第2話
その日は何事もなく別れたが、翌日には彼女から連絡が来た。
僕は自分で指定した公園に向かう。
どうやら佐藤という男は室内より外が好きらしい。
「こんにちは、来てくれて嬉しいわ」
弟という立場だった歴木には見せなかった、甘い媚びた笑顔の従姉。
「こんな場所ですみません。 あんまり良い天気だったから陽射しを浴びたほうが健康的だと思って」
体育系男子らしい笑顔で挨拶する。
「ウフフ、面白い人ね」
二人でベンチに座っているが、近くを通る人たちがいちいちこっちを見るのがウザい。
「それで、今日は何を?」
僕は彼女に訊ねる。
「お礼がしたい」とは言われたが、具体的に何をするかは聞いていない。
「お食事でもと思ったけど、学生同士であまり堅苦しいのも変かなって」
彼女は佐藤より年上の二十二歳。
大学卒業を間近にしているが、未だに就職先が決まっていない。
叔父夫婦としては、こんな娘だがひとりっ子だし、監視の目が届く範囲に置きたいと思っているようだ。
しかし、地元では自殺騒ぎが知れ渡っているので苦戦していた。
「佐藤くんは首都圏の大学みたいだし、お茶でもしながら色々教えてもらえたら嬉しいの」
つまりデートしようってことらしい。
「それは構いませんけど、僕もあまり詳しくは」
つい癖で頭を掻く。
この時代の首都圏の情報は入ってないなあ。
「とりあえず、お茶にしますか」
早く終わらせて帰りたい。
公園の近くに全国チェーンのコーヒーショップがあったはず。
あ、あった。
「よく知ってるのね、この街のこと。 公園の名前や、最近出来たばかりのお店なんかも」
う、失敗したかな。
「えーっと、知り合いがこの街に住んでて何度か来たことがあるんで」
店に入って携帯端末からオーダーする。
この店は、僕が知ってる完全キャッシュレスの最先端だ。
この辺りでは一号店になるので混み合っている。
僕がサッサと注文する様子を何故か周りが驚いて見ていた。
「まだこの店には慣れていない人が多いのよ。 あなたがあんまりスムーズに注文するから感心しちゃったわ」
「そ、そう?」
「さすが都会に住んでるだけあるわね」
いやいや、僕にとっては五年前からやっていること。
それに、この街も首都圏から電車で1時間くらいだし、そんな田舎じゃないよ。
どうやら都会に憧れているようだ。
彼女は一緒に遊びに出かける同性の友人もいないし、両親も門限とか厳しかったしね。
まあ、監視の目が厳しいのは問題を起こしてばかりいる本人の自業自得なんだけど。
「佐藤くんはどんなところに住んでるの?」
んー、確か佐藤のマンションは親の持ち物だったな。
「二十階建てのマンションで最上階だよ。 夜景がキレイでさ」
「ふうん、見て見たいわ」
あ、しまった。 これ、佐藤が飲み会で女の子をお持ち帰りする時の決まり文句じゃないか。
やけにスラスラ言葉が出てくると思ったよ。
「あはは、男の一人暮らしなんで女の子を招待出来るような状態じゃないから」
僕は焦る。
なんかグイグイ来られると押し切られそうで怖い。
その時、入り口がザワザワし始めた。
「おい、お前」
僕の背後から声がした。
「はい?」
振り向くと昨日のヤンキーぽいニイちゃんだ。
「何か?」
「何か、じゃねえよ!。 人の女に手を出すなっつっただろうがあ!」
そいつの後ろにはガタイのいい佐藤よりも、さらに体格のデカい男たちが二人いた。
自分一人じゃ負けるから助っ人連れて来たのか。
でも、このままじゃ店や他の客に迷惑が掛かる。
「わ、分かりました、すみません!」
僕は立ち上がり、逃げるようにサッサと店を出た。
従姉はどうしたのかって?。
知らないよ、僕にはもう用はない。
一旦、泊まってるホテルに戻る。
「これからどうしよう」
彼女から逃げて来てしまった。
まあ、それは仕方ない。
でも最初から会うつもりもなかったのに、約束したのは何故なのか。
自分でも分からない。
それにしても、この街の歴木は何をしてるんだ。
高校三年の夏休み。 受験生には正念場だ。
だけどあの頃の自分は、ただ従姉の動向に気を配っていた。
一歩間違えたらストーカーと言われても仕方ないほどに。
だから、今日もきっと見張っているはずだと周りに注意していた。
「しかし、彼女の周りに歴木の姿はなかった……」
何故か、モヤっとする。
佐藤は携帯端末を取り出しメモを見る。
「本人に会えないなら周りに接触してみるか」
当時の歴木に協力していた友人の情報を確認して会いに行く予定を立てた。
「でも、どうやって話を切り出せばいいんだ」
この時代の歴木は確かに居る。
従姉からも確認した。
その上で、友人に『五年後の未来から来た』なんて言えるのか。
しかも外見は別人なのに。
佐藤は頭を抱えたまま眠りについた。
夢の中で、あの女が笑っている。
水に落ちた歴木の姿の僕は、ただ踠き苦しむ。
そこに誰かの手が伸びて来た。
え?、と驚く僕を誰かが支えて上へと押し上げてくれる。
明るい水面が見えた時、振り向いた僕。
僕を押し上げた代わりに沈んでいった人は誰だったのだろう。
誰かの死を予感する目覚めは最悪。
夢だと分かっていても、助けられなかった後悔が押し寄せた。
そしてビジネスホテルで簡単な朝食を取り、外に出る。
歴木としての高校時代を思い出しながら書いたメモを頼りに学校に向かう。
この時分には幼馴染のアイツは受験勉強で補習を受けていたはずだ。
残念ながら僕は勉強しなくても入れる大学にしたから、補習を受けた記憶はない。
校門前で生徒たちが入って行く姿を見送っていると懐かしい猫背の少年がやって来る。
嬉しくて、何故かドキドキした。
だけど、どうやって声を掛けていいのか分からない。
「誰だ、アレ」
「どっかの運動部の先輩かコーチじゃないか?」
戸惑っている間、そんな声が聞こえてくる。
ええい!、ここまで来て手をこまねいていても仕方ないだろ。
「あ、あの」
「は?」
猫背の幼馴染が警戒の顔で、佐藤である僕を見上げた。
「ちょっと話があるんだが。 そのお、歴木くんのことで」
自分を「くん」なんて言うだけで何ともこそばゆい。
「あー、あの女の件っすか」
従姉のことだとすぐに思い付く辺り、やはり彼女は有名らしい。
「あ、ああ」
補習はサボっても良いと言うので一緒に移動する。
昨日、従姉と入ったコーヒーショップだ。
この付近じゃ、この店しか知らないし。
奢るからと端末器から注文を入れ、隅のテーブルに座る。
何から話せばいいか考えていたら、相手から話し始めた。
「昨夜の事故。 やっぱり歴木の従姉ですか」
頭の良い幼馴染は声を潜めて話す。
「え?、事故って」
どうやら彼は僕を警察関係だと思ったようだ。
その事故に従姉が関係していると疑って動いている、その聞き込みだと勘違いしていた。
「これ。 最近、歴木の従姉と付き合ってた奴でしょ」
携帯端末で見せられた画像は、昨日のヤンキーがビルの上階から転落したニュースだった。