第3話
それは僕にとって衝撃的なニュースだった。
「転落して、死んだ?」
「ええ、そうですよ」
目の前の猫背の高校生は何くわぬ顔で答えた。
『早朝、歓楽街の路上で発見された遺体は付近の雑居ビルから転落したものと思われる……』
端末器の画面を見ているうちに、僕は気持ちが悪くなっていく。
「嘘だ」
僕の言葉に男子高校生が眉を寄せ渋い顔をした。
「なんなんすか、アンタ。 歴木の従姉に関わると『死ぬ』っていうのは有名な話でしょ」
僕は驚きで声も出せず、口をパクパクさせながら彼を見た。
「中学生の頃から『歴木の従姉は美少女だけど危ない』って評判で、最近じゃ大学卒業も近いのに就職も決まらないと聞きました」
確かにそうだけど。
何かがおかしい。
「だいたい歴木も迷惑がってました、あの従姉には」
ベラベラと喋る高校生の声を聞きながら僕は違和感を覚える。
「ちょっと待ってくれ、関わると『死ぬ』だって?」
そんな噂は無かったはずだ。
「知らないんですか?。 彼女の周りで既に三人、死んでますよ」
僕はガタンッと椅子を倒して身を乗り出す。
「誰と誰と誰?」
掴み掛かるほど近くに顔を寄せ、声を落とす。
「ヒッ、あ、あの」
彼から聞いた名前は僕が過去に助けた人たちの名前だった。
五年という時間を戻った僕は、歴木が高校時代に助けたはずの人たちが死んでいるという事実を知る。
「まさか、そんな」
じゃあ、今の歴木は何をしてたんだ。
僕は高校生に顔を寄せたまま睨む。
「お前たちなら助けられたはずだろ」
高校生はキョトンとしている。
「はあ?、なんで俺たちがそんなことしなくちゃいけないんですか」
僕は頭を抱え、テーブルに突っ伏した。
「失礼します」と声がして、高校生は逃げるように店を出て行った。
何時間、その椅子に座っていたのだろう。
気がつくと僕は何杯もコーヒーをお代わりして腹はタプタプ。
一生懸命に頭の中を整理しようとするのにまとまらないまま座っていた。
「嘘だ。 何故」
そんな言葉がブツブツと溢れるばかり。
「お客様、すみませんが閉店の時間が」
眼鏡の若い店員が申し訳なさそうに声を掛けてきた。
顔を上げると他に客がいない。
「あ、ああ、ごめん」
僕は慌てて席を立った。
店の外に出る。
近くの公園くらいしか行く所がない。
しばらくの間、公園のベンチに座って考え込んでいたら、誰かが近くを通り掛かった。
「お客さん、まだ居たんだ」
「へ?」
さっきの店の店員だった。
ヒョロとした眼鏡の男性店員は何故か僕の隣に座る。
「良かったら、コレ、食べませんか」
そう言って手に持っていた紙袋から、まだ温かいハンバーガーが差し出された。
店の残り物らしい。
「はあ、どうも」
僕は素直に受け取る。
そういえば朝食の後はコーヒーばかりで何も食ってない。
二人で並んで黙って食べる。
不思議なことに僕はそれが嫌ではなかった。
何ていうか、彼が僕に向ける目は優しい。
「本当にありがとうございます」
食べ終えて頭を下げる。
「いえ、お代は結構ですから」
あ、金か。
財布を出そうとして笑われる。
「冗談も通じないって、いつの時代の人なんです?」
僕はその言葉にドキッとした。
そして彼は思わぬことを口にする。
「差し入れのお礼に聞かせてくれませんか?。
何をそんなに悩んでいるのか」
よっぽどのお人好しなのか、暇人なのか。
「あ、いや」
僕のは悩みなんてものじゃない。
「あまりにも荒唐無稽で、信じてもらえないような話で」
僕は気が付いてしまったんだ。
もしかしたら、ここは僕が生きて生活していたのとは違う過去なんじゃないだろうか、と。
「荒唐無稽ねえ。 例えば、違う世界から来た、とか」
最近、小説で流行っている設定だと店員は笑う。
その笑い声を聞きながら僕は笑えず「もしかしたら、そうかも」と小声で答えた。
「ふうん」
眼鏡の店員は笑うのを止めて真面目な雰囲気になる。
「どうして、そう思ったんです?」
僕は素直に喋る。
ハンバーガーのお礼にしては壮大な話になるが。
「へえ……。あなたは中身は別人で、未来から来た、と」
僕は到底信じてもらえないと分かっていて俯く。
「それ、面白い話ですね。 出来れば詳しく聞かせてもらえませんか」
何故か店員は食いついて来た。
彼は小説家か漫画家志望なのかな。
きっとネタにしたいのだろう。
そう思って「良いですよ」と答えた。
僕も他人に話したほうが考えがまとまる気がしている。
その日は僕があまりにも体調が悪かったので、彼とは携帯端末の番号を交換して別れた。
翌朝、少し遅めだったが起きた時間を見計ったように携帯端末に連絡が入る。
「はい」
眼鏡の店員からだ。
「おはようございます。 さっそくですが、今からお会いできませんか?」
「はあ、いいですよ」
今日は特に何も予定はない。
昨日の事件もあるし、従姉から連絡はないだろう。
僕は通話を切るとシャワーを浴びて準備をする。
外に出ると風が冷たくて、ボケた頭を冷やしていく。
自分でもよく分からない。
僕は何をしようとしているんだろう。
「えっと、この辺り……。 は?」
呼び出された場所は真新しいビル。
「あ、佐藤さん。 すみません、来ていただいてありがとうございます」
入り口で待っていた眼鏡の店員は、今日はまるでサラリーマンのようなスーツである。
親しみやすい笑顔は変わらず、しかし態度は固い感じがした。
案内されてビルの一室に入る。
「どうぞ」
一歩入って僕は後悔した。
中に居たのは黒っぽいスーツ姿の、老人に近い男性とまだ若い女性。
そして眼鏡の店員というか、たぶんこっちが本来の姿なのだろう、彼を含めた三人だ。
「よく来てくださいました、我々はこういう者です」
名刺を受け取る。
「警視庁……」
上司らしい男性が皮肉っぽく笑う。
「正確には外部委託でしてね」
彼らは正規の公務員ではなく、民間委託らしい。
公務員寄りの調査員ということか。
応接用のソファに座り、僕はその三人を見回した。
「何の用です?」
お茶を出されたが手を出す気にならない。
「そんなに固くならずに。 昨夜の話をもう一度聞きたいだけですよ」
眼鏡の若い男性は栗田さんという。
「とても興味深い話だったので上司や同僚にも聞かせたくて、ご招待したんです」
ごく普通のオフィスに見えるが壁の額や家具は、いかにも慌てて用意した安物っぽい。
佐藤は裕福な家庭で育ったせいか、そんなところを見ていた。
僕はため息を吐く。
「あなた方はどっちに興味があるんですか?。
殺人容疑をかけられた異常者の美女?。
それとも、未来から来たなんて虚言を吐く男?」
上司らしい男性はニコリと笑って言った。
「話が早いな。 その両方だよ」
彼らは警察からの委託で従姉の周りで起きた事件を調べていた。
何の証拠もないが、彼女の周りで三人も死んだのだから疑われて当然である。
あのコーヒーショップでバイト中の眼鏡男性は街の噂を収集していたそうだ。
まあ、あそこは色々な若者が溜まるからな。
そこへ僕がやって来た。
「あなたは容疑者に会い、被害者に接触し、関係者の高校生の友人から話を聞こうとした。
明らかに何かありますよね?」
スーツ姿が似合わない若い女性が、いかにも胡散臭いという顔で僕を見る。
そりゃあそうだろうね。
だけど僕からいえば、アンタらの方が不審者だよ。