下町に行こう
王都の中心近く。
大きな屋敷の贅を凝らした部屋。
ストーブの他に暖炉にも赤々と火がおこされ、部屋は暖かく過ごしやすく保たれている。
その暖炉の前には、オットマンに足を乗せ埋もれるようにソファーでうたた寝をしている老人がいた。
暖炉の揺れる明かりに晒された顔や手の皺は深く、長く伸びた眉毛で閉じた瞳は隠れている。
後ろに撫でつけられた頭髪も長い眉も顎から伸びた髭も在りし日の色を失い、ほぼ白い色になっている。
コンコンッとノックされた音にうっそリと瞼を持ち上げ、大きく息を吸うと唸るように許可を出す。
「失礼します。お爺様、お休み中でしたか?」
扉を開けて入って来たのは少年。
この老人にとっては目に入れても痛くない程可愛くて仕方のない大事な孫だ。
「おお、おお。よう来たよう来た。外は寒かったろう?ほら火のそばで座りなさい。」
孫の声を聞き、相好を崩し猫なで声をかける老人。少年はその傍らに寄ってシワだらけの手を両手で包んだ。
「新年の寿ぎを申し上げますお爺様。お久しぶりです。お元気でしたか?」
微笑みながら挨拶をすると老人は沈んでいたソファーから身体を起こし、空いた方の手で孫の肩を撫でながら応えた。
「寒いとあちこち響くがな…こうして気遣ってくれる孫の顔を見ると元気になるというものよ。」
「毎日来られずすみません。」
「なになに、若者は忙しいからの。たまに来てくれるだけでじじいには嬉しいものじゃて。」
老人の言葉に嬉しげに頷きながら少年はソファーの横に膝を付き、老人の手に自分の頭を預けて老人を見上げる。
「ねぇお爺様。僕、欲しいものができてしまったんです。」
さながらペットが飼い主に甘える様に少年は老人に微笑む。
「ほうほう……なんでも叶えてやろうぞ。言うてみい。」
相好を崩しながら老人が簡単に請け負う。
「僕、先日の雪の日に、雪に遊ぶ銀色をまとったアメジストを見たんです。とても綺麗で絶対僕の物にしたくなったんですが……でもそれはもう他人の物で……」
少年は悲しげに瞳を半分伏せながら言葉を紡ぐ。
「ふんっ…ならば交渉してやろうではないか。」
交渉という名の脅しで手に入らぬ物は何も無いと言葉の裏に隠れている。
老人の瞳が獰猛に眇められる。
「それがとても難しい相手で……だから少し搦手でいこうと思ってるんです。」
「ほう?」
「なのでお爺様。少しお力を貸していただけませんか?」
悲しげな表情から一変。
少年は獲物を狙う肉食獣のごとき鋭い眼光を両目に光らせてうっそりと笑った。
「……ほぅ…ふふ、お前もそういう年頃になったのだな。……くくくっ、良いだろう。ワシがお前の望みを叶えるために協力してやろうぞ。」
それまでの無邪気な様子からガラリと変わった少年の雰囲気に、好々爺の相好をこちらもガラリと変えて老人が満足そうにほくそ笑む。
「ありがとうございます。では……」
少年が老人の屋敷から去ってから、老人のお使いが方々に散っていった。
子供達と作業しながらもどこか上の空のリナリアにお皿を洗っていた子供が話しかけた。
「お嬢様 、それ、今洗い終わった皿ですよ?」
リナリアは洗い終わって水切り中の皿をまた洗い桶に入れかけていた。
「え?……あらっやだ、ごめんなさい。私ったらもう〜ボケてるわね〜。」
ハッとして手に持っていた皿を見て謝る貴族令嬢。
下町の子供にそんな気安い言動なんて、変わったお貴族様だわ…
お嬢様の横で皿を拭きながらラナは驚いていた。
今日はせっかくの炊き出し日だと言うのに叔父さんの機嫌が悪く、次から次に用事を言いつけられいつ炊き出しに行けれるのかと泣きそうな気分になっていたが、兄のタキがタイミングを見てこっそり送り出してくれた。
その兄もすぐ行くからと言っていたが、まだ来ない。
やっぱり叔父さんに怒られてまた殴られているのかもしれない…
そう思うと、いつも叔父さんから庇ってくれる兄にありがたくも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
しかも今日は時間がズレたせいか、ピコちゃんにも会えなかった。
今日は以前見た綺麗な顔の天使なお貴族様が、またお声をかけてくれながらパンを配ってくれた!この喜びをピコちゃんと分け合いたかったのに……
しかも前回マフラーを貰った時、兄が浮かれまくっていた憧れのお嬢様が私の横に居てお皿を運んでいる。
兄が来るまでは皿洗いでも皿拭きでも手伝うつもりで居るのだが、なかなか現れない兄のことを思うと綺麗なお貴族様の横でついため息をついてしまう。
「「はぁ……」」
リナリアとラナのため息が重なった。
重なったため息に気付いてお嬢様の顔を見ると目が合った。あまりにも揃ったため息に思わず吹き出してしまった。
それはどうやらお嬢様の方も同じだったらしく、笑い出すのも同時だった。
「あはは、やだ、シンクロしちゃった〜」
「ははは、ほんとに同時でしたね!」
声に出して笑ったせいか少し肩の力が抜けた。
「あなた、確か前回の時に私のマフラー貰ってくれた子だよね?猫耳帽子の小さな女の子と緑のシンプルマフラーの男の子と一緒に居た……」
「あ、はい。そうです!え、覚えてるんですか?」
お嬢様は前回の炊き出しで少し言葉を交わした平民の私を覚えていた。
とてもびっくりである。
「そうねえ、全員は無理だけどあなた達は私の作った物を選んで持って行ってくれたから覚えてるわよ!嬉しかったもの。」
「そんなっ!こちらこそ、とても嬉しかったです!あのマフラーのおかげで今年の冬はとても暖かいです!兄なんてホントに毎日大事に使ってるんですよ!」
「そう!嬉しいわ。あなたお名前は?」
「あ、私はラナと言います。」
「ラナ…ラナちゃん、と呼んでもいいかしら?」
「っ!?光栄です!嬉しいです!」
「ふふっそんなに緊張しないで。私のことはリナでいいわよ。」
「リナ……様。」
「ええ。で、ラナちゃんはなんでため息をついてたの?」
平民に気安くお名前を略称で呼ばせてくれるお嬢様にどこまで言っていいものか迷ったが、聞き上手なのか気づいたら洗いざらい喋ってしまっていた。
「血の繋がった相手とはいえ、そんな酷い人間しか保護者が居ないなんて……」
痛ましそうに同情してくれる。
ああ、大抵の人はそれで終わり。
同情はしてくれるが、それ以上どうしようもないのだ。
「あと数年、我慢すれば兄が冒険者登録できるので、そうすれば兄と二人で出ていく予定です。」
こっそり二人で計画していた事までつい話してしまった。
「えッ!?…でもそんな未成年二人じゃ、住むところも大変じゃないの?」
そんな事はもう何回も兄に言った。
正直こんな子供二人で生きていくなんて無謀だと思う。
「でも、本当はもう一日だって叔父さんの家には居たくないんです。」
ぎゅっと目をつむって泣きそうになる気持ちを落ち着かせる。
「……そうなのね。」
リナ様は一言だけ相槌を打って、沈んだ表情をした。
「あっ!…そのっ、私の話はしたので次はリナ様のため息の理由を教えてくださいっ!」
沈んだ表情のリナ様を見て慌てた私は、暗くなった雰囲気を変えるために何とか別の話題を…と思ってため息の理由をたずねたのだが、言ってからしまった!と、後悔した。
お貴族様の悩みなんて平民の私に言うわけないじゃない……。
だがそんな私の後悔なんて全然関係なかった。
「ラナちゃん聞いてくれる?今日の炊き出しに来てる子供の数がなんだか少ないのよ!その事を冒険者の方に言ったら、『冬だから子供は病にかかってるか死んでるんじゃないか』って言うのよ!現実として下町でそういう状況でも仕方ないって思うけど…思うけどっっっ!なんかモヤッとするのよ〜っ!!」
リナ様はすごい勢いで話してくれたが、あまりの勢いに話の内容が入ってこない。
なんだろう……
お貴族様とか平民とか……
リナ様にはあまり関係ないのかしら…
話の内容が入って来ないのに全然違うことを考えてしまっていると、リナ様の話はさらに続いていて…
「…だかね、やっぱり実際に見てみないとって思うのよ!ラナちゃんもそう思うよね?」
強く同意を求められた。
「……は 、え?」
聞き返したつもりだったのだが、どうやら伝わってない。
「うん。やっぱりこのままここでモヤモヤしてるより実際に見てみるべきよね!百聞は一見にしかずって言うし!」
「百……?」
いや、何ですかその言葉。
学が無いからリナ様の言葉が分かりません。
「うん。そうと決まれば善は急げよッ!ラナちゃん、一緒に来てちょうだい!」
そう言ってリナ様は私の手を取ってずんずん奥に歩いていく。
「ねえユリウス、ちょっと話があるの。」
リナ様に手を引かれて行くと、そこには休憩中のお坊ちゃまが居た。
アッシュブロンドのサラサラとした髪
アイスブルーの瞳は下町では見ない知性と優しさを含んでリナ様を見上げている。
「どうしたの?姉様。」
整った容姿に柔らかい微笑みを浮かべてお坊ちゃまはこちらを見た。
私に笑いかけてくれた訳じゃないけど、顔に熱が集まってくる。
「やっぱり子供達に携帯食配ってくるわ!」
リナ様の言葉にお坊ちゃまの笑顔から暖かさが消えていく。
表情は変わらないのに…こ、怖い……
「姉様……僕、さっきダメって言ったよね?」
なんだ、一度ちゃんとダメって言われてたのか。
と言うか、このお嬢様本気で下町の子供の様子を見に行く気なの!?
ラナがギョッとしてリナを凝視する。
「でも、体調も悪くて、お腹も空かせて、来週まで炊き出しは無いのよ?治るかもしれないのに栄養不足で死んじゃうかもしれないって思うと、モヤモヤするのよ!」
リナ様は冷やかしで行きたい訳ではなく、真剣に子供の事を思っているようだ。
「それでも、下町に行かせるわけに行かないよ。第一に子供が何処にいるかも分からないだろ?」
「フフン、そのためのラナちゃんよッ!」
真剣な顔のお坊ちゃまもかっこいい…と思っていたら急に自分の名が出てきて我に返る。
「…え?」
「一緒に行ってくれるよね?」
「えっえっ…」
「女の子二人で下町なんてダメに決まってるじゃないか!」
お坊ちゃまの言葉はド正論だ。
だが、ラナは一人でも一応歩き回れる位は下町を知っている。
「むぅ〜……じゃあ冒険者の方一人、護衛に付いてきてもらう!」
リナ様も食い下がるなあ……
結局リナ様の粘り勝ちで、お坊ちゃまから下町歩きを許可して貰った。
リナ様は数人分の保存食を持って、下町出身だという冒険者パーティのリーダー、ゴルツに護衛を頼み、意気揚々と外に出て行ってしまった。
私はあとから来るはずの兄のために伝言を頼んでリナ様について行った。
物語の中は真冬ですが、リアルでは夏真っ盛り!
温度感を間違えないように書かねば(汗)




