岩牢の暴露大会
光が目に入って意識が覚醒する。
アレ?
床で寝落ちしたっけ?
うつ伏せで寝たのか頬も胸もお腹も足も、床に触れている部分が冷たい。
さむっ……
そう思って寝返りを打とうとして動かない身体を不思議に思い薄目を開ける。
床だと思ったのは石畳。
覚醒を促された光は壁に掛けられた燭台のロウソクの光だった。
「……ロウソク…?今、何時……スマホ何処?」
ん…なんか頭がスッキリしない。
論文書き終えたよね……?
「スマホ……」
後ろから私の声を拾ったらしい少女の声が聞こえた。
途端に晴れていく思考回路。
そうだ。
ここはもうスマホも論文も関係無い世界。
私はシャルマーニ侯爵令嬢のリナリア。
頬に冷たい石畳の硬い感触。
顔を触ろうとして阻害される布の感触。
「は……?」
起き上がろうとして自由に動けない事に気付く。
「えっ!?…何?」
石畳の床から頭だけ上げて周りと自分を見る。
薄暗い石畳の床に岩肌の壁。
格子の向こうに置かれたロウソク一本が頼りなく照らす小部屋に、首から下を袋に入れられた格好で私とラナちゃんともう一人の少女が居た。
「リナ様…起きられました?」
ラナが声をかけてきた。
「ラナ…ちゃん?えっ、何ココ?何処なの?やだ、私どうなってるの?」
何がどうなって私達袋詰めてるてる坊主になっているのか?
岩肌の壁には窓は無く、灯りは鉄格子の向こう側。
いわゆる岩牢だ。
「リナ様どこまで覚えてますか?」
ラナちゃんの問いに記憶を探る。
「炊き出しで…下町に行ったわよね……何軒かパンと干し肉を渡して……何でこんな地下牢?に居るの、私。」
アレ?
記憶が足りないわ?
でも、こんなシチュエーション前世でいっぱい見聞きしたわよね……ドラマやアニメで。
「コレは……まさかの誘拐事件…かしら?」
「そうですね…まごうことなく誘拐事件です。」
「お嬢様に誘拐事件って……テンプレ過ぎない!?あるあるじゃん!」
お約束ってヤツにまさか会う日が来ようとわッ!
不謹慎にも興奮して声が大きくなってしまった。
「テンプレ……あるある……はぁ…リナ様、どこか痛い所とか無いですか?」
私の態度に若干呆れ気味な溜息をつき、心配して尋ねてくれるラナを見るために袋詰め状態のまま、慎重に体勢を起こす。
袋の中の腕や足は拘束されておらず、触った限り衣服の乱れも無いし寒さ以外特に不都合は無さそうだ。
「私は大丈……ぶ…ッて、ラナちゃんッッ!貴女怪我してるじゃない!?」
返事をしながらラナの顔を見たら頬に擦り傷が出来ており、既に乾いた出血の跡が淡いロウソクの光に照らされて黒く浮かんでいた。
「酷い……女の子の顔にこんな傷を付けるなんてッ!!」
「ああ…やっぱり擦り傷出来てますか…まあしょうがないです。私強制的に眠らされましたから。」
「強制的に眠……?」
「多分…背中から蹴られて倒れた所で踏まれた…かな?そんなところです。その時に出来た傷かと。」
「……」
あまりの酷さに声も出ない。
と同時に奥から息を飲む音がした。
そういえば奥にもう一人誰か居たんだった。
そちらに顔を向けると同じ様に袋詰めにされた少女がこちらを見ていた。
顔しか見えないが、私よりは年下だろう。
つまり八〜十歳程だ。
「あの…貴女も攫われてきたの?」
尋ねると少女は遠慮がちにうなづいた。
少女は日本人を彷彿とさせる様な艶のあるストレートの黒髪に黒い瞳をしていた。その髪色のせいか白い肌がより際立ち白磁の様に見えた。
もし無表情でじっとされたら日本人形かと思ってしまうだろう。
その懐かしい色合いのせいか、私は一目で彼女が気に入ってしまった。
「貴女は怪我とかしてない?大丈夫?」
「あ、ハイ。大丈夫…です。」
オドオドしながらも返事をくれた。
「そう、良かった。えっと…私はリナリア。リナリア=シャルマーニよ。こっちはラナちゃん。友達よ。」
「えッ!?と、友達!?」
関係を説明するのに面倒くさくてザックリと友達と言ったら、ラナちゃんがビックリする程狼狽えた。
「あら?…一緒に誘拐された仲じゃない。もう友達で良いわよね?」
「ああああ……ハイ。恐れ多いですが、友達でお願いします…」
ラナちゃんは何かぐるぐると考えていたが一つうなづいて私の提案を受け入れてくれた。
「えっと…ラナです。……私は下町に住んでる平民です。そしてリナ様は侯爵令嬢でいらっしゃいます。えっと…貴女は?」
ラナちゃんが色々付け足して自己紹介をし、彼女に水を向ける。
「あ、えっと…私はルリアと言います。多分、子爵……だったと思いますが……」
引っ込み思案な少女とは思っていたが、答える言葉もなんだか頼りない。
というか、だったと思いますってどういう事?
「子爵家!?ではルリア様もお貴族様なのですね!?そうとは知らず失礼を致しました。」
ラナちゃんが袋詰め状態で深々と頭を下げる。
「あ、いや、あのその…私、ほとんど平民なんでッ!そのっ……畏まられると…あっ、えっと…侯爵令嬢って…子爵より偉いのですよ…ね?」
「「…?」」
ルリアはものすごく焦った様子で謙遜する。
だが、最後のルリアの質問は意図が分からず二人して首を傾げる。
するとルリアは袋の中でゴソゴソと居住まいを正して口を開いた。
「あのっ…リナリア様、お初にお目にかかります…?ルリアと申します。よろしくお願いします……で、合ってますか?」
涙目で確認してくるルリアに思わず吹き出してしまう。
「ブハッ…何その初々しい挨拶!しかも私達今非常事態なのに……ぷくくく…こんな袋詰め状態じゃ何やってもお笑いになっちゃうじゃん!」
「ううう…すみません……まだ、礼儀作法の勉強中で……」
「あははは……礼儀作法ッ…うんうん、大変よね。…あ〜笑った。」
私が状況の滑稽さにツボってしまいひとしきり笑っていると、涙目で真っ赤になって俯くルリアの頭の上に真っ赤な髪の精霊が現れ、ルリアを慰めるように撫で始めた。
「えっ!?精霊!?」
私は驚きのあまりつい声を出してしまった。
(そうよっ!ルリアをいじめたの貴女ね!?)
その赤い髪の女の子の精霊がキッとこちらを睨んで怒ってきた。
「え、いいえ、いじめたわけでは無くて…」
(こちらに来てまだ常識も覚束無いこの子を笑うなんて!酷いわッ)
彼女はこちらの言葉を遮りさらに怒鳴ってきた。
「いえ、笑い物にした訳じゃ……」
(コレだから貴族ってヤツは嫌いなのよッ)
フンッ…とタンカを切って横をむく彼女に反論したのはリナリアの事を大事に思っている風華だった。
(……黙って聞いていれば自分勝手に好き放題言いおって…リナは違うと言っておろうがッ!人の契約者に文句をつける前に自分の契約者に助言するなりすれば良いであろう?こちらに当たり散らすで無いわッ!!)
風華が肩の上で仁王立ちになり私を擁護してくれる。
(なぁああんですってぇぇ!)
(なんじゃ?やるのか?)
真っ赤になってルリアの頭からこちらに向かってきた彼女に、風華も私から飛び立ち空中で応戦体勢になる。
「いやいや、ちょっと待ちなさい貴女達。
今、そんな事してる時じゃないでしょ?」
私は 風華達を止める。
ありがたいけどそんな代理戦争みたいな喧嘩しないで欲しい。
「っていうか……こっちに来てまだ常識も覚束無いって……どういう事?」
精霊の言葉に妙な引っ掛かりを感じてルリアに尋ねてみる。
「あっ…その……信じて貰えるか分からないのですが……私、ここの常識が無いみたいで……ここが何処かとか調べようにもPC関係機器とか見当たらないし…あ、タブレットでもいいんだけど…お母さんに持たされてたケータイも壊れちゃって通じないし…」
ナンデスッテ!?
「フリーナ…あ、あの私の精霊なんですけど、フリーナが言うには、この世界にPCなんて無いって言うんです。検索すればすぐ分かると思ってたからもう、どうしていいか分からなくて……森で座り込んでた私を偶然通りかかったお父様とお母様が家に連れて行ってくれて、先週正式に養子になったんです。」
「それは……」
「言葉が通じるけど周りの人達はみんな外国人だし、私以外で日本人っぽい人居ないし、本とか見たらよく分からない文字だし……あの、ここって地球じゃ無いって本当ですか?」
話を聞く限り、ルリアは異世界転移してきたみたいだ。
しかも違和感を感じていても出来たら家に帰りたいと思ってる。
異世界転移なら見た目通りの年齢なのだろう。……つまり小学生位って事だ。
「あの…さっき、『スマホ』って呟いてましたよね?二人とも。」
あ…寝ぼけて呟いたかも……
ん?
二人とも!?
バッとラナちゃんの方を振り返ってみると、ラナちゃんはなんとも複雑な表情をしていた。
「ラナ…ちゃん?スマホ……知ってるの?」
私の問に視線を反らせてたラナが深いため息をついて答えた。
「……知ってますよ。リナ様も知ってるでしょ?」
私がうなづくと、ルリアはパッと笑顔になり身を乗り出してきた。
「スマホ!あるんですか!?じゃあウチに連絡出来ますか!?」
「あ〜待って待って、落ち着いて。…残念だけど、知ってるってだけで持ってないわ。」
私の答えに一気にシュンとする。
「あ…持ってませんか……」
しょんもりするルリアにこれ以上の衝撃を与えないように言葉を選んで自分の事情を説明する。
「……っていう事だから、私は生まれた時からこの世界の人間なの。異世界転生ってヤツね。ルリアちゃんはそのままの姿で突然こちらに来たっていう事だから異世界転移かな。この世界は電気製品とか無いし、移動も馬車。中世ヨーロッパ風って分かるかな?そんな感じよ。魔法は…精霊魔法は知ってるけど、それ以外は聞いた事ないわ。ラナちゃんは…転生?かな?」
「はい。私は転生です。」
「転生……転移……異世界……」
ルリアちゃんが呆然と呟いている。
私はルリアちゃんが落ち着くまでラナちゃんに事情を聞くことにした。
「ラナちゃんが私と同じ前世の記憶を持ってるなんて夢にも思わなかったわ〜世間って狭いのね。」
「リナ様はあまり隠そうとしておられませんでしたものね。八割方そうだろうと思っていました。」
ラナちゃんの言葉にハハハッと乾いた笑いで誤魔化しておく。
「そういえば、リナ様は精霊付きだったんですね。」
ラナちゃんが唐突に話題を変えてきた。
そういえば精霊が居ること内緒だってユリウスに言われてた気がする……しまった…。
「や、あのッそのッ……」
「ああ、大丈夫です。誰にも言いませんよ。貴族間のタブーですもんね。」
至極当然の様に言うラナちゃんが随分大人びて感じる。
「私は精霊が見えないし聞こえないので残念ですが、お二人は精霊がそれぞれいらっしゃるんですね。」
「え、ええ。」
「ではどうにかしてこの状況を解決出来ませんかね?この袋詰め状態は…流石に限界です。」
ラナちゃんが申し訳なさそうに申し出る。
あたかも精霊魔法なら何とかできると言わんばかりだ。
彼女の言葉に一瞬違和感を覚えた気がしたが、確かに袋詰め状態は私も限界を感じていた。
何より私達は現在進行形で囚われの身だ。
先ずは自由になってからお互いゆっくり話し合えば良いと気付いた。
先ずはラナちゃんの首元をじっくり見る。
袋の縛り口部分が首になっている。
肌に触れる部分は布だが、両手じゃないと外せなさそうな作りのチョーカーだ。
「ねえ風華、この部分を風で切ってくれる?」
(布だけじゃな?……ふむ。ゆっくりやれば出来ると思うぞ。)
「じゃあなるべく身体から離して持ち上げるから切って。」
(承知した。)
私は胸の前の辺りの布を身体から出来るだけ離してピンッと張った。
風華はその真ん中をゆっくり縦に魔法で切ってくれた。
そのまま足元まで布を切り裂き手足の自由を確保する。
首元の拘束具はそのままだ。
袋がマントみたいで多少なりとも寒さから守ってくれる。
「こんな感じで良いなら風華に頼むけど、どうする?」
私の可否を問う言葉に二人とも布をピンッと張る行動で意志を示した。
座っていたので気付かなかったが、袋は少し小さかったらしく切り裂いてマントの様にしたら、ちょうど膝丈位だった。
「袋詰め状態だとまともに歩けなかったわね。」
「こんな障害物競走学校でやった事ありますよね。」
「学校よりは町民運動会的な方ならやったかも!?」
「……嫌な思い出が蘇ってきちゃいましたよ……せっかく忘れてたのに…」
ラナちゃんがジト目でつぶやく。
どうやら三人とも似た様な時代の日本人だったみたいだ。
岩の牢屋には少女が三人
まさかの全員異世界人(笑)
袋詰め人間からは脱出できたけど、この後彼女たちはどうするんだろうね?




