通路の先は
無言無表情で前を歩く誘拐犯の筋肉ムキムキのゴルツの数メートル後ろを私たちは静かに歩いていた。
暗闇の通路はなんだか洞窟っぽい地下道な気がする。
確信は無いけど、この湿気に淀んだ空気。窓も全然無いし、真冬なのにこんなペラペラの袋をマント代わりにしただけで何とか寒さをしのげているという事実。
多分地下だ。
そもそも地下というのは一年通して気温が一定だ。
夏は涼しく冬は暖かい。
これは別に地下の温度が変わるのではなく、地上の温度変化の影響を受けないから相対的にそう感じるという話だ。
洞窟に行くなら真夏がお得だ。
何故なら涼しいから。
あの天然クーラーの気持ち良さよ…
閑話休題。
誘拐犯のゴルツが角を曲がった。
先頭を行くラナちゃんが慎重に曲がった先を見ている。
探偵みたい…蝶ネクタイに短パンでひみつ道具てんこ盛りに持ってる見た目は子供、頭脳は大人……アレ?ラナちゃんは女の子だから例えるならそっちじゃなくてもう一人のボブヘアの女の子か。やだピッタリ。
そんな探偵少女は角を曲がったら急に岩壁を探り始めた。
すると急にフッと目の前の岩壁が消えた。
壁だった場所は黒い壁に変わったかのように先の見えない暗闇になっていた。ラナちゃんはなんの躊躇いもなく暗闇の岩壁だった場所に入った。
ッ!?
その時上の階から何かが壊れる音とドスの効いた何人もの男の怒声が響いてきた。
「ッッッ!?」
だが次の瞬間、目の前の暗闇から手を引っ張られ、私もその暗闇に引っ張り込まれた。
「ッッッッッ!!」
叫ばなかった自分を褒めたい。
引っ張られて倒れ込んだ場所はさっきの洞窟の様な通路とは違い薄ぼんやりと明るい通路だった。
「え…何、ここ…」
私が倒れたまま小声でつぶやくと私の下から声が聞こえてきた。
「…あ〜…すみません、リナ様…観察は立ち上がってからお願いしてもよろしいでしょうか?」
下を向くとすぐ側にラナちゃんの顔があった。
どうやら引っ張り込んだ時に自分をクッション代わりにして私を助けてくれたらしい。
「あらヤダ!ラナちゃん大丈夫!?」
私は出来るだけ素早くラナちゃんの上から退いて、声をかけた。
「…大丈夫ですよ。こちらこそ急に引っ張ってしまい申し訳ございません。」
「上が騒がしくなったからね。」
「ええ、あそこから覗き込まれたら直ぐに見つかってしまうので焦りました。」
「そうよね。助けてくれてありがとう。」
「…ッは!ありがとうございます。」
私たちの会話に呆然としていたルリアちゃんも、我に返ってラナちゃんにお礼を言った。
「……それで、ココは?ラナちゃん、知ってたの?」
私の質問に言いにくそうに視線をズラす。
「言いづらい事なのね。…ラナちゃんが今更私たちを騙したりしないとは思うけど…しないよね?」
「し、しませんっ!騙すなんて絶対しません…」
私の確認に慌ててこちらを向き返事をする。
「そう。じゃあ無理に言わなくてもいいよ。人は誰しも秘密の一つや二つ、あるものよね。」
「え…それでいいんですか…?」
私の言葉にびっくりした顔で肩の力を抜くラナちゃん。
「まあ、気になるけど…知りたいけど…う〜っ…でもここで無理やり聞くのはなんか嫌じゃない?」
「リナ様…」
「教えてくれるなら、何時でもウェルカムだからね!」
そう言ってサムズアップをしてみる。
どうやら和ませることができたみたいだ。
それにしても本当に変わった場所だ。
さっきまで居た半分洞窟みたいな通路と違って壁も床も天井もきちんと作ってある。
オマケにさっきまでの暗闇と違って等間隔に明かりが並んで続いている。
ロウソクや松明、カンテラ、ランプ…どれとも違う明かりだ。
一番近いのは、LED…の暗いやつって感じ?
なんにせよ周りが見えるというのは心に余裕が持てるという事で。
余裕が持てるとそれまで抑えられていた身体的欲求が主張を始めるのも道理なわけで…
クゥ〜キュルルル…
お腹が鳴った。
「…お腹空いたね……」
炊き出し所でお昼ご飯を食べてから何も食べてない。
誘拐されてから何時間経ったのか分からないけど、そもそもパンと干し肉を配っている時点で午後三時位だったから、普通に考えても空腹だろう。
お腹が鳴るのもしょうがない…うん。
この明るい通路は今いる場所が端っこみたいだから進むか留まるかの二択しかない。
留まった場合、何か変わるのか?
……ここに人の気配は無い。出るなら今入ってきた場所から出れるが、出た所で誘拐犯のアジトか岩牢だ。
「ラナちゃんはこの通路の先に何が有るのか知ってるの?」
判断材料の情報として尋ねたら躊躇いながらもうなづいた。
「そこに食べ物は有る?」
「…有る…と、思います。」
その返事を聞いて私は通路を進むことを決めた。
結果としてその決断は良かった。
時計も無ければ景色も変わらない長い長い通路だったが、おそらく一時間もかからず出口の扉があったのだ。
ラナちゃんが慎重に開けた扉の向こうは何処かのお屋敷の下働き専用通路の中だった。
下働き専用通路と言っても多分地下か半地下の、人と荷物がすれ違えるくらいの幅が有る通路だ。
耳を澄ますとザワザワと人が動いている気配がする。
「…セオリー通りなら今来た通路って秘密の脱出用って感じよね。」
一度扉を閉じて思った事を言ってみる。
「まさしくその通りです。間違ってなければここはクーベルタン城の地下のハズですから。」
ラナちゃんが頷きながら教えてくれる。
「クーベルタン城?クーベルタン侯爵の屋敷って事?」
「今のクーベルタン侯爵邸かどうかは私には分かりませんが…国が分かれていた頃はクーベルタン城と呼ばれていましたよ。」
「国が…分かれていた頃?」
ラナちゃんの微妙な表現にリナリアの記憶の中からこの国の歴史を引っ張り出す。
『およそ150年前にサルム川より西側の領土を合併する。』
うん。思い出した。
川の向こうの国がクーベルタンって名前だったのね。
…って事はユリウスの友達のキース君のご実家なのかしら?
今度遊びにきた時聞いてみよう。
「じゃあここは王都からサルム川を越えた西側の街って事ね。」
やっと現在地が分かったわ。
東に向かえば王都に帰れるってことだもの。
「そうですね。私も現在のこの場所が何という名前の都市なのか知る機会が無かったので分かりませんが…おおよその位置はわかりました。ただ…今現在、この扉の向こうがどなたのお城になっているのか…それが分かりません。」
それはそうだろう。
前世の知識があり賢くても彼女はまだ十にもなってない子供だ。しかも下町の住民。教育なんて望める環境では無いだろう。昨日の話を聞く限り、ろくでもないオジに虐待されながら同居してたみたいだし。
さっきの通路の件、そして今の150年前の情報…多分ラナちゃんの前世はその時代の人なんだろう………………アレ?
でもスマホ知ってたよね?
……んんん?
まあいっか。
そういう事も有るわよね。
「とりあえずこの扉の向こうは誰かのお屋敷って事よね。ふむ…頼んだらパンくらい恵んで貰えないかな…」
「こっそり貰ってくるという選択肢は?」
「ラナちゃん…」
「すみません冗談です。」
「貰ってくるのは泥棒だからダメだけど、こっそり探ってくるのはいいアイデアよ!」
「え!?」
「気付かれないようにこっそり通り抜けて外に出たら街で何か買えばいいじゃない?」
「「おおぉ…」」
「現金は持ってないけど、この宝石を売ればいいと思うの。」
そう言って首元の飾りボタンを指差した。
持つべきものは子供服の飾りにすら手を抜かない両親である。父様母様ありがとう!
方針が決まったのでそろっと扉を開けた。
そこに無表情のメイドさんが二人こちらを向いて立っていた。
「…ご、ごきげんよう……?」
引きつった顔で挨拶をしてみた。
「…こちらにお越しください。」
メイドの一人がそう言って歩き出した。
私達は黙ってついて行くしか選択肢は無かった。
もう一人のメイドは私達の後ろから着いてきた。メイドさんに挟まれて連行されている感じだ。
連れて来られたのは客間だった。
壁際に大きな絵画が飾られ、窓からは光が差し込んでいた。
ああ、朝日だわ。
光の加減で朝の光だと思う。
ただ、誘拐された時から何日経った朝なのかは分からないが。
「こちらにかけてお待ちください。」
私達三人は並んで長椅子に腰掛けた。
少しして扉が開き杖をつきながら老人が入って来た。
私とラナちゃんはスっと立ち上がったが、ルリアちゃんは私達の行動を見てから慌てて立ち上がった。
貴族教育でもこういう細かいマナーは習うとは思うが、そもそも私は前世の社会人としてのマナー講座で教えて貰ったのを覚えていたのが大きい。
目上の人を迎える時は起立して迎える。
世界が違っても基本的なことが一緒なのはありがたいと、教育を受けながら思ったものだ。
ただこの場合、なんと挨拶すれば良いだろう?
招いて貰った訳じゃない。いやむしろ不法侵入だ。
勝手に入ってすみません…かな?
ここに繋がるなんて思っても無かったし。
いやむしろここは誰のお宅なのか?
そんな事を悩んでいたらテーブルを挟んだ向かいにご老人が到着してしまった。
経緯はどうであれ挨拶はせねば!
「お初にお目にかかります、私はシャルマーニ家の娘、リナリアと申します。本日は知らぬ事とはいえ勝手にお宅にお邪魔してしまい申し訳ございません。」
カーテシーと共に謝罪もする。
「ふむ…なるほど。シャルマーニ家…宰相殿のご令嬢か。して、そちらは?」
「ラナと申します。申し訳ございませんでした。」
「ル、ルリアと申します。申し訳ございませんでした。」
ラナちゃんとルリアちゃんもカーテシーで自己紹介と謝罪をする。
ほぼ白髪の長い眉毛と顎髭で隠れてしまって表情は分からないけど老人は私達の話を聞いてくれそうな感じだ。
「…話を聞こうか。掛けなさい。」
そう言って老人がソファに座ったので、私達も座る。
「儂はケヴィン=クーベルタン。ここは儂の屋敷じゃ。お嬢さん方は地下通路から出てきたとか…冒険者ごっこにしてはあまりにも勇ましすぎると思うが?」
深いシワと長い眉毛で隠れているが、鋭い眼光を向けられているとわかる。
ピッと背筋を伸ばし、冷や汗を感じながらも言葉を紡ぐ。
王都で誘拐されてから精霊の事だけ曖昧にぼかしてここまでの話をする。
もちろんラナちゃんが意図してこの地下通路に入った事も誤魔化した。
「なんとっ…そんな酷い目にあっていたのか!しかもこの屋敷の地下通路も偶然見つけたと!なんと可哀想なことかっ!これ、今すぐ食事と湯浴みの用意を!」
ご老人は控えていたメイドにそう指示をしてこちらに向き、
「安心してゆっくり休んでいくがいい。シャルマーニ家には儂から連絡を入れておこう。」
そう言った。
「え…そんな、ご迷惑では…」
「よいよい。どうせ年寄りの一人暮らしよ。たまには賑やかな雰囲気も味わいたいのじゃ。」
そう言われたらこれ以上遠慮するのも悪い気がしてくる。
「あ、…ではお言葉に甘えさせていただきます。」
「おうおう。ではまた晩餐でな。」
そう言って老人は杖を支えに部屋を出て行った。
「それではお嬢様方、こちらに軽食をお持ち致しますので暫くお待ちください。」
最初にこの部屋まで案内してくれたメイドさんが無表情のままそう言って一礼して部屋から出て行った。
どうやらご飯は食べれそうですね。




