従者は従僕ではありません
カイン王子が突然うちに遊びに来た日から数日後、今日も姉様と何しようかワクワクしながらサロンに向かっている途中に、父様の侍従が僕を呼びに来た。
なんだろ?
僕は父様の執務室に向かった。
「ユリウス、王太子殿下からの要求書が来た。」
王太子殿下からの要求書ってそれもう要求じゃなくて命令デスよね?
なんの事かは分からないが、深く深呼吸をして心の衝撃に備える。
よし、準備できた。
「なんでしょう?」
父様は眉間に深くシワを寄せて手紙を渡してくれた。
なになに?
筆跡は流麗な王太子殿下のものだ。
要約すると
先日王子が突然訪問した件での本人の非礼を詫びるのと、王子がとても喜んだ事。
そして、僕に王子の従者になって欲しいという事。
「.....父様」
「そうか、引き受けてくれるか!うんうん。王子も根は良い方だ。早速明日からよろしく頼むぞ!」
「いやいやいやいや、明日って!僕の勉強はどうするんですか!?」
「ん?それは王子と共にやれば良いだろう?」
な、なな、なんですと!?
「姉様との運動は....」
「ああ、それは王子がこちらに来てくださるから大丈夫だ。」
......わかったぞ、それが王子の狙いだなッ!!
ふむ。
まあ、悪くないかな。
どうせ断れないし。
姉様とも遊....運動できるし!
「わかりました。では明日王宮に登城します。」
「うむ。詳しくは王宮で説明されるはずだ。明日は私も一緒に行こう。」
「ありがとうございます。」
僕はサロンで王子の従者になる事を姉様に報告した。
「ユーリ凄いね!王子ってこの前の天使だよね?素直で元気で負けず嫌いだったよね〜」
姉様、めっちゃ歳上から目線だね。
しかも天使って!
「ユーリと並んでまたツーショットが見れるのね!眼福だわ〜」
「でも王子の狙いはウチでの運動みたいだよ。」
「あらそうなの?」
「勉強は王宮だけど、運動はこっちまで来るんだって。よっぽどこの前のボール蹴りが楽しかったみたいだね。」
「ふーん。じゃあもっと色々身体動かす事やろうかな?」
ふふふって姉様、なんか悪い顔してますよ?
でも、ちょっと楽しみだな。
次の日、僕は朝早くから正装して父様と馬車に乗って王宮に向かった。
広い王宮の左右に騎士のエリア、前庭を馬車で抜けて王宮正面の入口を横目に通り過ぎる。少し奥まった王宮横のあまりゴテゴテしていない入口の前に馬車を停める。
「ここが執務室に登城するための入口だ。正面は舞踏会や賓客が来た時用だ。お前が王子の元に来る時はこちらから入るように。」
「はい。」
馬車から出て扉の前の衛兵に僕の顔を覚えてもらう。
「息子のユリウスだ。今から奥宮へ行く。案内は来ているか?」
父様が衛兵に尋ねた。さすが宰相、凛々しく様になっている。
「はっ!控えの間にて侍従長がお待ちになっておられます。」
「そうか。ありがとう。」
こういうサラッとお礼を言うところ、僕も見習いたいな。
父様は僕を見てひとつうなづき歩き出した。
入口を入ってすぐにいくつかあるうちの扉の1つをノックする。
扉が開いて中からは少し老齢の紳士が出てきた。
「お待ちしておりました。」
「ああ、セビリア殿これが息子のユリウスだ。」
「ユリウス=シャルマーニです。よろしくお願いいたします。」
「これはこれは、丁寧にありがとうございます。私は奥宮侍従長のセビリアです。奥宮の事は私に相談してくだされ。」
セビリア氏は僕を見ると優しげに微笑んで丁寧な挨拶を返してくれた。セビリアさん、優しそうなおじいちゃんだな。
「では早速奥宮に向かいましょう。皆様とても心待ちになさっておいでですよ。」
そう言ってセビリアさんは優雅に歩き出した。
階段を登り、中庭を横目に奥に奥にと進み、大きな扉を開けてもらって奥宮に入り、1つの部屋にたどり着く。
セビリアさんがノックをすると中からメイドさんが扉を開けた。
「失礼します。シャルマーニ宰相とそのご子息をお連れしました。」
「うむ、ご苦労。」
うん?割と落ち着いた....お年をとった声....?
僕が父様をちらっと見ると、苦い物を噛んだような諦めたような不思議な表情をしていた。
そして短くそっと息を吐くと
「失礼します。」
と言って入っていった。
「失礼します。」
僕も父様に続いて部屋に入る。
そこにはソファに座ったとても威厳のある老人を中心に老婦人、父様と同じくらいの男性と僕より小さい女の子と、2歳くらいの女の子を抱いた優しげな表情の夫人、そしてカイン王子が居た。
僕は慌てて跪礼する。
おいおいおいおい〜これってロイヤルファミリー勢揃いじゃんっっ!!
なにこれ、全員僕の面接官なの!?
緊張してひきつりそうになる表情を何とか平常に保ち、声がかかるのを待つ。
「国王陛下並びに妃殿下、ご機嫌うるわしゅうございます。王太子殿下王太子妃殿下にもご機嫌うるわしゅうございます。」
「うむ。宰相も朝早くからご苦労だった。してそちらがそなたの自慢の息子か?」
威厳のある老人=国王陛下がからかいを含んだ口調で父様に話しかけた。
とーさま!なんの自慢してたんですかっっっ!
「は、息子のユリウスでございます。」
「ふむ。面をあげることを許す。」
そう、許しがあるまで顔は上げてはいけないのだ。
そして初めて自己紹介が出来る。
僕はぐらつかないように注意しながらボウアンドスクレープをする。
「ありがとうございます。国王陛下並びに王家の皆様、ご機嫌うるわしゅうございます。お初にお目にかかります、ユランタス=シャルマーニの息子、ユリウス=シャルマーニです。どうぞよろしくお願いします。」
......
よし、完璧。
.....と思う。
「まあ、宰相が自慢するだけありますわね。」
「ええ、カインの良いお手本になりますわ。」
王妃様と王太子妃様が朗らかに会話してらっしゃいます。
カイン王子は精一杯我慢しつつもワクワクした表情を隠せてません。うん。これは大変だ。
表情を取り繕うのは言ってすぐ出来るものでは無いから常に気をつけるように言われてるはずなんだけどな〜。
「ユランタスよ、息子共々こちらに来てくれたという事は昨日の件、了承してくれたという事だな?」
王様が父様に念押し確認をする。
「はい。息子も喜んで了承致しました。」
「そうか。ではカインよ、今日からシャルマーニ令息はお前の従者だ。ただし、従僕では無い。その事をよく心に刻み共に切磋琢磨するのだぞ。」
「はいっおじい様。」
「ユリウス=シャルマーニ、そなたは今日今よりカインの従者だ。ただし何事にも盲目的に従うのではなく、間違いは間違いだと正しながら共に成長して欲しい。」
「はっ、精一杯カイン殿下にお仕えいたします。」
王様のお腹に響くような言葉に背筋をピリッと伸ばし心からの宣誓をする。
「うむ。では顔も見たし、人となりもある程度分かったから執務に戻ろうかの。」
国王陛下が緊張がふっと緩めて幾分砕けた口調で言った。やっぱり面接だったんだ〜
「陛下、書類が溜まっておりますよ。急いでお戻りください。」
すかさず父様が急かす。
さっきの微妙な顔は仕事が溜まってるのにここに居る国王陛下の行動に対してだったのか!
「ユリウス、1人でも大丈夫か?」
少し心配そうな父様に僕はうーむと考えて答える。
「そうですね....何か問題が有れば誰に言付ければいいですか?」
そうだよ、どうやって父様に連絡すればいいの?
ある程度は自分で決めちゃうけどさ。
「それでしたら私めが対応致しますので大丈夫でございますよ。」
出来る侍従長セビリアさんが請け負ってくれた。
さすがです。
「そうですか、では私は執務に行きますのでよろしくお願いします。ユリウス、お昼に1度連絡する。」
「了解しました。父様お仕事頑張ってください。」
「ああ、お前もしっかりな。」
「はい。」
そう励ましあって父様は国王陛下と退室して行った。
「さて、ユリウス君改めて紹介しよう。」
おっと、王太子殿下はまだいらした。
「息子のカインだ。少し元気が良すぎて少々気がかりだが根は優しい良い子だ。よろしく頼むよ。」
カイン王子の肩に手を置いて落ち着いた口調で頼まれる。
「ユーリ、よろしくな。」
カイン殿下は早速愛称呼びですか!
これから色々大変だ。
「カイン殿下、こちらこそよろしくお願いします。」
「ところで、カインは先日私達に何も言わずに宰相殿の馬車にこっそり乗り込んでそちらの屋敷に押しかけたのだが、何やらとても楽しかったと、本人がどうしても君達姉弟と一緒に勉強したいと強く希望したんだ。それで今回君を従者にする事になったんだが、あの日一体何があったんだい?」
何があったって....玉蹴りしただけだよな?
「えっと....ボール蹴りをしていただけですよ。」
「そうそう、あのボールちょっとコツがいるんだよな!またあれで運動したい!」
カイン王子がボール蹴りの真似をしながらウキウキと話す。
「そのボール蹴り?は、シャルマーニ令嬢も一緒にやったと聞いたのだが....?」
あっ!!そうだよ、普通の令嬢は自宅でも走り回らないってルイザとマリアが言ってたよっ!
「あっ、その....姉は....少々、元気なところがございまして....そう、ダンスの体力を付けるために私と一緒に運動をしているのです。」
焦ると表情がっっ!!
多少、しどろもどろになりはしたが嘘は言ってない。
「今後もご令嬢も一緒にその運動をするのかい?」
不可解?って顔して王太子殿下が聞いてくる。
「....そうですね、カイン王子がご不快ならば姉には遠慮して貰いま...」
「絶対一緒がいい!!」
おおっと、カイン王子は食い気味で絶対一緒と言い切ったな〜
王太子殿下はその勢いに少し諦めた顔をして、
「カイン、さすがにご令嬢の了承と宰相殿の了承が無ければこれ以上は横暴になってしまうぞ。」
と、たしなめる。
「お兄様の横暴は女性には凶器ですわよっ!」
フンッと力を込めてすぐ下の王女殿下が会話に入ってきた。
「シャスリーン、殿方の会話に割って入ってはいけません。」
めっ!っと王太子妃殿下がシャスリーン王女を叱る。
「だってこの前だってお兄様がこっそり馬車に乗り込んで王宮を抜け出してお勉強サボったし、それにずーっと前にも持ち出したチョコレートで何処かのご令嬢が倒れたってっ!おかげで私のお茶会デビューがまだなのよ!」
シャスリーン王女が母親の制止も聞かずに声をあげる。するとカイン王子も反論する。
「この前は宰相が父上に色々自慢するからこの目で確かめに行ったんじゃないかっ!チョコレートは....まさか倒れるような危険な物だなんて聞いてないし!美味しいってあの使者が言うからちょっと、その....お詫びで持って行こうと....」
何やらカイン王子にも事情があるのか声が小さくなってゆく。
っていうか、そのチョコで倒れたの僕の姉様ですけどね!
「貴方たち、シャルマーニ御令息の前ですのに、恥ずかしいですよ」
さすがに王太子妃殿下の苦言が出る。
静かでゆったりな口調なのに背筋がピッとなる迫力がある!
「ん?倒れたご令嬢は、確かシャルマーニ令嬢では無かったか?」
「ええ、まあ、私の姉ですね。」
「「えっっっっ!?」」
カイン王子とシャスリーン王女が一緒にこちらを見る。
まさかのロイヤルファミリー勢揃い。
思ったより元気のいいシャスリーン王女。
やっとユリウス君の従者ライフが始まります。
.....はじまるはず.....