、マルグリットが、カンブレーで講和会議を行った。「貴婦人の和約」だ。
これにより国王は莫大な身代金を帝国に支払って釈放されることになる。またフランスは、イタリアでの支配権を放棄したうえに、ブルゴーニュ地方、アルザス地方などドイツとの国境地帯の領土を割譲することになる。
敗戦で莫大な出費を強いられたフランスは、増税を行い、国庫を補填し、国民を苦しめた。
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フランソワ1世は神聖ローマ帝国との戦争で、フランス経済を停滞させたが、芸術面ではレオナルド・ダ・ヴィンチを招聘。ルネッサンスをもたらす。戦争好きなので、「騎士王」と呼ばれる一方で、「フランス・ルネサンスの父」とも呼ばれることになる。
さてさて本題だ。
ノストラダムスの『予言集』百詩篇第10巻72番にある、
空から『恐怖の大王』が来るであろう。
『アンゴルモアの大王』を蘇らせる。
この詩の解釈について作家のピーター・ラメジャラーは、――フランソワ1世はフランス国王となる前は、アングレーム公の称号で通っていた。「騎士王」の異名をとるアンゴルモアすなわちアングレーム公爵でもあるフランソワ1世国王は1515年、カール5世に「イタリア戦争」を戦いを挑み、こてんぱんにやっつけられ、1525年、捕虜になった。
「騎士王」フランソワをやっつけるくらい腕っ節の強いカールはもはや「恐怖の大王」だ。
戦場で敗れたとはいえフランスは人口3千万を有する当時の超大国である。対する神聖ローマ帝国諸侯の大半は理屈をつけて言うことを聞かず、ハプスブルク家独自の家領で勝負を挑んできた。いわゆるハプスブルク帝国の人口は2千万。フランスをぶちのめしたレベチなカール5世だが、フランスを侮りはしない。戦後処理の落としどころを模索しだす。
1526年8月に当時捕虜となっていたフランソワ1世の監禁場所に、カール5世が突如(※空から)訪問したことを契機に、翌年3月に解放され、フランソワ1世がフランス王国に返り咲く。――と解釈している。
この説はかなり、説得力があると思う。
ノストラダムスが1503‐1566年の人で、フランス宮廷に仕えていたのは1564年から1566年までの約2年間だ。
だから預言書とすれば1526年ごろ、王宮出仕の回顧録とすれば1564年から1566年の間というところであろうか。
――ソース――
wiki、AI
ノート20250817




