ご褒美のお茶会 オリバーの苦悩
王宮子供お茶会から約二週間。
明日は王子殿下主催のお茶会だ。
ここは王都にあるスチュアート伯爵邸。
彼は風呂上がりのバスローブのまま、自室のストーブの前のソファに座り込んでいた。
いつもは赤みのあるふわふわな金髪もお風呂上がりのため湿ってぺしゃんとしている様は、彼ーーオリバー=スチュアートの心情を反映しているようであった。
……とうとう明日になってしまった…
…あの日、ロビーでぶつかった相手が侯爵令息じゃ無かったら……
…彼が殿下の従者で無かったら……
いや、違う。
そもそも僕がもっと謙虚な対応をしていればっっっ!
こんな気持ちで毎日を過ごすことは無かっただろうに…
二週間前の王宮お茶会。
開始前のロビーでぶつかった上に床に座り込むという羞恥に、よく確かめもせず相手に悪態をついてしまった。
その相手が自分より上の身分の侯爵令息で、しかも王子の従者だという。
その衝撃から立ち直る間もなく、僕は周りの令息令嬢と共に王子殿下と王女殿下に挨拶をするために列に並ばなければならなかった。
だが、自分のした事を思い返しだんだんと息苦しくなった。
伯爵家子爵家のお茶会に何度も参加して、お茶会に自信もつけて来た。
今日のお茶会では、領地から出てきて初めて自分より身分の高い方々と顔繋ぎが出来ると期待していたのに…
僕の輝かしい未来がこれから始まるんだと思っていた、その矢先の油断。
一番肝心な王族への挨拶もきちんと出来たのか記憶に無い。
ただ、シャルマー二侯爵令息の「もう席に帰って良い」の言葉だけが耳に届き、その後何を言ったのかどうやって席に戻ったのか…気づいたら自分の席で湯気の立ったお茶が目の前に差し出されていた。
俯いていた顔を上げたら同じテーブルの令息令嬢皆が、心配そうにこちらを見ている。
どうやら緊張しすぎで挨拶を失敗したため落ち込んでいると思われたらしく、口々に慰めてくれた。
僕がそのテーブルで最年少だったこともあるのだろう。
同じ伯爵家の令息令嬢だが、一、二歳の差が彼らの庇護欲を掻き立てていたのかもしれない。
だが、そんなお茶会初参加の少年が真っ青になっている原因が、まさかシャルマー二(将来有望確定)侯爵令息に信じられないほどの暴言を吐いたためだなどと知る由もなく。
正直に言えるはずもなく。
彼らの言葉に曖昧にうなづいていたら何故かとても同情されてしまった。
後半のゲームの景品が王子殿下のお茶会だと発表されると、僕の挨拶の失敗を挽回するためだ!と、もの凄く真剣にパズルに取り組んでくれた。
そんな周りの優しさに涙ぐみ、僕もせめてもう一度近くで謝りたいとパズルを頑張った。
おかげで一番にクリアし、王子殿下のお茶会に招待される権利を得た。
その時は素直に嬉しく、これできちんと謝れると思って帰ってきたが、後日屋敷でしみじみと自分の言動を振り返ってみると…正直、僕のした事を聞いた王子殿下が僕に招待状を出すハズが無いと思った。
だが、招待状が届いたのだ。
父も母もそれはそれは喜んだ。
是非とも側近のメンバーに入れるようにと、色々アドバイスもくれた。
舞い上がって喜んでいる両親に、そんな未来絶対に来ないと内心でつぶやき、両親の喜びように罪悪感を抱きながらも、表面上は取り繕った笑顔で喜ぶ振りをした。
あまりの失態ゆえに誰にも言えず。
失望されるのが怖くて両親にも報告できず。
寝てても夢見が悪く夜中に起きてしまう。
先の真っ暗な将来を悶々と考えてしまう。
あの日からセトもロバートも来ない。
彼らは僕の家臣だ。
彼らの言葉は僕の言葉だ。
ああ……あの日あの時に戻れたなら……
二週間……延々とループする後悔。
どんなに悩んでも、
どんなに後悔しても、
結局は許して貰えるまで謝るしかない。
それ以外に何が出来る?
どれだけ考えてもこれしか答えは出てこない。
ストーブの前に座っていた僕は、決意を固めすっかり乾いてしまった髪に軽くブラシを通してパジャマに着替えてベッドに潜った。
「あの時は本当に申し訳ありませんでしたッッッ!!」
僕はシャルマー二令息の前で両膝を着いて謝罪した。
王宮のさらに奥。
王族のプライベートとも言うべき奥宮のサロンで王子のお茶会は開かれた。
柔らかな光の差し込む木の温もりに溢れた王家のプライベートなサロンでお茶会は行われた。
今日この場にいるのは僕を入れて八人の伯爵家の子供達だ。
令息五人令嬢三人。
同じテーブルで一緒にパズルをした彼らも既にサロンの案内された席に着いている。
「オリバー君…今日も緊張してるのね。」
苦笑しながら声をかけてくれる二つ年上のシャデラン伯爵令嬢。
「オリバー君、大丈夫。落ち着いて深呼吸すれば緊張も解れるさ!」
横から僕の腕を軽く叩きながらアドバイスをくれる三つ上のザーブル伯爵令息。
他にもたくさん励ましてくれる彼ら彼女らに
「ありがとうございます。頑張ります!」
と、力強く返事をして僕は椅子に座らずその時を待った。
「カイン王子殿下シャスリーン王女殿下ユリウス様がご入室されます。」
メイドが先触れの案内をした。
席に座っていた皆が立ち上がり出迎える。
カイン王子殿下とシャスリーン王女殿下、そして王子の従者のシャルマー二侯爵令息が入ってきた。
そして殿下が席に着くより先に、僕はシャルマー二侯爵令息の前に跪いた。
僕の突然の行動に席に向かっていた殿下方も立ち止まる。
お茶会に招待された令息令嬢達も驚いて固まっている。
僕はそんな全員の前でシャルマー二侯爵令息に対して謝罪をした。
この謝罪無しに席に座ることはとても出来ないと思っていた。
下げた頭の上で小さなため息がつかれた。
今すぐ帰れと言われるかもしれない。
あんな暴言を吐くヤツの顔はもう二度と見たくないと思われているかもしれない。
だが、この謝罪だけは僕が今日しなければいけないんだ。
「オリバー=スチュアート…貴方の気持ちはわかりますが、殿下方に対し不敬ですよ。貴族として先ずはキチンとマナーを守りなさい。」
感情の読めない言葉が降ってくる。
……不敬!?
まさか…僕はまた失敗してしまったのか!?
謝罪を口にできたという達成感は、シャルマー二侯爵令息の言葉で霧散してしまった。
「…はい。申し訳ございません。」
僕は力無くそう言って席に戻った。
僕が自分の席に向かうと周りの令息令嬢の驚きと呆れと非難と心配げな視線が僕の全身に刺さる。
ザーブル伯爵令息が席に戻る僕の背中に手を当てそっと押してくれた。その手が少し温かく感じた。
僕が自分の席に着くとカイン王子殿下とシャスリーン王女殿下が上座に着く。
「…今日は私のお茶会にようこそ。先日のパズルでの見事な結果に私からささやかな褒美としてこの場を設けた。皆くつろいで楽しんでくれ。」
「「「「「はっ。ありがとうございます。」」」」」
「「「はい。ありがとうございます。」」」
カイン王子殿下の言葉にそれぞれその場で礼を返して着席した。
お茶が配られ王子殿下と王女殿下が口を付けられると他の皆も飲んだり食べたりし始めた。
だが僕はカップに口を付けたがすぐにソーサーに戻してしまった。
とても喉を通らない。
お茶のひとすすりすら入っていかない。
「オリバー君、さすがに一口はいただかないと……」
小声でザーブル伯爵令息が忠告してくれる。
「…うん。」
だが手が伸びても口まで持っていけない。
その様子を見ていたシャルマー二侯爵令息がカイン殿下に軽く目礼をしてオリバーのところに歩いてきた。
「スチュアート伯爵令息。こちらに来なさい。」
そう言って部屋の片隅に誘導した。
「君はこの先の人生を本気で捨てるつもりなのか?」
少し困惑している表情でシャルマー二侯爵令息が口を開いた。僕は自分が思っていたどの言葉とも違う彼の言葉に俯いていた顔を上げた。
「無自覚か…。」
僕の顔を見た彼はそう呟いた。
「……え?」
意味がわからなくて素で聞き返す。
すると彼は眉根を寄せて厳しい口調で話し出した。
「今日はどういった趣旨のお茶会か君は理解しているのか?」
「……先日の、パズルで優勝したのでその報奨です。」
「つまり、王子殿下からの君ら全員に対する褒美としてのお茶会だ。」
「……」
それは分かっている。
僕無言で頷く。
「君だけのための場では無い。」
「……ッ!?」
ハッと息を飲む。
「わかるかい?今日の君の行動はこのお茶会をダメにする可能性があるんだ。そうなったら僕に対するあの日の失言以上の瑕疵が付くんだぞ?」
僕は自分の事しか見えてなかったことに気づかされた。
僕はシャルマー二侯爵令息に謝れればそれでいいと。
満足だと。
この場を得るために協力してくれた彼らの事などまるで考慮もせずに、最も大事なマナーすら忘れて行動してしまった。
一気に血の気が引く。
「すみッ……すみま…せん…僕は、僕はまた……」
真っ白になる頭。
俯いた視線をあげることが出来ない。
引いていく血の気に反して目の周りが熱くなる。
うつむいて、見える自分の靴が滲む涙でぼやけてくる。
「ーーユリウス、なんだか年下を虐めてるみたいに見えるぞ?」
誰かが僕らにーーー正確にはシャルマー二侯爵令息に話しかけてきた。
ノロノロと視線を上げると、涙でぼやけている視界でもわかる、輝く白銀のストレートロングの髪をなびかせながら歩いてくるカイン王子殿下がいた。
驚きのあまり僕の涙は引っ込んだ。
「殿下…こっちに来たらみんなの注目集めちゃうでしょ?何のために隅っこに来たと思ってるんですか!?」
シャルマー二侯爵令息が呆れた口調で殿下を非難する。
「隅に来たところで視界には入るんだ。声が聞こえても聞こえなくてもみんな会話しながら意識はこちらに釘付けだ。」
「はぁ……まあ、そうでしょうね。」
「ところで、泣かせるほど怒っていたのか?」
ちらっと僕を見ながら殿下がシャルマー二侯爵令息に聞いた。
僕の身体がビクッと硬直する。
シャルマー二侯爵令息は王子の方を向いて反論し始めた。
「前も言いましたけど、別にあの時の事は特に何も思ってはいませんよ。むしろ貴方とシャスリーン様の方が騒いでたじゃないですか。」
「あの時はそう思ったんだ!」
「そうですか…今は、今日の態度の方が問題だと教えていたところです。」
お茶会そっちのけで僕の目の前で二人が言い合う。
僕はただじっとして黙って聞いていることしか出来ない。
「今日の行動もそうですが、失言も失態も社交界では文字通り命取りになる事もあるじゃないですか。言える時に注意してあげないと。」
「失言……怖いよな…」
シャルマー二侯爵令息の真剣な言葉に、殿下が遠い目をしてふるるっと身震いする。
「……ユリウス、誰だって失言したくてしてるんじゃないんだ。彼もコレで少しは勉強するだろう。僕だってあんな失言するつもりは無かったんだ。彼だってきっと同じだ。」
なんの事か全く分からないが何故か殿下が僕を庇ってくれている気がする。
「だからもう許してやれ。」
殿下が暖かい目で僕を見ながらシャルマー二侯爵令息に取り成してくれる。
「ハァ…別に僕だって私怨で言ってる訳では無いですよ?だから許すも許さないも無いでしょ。ってゆうか殿下のはまったくの自業自得でしょ?」
呆れながらシャルマー二侯爵令息がカイン殿下に言った。
「お前、ホントにあの時は怖かったんだからなっ!?」
カイン殿下が小声でチラッとシャスリーン王女殿下の方に視線をやってシャルマー二侯爵令息に反論する。
「…だから…オリバー=スチュアート。君も良く良く周りを見て考えてから発言なり行動なりするんだぞ!よし、コレでこの話は終わりだ。早く飲まないとお茶が冷めてしまうぞ!」
何か不都合な事でもあったのか、カイン殿下が強引に話をまとめて終わらせてしまった。
シャルマー二侯爵令息は額に手を当てて一つ深呼吸をすると、怒っているのとは違う真剣な顔で僕に言った。
「殿下が仰ったこと、ちゃんと記憶したか?アレは…この世の真実だ。君はまだこれから成長していく。大人になっていく上で周りをよく見て聞いて考えることが大事だ。それが分かったのなら席に戻ってお茶会を楽しみなさい。」
シャルマー二侯爵令息の言葉はまるで教師の様に僕の心に染みてきた。
そして王子殿下の優しさもとてもよく分かった。
なのでやはりここはしっかりと言葉でもう一度伝えようとグッと力を込めて
「カイン王子殿下ありがとうございます。シャルマー二侯爵令息ありがとうございます、それから本当に申し訳ありませんでした。」
そう言って深々と礼をした。
悪役令息ポジのオリバー君は、実はとても悩んでいたのでやっと謝れて作者もヤレヤレです。
でも今回めっちゃ早く書けたな…
そして結構加筆修正したな…
頑張れオリバー!
王子と二人、失言仲間にならないように!www