読書(再読)/ラヴクラフト『未知なるカダスを夢に求めて』他クトゥルフ神話関連短編
東日本大震災のちょっと前、房総半島先端に近い田舎町で私は、ラブクラフト全集全7巻を買い、少しずつ読みだし、数年前に読破した。作品は米国SF系ホラーの古典。『クトゥルフ神話』の二つ名で、多くの作家たちが参入してカテゴリ化した。そのうちここで取り上げるのは、ラヴクラフト『未知なるカダスを夢に求めて』大瀧啓祐訳・ラヴクラフト全集6に所収されたエピソードである。
夢を通じて転移できる異世界を「幻夢境」といい、そこと現世界とを自在に往来できる能力者を「夢見人」という。人類至高の夢見人カーターは、異世界「幻夢境」に転移し、地球世界の真理を解き明かそうと冒険の旅に出る。
地球現世界からゲートをくぐり、何十階層か降ると「幻夢境」の地下世界にたどりつく。そこは人食い巨人族がひしめく地下回廊「焔窟」だ。幻夢境の地上世界は、そこを横につき抜けてゲートをまたくぐったところにある。
ゲートの向こう側にあったのは、巨大キノコが林立し、苔が絨毯のように地面に繁茂する菌類の土地「魔法の森」だ。そこには環状列石を民族象徴とする小人族が棲んでいる。小人族は排他的で若い小人族がカーターに襲い掛かろうとしたが、長老がカーターを「夢見人」様だからと言って、以前カーターが来たことのある交易都市ウルタールまでの道順を教えてくれた。
魔法の森を源とするスカイ河に添って、花園が点在する森林地帯を抜けると平野部に抜ける。砂漠地帯にある大きな交易都市がウルタールだ。カーターは町の大神官アタルに会い、この世の理を聞く。
大神官は、現在、「大いなるもの」と呼ばれる夢見境の神々は、地球外星系からやって来た「蕃神」たちによって、世界の片隅に追いやられている。彼の地は縞瑪瑙の城を中心とした夕映えの都カダスにあるのだという。――大いなるものはエルフ族と推定される。
「ならばカダスの地はどこに?」と大神官に聞くと、「場所は判らないが、これまでに汝のような夢見人が二人、彼の地に赴いたが、一人は帰らず、もう一人は戻って来たものの発狂した。だから汝は行かぬほうがいいと忠告された」
ウルタールには人族と猫戦士族が共棲している。
カーターは猫戦士族と懇意であったので、彼らに歓迎され、貴重な情報を得た。
不確かな情報だが「カダス」らしい大いなるものがいる場所は、オリアブ島のングクラネク山らしい。
そこで隊商に同行してダイラス=リーンの港町に行く。
ダイラス=リーンには怪しい、黒いガレー船が入港していた。
カーターは、居酒屋で、黒いガレー船に乗船していたターバンの交易商人を見かけた。
幻夢境の奴隷は通常、バルグ大陸の黒人で、地球系人類だ。だが、彼らと、彼らが使役している奴隷は明らかに人外・地球外生命体「人間もどき」だった。スライムのようなゼリー状の知的生命体で人族の衣服をまとい、ターバンで頭部を隠している。黒いガレー船はレン高原(大陸)の港町インクアノクから来ている。そのためレン人ともいう。
インクアノクの交易商たちは、特産の縞瑪瑙を売りに来ている。
カーターは、居酒屋のレン人の交易商に声をかけられたので、互いの酒を交換して酌み交わした。ところがレン人たちが注いだ酒には、眠り薬が入っていた。酔いつぶれたカーターが目をっ覚ますと黒いガレー船の上にいた。目が覚めたカーターは捕縛されていなかったので、船内を観察することができた。レン人には上位種と下位種がいる。両方とも人型スライムだが、上位種はヒキガエルのような風貌で下位種はのっぺらぼうだった。交易商や水夫は下位種ののっぺらぼうだ。
「夢見人」が宇宙の真理を覗き見ようとすると、系外惑星の神々「蕃神」は不快になる。こういった
「蕃神」は大きく、二つのグループに属している。一つは比較的人類に友好的な善神ノーデンスを中心とした旧神勢力、もう一つはナイアルラホテップを中心とした邪神・旧支配者勢力だ。――クトゥルフ神話研究者によると、旧神と旧支配者は神と堕天使の関係だという。奢った天使「旧支配者」が大神「旧神」を排除しようと戦いを挑んだが敗れ、知能を奪われ、地下世界に追放・封印されたのだという。
「夢見人」カーターは、旧神からも旧支配者からも目を付けられたことになる。
両方の神は、シャンタク鳥を眷属として使役する。
カーターが乗った黒いガレー船は、シャンタク鳥の襲撃を受けた。
そのどさくさに紛れてカーターは、黒いガレー船を脱出し、猫戦士族に保護された。
カーターは黒いガレー船のことを、猫戦士族の元帥に話す。猫戦士族の軍隊は旧神の一柱・バステトを信奉している。彼らはかつて幻夢境の月にテレポートし、旧支配者の信奉者である月の住人と交戦したことがあった。地球現世界の月に対して幻夢境の月は十数倍ある。黒いガレー船のレン人たちはそこから来ていることが判った。
ダイラス=リーンに戻ったカーターは、旧支配者の民であるレン人が黒いガレー船でもたらす縞瑪瑙を買わないように、交易商人たちにといて廻った。
一週間後、カーターは一般交易船でオリアブ島に渡る。この島には霊峰ングラネクがあり、そこが大いなるものたちの神域であると踏んだのだ。しかし山頂にたどり着くと、もぬけの空で、どこかに立ち去ったようだった。山頂の裏側には大いなるものを写したらしい彫像があった。風貌はオリアブ島民にどこか似ている。――恐らく島民は、大いなるものどもの末裔で、人族と混血したのだろうと推察した。
カーターの神都カダス探訪の旅は振り出しに戻り、めぼしい情報を得るため、各地を放浪する。
オリアブ島から現世とのゲートがある大陸に戻ったカークは、魔法の森の小人族と猫戦士族との間で戦争が勃発する。偶然、魔法の森を通りかかったカーターが小人族が猫戦士族を奇襲するという企てを知り、遠吠えで、近くにいる斥候を介してウルタールの老元帥猫に教えた。戦いはあっさりと片づき、猫戦士族の勝利に終わり、講和条約が締結された。
オウクライス河沿いの森に点在する花園の土地には、人族の集落や廃墟になった神殿もある。そこから河口へ向かうとセレフィス海に臨んだトゥーランの港町にたどり着く。カーターは旅籠で尊ぶべき猫からカダスに関する貴重な情報を得た。
カーターは一般交易船に乗り、忘れさられた王国の宮殿を隠しているクレドの密林を遠望しつつ、大交易都市フラニスに入港。さらにセレファイス都城へ向かう。そこで船員たちや、博識な猫たち、クラネス王からカダスに至る情報を得て、彼の地を目指す。
夕映えの都、縞瑪瑙の城カダスは、黒いガレー船の拠点インクアノク港のあるレン大陸(高原)の奥、人外種族レン人たちしかいない、旧支配者ナイアルラホテップの領域の中にあった。――なんと地球の神々「大いなるものたち」は、蕃神に対してあまりにも、ひ弱であるためか、ナイアルラホテップの庇護下にあったのだ。
カーターは、テレポート能力のある猫戦士族や、食屍鬼族といった友好関係にある種族の協力を得て、途中、レン大陸にあるサルコマンドの廃墟で黒いガレー船を撃破・鹵獲。ついにカダスへとたどり着く。だがそこも霊峰ングラネク同様に、もぬけのからだった。
そこで旧支配者ナイアルラホテップが現れ、カーターは強制送還させられた。
そしてカーターは、ボストンにある高級住宅街の一角にある自邸で目を醒ましたのだ。
所見:なんとなく本作には、何年か前に読んだダンテの『神曲』を思わせる読後感がある。
ノート20240823
追記:
H・P・ラヴクラフトのクトゥルフ神話系小説・ランドルフ・カーターを扱った短編作品群:大瀧啓祐訳・ラヴクラフト全集6所収:
――前日譚――
〇『白い帆船』
~灯台守バザル・エルトンが、白い帆船に誘われて南方の海へ向かうが、冒険の果てに船が難破し、元の灯台に流れ着く。幻夢境の物語だ。
〇『ウルタールの猫』
~大神官アタルの幼少時代。砂漠の町ウルタール在住の老夫婦は猫達を虐待死するのが趣味だったが、ある日、変死体で発見される。町中の猫に報復されたのだ。以来住民は猫を大切にするようになる。ちょうどそのころ町には、隊商の一団が訪れており、黒い髪の少年がいて黒猫を可愛がっていた。――その少年こそカーターであったことが、本編『未知なるカダスを夢に求めて』において明かされることになる。
〇『蕃神』
~系外惑星由来の神々を蕃神という。幻夢境の大賢者バルザイはその秘密を解こうと霊山ハテグ=クラに行き、消息を絶った。後に、バルザイの弟子でウルダールの神官アタルが、訪れたカーターに事情を話すことになる。
〇『セレファイス』
~幻夢境の都市の一つセレファイス縁起:ロンドン在住の作家クラネスは騎士隊にいざなわれて異世界都市へ行く。実は王位継承者だったのだ。だが代償に遺体を北米インスマスの浜辺に浮かべるのだが……。
〇『ランドルフ・カーターの陳述』
~ゲインズヴィル街道沿いにあるビック・サイプラス沼の地下墓所は夢幻境地下世界へ通じているらしい。カルト研究科ハーリイ・ウォーランはアラビア語の禁書からえた情報で、友人カーターと調査に出かけ行方不明となる。ナィアルラホテップの眷属が殺害したようだ。事件後カーターは司法機関から取り調べを受けた。
〇『名状しがたいもの』
~イーストハイスクールで校長をしているジョウェル・マントン宛てにインドから禁書が送られて来た。
「夢見」能力喪失時期、底辺の作家業をしていたカーターは17世紀に発狂した少年を主人公の小説の取材地でもあった。マントンの禁書が示す土地は奇しくも、魔道士だった父祖が住んでいたアーカムだった。
そこの古い埋葬地で二人は、UMAに蹴られ負傷する。幻夢境地下世界ズインの洞窟に棲むガーストの仕業らしい。
※ 鍵語:コットン・マザー(Cotton Mather、1663年2月12日 – 1728年2月13日)は、ニューイングランドの社会的、政治的に影響力のあるピューリタンの教役者。
――本編――
〇『未知なるカダスを夢に求めて』
~先述。
――後日譚――
〇『銀の鍵』
~カーターは三十代から四半世紀「夢見」能力を喪失していた。伝世品「銀の鍵」はそれを回復させるアイテムだ。本編『未知なるカダスを夢に求めて』と後日譚『銀の鍵の門を越えて』の間の出来事である。
〇『銀の鍵の門を越えて』
~カーター・シリーズの後日談。転移者カーターが未来の系外惑星にいる間に、地球では失踪扱いになった。遺産相続会議が開かれたとき、カーターの代理人だというインド人ヒンドゥー教のバラモン僧が現れる。




