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第4話


 僕は懸命に動きの鈍そうな脳筋の頭を動かす。


おそらく、彼らに従姉あねを捕らえることは出来ないだろう。


やれるならとっくにやってるはずだ。


「彼女は僕が捕まえます」


僕はソファから立ち上がる。


「信じなくて結構、僕は未来から来た。 彼女のことはあなた方より知っていますから」


扉に向かうと慌てて眼鏡の栗田さんが追いかけて来る。


「すみません、気に障ったのなら謝ります!。 私たちはどうしてもあなたの持っている情報が欲しいんです」


僕は扉を開けて振り向いた。


コイツらが欲しい情報はコレだろう。


「次の犠牲者は誰か、って?」


「え、う」


そうです、とは言えないか。


「言ったでしょ。 彼女は僕が捕まえる。 もう犠牲者は出しませんよ」


唖然とした顔の三人を残して、僕は外に出た。




 冗談じゃない。


なんであんな人たちに彼女のプライベートを教えなきゃいけないんだ。


沸々と怒りとやる気が湧いてくる。


「あんなヤツらに従姉ねえさんを渡してたまるか」


僕の記憶と佐藤の金があれば何だって出来そうな気がしてきた。


「あとは従姉ねえさんをどうやって丸めこむか」


何故か口元が歪んで笑みを作る。


 考え事をしながら歩いていたら、知らないうちに歴木として通っていた高校の近くに来ていた。


「あ」


「お」


猫背の幼馴染がちょうど校門を出て来たところだった。




「昨日はどうも」


僕は片手を上げ、親しげに声を掛ける。


「……えっと、すみませんでした」


猫背の高校生は軽くペコッと頭を下げた。


知らない人とはいえ、年上に対して失礼なことをしたという自覚はあるらしい。


そうそう、こいつは小心者だからな。


誰からも嫌われたくなくて、僕なんかの無茶な頼み事も聞いてくれる。


「いやいや、こちらこそ大人げないことをして申し訳ない。 良かったらカラオケでも付き合わないか?」


もう、あのコーヒーショップは使えない。


だから歴木だった頃の僕と彼でよく行ったカラオケを提案してみた。


この世界の歴木は知らないけど。


「分かりました、付き合います。 俺もあなたに聞きたいこと、あるし」


聞きたいことって何なんだろう?、と思いながら二人で繁華街に向かって歩いた。




 見慣れた街の景色。


僕がいた世界とは違うかも知れないと分かっていても何となく懐かしい。


店や知り合いの顔が変わらないとしても、確実に違うことがある。


それは亡くなった三人だ。


彼ら彼女らの顔を思い出す。


僕のいたあちらの世界では普通に生活している未来があったのに。


 カラオケの防音の個室に入り、飲み物が届いたところで友人は鞄から何やらノートを取り出した。


「あれから、あなたが言ったことを考えてみたんです。


亡くなった三人は確かに俺と歴木の知り合いで、俺たちが注意していれば何とかなったんじゃないかって」


そう言った彼の顔には昨日と違って後悔が浮かんでいた。


「全く関係ないって言えないもんな」


佐藤は長い脚を組んだ。




 猫背の高校生が取り出したノートには、ビッシリとこれまでの事件の詳細が書かれている。


おそらく今まで書いていたけど誰にも見せなかったんだろうな。


前の世界での僕には見慣れた文字が並ぶ。


こいつは僕と違って、こういうレトロな物が好きだ。


今時は小学生でもノートやシャープペンなんて使わない。


学校でもタブレット型の端末器一つで教科書、辞典、ノートを兼用する。


 しかし、今の僕にはありがたい。


こうして並べて見るのは紙に限る。


全てが目の前に曝け出され、頭の中に収まっていく。


ああ、僕はコイツのこういうところが好きだとしみじみ思う。


だから気が合い、共犯者にまでなっていったんだ。




 今日のとこは今までの事件のおさらい。


最初から自分でもまとめて考えておきたかった。


この世界の歴木と従姉あねの関係もぼんやりと見えてくる。


どうやらここでの歴木は、知り合いが亡くなったことで従姉あねと同じように疑われていると思い込んで友人たちとも距離を取っているようだ。


なんてもったいない。


味方はここにいるのに。


「じゃ、また連絡する」


コクリと頷き合い、店を出て別れようとしたところで声を掛けられた。


「佐藤、いえ、歴木くん」


眼鏡の栗田さんがカラオケ店の前で待っていたのだ。




「え、歴木?」


猫背の高校生が驚き、僕は舌打ちする。


幼馴染の高校生にはまだ佐藤の中身が歴木だとは話していない。


「あなた方には協力しないと言ったはずだ」


栗田さんの横を通り抜ける。


「待ってくれ。 私の話も聞いて欲しい。 それだけでもいいんだ」


優し気な眼鏡の奥の目が悲しそうに歪んでいた。


「あ、あの、この人」


高校生が自分のメモ紙を漁り、一枚取り出す。


僕にこっそりとそれを見せながら、


「この人、歴木の従姉の被害者の家族……のはずです」


と囁いた。


僕は驚いて栗田さんを見る。


コクリと頷いて肯定する公務員もどき。


どうしてここに居ると分かったのか。


確かに本職の尾行を撒けるとは思えないし、無駄な努力はしてないけど。


僕たちは仕方なくもう一度カラオケ店に戻ることになった。


もちろん、支払いは栗田さんだ。




 友人が見せてくれた紙には、従姉あねの最初の道連れだった女子中学生の名前がある。


二人で樹海に行き薬を飲んだが、従姉あねは『薬を間違えた』と言って明るいうちに帰って来た。


そして置き去りにされた女子は。


「私の妹は大捜索の結果、何とか樹海から戻って来ました。


でも、戻って来たのは身体だけで、あれから妹の精神は空っぽで廃人同然です」


元から死ぬ気はなかったらしい。


ただ口煩い家族に反抗したかっただけの幼い思考。


薬も中途半端で真夜中に目覚めてしまい、しかも彼女はたった一人、闇の中で過ごすことになってしまった。


精神に異常をきたすには充分な恐怖を味わっただろう。


 栗田さんは握り締めた拳を震わせている。


「私の目には、被害者ぶるあの女が悪魔に見えました」


中学生なのに妖艶な落ち着きを見せる儚げな美少女。


『私も混乱してて、何も覚えていないの』


その時は相手も未成年なので、責めることも責任を問うことも出来なかった。


今でも栗田さんの妹は普通の生活に戻れていない。




 だけど、その美少女は再び事件を引き起こす。


彼女をストーカーをしていた青年が、彼女の目の前で電車に飛び込んだのである。


亡くなった男性の手には彼女の手袋が握り締められていた。


二人は一緒に飛び込もうとしていたのではないかと栗田さんは言う。


「おそらく、あの手袋は抜け易くしていたのでしょう」


繋いでいた彼女の手がすっぽ抜け、男子生徒は一人で飛び込むことになった。


「あの時、私は確信しました。 妹の事件も彼女が仕組んだのだと」


当時はまだ大学生だった栗田さんが捜査官を目指す切っ掛けになったそうだ。


「いつか自分の手で明らかにしたいと思っています」


栗田さんの強い意志が感じられた。


なるほどね。


僕だけじゃない。


人はそれぞれ自分の思いで動いているんだと改めて思い知った。




 僕は諦めていた未来を思い出す。


死んで、他人の身体で生き返って、僕はもう一度未来を掴むチャンスをもらえたんだ。


今度こそ、僕は間違えない。 


欲しいものを手に入れる。


前の世界では足りなかった『覚悟』を僕は心に刻んだ。



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