陰の者
王宮に到着した。
冬の日差しはすっかり弱くなり、もうすぐ日没という時間だ。
門から王宮正面までの馬車道の横、植木でしっかりとは見えない位置にある歩道には、仕事帰りの王宮勤めの平民がチラホラと歩いていた。
王宮馬車も帰途につく貴族を乗せるために順に馬車乗り場に並んでいる。
その横を通り抜け、僕らを乗せた馬車は奥宮エントランスに到着した。
御者に少し時間がかかるかもしれないと告げて、駐馬車場で待機しておくように指示する。
「…ではカイン殿下。本日はありがとうございました。」
「ユリウス……ああ、ではまたな。」
情報が漏れるのを警戒して、言葉少なに別れる。カインと護衛騎士のアルフレッドはそのまま奥宮に帰って行った。
カインには馬車の中で釘を指しておいたが、とりあえず普段通りに振舞ってくれるだろう。
僕は奥宮から外朝のエントランスへと急いで移動し、父様に会うため面会予約をする為の受付に向かった。
息子とはいえ一国の宰相たる者に会うためにはきちんと手順を踏まねばならない。
通常はこの外朝エントランスにある面会予約受付で手続きをするようにと以前教えてもらった。
奥宮から行政区の該当部署に直接行けていたのは、セビリアさんがアポイントを取ってくれていたからだ。
外朝エントランスに着くとすぐに受付を探す。
さすがにこんな時間から面会予約を取ろうという人間は数人しか居ないのか、待合室にはアポイント待ちの人が三人程座って待っていた。
受付には女性が二人座っていて、王宮の奥から現れた僕を訝しげに見ていた。
受付自体は空いていたので僕はサッと手前の女性の前に立った。
「あの、面会予約を取りたいのですが…」
一瞬驚いた顔をした女性は、すぐににこやかになり僕に微笑んだ。
「はい。承ります。」
受付嬢はペンを持って僕を見た。
彼女の後ろに小窓があり、その向こうに何人も人が居る気配がする。
別室が有るようだ。
僕は自分の名前を言い、父様に面会したいと告げた。
「あちらで掛けてお待ちくださいませ。」
受付してくれた女性は手元の紙に何かを記入し、後ろの小窓に差し入れる。
その紙がスっと奥の部屋に吸い込まれる。
向こうの部屋がやや騒めいている音が漏れてくる。
僕は言われた通り、待機用のソファに座って少し待つと受付横の扉から若い男性が出てきた。
「大変お待たせいたしました、ユリウス=シャルマーニ様。予約が取れましたのでお部屋までご案内いたします。」
男性はにこやかに僕を先導して歩き出した。
父様の執務室の前に女性が一人立ってこちらを見ている。
案内してくれた男性がその女性に話しかけ、頭を下げた。
「シャルマーニ侯爵令息様、お待ちしておりました。宰相様は中でお待ちです。」
どうやら父様の王宮での秘書のようだ。
僕は案内してくれた男性にお礼を言って部屋に入った。
父様の執務室はあまり飾り気の無い部屋だった。
応接用のソファもどちらかと言うと座り心地重視っぽく、装飾は最低限。
テーブルもスッキリしたデザインだ。
壁には大きな地図が掛けてありそれ以外の美術品などは皆無。
地図以外の壁のほとんどは書類を整理するための棚と本が並んでいる。
父様は部屋に入ってきた僕に目もくれず、執務机で何かの書類に目を走らせてはサインしていた。
右側の書類の山は左の書類の山の三倍ぐらいの高さがある。サインの終わった書類は右の山に乗せられたから、多い方が終わった書類なのだとわかった。
部屋の中は他に人は居らず先程の女性も外から扉を閉めてくれたので僕と父様の二人きりだ。
「…正式な手順で来るとは珍しいなユリウス。」
次の書類に目を走らせながら父様が声をかけてきた。
初めて入った父様の王宮の執務室に気圧されていた僕は父様の声ではっと我に返った。
「ッ!すみません父様。急ぎで報告したい事があるのでお邪魔しました。」
僕はできるだけ正確に話すために冷静になろうと深呼吸した。
「ああ。リナリアの事だな?」
「ッッッ!!」
そんな僕の意気込みなどお構い無しに父様から驚きの言葉がかけられた。
「簡単な報告は受けている。だが、お前の知っている範囲で詳しく教えてくれ。」
……報告?
一体誰から姉様の事を聞いたんだ!?
僕が驚いて口ごもっていると、書類から顔を上げた父様が僕を見て何かに気付いた。
「……ん?ああ…そうか、まだお前には教えてなかったな。うちの者には常時一人から二人は陰の者を付けている。だからリナリアが誘拐された状況も先程聞いた。」
……陰の者!?
「…という事は僕にもその、誰かが付いているのですか?」
「勿論だ。お前は侯爵家の跡取りだから最低でも三人は付けてある。」
なるほど……だから王宮に来る時も、炊き出しに行く時も、護衛騎士を連れ歩けと言われなかったのか。
……ん?という事は……
「…ではッ、僕よりも父様の方がお詳しいのでは?」
「それを知るために報告を頼んだのだが?」
「あっ……そうですね。」
僕は何故姉様が下町に行ったのかという理由から、どうやって誘拐を知ったのか、ここに来る前にどんな指示を出してきたのかなど、王宮に来るまでの経緯を父様に話した。
「姉様には護衛に今日派遣された冒険者チームのリーダーを同行させていたのですが、彼もどうなったのか…」
僕が疑問に思っていた事をこぼす。
タキは誰も何も残ってなかったと言った。
つまり姉様とタキ少年の妹のラナと一緒に居た冒険者のリーダーのゴルツの三人共を手際良く誘拐したのか。
荒事に慣れている冒険者をそんな簡単に誘拐出来るのか?
いや、それは無理があるよな…
ではゴルツも誘拐犯の仲間なのか?
でも姉様が下町に行くと言い出さねばそもそも誘拐なんて出来なかったハズだし…
「とりあえずその冒険者チームを全員捕獲しろ。そのチームの背後も洗え。」
僕がぐるぐると疑問を考えている内に、父様が僕の背後に向かって命令する。
「ーーはい。」
誰も居なかったハズなのに後ろから返事が聞こえた。
驚いて振り向くと軽装の男性が頭を下げて立っていた。
そして目の前で消えた。
「ェッッッ!?」
「後は……最後にリナリアが訪れた下町の家も調べろ。場所は分かるな?」
「ーーはい。」
また背後から別の声で返事が帰ってきた。
「ユリウス。リナリアが王都から出たのは確かか?」
「あっ…はい。精霊が……僕の精霊とカイン殿下の精霊が同時に教えてくれました。姉様の精霊の気配が感知範囲外に出た…と。」
「そうか……という事はリナリアに付いているもう一人は王都から出ているな…、しばらくは連絡が来んな。」
父様が深く息を吐き額を抑えて椅子にもたれる。その手が微かに震えているのは気のせいでは無いだろう。
父様も、姉様が心配なんだ……
あまりにも冷静にしているからそんな風には見えなかった…
姉様の事とても大事にしてる父様が平静な訳ないよね。
僕が感じてるこんな不安を、父様も抱えているんだ…!
コンコンッ
不安で押しつぶされそうな沈黙が漂う執務室にノックが響いた。
「……どうぞ。」
一呼吸してガラリと雰囲気を戻した父様が入室を許可すると、先程の秘書の女性がワゴンを押して入ってきた。
「失礼します。そろそろ頃合かと思いお茶を持って参りましたが宜しかったですか?」
口調は柔らかいが無表情で彼女がたずねた。
「……ああ、ローザか。相変わらずタイミングを読むのが上手いな。ありがとう。」
父様がにこっと笑って秘書ーーローザ嬢(?)にお茶を頼んだ。
テーブルにお茶の用意をして貰ったので、僕も父様もソファに座りお茶をいただく。
「ユリウス、彼女はローザ。私の秘書だ。」
ひと息ついたタイミングで父様が彼女を紹介してくれた。だが彼女の表情は全然変わらず無表情で、そのまま静かにカーテシーをされた。
そういえば先程廊下で案内してもらった時も人形の様に無表情だったな……
いや、微笑んでる分人形の方が笑顔かも?
「………………ご令息様、先程は御挨拶もせず失礼しました。宰相様のお世話をさせていただいております、ローザと申します。以後よろしくお願いいたします。」
無表情のまま繰り出される柔らかい挨拶の口上に若干脳がバグる。
「あ、…はい。えっと、息子のユリウスです。父がいつもお世話になってます…ん?」
お世話……?
「大丈夫です。公的な部分しかお世話しておりません。」
「ぶはッッッ!!」
……はッ?
「ちょっ……げほっ……ローザッ…ゲホゲホッ……君、突然何言ってるんだ!?」
父様が飲みかけたお茶を吹き出してむせている。
……っていうか、え?彼女今何て言った!?
「……なんとなく空気が重かったので冗談を言ってみましたが……」
「息子に言っていい冗談じゃなかっただろうッ?」
「初回限定ですから。」
……初回限定の冗談って……
「……父様?」
僕は説明を求めて父様を見た。
「ゲホゲホッ……はぁ…ユリウス、父は断じて潔癖だからな!」
「……いやまあ、そこは疑ってはいませんが…えっと……」
いやあの、突然の冗談に僕はついていけません!
というか、一介の秘書にしてはあまりにも気安いというか、大胆というか…
どういう人なんだ?
僕が彼女の言動に戸惑っていると父様が説明してくれた。
「あ〜……彼女は学園の同級生でな。昔からとんでもないタイミングで冗談を言うんだ。もう本当に、どれだけ面倒に巻き込まれた事か……」
「ふふふっ」
無表情で笑うって……器用だな。
「彼女はこれでも三人の子持ちだ。来年一番上の子が結婚するんだったか?」
……ん?
父様の同級生で来年結婚する子供がいる!?
「……ッッッえっ!?」
「とは言っても、私より五つも上だから年回り的にはおかしい話ではないのだが…」
「えッッッ!?」
見た目父様より歳下に見えるのに…上!?
「女性の年齢をバラすなんて恥ずかしいですね。でもおばあちゃんになるのももうすぐよ、ふふっ」
……おめでたい話しなはずなのに表情が動かないからホントか嘘か分からない……
コンコンッ
軽くパニックを起こしていると扉がノックされた。
「サージェスです、閣下。」
「ああ、入ってくれ。」
「失礼します。」
ガチャリと音がして男性が入って来た。
父様より一回り歳上の落ち着いた雰囲気の男性は僕を見て、父様を見て、最後にローザ夫人を見て柔らかく微笑んだ。
「ご来客中でしたか。」
「ああ、構わない。そうだ、紹介しよう。私の息子だ。」
「ユリウス=シャルマーニです。」
「お初にお目にかかります。サージェス=パパンと申します。」
パパン……子爵か。
「サージェスはローザの旦那だ。今日も迎えに来たのだろ?」
父様の言葉に思わず二人を見るとパパン子爵は可愛らしく照れていて、ローザ夫人は……仏頂面になっていた。
仏頂面だが…耳が赤いな…照れてるのかな?
「ローザの表情が変わるのはこの時だけだから、ユリウスは貴重なものが見られたな。」
「ぇぇぇぇぇ……」
仏頂面……貴重なんだ。
「ンンッ…閣下、こちらが今日の報告です。」
咳払いをしてパパン子爵が書類を父様に渡す。
「ありがとう。ああ…明日は少し早めに登城してくれ。」
「ハッ承知しました。」
「では今日はもう帰っていいぞ。」
「ではお先に失礼します。」
「失礼いたします。」
挨拶をしてパパン夫婦は手を繋いで部屋を出ていった。
「……あれは、毎日ですか?」
「ああ、毎日だ。」
「ソウデスカ…」
仲良きことは美しきかな
世の中の夫婦像に色々と衝撃を受け二人が出ていった扉を見つめた。
父様はパパン子爵の報告書を読むと立ち上がり、机の上を片付け始めた。
「ユリウス、帰るぞ。」
「えっ!?あ、はい。」
最後に飲んだお茶セットをワゴンに載せ、廊下に出す。
僕の後から父様が出てきて扉に施錠した。
並んで歩きながら父様をちらっと見る。
夕日に照らされた父様の横顔はとても険しくて、今まで見たことが無い表情だった。
「家に着く頃には何かしらの報告が来ているだろう。ユリウス、犯人を炙り出すぞ。」
そうだ。
父様に相談して終わりじゃないんだ……
姉様、見つけるまで無事にいてっ!
リナリアの安全はリナリアに付いている陰の護衛にかかってますね。
ユリウスは初めて父の仕事部屋に来ました。
父様の同級生、面白すぎるだろ(笑)
どんな学生時代だったのか?
想像するだけで面白い。
(ー_ー)フフッ




