王子の護衛騎士
炊き出し所の二階で、俺は混乱しているお子様三人の話を聞いている。
カイン殿下の護衛になって三年目のアルフレッドは、カイン殿下と辣腕愛妻愛娘家と評判の宰相閣下のご子息にして殿下の従者となったシャルマー二侯爵令息、そして下町の少年タキと並んでソファに座り腕を組んで聞いた話を整理していた。
お嬢様が誘拐された……と。
その情報を聞いて二階の貴族用の部屋で情報共有中だ。
シャルマー二の坊ちゃんは自分の采配にまだ不安が有るのか、俺に助言を求めてきた。
シャルマーニ侯爵令息といえばカイン殿下の一つ年上で、陛下と王太子殿下の御墨付きでカイン殿下の従者になったと言われている。
従者であり御学友というヤツだとこの半年の付き合いで俺は理解していた。
私的な付き合いの時は本当に仲の良い友達……むしろ兄弟に近いやり取りをしている。
カイン殿下の為にもこんな気の置けない関係を持てる相手はとてもいい事ではないかと密かに思っていた。
そんな坊ちゃんがこの非常事態に直面し、自分の采配に不安を抱き、ただ年上と言うだけで護衛騎士の俺に助言を求めるとは……表にはださないが嬉しいものだ。
さて、俺が出来るのは状況整理から分かることを口に出すだけだが……タキ少年が嘘を言う理由も無いから、本当はすぐにでも追いかけなければならないのだが、単独でお坊ちゃんが動くのは有り得ない。俺だったらすぐ馬を借りてでも追いかけるんだがな。
だが俺は殿下の護衛であって、侯爵令嬢の護衛では無い。
侯爵家の護衛騎士でも無い。
だから侯爵令息に俺に対する命令権は無い。
俺的には殿下の御身を第一に考え早急に王宮に帰らねばならない。
だが、帰るにしても侯爵家の馬車で移動しなければならないから一度侯爵家に寄ってから王宮に帰る事になるだろう。
その時に侯爵家の手勢を動かして捜索するのがいいと思う。
王宮に居る宰相には坊ちゃんが直接知らせに行けば良いだろう。
俺がそんなことを言うと、ふむふむと聞いていたお坊っちゃん達は行動を開始した。
やはり十歳そこそこの子供とはいえ、侯爵家の教育は伊達では無いのだな…
自分の思っていた行動予定と俺の話がそこまでかけ離れてなかったらしく、さして疑問を投げられることもなく、姉が誘拐されたという動揺を隠してメイド達に指示を始めた。
行動開始から驚くほど早く俺らは馬車に乗ってシャルマー二邸に向かった。
「……ところで、この平民の少年は何故ここに?」
馬車の中、タキ少年も一緒に座っている事に思わず疑問を投げかける。
少年も座席の上で小さく固まっている。
「ああ、彼の話からするとその誘拐犯の荷馬車が出てきた道には何も残ってなかったと。つまり姉様と行動を共にしていた彼の妹も一緒に連れ去られている可能性が高いんだ。それに、誘拐された現場の周辺も捜索しないといけないからね。彼にはうちの騎士達に同行して現場に案内してもらうつもりだ。」
坊ちゃんの言葉に少年もコクコクと頷く。
「ユリウス、僕は?僕はどうしたらいい?」
真剣な眼差しでカイン殿下がたずねる。
って、何言ってんだ!?
殿下は城でおとなしくしてるの一択だろ?
「カイン…カインは、城で何時も通りの生活をしてて欲しい。」
「何言ってるんだ!?僕も一緒に探すぞッ!!」
それこそ何言ってるんだッッッ!?
アンタ王子なんだぞッ?
そんなにホイホイ出歩けるわけねえだろうがッッッ!!
心の中で盛大に異議を叫んで、怒鳴りたい気持ちを抑えて話の成り行きを見守る。
するとシャルマーニの坊ちゃんが口を開いた。
「聞いてカイン。コレはシャルマー二侯爵家への完全な敵対行為だ。つまりウチの問題だ。父様だって黙ってはいないだろう。だけど、ここに王族が関わると後々厄介な事になるかもしれない。だからカインには普段通り何も無いフリをして過ごして欲しい。」
「うぅぅぅ〜…」
「そうでなくても、この件がウチの弱みになる訳にはいかない。姉様の瑕疵をこれ以上増やす訳にはいかないんだ。」
「……」
「つまり、表向きは何も起こってないという事にしなけれなならない。……カイン殿下、わかっていただけますね?」
シャルマー二侯爵令息は殿下の立場を強調して念押しする。
なかなかどうして、お坊っちゃんだと侮ると大変な目に会いそうだ。
そしてタキ少年は今の会話でカインの正確な身分を知ってさらに固まってしまった。
「でん…か?……でんかって…え?王族?え?王子?が目の前で……座ってる?……いや、マジで?え、そんなの無理無理無理無理……」
真っ青な顔で小声でずっと何か呟いてるが、まぁしょうがない。
「少年。わかってると思うが、ここで見たり知ったり聞いたりした事は口外禁止だ。」
俺がやれることは彼の今後のためにも、ここで知った事を喋らないように脅すことだけだ。
タキ少年は首がもげそうな程首を縦に振った。
もうすぐシャルマーニ邸に到着するというタイミングで馬車の中の雰囲気が変わった。
「……ッユリウス!」
血の気の引いたカイン殿下が突然切羽詰まった声でシャルマーニの坊ちゃんを呼んだ。
「分かってるッ……カイン、顔に…表に出しすぎだ……」
奥歯をかみ、拳を強く握って何かを堪える様に眉を寄せてシャルマーニの坊ちゃんがカイン殿下に注意を送る。
?なんだ?
何があった?
咄嗟に中腰になり剣に手を添え周りを警戒する。
馬車は何事もなく進んでいるし、誰かが接近して来る様子も無い。平民の少年は突然の緊張感についてこれずにうろたえてキョロキョロ目を走らせている。
カイン殿下の突然の動揺の理由を、全く同時に坊ちゃんも理解している様に見える。
同時に理解……?
特に何か話した訳でもない。
カイン殿下が息を飲んだ瞬間、坊ちゃんも何かに耐えるように強ばっていた。
二人だけに何かが聞こえたかのように……
俺は王子が五つになった年に王子の護衛騎士に任命された。
俺が初めて殿下と庭を散歩した時、こっそりと殿下から教えて貰ったことがある。
「アルフレッド、内緒の話だよ!あのね…僕小さい友達が居るんだ!」
言われた時は子供の妄想だと思った。
ハイハイそーですか良かったですねと、表面上だけの愛想のいい受け答えをして話を合わせていた。
その本当の意味に気付いたのは、殿下の異常な速さの移動力を目の当たりにした時だ。
その日は護衛騎士として殿下の少し後ろに控えて庭を散歩していた。
初めての護衛に程よく緊張し、殿下の動き方や興味の方向性に周囲の警戒と、色々な所に注意を向けながら歩いていた。
カイン殿下は王族には珍しく動植物に子供らしい興味を持たれる方だった。
虫とか、虫とか、虫だ。
王宮の奥、奥宮の庭には大きな池があり、それなりに水性生物が住み着いてるのは見てとれた。
だから散歩中、次はあの岩辺りに向かうかも?と、予測はしていた。
だが瞬きしたその瞬間にカイン殿下が十歩以上先の岩に飛びついた時、何が起こったのか分からず呆然と立ち尽くしてしまった。
「アルフレッドッ!!見て見て!今年初めてのカエルだ!うわぁ可愛いなあ!」
カイン殿下のそのあまりにも普通な言葉に我に返り、急いで側まで走り寄った。
「ほらっ見てよ!」
「殿下っ!今ッ!今どうやってここまで移動したんですかッッ!?」
嬉しそうに手のひらに乗せたカエルを見せてくれる殿下に俺は勢い込んで今何をしたのか尋ねた。
「え?頼んだんだよ?」
何を当然なことを?とでも言いたげにカイン殿下が答える。
「…頼んだ?どなたにですか?」
俺がキョロキョロしながら問いを重ねると、殿下は内緒話をするように口に手を当て、
「だから、僕の小さなお友達だよ!アルフレッドには教えたでしょ?」
と、小声で俺に言った。
小さなお友達
噂でなら聞いたことがある。
この国では稀に精霊が憑いてる子供が居ると。
だが噂は有るが実際に居るかと聞かれたら居ないと答えるくらいは未確認情報だと言うのが俺たちの共通認識だ。
身近に居ないし、見たこともない。
だが、今の殿下の動きはどうだ?
とても説明がつかない。
毎日鍛錬してそれなりに身体能力に自信のある俺が瞬き一つで見失う動きなんて……
小さなお友達……精霊の手助け……か。
なるほど。
コレは存在が秘匿される訳だ。
俺はカイン殿下と同じタイミングでの意味不明な理解を見せたシャルマーニの坊ちゃんもカイン殿下と同じ、小さなお友達が居るのかもしれないと推測した。
まさか、……そういう事なのか!?
クソッ!
口外禁止事項がまた増えやがったッッッ!
王族の護衛騎士になった時から覚悟はしていたが、気軽に話せない事柄が増えていく。
カイン殿下が何とか表情を取り繕った頃、馬車は侯爵邸に到着した。
坊ちゃんがタキ少年を連れて馬車から降り、エントランスで出迎えた家令に大まかな事情を話し指示を出して行く。
その内容に躊躇いもなく頷く家令。
数分で指示を出し終えた坊ちゃんはまた馬車に乗ってきた。
タキ少年は家令の横に立っている。
焦りをグッと我慢している表情に好感を持った。
ああいう子供は鍛えがいが有るよな…
そんな埒もない事を考えてるうちに馬車は侯爵邸を後にした。
馬車の中にはカイン殿下とシャルマーニ侯爵令息と護衛騎士の俺。
坊ちゃんが深呼吸をして息を吐くと口を開いた。
「カイン、姉様はおそらく王都から出た。」
「ッ!?……気配が分からなくなったとは聞いたけど、出たのか!?」
「ああ、だからウチの者に王都の全ての門に行ってこの時間に出ていった者を調べるように手配した。」
「王都から出るなんて……どこ行ったかまるで分からないじゃないかッ!」
「だが、じきに日が沈む。今日中にはそこまで遠くには行けないだろう。」
「リナリア……大丈夫だろうか……」
「分からない……」
「ユリウスはなんでそんなに落ち着いてられるんだッ!?」
「落ち着いなんていないッ!僕だって今すぐにでも走って行きたいんだ!」
静かに座っていた坊ちゃんが語気を強めて叫ぶ。
「だがそれはもう指示してきた。次に僕がするのは父様に報告して指示を仰ぐことだ。」
なかなかどうして。
十歳そこそこの子供とは思えない程の自制心と状況把握能力だ。
なるほど、 カイン殿下の従者兼学友に据えられるだけの能力はある。
だが、誘拐されたご令嬢は王都の外に出ただと?
どうやって探し出すのか俺には見当も付かんが、それが分かっただけでも無駄な捜索に人手を割かなくて済むな……
「アルフレッド」
坊ちゃん達の会話から事情を勝手に推測していたら、カイン殿下に呼ばれた。
「はッ。なんでしょうか。」
「聞いていたから分かると思うが、ユリウスも僕と同じで、精霊が居る。口外禁止だ。」
「了解しました。」
前も思ったんだが……勝手に暴露しといて人に枷を嵌めるのやめて欲しいんだが……
言えないな……ハァ…
その後馬車の中ではユリウスから連絡するまで、この誘拐の話は王族の誰にも言ってはいけないと念を押され、この件が解決するまで登城出来ないからという事を話し合っているうちに馬車は奥宮に到着した。
今回はカインの護衛騎士視点で書いてみました。
カインやユリウスの焦燥感と対照的に、アルフレッドは立場が違うためか1歩引いて事態を見ています。




