誘拐 少女の事情
私の名前はラナ。
今、貴族のお嬢様に連れられて下町の子供の居る家に案内させられている。
炊き出しに来た子供の名前のリストを見せて貰ったら、知ってる子が何人か抜けていた。
ピコちゃんもそのうちの一人だった。
つまり今日の炊き出しに来れていないのだ。
私が知っているその子達の家の場所は少しだが、ピコちゃんの家は分かる。場所も比較的近くだ。
ピコちゃん、あんなに炊き出し楽しみにしてるのにどうしたんだろ?
病気かな…まだ小さいのに。
ピコちゃんの暮らしてる家は一軒家の三階の一部屋でほぼ屋根裏に近い。炊事場やトイレ、浴室は共同で一階に有り、大家が管理している。
隣の部屋は他人が住んでるのだ。
まるで宿屋のようだ。
あまりうるさくすると怒られるので冒険者のゴルツさんには玄関の所で待っててもらい、お嬢様と二人で三階まで上がる。
伝染る病気だといけないからマフラーを鼻上まで引き上げる。
冬だし、飛沫感染が怖いのは知ってるから。
お嬢様にも鼻と口をガードしてもらおうと振り向いたら既に蛇腹式の耳に掛けるタイプのマスクをしていた。
この国でマスクなんて見たことないのに…それとも貴族間では当たり前なのかしら?
なんとなく引っかかるものを感じ思わずじっと見てしまう。
私の視線に気付いたのかお嬢様がニコッと笑って、
「マスクよ。念の為鼻と口を守ろうと思って。コレ、私の手作りなの。」
と言った。
手作りときたか。
もしかして彼女は……いや、まだ分からないわ。
私も布と糸が有れば作りたいとは思ってた。
貧富の差を思わず噛み締めてしまった。
ピコちゃんは少し咳をしていた。
だが思ってたよりもピコちゃんは元気そうだ。
炊き出しに来れなかった理由は、ピコちゃんよりもお母さんの具合の方が悪かったからだった。
お嬢様はこんなことしか出来なくて申し訳ないと、謝りながら干し肉とパンの入った袋を三袋渡していた。
ピコちゃんのお母さんは震える手で食べ物を受け取って涙を流しながら何度もお礼を言っていた。
病だというだけでも医者にもかかれず薬すら手に入れられない。明日どうなるか分からないのに、働けないと食べ物を買うことも出来ない。最悪、親子二人共餓死ーーなんていう結果もきっと頭を過ぎっていたのだろう。
下町の住人は大体が貧しくその日暮らしの人が多い。
そしてお金があっても、ピコちゃん一人で買い物をするのは、もう少し大きくならないと危なすぎる。
この親子にとってお嬢様は本当の救いとなったと思う。
来週は一緒にご馳走食べようね!と励まして私たちは玄関に降りてきた。
「お嬢様は、マスクを持ってきていたんですね。」
「冬だしね。一応持ってきてたの。」
私が話しかけるとはにかんだ顔で答えてくれた。
蛇腹式のマスクは効率的な構造で簡単に作れる事は知っていたーーー前世の知識で。
私はこの世界を含め、もうずっと、色々な世界に転生を繰り返していた。
性別も女だったり男だったり……
世界も次元も時代もバラバラ。
共通するのは必ず知的生命体だったって事だけ。
何度生まれ変わっても記憶がリセットされないのだ。
もう慣れたが、一人の人生を全うして目を閉じても、朝起きて一日が始まるように次の人生が始まるのだ。
今まで例外なくゼロ歳児スタートだ。
この世界もこれで何度目だろう?
何回か前の人生の時に友人だったヤツとこの国を興した覚えがある。
その時はとても楽しかった。
国を作ることに夢中になれたからというのもある。それまでの記憶を活用してかなり頑張った。自分は王には向かないから友に押し付けて参謀的な立ち位置で。
だからその時の興した国がまだ存続しているのは正直とても感動した。
だが、直前に生きていた前世がここよりも遥かに近代的な文明の世界だった。
そこからのこの世界だ。
なんというか、文明の差にガッカリ感が凄かった。
前世では本当に色んな知識を得ることが出来た。
未だかつて無いほど進んだ文明社会だったから、全てがもとても楽しい人生だったと覚えている。
今世ではそんなちょっとしたがっかりを感じながらも、農村で父と母と兄の四人で幸せな生活を送って行くんだと思っていた。
でもその生活は私が歩き回れる様になる頃までしか続かなかった。
父が亡くなった。
母はまだ小さな私達を育てるために必死で働いてくれた。
そして頑張りすぎた母も病で死んでしまった。
幼いながらも何とか今までの知識を活かして生活を助けようと頑張ったが、身体の未熟さは知識だけではなんともならなかった。
もどかしさと無力感に号泣する私を、兄が落ち着くまでぎゅっと抱きしめてくれた。
何日かして国から役人が来て兄と二人、王都に居る叔父の元に引き取られた。
昔、私が制定した法律はきちんと活きていた。少しくすぐったいような誇らしい気持ちになった。あの法は間違いではなかったと思った。
だがすぐに後悔した。
そうか、急に子供を押し付けられたら困るに決まっているよな……。
叔父に暴力を振るわれながらあの時の自分に待ったをかけたくなった。
酔っぱらいの暴力は早々に抵抗を辞めて気絶した振りをして、最小限に抑えた。
あと三年…何とかしないと……
最悪、春を売る仕事を押し付けられそうだ。
お嬢様と歩きながら色々な質問をされた。
どんな暮らしをしてるのか。
毎日何を食べているのか。
両親は?今の保護者は?
将来何をしたいのか?
このお嬢様……。
言動が時々怪しいのよね。
貴族らしくないし、前回の編み物も前世ではよく見たけどこちらでは見た事ない。
マスクもだ。
前世では普通にありふれていた。
……もう少し確証が有れば、もっと踏み込んで聞きたい気もする。
お嬢様は前世の記憶がありますね?って。
だがこちらは平民、あちらは貴族だ。
今、並んで歩いて、普通に喋っているこの状態は不敬罪って言われたらギリギリアウトだ…
だが、叔父との生活をあと三年もやり過ごすのはかなり厳しいと思う。何とかこの生活から助け出して貰うための交渉材料を見つけて、貴族の権力で叔父から離れる手助けをしてもらいたい。
一応それとなく酷い扱いを受けていると話してみると案の定ガッツリ同情してくれた。
だが同情するだけだ。
貴族教育め……
何かもう一押し無いものか……
「お嬢様、こちらの通りの奥に俺の知り合いのガキが居るんですが、ソイツにもひと袋恵んじゃ貰えやせんかね?」
三軒回ったところで護衛に付いてきていたゴルツがそう言った。
「まあ!病気なの?」
「ええ、まあそんな感じで…ホントは仕事終わりに余分に貰おうと思ってたんッスが、お嬢様が配るって言ってくれやしたんで寄ってもらえるかな~っと…へへっ」
「もう、だから配れば良いって言ったのね?最初からちゃんと言えばいいのに。」
「いやいや、俺ら平民がお貴族様にそんな事言えないっすよ!」
慌てながら身体を縮こめる強面のマッチョ…ゴルツさんを冷ややかに眺める。
いや、言ったんだろ?
だからお嬢様がこうやって下町歩いてるんじゃない。
ゴルツさんの案内でその家の前に着く。
随分面倒な場所に玄関があると思った。
だって路地は狭いし、手前は倉庫か商店の裏口なのか、荷馬車が停まっていてほぼ通路を塞いでいる。
ゴルツが家の戸を叩くと目付きの悪い男が戸を開けた。
「よう!俺だ。アイツの具合はどうだ?」
ゴルツが声を掛けると目付きの悪い男が小声でボソボソっと返事を返したが、私達には小声すぎて聞き取れなかった。そして戸を大きく開けたから、中に入れという意味だと思った。
簡素な部屋にはベッドと机、イスが一つ置いてあるだけであまり生活感が無い感じだ。
子供は顔色も悪く、私達が入ってきても起きる気配もない。
熱が有れば呼吸が荒くなり、頬の赤みが増す。
気管支や咽頭が炎症すれば呼吸音に異音が混ざったり、咳が出たりするだろう。
具合は悪そうだが……
パッと見なんの病気か分からない。
子供の様子から病気の特定をしようと集中して観察していると、目付きの悪い男がコップに水を入れて出してくれた。
「気が利くじゃねえか!結構歩いてて喉がカラカラだったんだよな!ささ、お嬢様方も遠慮なくどうぞ!って言ってもただの水ですがね!」
そう言ってゴルツはグビっと一息にコップの中身をあおった。
「そうね、せっかくだしいただくわ。」
そう言ってお嬢様はなんの躊躇いもなくマスクを外して飲み始めた。
私は色々気になる事が有りすぎて口をつけるフリだけして飲み込むのはやめた。
何か、チリチリとした気配を肌に感じるのだ。
ココは良くない。
そんな気がする。
干し肉とパンの袋を男に渡し、家から出ると積荷を整理しているらしい男達が居た。
お貴族様が通るのに今から作業?
そんな疑問を持った時、前を歩いていたお嬢様がフラついた。
「リナ様、だい…うっっっ……」
…じょうぶ?と尋ねようとして言葉が途切れた。
背中に経験したことの無い衝撃が走った。
「あ…ら?……なんか…」
お嬢様がそう呟いた時、ゆっくりと身体が傾いていく。
私は自分が思いっきり地面に突き倒されたとわかったが、直ぐに積荷のそばに居た男に背中を踏みつけられた。
「ウグッッッッッ……」
肺の空気が強制的に吐き出される。
息がっ……出来…ない…!?
そう思った直後、意識を手放した。
閉じていく視界に袋を被せられるお嬢様を見た気がした。




