眠れない夜
父様と一緒に自宅に帰ると、玄関ホールに母様が待っていた。
「あああ…あなた!リナリアは?リナリアはっ!?」
僕らが馬車から降りるやいなや、母様は父様に駆け寄り姉様の安否を訊ねる。
「カナリア…落ち着きなさい。話すから中へ行こう。」
父様は心配で錯乱気味の母様を半ば抱き抱えるようにエスコートしてサロンへ向かう。
「ユリウス様、報告はどういたしますか?」
母様と一緒に玄関ホールで待っていたシャルマーニ家の家令のウォルターが僕に聞いてきた。
「どんな状況になってる?」
「門に問い合わせに行った者は皆戻っております。炊き出しの者たちはおそらくもうすぐ帰って来るものと思われます。」
「下町の現場に向かった騎士達は?」
「まだ帰ってはおりません。」
ウォルターの報告を聞いてどうするか考える。
僕がしなければいけないのは情報を父様に伝える事だが、父様は今、母様をなだめている。
おそらく姉様が誘拐された事でショックを受けて母様は寝込んでしまうだろう。
そうすると……今すぐは情報も揃ってないし、報告はもう少し落ち着いてからの方がいいかもしれない。
「わかった。父様に確認を取ってみるが、おそらく後で父様の執務室に来て報告して貰う事になると思う。それまでに情報を整理しておいて欲しい。炊き出し班の皆にはいつも通りゆっくり休んで貰って。」
「わかりました。」
ウォルターは僕に一礼をして去って行った。
サロンに入ると少し落ち着いた母様とその横で肩を撫でてなだめている父様が座っていた。
僕は側に寄って父様に話しかけた。
「父様、情報収集に出していた騎士の報告は後でまとめてウォルターに報告してもらう様に指示しました。父様の執務室に呼ぶまでは待機するようにと指示したのですが、よろしかったですか?」
「そうだな…それで大丈夫だ。」
良かった僕の指示は間違ってはいなかったらしい。
コンコンッ
扉がノックされ、メイドが入って来た。
「旦那様、お食事はどうされますか?」
予定を聞きに来たらしい。
「……準備が出来ているなら夕食を取ろう。カナリアは食べられるか?」
「…………いただきますわ。喉を通るかは分からないけど、私が倒れていてもどうしようも無いもの。」
驚いた。
母様はこのまま寝込むんじゃないかと思っていたから。
「……そういう事だから用意を頼むね。」
扉横に立っていたメイドに指示をして、僕も外出着から着替えるために部屋から出ようとして…はた、と思い出す。
「そうだ、父様。」
「うん?」
「騎士と共に現場に同行させている平民の少年が居るんです。彼が僕らに最初の一報を知らせてくれたのですが……」
「……ふむ。」
「その彼の妹が姉様と同行していて、おそらく一緒に連れ去られているみたいで……」
「……それで?」
「彼が勝手な行動をするとこちらに不都合が出るかもしれないので、彼を僕の目の届く範囲にしばらく置きたいのですが、どうですか?」
たかが子供の言葉、されど子供の言葉だ。
口止めはしたが自分の身内が誘拐されているのだ。勝手に探す過程であの口止めがどれ程の効果があるのか分からない。
そもそもこの誘拐の犯人の目的が僕らにはまだ分からないのだ。
巻き込まれ誘拐された彼の妹は平民の少女だ。目的が彼女では無いならおそらく無事では済むまい。
妹だけでなく彼まで利用される恐れもある。
場合によっては口封じも視野に入れておかねばな……
「確かにな。考慮してみよう。」
「よろしくお願いします。」
サロンを出て自室に戻った僕はルイザに着替えさせてもらい、いつもと違う静かな夕食を終え、僕は父様と一緒に騎士たちの報告を聞くために父様の執務室に移動した。
僕らが部屋に入るとすぐに報告をまとめていたウォルターが入って来た。
「報告を聞こう。」
「はい。では先ず門に問い合わせた件ですが、夕刻に出ていった荷馬車は一台で、隣のセライラ市に向かって行ったそうです。その後冒険者が単騎でその荷馬車の情報を尋ね、追いかけて行ったそうです。」
その単騎の冒険者は姉様に付いていた陰の者だろう。
夕暮れ時に王都を出て行く者は少ないとは思っていたが、まさか犯人だけとは……
だが隣とはいえセライラ市に着くのにどれぐらいかかるのだろう?
僕はまだ王都から出たことがないからそこが遠いのか近いのかさえ分からない。
「荷馬車の特徴は?」
「平民がよく使う簡素なタイプの荷馬車だそうです。幌もなく御者台と荷物置きの台だけの物ですね。」
「……つまり荷馬車だけでは特定は出来ないという事か。」
「そうだと思います。」
ウォルターは父様の質問に的確に答えていく。
家令のウォルターはシャルマーニ家の全ての管理を任されている全使用人のトップだ。
彼の下に複数の執事やメイド長やシャルマーニ騎士団長等が付いている。
父様が国の仕事に専念出来るのも、ウォルターが家の事を管理してくれているおかげだ。
父様とウォルターは阿吽の呼吸でやり取りをしていく。
「報告を続けてくれ。」
「はい。…お嬢様が最後に訪れた下町の家ですが、女性と子供が殺されていました。この二人は親子だと思われます。」
「……口封じか。」
「おそらくそうだと。」
「周辺住民の目撃情報等はどうだ?」
「馬車の止まっていた道は裏通りらしく、路地に面しているのが全ての建物の裏口ばかりで住民の目も届かず、普段から人の出入りも少なく朝から荷馬車が置いてあったのは知っていたが気になるほどではなかった、と。」
「?…殺された親子の家があるだろ?」
「下町で良くあるワンルームアパートだったらしく、反対側にちゃんとした玄関があり、お嬢様が案内された入口は裏口だったようです。裏口から入っても廊下を歩き直ぐの部屋ならそれが裏口とは分からないかと……」
下町の家の造りなんて僕らに分かるわけないし、言ってはなんだが裏口も玄関も大して違わない。
「そこが裏口だとわかったのも、坊っちゃまが付けてくださった案内の少年が教えてくれたからだと聞いております。」
ウォルターの言葉に顔を上げる。
「彼が少しでも役に立ったなら良かったよ。その彼は今どうしている?」
彼を目の届く所に……と、思ってはいたが、そういえば何処に居るのだろうか?
連れて帰るように指示したとは思うが…もし、彼がそのまま下町の家に居るのなら急いで連れてこなければならないな、と思い尋ねてみた。
「同行していた騎士が少年の保護者に事情を説明しに少年の自宅に同行したところ、保護者である少年の叔父が少年にあまりにも酷い暴力を振るうのに驚き、自分が引き取る!と息巻いて連れて帰ってきました。こちらの件もどういたしましょう?」
「引き取るって……騎士が子育ては難しいだろう?それに法律的にも問題があるし。だがその少年の事はユリウスにも頼まれているからな。正式にどうするかはさておき、今日一晩はその騎士に預けようか。食事やその他は融通してあげてくれ。」
「承知しました。では明日は騎士見習いの下に付けて様子を見ます。」
「ああ、そうしてくれ。」
「後は……陰達が連れてきたお客人は地下牢にて尋問中でございます。」
お客人……ああ、今日の手伝いに来た冒険者達か。
リーダーのゴルツが同行していて誘拐事件を起こせば自分達も疑われて捕まる事くらい分かるだろうに、彼等は騎士達が炊き出し所に着いた時も片付けの手伝いをしていたらしい。
共犯か?無関係か?
一見、脳筋集団に見えるせいで判断に困る。
冒険者ギルドの方にも事情を聞かねばならないだろうな。
一通りの報告を聞き、父様は騎士十人を夜明けと共にセライラ市に向けて探索に出すのでメンバーを決めるようにウォルターに指示した。
僕は明日は自宅で見習騎士と少年と一緒に剣術の訓練をしながら自宅待機を言い渡された。
「ユリウスはもう自室に戻って休みなさい。」
「……はい。父様、おやすみなさい。」
僕は一瞬躊躇ったが、父様に挨拶をして執務室を出て自室に帰った。
それからお風呂に入ってベッドに横になる。
本当は帰ってきた陰達の報告も聞いて、なんなら明日も騎士と共に姉様を探しに行きたかった。
だがそれは許されない事も分かっていた。
僕はシャルマーニ家の跡継ぎで、この非常時に迂闊な行動で僕まで危険な目に遭う訳にはいかない。
だが、食事をしていても
お風呂で湯に浸かっていても
ベッドで布団を被っても
……姉様のことが心配でたまらない。
酷い扱いをされていないか?
食事は貰えているのか?
どこか怪我や痛い苦しい思いをしてはいないか?
お風呂……は入っていたとしたらそれはそれで大問題な気がするが……え、まさか、そんな危険……無くはないよな?
だが、貴族と知って誘拐されている訳だし。
父様やシャルマーニ家に要求が有るなら、もう来てるはずだが、その気配は無い。
姉様を盾にされたとしても、父様が宰相の権限を放棄することは無いだろう。
確かに父様は姉様や母様をとても大事に溺愛している。
だが、それで公私混同する様な人ではないと僕は思っている。
それは社交界でもおおよそ認識されているハズだ。
では姉様を狙った目的はなんだろう?
姉様自身に恨みがある場合。
……あの姉様を恨む理由……思いつかない。
そもそもここ一年まともにお茶会に行ってもないから交流が有るのなんてカインとシャスリーン王女とフローレンス=ベルアーニャ嬢ぐらいだろう?
それも感謝される事はあっても恨まれるなんて……
カインとベルアーニャ嬢の婚約で逆恨みとか?
そもそもあの二人はもっと前から婚約者として囁かれてたから、姉様を恨むなんてお門違いもいい所だ。
後は……パズルやスラックラインの販売関係?
姉様専属の商店があったよな…
その商売が何かトラブルを起こした……とか?
姉弟なのに商売については僕には教えてくれないんだよな、姉様。
そっち関係だと全然分からないな。
お金でも権力でも怨恨でも無いとしたら……
姉様自身が目当て……?
えッッ……
それだと本気でヤバいのでは!?
こんな呑気に寝てていいのか?
生命の危険も危険だけど……
貞操の危険……とか……?
いや、でもっ……姉様はまだ十一歳だぞ?
まだまだ子供だろ?
でも……
いや……
そんな……
……あああああああああああっ
心配だッ!!
姉様……どうか、無事でいて……
冷静に行動しようと頑張るユリウス。
でも一人になると色々考えてしまうよね。
果たしてリナリアは無事なのか?
犯人の目的は!?
次の更新に乞うご期待!
(と言って自分を追い詰めてみる(笑))




