新年の炊き出し
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新しい年になり、新年会ラッシュも落ち着いてきた。
我が家は侯爵家なので多くの招待状が届く。
だが父は宰相でもあるので年末年始はほぼ王宮で缶詰め状態。
なので招待されても行けるわけが無い。
送り主もそれは分かっているので、まあ、形式的に送ってきているといった感じだ。
宰相である父様は、年末に入ってきた情報をまとめたものを確認したり、地方の領主が帰る前に通さねばならない案件や依頼を確認したりと、諸々の案件を把握しておかなければならないので、社交シーズンはとても忙しくしているから身内の新年会以外はいつも丁重にお断りしている。
ただし、どうしても断れない所だけは母様と顔を出しに行くみたいだ。
父様の仕事ぶりを良く見るようになって最近分かったことは、年中で今が一番忙しい時期ではないのだろうかということだ。
そんな忙しさがシャルマー二侯爵家を席巻している最中に、炊き出しの順が回ってきた。
例年ならもう少し後で回ってくるはずだったのだが、うちの前と前の前と前の前の前の三家がどうしても都合が悪いという事で、いつもより少し早いタイミングで順番が回ってきたのだ。
「父様安心して!私達が居るじゃない!」
久々に帰ってきた父様と食後のサロンで、父様を囲んで家族四人でカードを楽しんでる最中、父様がポロリとこぼした案件に、姉様が笑顔で答えた。
「前回みたいにやれば良いのよね?大丈夫!私達に任せて、父様!!」
やる気になってる姉様は止められない。
こうして僕の人生二度目の炊き出しが決まった。
「カインは参加しなくてもよかったんじゃ…?」
前回同様朝イチに侯爵邸に来たカインに疑問を投げかけてしまう。
「せっかく市井の生活が見れるチャンスなんだ!来るに決まってるだろう?」
今日も地味目なカツラを被って変装しているカインはウキウキとしながら答えた。
「それにずっーと王宮から出られなかったんだ。ココにも来たかったのに。」
ぷんッと頬を膨らませてカインが言った。
年末のお茶会から王宮に登城する貴族が増え、王都にも地方から来る貴族の従者や使用人が増え、王都にやって来た人相手に商売をしようと近郊の商人がやって来て…と、本当にこの社交シーズン中の王都は人口が倍増どころか何倍にもなる。市街地などは余程の悪天候時以外はちょっとしたお祭り状態になっている。
王城の中も地方貴族が増えるので、王宮馬車もひっきりなしに入ってきては出て行く。
奥宮以外の王宮も貴族街もいつもより行き交う人が多く、警備もいつもより手薄になりやすい為カインはずっと奥宮から出ないように言われていた。
ユリウスが登城するのはいつも通りだったが同じ理由で剣術の稽古も室内でしか出来ず、警備の関係上、週に一度のカインのシャルマー二邸の訪問も休止されていた。
そうでなくてもカインと姉様が顔を合わせたのは、母様から接触禁止宣言を受けて以降、王宮のお茶会に行ったあの日以来であった。
「そういえば、カイン殿下。フローレンス様とのご婚約が正式にお決まりになりましたのね。おめでとうございます。」
「ありがとう。」
姉様の言葉にほんのり頬を染めてお礼を言うカイン。
新年の国王陛下からの言葉の中で、カインとベルアーニャ嬢の正式な婚約発表があったのだ。
「っていうか、今日の僕はリナリアの弟だからそんな硬い言い方はやめてよ。」
「ふふふ。」
照れ隠しか、言葉を崩すカインに淑女の笑いで返す姉様。
今は炊き出し所に向かう馬車の中。
座っているのは僕と姉様とカイン…とカインの護衛のアルフレッドだ。
アルフレッドはカインの護衛だが、前回の炊き出しの時同様地味な変装をして来ている。
アルフレッドは心得ているのか、僕らのこうした気安い言葉のやり取りも黙って聞き流してくれていた。
警備上の不安から本当なら今日も炊き出しにこっそり紛れるなんて許されないハズだったのだが、カインが頑張って説得した。
王妃殿下と王太子妃殿下はカインが世間を見知る事に賛成らしく、僕と一緒ならと、国王陛下初め、王太子殿下や近衛騎士長を一緒に説得してくれたらしい。
僕への信頼が重すぎる…
炊き出しをする建物に着くと、前回同様管理人の老人が出迎えてくれた。
「お、おはようございます。ほ、本日は、侯爵家の皆様におかれましては、寒い中、ご慈悲を賜り、ありがとうございます。こ、こちらが本日の手伝いをする者達でございます。」
老人ーー確かマシュといったか、相変わらず緊張しながら僕らに挨拶をした。そしてマシュの後ろに控えていた冒険者達を紹介した。
「お初にお目にかかります。パーティ名『黒き蜂』のリーダーのゴルツです。」
ゴルツと名乗った冒険者はとても短く刈り込んだ薄茶の髪に額当てをした筋骨隆々とした体格の、いかにも冒険者という感じの男だ。
脳みそまで筋肉でできてます!
と言わんばかりの体格に若干気圧されながらも、僕はうなづくことで答えた。
黒き蜂のメンバーは全員筋肉ムキムキな男性パーティらしく、こんな真冬の最中なのにとても軽装…いや、ほぼ防具のみの出で立ちでこれでもかと筋肉を誇示していた。
「…寒くないのかしら…?」
ポつりと呟いた姉様の言葉にカインと二人で激しく同意してしまった。
前回と同じくエプロンを掛けてパンを配ったり、食べ終わった食器を受け取ったりしながら民と直接言葉を交わす。
受け渡しは窓際で行われるので、当たり前だがとても寒い。
開いたままの窓から侵入してくる冷気が足の先を痺れさせていく。
普段剣術の稽古でもないのにこんな長時間外気に晒させれて動かずにいることは無いので、ついつい足をモゾモゾしてしまう。
カインをちらっと見ると、顔は笑っているが足先はモゾモゾしている。
一緒だな、と思わず笑がこぼれてしまった。
昼休憩の時に姉様が湯を張ったたらいを用意してもらっていた。
「さあ貴方たち。靴と靴下を脱いでここに足を入れなさい!」
そう言って自分も椅子を持ってきて裸足になり、スカートを膝上までまくって足を湯の中に入れた。
「ちょっっ!姉様!はしたないよ!」
僕がびっくりしてたしなめるが、姉様の溜息に掻き消される。
「んんん…はぁぁぁぁ〜〜〜……あ〜最高ぉ〜
ぉ…」
ちょっっっっっとおぉぉぉ!
姉様!なんて声出すのっっっ!!
淑女らしからぬ姉様の気の抜けた声と緩んだ顔に焦る僕。
真っ赤な顔でギョッとするカイン。
慌ててタオルを膝にかけるメイド。
だが姉様はお構い無しに僕らを急かす。
「ほらほら、貴方たちも早く足を入れなさい。気持ちいいから!あ、全員足入れたら少し汲み出して熱いお湯を少し足してね。」
後半は横にいたメイドに向けて指示している。
今更姉様のやる事に文句を言っても仕方ないので、僕らも裸足になり足を入れた。
「ッッッ!?」
「っっん…はぁぁぁぁ〜」
ヤバい。
何がヤバいって、冷たく冷えた足先が少し熱めのお湯に入った瞬間、ジーンとくる痺れ。
その痺れが解けた端から温かな熱が広がってゆく。
これはお風呂に入った時のように緊張がほぐれていく!
はぁ〜っ...と息が出る。
気持ちいい……!
カインを見ると姉様同様緩んだ顔で背もたれに倒れかかっている。
「なんて…気持ちいいのだ……」
ほう…っと息をつきながら呟いている。
だが、よくわかる。
もうここから足を出せれないのではないかと思うほど、気持ちいいのだ。
「ふふっ…ね、気持ちいいでしょ?」
「「うん。」」
「温泉だともっと気持ちいいけど、こんなに冷えた日ならこれでも十分よね。」
気持ちよさに浸る僕らを微笑ましく見ながら言った。
「でも、この足湯も贅沢なのよね…。頼めばお湯を用意してもらえる私たちは良いけど、日々の暖を取るのも難しいスラムの人達は、この寒さの中炊き出しの食事も外で食べてる。」
姉様は少し悲しげに言葉を続けた。
「……そうだね。」
「大人はね…しょうがないと思うの。でも子供達の人生はまだこれからじゃない?何とかしてあげたいって思うのよね。」
「子供達か…たしかにここで生まれたってだけだものな。」
「…前の私の国はね、六歳から十五歳までは学校で勉強する義務があったの。全員よ。だから国民全員読み書き計算は出来るのが当たり前だった。」
「……」
「ここの子達も勉強が出来たら将来が変わるかもしれないわね。」
「リナリア、それは…」
ハッとした顔でカインが姉様を見た。
その反応を見て姉様はにっと笑って、
「まあ、それでも貧富の差はあったから、勉強だけが全てでは無いけどね。さあ、あと一息頑張りましょう!」
明るく締めくくって足を湯から引き上げた。
僕も足を上げて、控えていたメイドに拭いて貰っていたら、姉様が膝にかけられたタオルで自分で足を拭き出した。
仕事が出来ずうろたえるメイドに、
「自分で出来るから大丈夫よ。」
と言って姉様はササッと足を拭いた。
自分で足を拭く姉様に唖然とした顔でカインが問いかけた。
「リナリア、自分で拭くのか?何故やってもらわないのだ?」
「え?だって足くらい自分で拭けるじゃない?それに学園に入ったら全部自分でやるのよ?今から練習しないとね!」
そう言って姉様はとても慣れた手付きで靴下と靴を履いた。
「な、なるほど……」
カインはうむむっと唸って、
「僕にもタオルを」
と言ってメイドに手を差し出した。
タオルを受け取って足を拭き出したカインは、やはり上手くはいかず椅子からずり落ちそうになる。
「あぶない!」
メイドと姉様が傾いたカインを支える。
「え?」
支えられた本人はそんな自分の体勢すら気づかないほどタオルと格闘していた。
生まれて初めて自分でやったのだ。よほど集中していたに違いない。
「ふふっカインったら慣れてないのにそんな不安定な椅子の上でやったら危ないじゃない。しょうがないわねお姉様がやってあげるわ。」
クスクス笑いながら姉様がカインの前に座りタオルで丁寧に足を拭いて靴下と靴を履かせた。
……ハッ!?
僕も姉様にやってもらえば良かった!
ーーーいやいやいやいや!
そうじゃない、そうじゃない!!
一瞬とんでもない事を思ってしまい焦る。
「……あり、がとう。」
真っ赤になりながらカインは姉様にお礼を言った。だがどうもムスッとしている。
足くらい自分で拭けると思っていたのに結局やって貰ったという事実に恥ずかしいやら情けないやら……と言った所だろう。
「どういたしまして!」
真っ赤になって横を向いているカインに優しく微笑んで立ち上がった姉様はなんだか大人っぽく見えた。
炊き出しも終わりに近づいた頃。
姉様が首を傾げながら、今回子供達に用意したレッグウォーマーや厚手の靴下の残りを見ていた。
「姉様、どうかしたの?」
「…うん。なんかね、今日来るはずの子供達の数が少ない気がして…。」
言われてみればたしかに、前回よりも子供の人数が少なかったような気もする。
すると側にいたゴルツが口を挟んできた。
「お話中すいません。その子供の話題が聞こえたもんで…」
「なにか知っているの?」
ゴルツに姉様が尋ねた。
「知ってるっていうか……この時期は病気になって死んじまうガキが増えますからね。数も減ろうもんですわ。」
今日の天気は晴れとでも言うような当たり前の事実を言うように衝撃的な事を言う。
「死んでなくても病気にかかってたら来れる訳ないですがね。」
それはそうだろう。
身体が辛いのに出歩くなんて無理だ。
「でも、来ないと食べる物も無いんじゃないの?」
基本的に週に一回ある炊き出しで、その場で食べる食事と日持ちする乾パンや干し肉をウチは出している。他の貴族家がどれだけの量を配っているのかは知らないが、来た人間に対して一人分しか渡して無いはずだ。
子供が病気で来れないから…とか、親が臥せっていて…とか言われてもホイホイと余分には渡せない。公平性を保つ為だ。
「病気の子供ぐらいには渡したいわね…。」
姉様が眉を寄せて悩み出す。
「なら、お嬢様が届けてくださりゃ良いのでは?」
は?
この男は何を言い出すんだ!?
侯爵家の娘である姉様に食料を配ってこいと?
無礼にも程があるだろ?
「あら、それも良いかもね!」
僕の苛立ちを他所に、姉様は手を叩いていいアイデアだわ!と喜ぶ。
いやいやいやいやっ!
何言ってるの姉様!
全然良くないから!
「あ、あのっ……冗談……だったんスけど…」
僕が不愉快を通り越して殺気を向けたのを感じてゴルツは慌てて誤魔化すが、時、既に遅く、姉様は持っていく気満々になってしまっていた。
寒風吹き荒ぶ中、冷え切った足先をあったかい足湯につける気持ちよさはえも言われぬほど極楽ですよね!
カインに「極楽〜」って言わせて、いや、それは言わんだろうと慌てて訂正しましたが、ああいう時はなんて言うんでしょうね〜(笑)




