セライラ市
シャルマーニ邸の門を出て、馬車は王都を囲う城壁のいくつかある門のうちの一つに向かっている。
時間は朝の十時。
人通りも程々にあり、大通りは馬車専用の道が出来ていて歩く人と馬車が接触しない様に整備してあるが、大通り以外の道はあまり速度をあげられない程度には人が歩いていた。
貴族の屋敷が並ぶ貴族街でもこの人通りなら、一般市民の住んでいる平民街はどうなっているのだろう?と、ユリウスは進行速度の遅さに焦りを感じていた。
そんな普段なら感じることも無い馬車の速度を気にしてしまう原因は、目の前で外を見ている王子様だ。
誘拐された姉様を見つける為に出発しようとした直前に現れたカイン。
しかも大体の事情は国王陛下に筒抜けらしい。
姉様の将来の為にも他言無用って言っといたハズだけどな?
しかも昨夜父様から直に頼まれた捜索の日程をなんで知ってるんだ?
「だって、シェリーが教えてくれたんだ。」
満面の笑みでカインが答えた。
シェリー……カインの側に居る精霊か。
そのシェリーに情報を渡したのは……
(僕だよ!)
アリエス……君か。
アリエスは僕の精霊だ。
そういえばアリエスとシェリーと姉様に付いているフウカは三人でお茶会をするほど仲良しだったな。
(だってさ、シェリーも居た方が感知範囲が広がるんだ!その方がユリウスも良いだろう?)
えっ?
そうなの!?
初耳なんだけど!?
(精霊一人で王都中全部の気配感知なんて出来るわけないじゃん!)
いや、スゴイな…っとは思ったけど。
そうか、二人だったからか……
そういう事ならカインが居るのは非常に助かる。
馬車は王都を出て隣のセライラ市に向かう街道を進み始めた。
王都を囲う壁の周りには簡易テントが並んでいて、露店の用意をしてる人、荷造りをしている人、そのまま横になっている人、色々な平民が居た。
出ていく僕らの横には王都に入る入都待ちの列が出来ていた。
その列に並ぶ人々の視線を感じながら僕とカインはアリエス達に捜索を開始するように頼んだ。
セライラ市は王都を出てから馬車で一時間ほどの場所に有る。
森の中の川を渡る前にゲートが有りここで橋の通行料を払わなければならない。ゲートの横に休憩場所があり僕ら一行の他にも王都に行商に行く荷馬車や、依頼で採取に行く途中の冒険者パーティが休憩していた。
僕らは馬車から降りて固まった身体をほぐす為に伸びをした。
王都中心部に近い場所にあるシャルマーニ邸から人混みをぬいながら王都を出るまでに一時間弱。そこから街道を進む事三十分。
じっと座っているには少し長い距離だ。
「こんなに長時間馬車に乗ったのは初めてだよ。」
疲れた顔を隠しもせずカインがぼやく。
本来なら馬車で王宮から出ることも無いハズなんだけどね…今更だけど。
姉様の気配…正確にはフウカの気配はまだ見つからないらしい。
馬たちに水を飲ませる為の休憩なのでそんなに長居はしないと聞いたが、始めてみる王都外の景色に少しワクワクしてしまう。
休憩場所に居る平民達はこちらが貴族だとわかっているからか、遠巻きにして近付かないようにしている。
僕とカインはアルフレッドを連れて休憩場所の横を流れる川と橋を見に行った。
休憩場所周りの森はほとんどの葉が落ち、風に吹かれる枝がより寒々しく見える。
むき出しの地面に枯葉が積もっていて、踏むとカサカサ音がする。
川に近付くと水音が大きくなり寒さも増す。
僕らは堤防に登ってその風景に言葉を失った。
対岸まで大声で叫んでも声は届かなさそうな程の川幅。
冬なのに水量はたっぷりあり、川中の岩に当たって水しぶきが上がっているのを見ると勢いも強そうだ。
冬の柔らかな日差しを反射して水面はキラキラしている。
川下にこれから渡る橋が掛かっていて、その橋の脇から河原に降りる自然な階段が見て取れた。
「コレがサルム川か…」
カインが感嘆のため息と共に呟いた。
サルム川はサラル王国で一番の水量を誇る川である。
王国北部に横たわる険しいカルナール山脈を水源とし、サラル王国を東西に分けるかのように南北に伸びる大河である。
「この川から引いた水路で王国の都市は賄われているんですよ。」
アルフレッドが教師のように教えてくれる。
「聞いたことあるぞ!王宮の噴水や池は川から地下水路を通って来てるって!だから常に水が入れ替わってるって言ってた。そうか、この川の水が王宮に来てるのか!」
瞳を輝かせてカインが頷きながら言った。
やはり、見るのと聞くのでは理解度が違う。
現場視察は大切だな、と思った。
「ユリウス、いいこと思いついたぞ!」
「なんですか?」
「ここで何か…浮かんで流れる物を川に入れたら王宮の噴水から飛び出て来るのでは無いかな!?」
目をキラキラさせながらそんなことを言う。
なんて言うか…
それはなかなか無理じゃないかな…って思うんだけど、上手く言えない…
上手く言えないけど、絶対成功しない気がするっ!
僕が言葉に詰まっていると、アルフレッドが堪えきれずに吹き出した。
「いやいやいやいや…さすが殿下。発想が健全ですね。」
「?…違うのか?」
「そうですね…この川から水路を引いて賄ってますが、ここで何かを流しても多分王宮には行きませんよ。」
「何故だ?」
「王宮用の水路はもっと上流から引いてますし、毒でも流されたら困りますからね、どの辺から採ってるかは最重要機密事項なので知ってる人間は少ないですよ。」
毒……確かに。
それは最重要機密事項だな…
「まあ、結構な水量ですからね。どれだけ大量に流せば効果があるのか考えるだけ無駄だと思いますがね。」
そう言ってハハハッと笑った。
「お坊ちゃま方、お待たせしました。いつでも出発出来ます。」
ルイザが呼びに来た。
馬の休憩と、橋を渡る手続きが完了したので僕らはまた馬車に乗りこんだ。
橋の上から川を見て座学の教師であるエバンス先生の言葉を思い出していた。
『サラル王国はその昔二つの勢力が支配してました。一つは現王家の祖、エルシャワール家。もう一つは現在のクーベルタン侯爵の祖先であるクーベルタン家です。
両家はサルム川を境に東西それぞれを治めていました。
ある時クーベルタン家の治めていた領地で反乱が起き、当時たった一人だけ生き延びたクーベルタン家の御令嬢の要請で、エルシャワール家の兵力をもって西側の反乱を鎮圧しました。
その後クーベルタン家はエルシャワール家の臣下に付きサムル川を挟んで東西の領土を併合し、サラル王国が今の形になったのです。
クーベルタン家の治めていた時代、その主要な都市…元王都があったのが現在のセライラ市です。その頃はサルム川に橋などありませんでしたから、川を挟んでこんなに近い場所なのにお互いの領土の王都があったのです。』
橋を渡り馬車は森に入って窓からは枝だけの木々が見えるだけになった。
「そういえば、昨日キースが来たんだ。」
唐突にカインが言った。
ちょうどクーベルタン家の歴史をつらつらと思い出していた所だったのでドキッとしたのだが、カインも同じく授業を思い出していたのだろう…
キース=クーベルタン
クーベルタン侯爵令息で、去年シャルマーニ家に遊びに来てくれたのに姉様とカインが雪遊び中にふざけ過ぎて、雪玉を受けて倒れた姉様に駆け寄ったら怒られた覚えがある。
僕より一つ歳下なのに教育が行き届いてると関心したのと同時に、自分の中の優先順位が王子であるカインより身内の姉様の方が上なのは従者として相応しくないと言われた事が、少し心に刺さっている。
そのキースが来たのか。
「彼はとてもスゴイな!」
カインはとても嬉しそうにキースを褒め始めた。
僕としては彼もそのうちカインの側近に入ってくれたらと思っているので、カインとキースの関係が良好なのは喜ばしい。
「キースと何かあった?」
「何かあったって言うか、彼は僕の横にユーリが居ないことに直ぐに気付いて、僕と従者は常に一緒にいないとダメじゃないかと、忠告してくれたんだ。だから僕はやっぱりユリウスと一緒に行動しないとな!と思って、直ぐに宰相の元に走っていったんだ。」
カインの言葉に一瞬、ん?と引っ掛かったが、宰相の下りでその引っ掛かりは霧散した。
最近は無くなっていたのに、またあの脅威の瞬発力を発揮して父様の元に走って行くカインが容易に想像出来てしまったからだ。
「……カイン…」
「あっ、いやっ、その…入室する時は、ちゃんと返事を待ったんだぞ!?」
「はぁ…アレだけ急に飛び出して行ったらダメだって言ったのに…」
僕の呆れた口調にシュンとなるカイン。
「ううぅ…本当は昨日シャルマーニ邸に行こうと思ったんだけど、さすがに宰相に聞いてからにしないとと思ったんだ。」
「まあ、そこは正しいと思うよ。」
だが、少し肯定すると途端に気勢を取り戻す。
「だろ?で、宰相の執務室に行ったらなんとおじい様が居てな!キースに忠告して貰ったからユリウスの所に行きたいって言ったら、承諾して貰えたんだ!」
クッ……国王陛下が了承したって、そういう経緯かッ……父様も昨日のうちに言ってくれれば良かったのにッッッ!
「で、ワクワクしながら寝ようとしたら五日位の捜索旅行になるってシェリーが言ったから、慌てて用意したんだ!」
「……俺まで巻き込まれましたよ…」
カインの言葉にボソッと小声をもらすアルフレッド。
見ると視線を窓の外に向けたまま遠くを見ていた。
上の無茶に振り回されるというのはどの身分も同じなんだな…と社会の真理に触れた気がした。
それからしばらくしてセライラ市が見えてきた。
元王都と言われていたのは百年以上前の事だが、都市に入るための門は立派な石造りで検問があるのか、ここも人の列が出来ていた。
先触れの騎士が手続き等をしてくれたのか、門の前で止められる事なく馬車は都市に入った。
「ユリウス様、セライラ市に入りましたがどちらに向かいましょう?」
今回の捜索隊の騎士達の隊長が窓越しに尋ねてきた。
アリエス達の反応はまだ無い。
時刻は昼頃だ。
「先ずは昼食を。何処か…落ち着ける店に行こう。」
こういった大きな街では中心部に近付く程貴族向けのキチンとした店舗が軒を連ねているはずだ。
貴族用のレストランに入った僕らは食事をしながら午後の予定を話し合った。
「二手に別れようと思います。」
「僕はユリウスと一緒だぞ!」
僕の提案に即座にカインが意見する。
僕は苦笑しながら言葉を続けた。
「そういう意味じゃないですよ。捜索班とホテル班に分かれようと思ってるんです。」
「なるほど。」
「ルイザとメアリーさん、あと騎士二人程は今夜僕らが泊まる宿を確保し、荷物を持って行ってくれ。残りの騎士達は僕らと昨日の現場に行ってみよう。何か手がかりがあるかもしれない。」
僕の提案に皆うなづいて了承してくれた。
はっきり言って、セライラ市に入ればアリエス達が直ぐに見つけてくれると思っていた。
なのに未だに分からないと言う。
ならもしかしてセライラ市に居ないのかもしれない。ならどちら方面に行ったのか何か少しでもヒントが無ければ捜索も闇雲になってしまう。
食事を終えた僕とカインとアルフレッドは騎士二人と共に、姉様が攫われて運び込まれた誘拐犯のアジトに向かった。




