姉様、体力は余ってるんですね?
僕は10歳になった。
前以上に勉強も剣術も頑張ってる。
なぜって?
姉様の残念さが前以上だからねっ!
あのチョコレートショック以前は割とおしとやかで物静かだったから、失敗してもそんなに目立ったりしなかったんだ。
だけど、あの日から姉様はとても元気いっぱい動くようになった。もちろん勉強も頑張ってたし、マナーの授業もちゃんと受けてた。物覚えも悪くない。だから前みたいなうっかりミスとかは無くなったんだ。
でも、すごく行動的になった。
......言い変えよう、お転婆になったんだ。
そして僕はいつもそんな姉様のあとを着いて回るようになったんだ。だって心配だし。
そのおかげで体力もついたし、聞かれた事を調べるから知識も増えた。姉様も自然や数学についてはものすごく詳しくて、僕に色々教えてくれた。
今までも仲良しだったけど、前以上の仲良しだ。まさか一緒に母様から怒られる日がこんなに増えるとは思わなかったけどね。
この国の貴族及び一定の基準を満たした平民は数年間学園に通う事が義務付けられている。
何歳で入学するかは自由だが、卒業は決まった最低限の単位を取らないとできない事になっている。
貴族は大抵入学する前に各家庭である程度の学習をしているのが普通だ。そのため午前中は家庭教師が家に来て座学である。
マナー講義やダンスレッスンも男女共に有る。姉様はそこに刺繍の講義、僕は剣術の講義がそれぞれ入ってくる。
日差しが強くなった。
王都は夏。
僕も姉様も今年も学園には入学しない。
父様が今年の入学を渋ったのだ。理由は春に倒れた姉様を学園に通わせるのに不安を感じたからだと思われる。何も無ければそろそろ僕も姉様も学園に入ってもいい頃だ。
僕としてはそんなに早く学園に行かなくても家で姉様と遊んでいたいというのが本音だ。
二人とも午前中はそれぞれの家庭教師についてバラバラに勉強しているが、午後は自由時間なのでいつも子供用のサロンに集合だ。
姉様の提案でサロンの半分は少し床を高くして靴を脱いで上がれる場所にした。
ここには大きめのクッションがあって、ふかふかの敷物が敷いてる。
僕がサロンに入ると、姉様がクッションの上でゴロゴロしていた。
「姉様、どうしたの?」
「ユーリ〜私はどうしても刺繍は苦手よ〜」
あ〜今日は刺繍の日だったんだ。
以前もそんなに得意ではなかったみたいだけど、チョコショックから性格的に活発になった姉様にとって、ずっと座ってチクチクと細かい動きをするのはかなりの拷問のようだ。
「姉様、別に不器用ではないんだから素早く仕上げちゃえばいいのでは?」
転がる姉様の横に座ってなだめてみる。
「手の動きは早くしてるのよ?単調な同じ動きを果てしなくやらされてる感が、我慢できないの!しかも糸がよれてもダメって言われるしちょっと刺した場所がズレてもダメって言われるし!」
....ん?
ダメ出しのレベルが高すぎない?
「そもそもハンカチの刺繍なんて縁かがりと持ち主特定用のもの以外いらないと思うのよ!」
がばっと起きて叫び出す姉様。
「ハンカチ一面に刺繍なんてしたら使いづらいじゃない!」
いやもうなんて言うか、そんな元も子も無いこと言っちゃダメだよ。刺繍の先生はそれが普通だって思ってるんだから。
たしかに、ハンカチ一面に刺繍はなかなかの大作だよね。
「ユーリは将来、一生懸命刺繍してくれたハンカチ貰ったらぜーーーーーーったいにしっかりお礼しなさいね!」
姉様、顔がマジです。
いや、はい。肝に命じます。
僕も姉様の横でゴロゴロしてたら、刺繍の疲れが取れたのか姉様が起き上がった。
「ねえ、天気良いしボール蹴りしない?」
ボール蹴り。
これも姉様が父様に頼んで作ってもらったやつだ。
姉様的にはもっと軽くて弾んで硬いやつが良かったみたいだけど、そもそも聞いただけで職人に作らせた父様も大概だと思う。
いやそれ以前に、女の子が外で物を蹴るってどうなの?
「姉様、今日ドレスだからボール蹴りには不向きですよ?」
「じゃあ着替えてくるわ。」
そう言って部屋を出ていった。
行動が早い。
ボール蹴りなら僕も着替えよ。
急いで部屋に帰ってルイザに運動服を着せてもらう。
コレも姉様が母様に頼み込んで作ってもらったものだ。普通、貴族の子女がズボンを喜んで履くなんて信じられないと母様に止められると思っていたんだけど、
「ドレス破いたり汚すよりいいと思うし、運動するための時だけだから!」
って説得したらしい。
たしかに動きやすい。
なんなら剣術の稽古もコレでやりたいぐらい。
姉様に関してはデビュタントまでって期限付きで許可されたらしい。
許可、したんだ....母様。
サロンに戻ると姉様が準備万端で待っていた。
早ッ!!
髪の毛も緩くアップでひとつにまとめてて、やる気満々蹴る気満々だ。
「ユーリ行くわよ!」
「はーい。慌てると転ぶよ!」
サロンから庭に出る。
午後の強い日差しが芝生に反射して僕らを照らす。王都の夏は日差しは強いが少し汗ばむ程度にしか気温は上がらない。もっと南の地方に行くと昼間は外を歩けない程気温が高いらしい。ちょっと信じられないよね。遊べないじゃないか!
僕達が庭で活発に遊ぶようになってから、サロン前の庭は前より広く、地面は平らにならされ広めのダンスホールぐらいの広さの芝生だけの場所になった。
ひと足早く距離をとった姉様が声をかけてきた。
「ユーリ〜蹴るわよ!えいっ!」
姉様がボールを僕に蹴ってきた。
「うわっ....こっちも蹴るよ〜えいっ!」
転がってきた人の頭ぐらいの大きさのボールを僕も足で蹴る。結構難しい。
なぜまっすぐ転がらない?
姉様のボールはちゃんとこっち来るのに....
「ユーリはまだまだね〜」
「僕だって色々考えてるんだけど!なんでまっすぐ行かないんだ?」
「ボールの中心を捕えないと!」
わかってるよ。
わかってるけど分からないんだよ!
中心だと思ってるけど曲がるんだよ〜!
「あ、お待ちくださいっ!」
2人ではしゃぎながらボール蹴りに夢中になってると、屋敷の方からメイドの焦った声が聞こえてきた。
「おおおおお!凄い凄いぞッ!何やってるんだー?!」
と同時に興奮した少年の声が聞こえてきた。
んんん?
今日誰か来る予定あったっけ?
「あっっっっ!?」
ドゴッっっ!
姉様の叫びと同時に衝撃が下腹部に来た。
瞬間、息が止まる。
あまりの衝撃に僕は倒れ込んだ。
いっっっっっっっつ!!!!!
姉様の容赦ないボールがよそ見していた僕のお腹にジャストミートしたらしい。
くぅぅ!無駄に威力あるぅぅぅ....
「きゃー!ユーリごめん〜大丈夫!?」
「ユリウス様、大丈夫ですか!?」
姉様とメイドが駆け寄ってきた。
「イタタタ....だ、大丈夫....大丈夫。」
僕は目に涙を浮かべて返事した。
タイミングわる〜
半分自分が悪いってわかってる。ボールから目を離しちゃダメって心にメモしておこう!
そして軽い足音が近づいて来た。
誰が来たんだよもう!
普通いきなりこんな屋敷の奥になんて来ないだろ!?
礼儀やマナーはどうした?
「おー、生きてる。」
「死んでないしッ!」
涙で滲んだ視界を瞬きしてクリアにしたら、そこにアメジストのキラキラした瞳を見た。
「.....えっ!?」
整った顔に白銀の長い髪。
僕と同じくらいの歳の少年がソワソワして立っていた。
「っっ!カイン殿下!?」
サロンから父様の叫ぶ声が聞こえた。
え、やっぱり?
間違いじゃなかったんだ。
僕と姉様は慌てて跪礼をした。
「ちっ、もう来た」
ボソッと呟いたの、王族のお子様ですよね?
「殿下!1人で勝手に動かれては困ります!ここは王宮ではありません!!」
父様、さすが宰相!
ビシッと言えるのは尊敬します。
「むう…せっかくこっそり出てきたのに....早く遊びたいじゃないか。」
え!?遊びに来たの!?
っていうかこっそり!?
「はあ....分かりました。そういう事だリナリア、ユリウス、2人とも殿下と一緒に遊んで差し上げてくれ。」
「「えっ!?」」
「殿下、夕刻前には宮殿に帰りますからね。」
「うむ。2人ともよろしく頼むぞ!」
なん....だと!?
父様、僕たちに子守りしろって事ですか!?
「承知しましたわ!殿下、私達としばし遊びましょう!多少のケガは覚悟してくださいね。」
ねえぇぇえ様!あっさりすぎる上にそんな怖い事最初に言うんですかっっっ?
僕はさぁーっと青くなる。
「大丈夫だ。了解は取ってある。」
父様、その了解取ってきてるの凄すぎます。
よく見たらカイン殿下の服も僕達よりは上質だけど、動きやすい運動服っぽいものだった。
......確信犯か〜。
来るなら先に教えておいて欲しかった....
「それで、さっきのはどうやるんだ?」
カイン殿下がワクワクしながら聞いてきた。
おかしいな、僕がボールに当たって倒れたの見てたハズなのに、なんでそんなにやる気なんだ?
「コレはボールって言って私達は蹴りあって遊んでいました。見ててくださいね。」
姉様はそう言って少し離れてボールを下に置く。
姉様はビックリするくらい物怖じしてないな。
僕は今度はちゃんとボールを見る。
正確な軌道でボールは僕のところに来る。
それを片足で止めて、姉様に慎重に蹴り返す。
おお!珍しくまっすぐ転がって行った!
焦ったらダメなのか〜。
「ふむ、簡単そうだな!僕もやってみたい!」
「はい、殿下。僕の代わりにリナリア姉様のボールを足で止めて見てください。」
殿下は、僕の一歳下だ。
そしてとても器用だった。
僕もまだそんなに上手くボールを蹴ることは出来ないのに、殿下はもう姉様と同じくらい上手にボールを蹴れる。
.....運動神経お化け達めッ!!
僕はきっと普通なんだ。
うん。そうに違いない。
それにしても、姉様も遠慮無く蹴ってるな....
僕にはもう少し…いやだいぶ…いやかなり、手加減してくれてたんだな。
王子殿下の顔が汗まみれになってきた。そろそろ休憩するかな....
ちらっとサロンを見るとルイザとマリアがお茶の準備をしてこちらを伺っていた。
「殿下〜休憩してお茶を飲みませんか?」
「ん?そうだな....少し喉がかわいた感じがするな。」
「姉様〜休憩にしましょう〜」
「はーい。」
姉様が向こうから返事を返した。
女性がそんな大声で....はあ、今更か....
「しかし、リナリアはスゴイな!」
ん?
いつの間に王子殿下は姉様を名前で呼ぶ様になったんだ?
「僕相手だと誰もがすごいすごいって褒めてくれるだけだから、何やっても全然面白くないのに、リナリアはちゃんと相手してくれる。そんな令嬢初めてだ!」
「いえいえそんな、ほほほ。」
そんな令嬢がそんなに居るわけ無いじゃないか。
「殿下。姉様の態度はあくまで自宅でしかも許可がちゃんと有る上でのことですからね。他所では(多分)普通の令嬢ですからね。」
僕がちゃんと姉様のフォローをしとかないと、外で何言われるか分からないからね!フンスッ
「ユリウスのそういう誤魔化さない所も僕は気に入ったぞ!」
アリガトウゴザイマス。
「うん。僕はここに遊びに来る事にした。」
うん?
なんですって?
「殿下、そんな簡単に外出が出来るんですか?」
「父上にお願いしてみる。」
「では、次はまた違う遊びをしなければですね!」
姉様、嬉しそうだな〜
「違う遊びっ!?とても興味有るなっ!コレは是非とも了解を取らねば!!!」
「そうですね、二人きりも楽しいですが、三人で遊ぶのも、もっと楽しいですからね。」
姉様がにっこり笑って殿下に言った。
僕相手では結構手加減してましたしね!
殿下相手だとなんだかとても嬉しそうですし!
はぁぁ....姉様が嬉しいなら、僕は何も言えないじゃない。
その後また少しボール蹴りをした所で、父様が殿下を迎えに来た。
殿下はとても満足して帰って行った。
夕食後、姉様が僕の部屋に来た。
なんだか少し元気がない感じだ。
「姉様どうしたの?」
部屋のソファに座って姉様に聞いてみた。
「あのね、今日、ボールぶつけちゃったでしょ?」
姉様がちょっと俯きながらつぶやく。
「あの後カイン殿下が来たから、ちゃんと謝ってないなって思って、私も声にびっくりして思いっきり蹴っちゃったし....」
あああ〜いつもより威力があると思ったら、あのボール手加減無し状態だったんだ〜
どおりでいつもより痛いと思った。
「痛かったでしょ?ごめんね。」
そんな可愛いしょぼん顔で謝られたら何も言えないって!
「姉様、大丈夫だよ。これでも剣術の稽古で打たれ慣れてるんだよ。」
あははっと笑っておく。
「それにしても、今日のカイン殿下にはびっくりしたね〜僕より一つ年下なんだよね。」
僕は姉様のしょぼん顔を元気にするために話題転換をした。すると、途端に姉様が満面の笑顔で顔を上げた。
「前も思ったけど、殿下って見た目めっちゃ天使だよね!」
えっ、姉様切り替え早くない!?
「いや〜ユリウスも将来楽しみなイケメンなのに、今日はさらに天使まで!!もう、ホント眼福だったわ!」
姉様のテンション爆上がりトークに僕はやや引き気味で返事する。
「そ、そうなんだ。....殿下、また来たいって言ってたよね。」
「ね〜!」
「.....」
「殿下とユーリが並んで立ってる所写メってアクスタに残したい!」
「......」
姉様、何言ってるか分からないよ....。
結局そのテンションのまま姉様はおやすみと言って部屋に帰って行った。
サッカーと呼ぶにはだいぶ足りない(笑)
元気な殿下にユリウスは既に押され気味。
リナリアは刺繍よりは運動が好き。