第5話
覚悟を決めた僕は二人に事情を説明する。
僕の中身が異世界の歴木 英児だと知って、幼馴染は驚く。
「ほ、本当に英児なのか?」
僕は頷いた。
「ああ。 僕は元の世界では、あちらのお前と二人で従姉の関係者を洗い出し、説得して回ってたんだ」
従姉とは関わらないようにと。
命を守るためにはそれが一番手っ取り早い。
時には脅迫まがいのこともやったが後悔はしていない。
栗田さんには中身が違う人間だとは話したが、違う世界で従姉に関わっていた被害者を救ってきた話はしていなかった。
やはりだいぶ驚かれたけど『僕が捕まえる』発言には納得してくれたっぽい。
従姉には知られないように動いていたつもりだったが、結局は僕も被害者になっちゃったな。
そのあたりはボカシたけれど。
「じゃあ、次の犠牲者も心当たりがあるんですね?」
栗田さんの質問に今度はキチンと答える。
「もちろん」
五年も時間が巻き戻ってしまった。
だが、多少の違いはあっても今までの流れを聞いた限り、過去の出来事はそんなにかけ離れていない。
幼馴染の高校生が急いで自分のノートを捲っていく。
「お、俺はこの辺が怪しいと思っているんだ」
見慣れた同級生の名簿から一人を指差す。
「さすがだね」
僕はクククッと笑う。
思えば、あの頃は一日中彼女のことばかり考えていたな。
僕が高校生で従姉が大学生だった間、一番楽しかったかも知れない。
家族や教師は顔を顰めて彼女に苦言ばかり。
違う、違う、従姉さんは犯罪者じゃない。
病人なんだ。
助けなきゃいけない女性なのに、と僕はずっと思っていた。
卒業と同時に従姉は結婚して街を出て行ってしまった。
叔父さん夫婦は肩の荷を降ろしてホッとした顔をしていたけど、平和になったと同時に、僕は何をすれば良いのか分からなくなった。
あー、そうか、僕はきっと異常なんだ。
たった今、それを自覚してしまった。
僕は、あの美しい従姉に対して歪んだ愛情を持っているんだろう。
彼女を救えるのは僕しかいない、と。
あはは、僕も病気じゃないか。
だから従姉に関われるこの世界にやって来たんだろう。
なんだ。 それなら全力でやりたいことをやれるじゃないか。
僕はふたりの顔を見回す。
「今更だけど、僕の計画に協力して欲しい」
「おう」
幼馴染の高校生はグッと拳を握り締めて僕の前に突き出す。
僕はそれに応えて拳を打ち合わせた。
「私に出来ることなら」
栗田さんも頷き、拳を合わせてくれた。
僕は、幼馴染には次のターゲットである同級生の説得をお願いし、栗田さんには例の部署の方々の目をこちらから逸らしてもらうように頼んでおく。
一息ついたところで誰かの腹が鳴った。
「あ、とりあえず飯にしません?」
男子高校生の腹だったらしい。
「あははは、そうしよう」
その日は三人でラーメン屋で夕食を食べて別れた。
ホテルに戻った僕は二人に従姉の監視を頼み、一旦、都内の佐藤のマンションに戻ることにする。
新たな計画を練るためだ。
向こうの世界とは違い、今の僕は彼女にとって従弟ではなく異性として見られている。
それを利用しない手はない。
だから従姉を止める手段として、この佐藤の身体が使えると思う。
しかし、僕は目の前で一度逃げてしまっている。
挽回しなくちゃね。
携帯端末器で従姉と連絡をとった。
「先日はすみませんでした」
お詫びにと、こちらからデートに誘う。
家族の監視がキツくなっているようで出掛けるのは楽じゃないと渋る。
それならと家まで車で迎えに行くことにした。
当日、僕は佐藤の実家から彼の車を出して来て乗る。
元の世界で免許を取っておいて良かった。
佐藤の車は大学の入学祝いに親からもらった高級外車だ。
少し緊張するが、オート運転付きの最新型で割と運転は楽だった。
それで彼女を迎えに行くと、叔父さん夫婦は目を白黒させて驚いていた。
「これから真剣にお付き合いさせていただきます」と挨拶したら、もっと驚かせたけど。
「うふふ、佐藤さんて変な人ね」
どうやら気に入ってもらえたらしい。
海沿いをドライブしつつ都内に入る。
「お詫びに何か贈らせて欲しい」
と、高級店が多いショッピング街に連れて行く。
好きな洋服や宝飾品を惜しげなく買い与え、食事も高級レストラン。
「なんだか夢みたいだわ」
「美しいキミに相応しいものを選んだだけさ」
歯が浮くような古臭いセリフでも、彼女は冗談だと思って笑ってくれた。
そして最終目的。
「ここより僕の部屋のほうが夜景は綺麗だよ。
見たいって言ってたでしょ?」
「ええ、ぜひ行ってみたいわ」
彼女を佐藤の部屋へ連れて行き、成り行き任せにしていたら身体が勝手に動いて肉体関係を結ぶまでいけた。
ベッドの中で僕は長い間、飢えていた自分の欲望が満たされるのを感じている。
「どうして気が変わったの?」
従姉には、最初はあまり乗り気でなかったことはバレていた。
仕方ないだろ。
歴木としては、従姉を異性としてみることはタブーのように感じていて、どうしても一歩踏み込むことが出来なかった。
でも今の僕には佐藤の身体がある。
一人の男として、堂々と彼女を愛することが出来るのだ。
「僕は中学生の頃から、人は何故生きているのか不思議でさ」
彼女は佐藤の逞しい腕の中でじっと聞いている。
「死ぬってどういう感じだろうとか考えてた」
ピクリと反応するのが分かる。
「死んだら何処へ行くのか、死の瞬間って何が頭に浮かぶんだろうとか」
「……分かるわ」
当たり前だ。
これは従姉自身が語っていた言葉だから。
「だから、一人でいると死ぬことばかり考えてしまって」
「ええ、そうね」
彼女のうっとりとした声がする。
「誰かに傍に居て欲しい……そう思うようになった」
「ええ、そうね。 一人では寂し過ぎるわ」
彼女の身体をギュッと抱き締める。
「結婚して欲しい」
「ええ、私で良ければ」
よし、掛かった。
枕元に隠していた指輪を取り出す。
勿論、彼女の薬指のサイズなどとっくに分かってる。
それを彼女の指に嵌めた。
「えっ、これ」
もう逃さないよ、従姉さん。
「今日からキミは僕の婚約者だ。 卒業したら一緒に住もう。
就職はしなくてもいい。
このビルは今は親の名義だけど実質僕のものなんだ」
佐藤家の祖父が次男坊の将来を心配して残してくれたもので、大学を卒業したら名義は僕になるそうだ。
働かなくても収入がある。
しかも親は放任で実家には年に何度か顔を出す程度。
警察の厄介にならなければ、何をしていても怒られない。
結婚も紙だけで事後報告の予定だ。
前の世界でも、従姉は子供が出来て入籍したから式は挙げていなかった。
こちらでもすぐに妊娠すると思う。
「子供は僕が育てる。 キミは好きなことだけしていれば良いよ」
僕の妻として、ね。
そして、これからも一番近くで従姉さんを守るから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
後日談。
「室長、この部署の名前を変更しませんか?」
新しいビルの一室にある警察の外部委託の捜査室。
「あー、栗田。 お前、何か案があるのか」
「はい!。 『異世界人監視室』はどうですか?」
「それ、良いかも」
上司と同僚の眼鏡青年の会話に若い女性が口を挟む。
「だって私たち、少なくとも一人は異世界から来た人間を知ってるんだし、今後も監視は続けるんでしょ?」
「うーむ」
安直だと思いながら他に案もなく、室長はその名前を了承した。
〜 完 結 〜
お付き合い頂き、ありがとうございました。