炊き出し3 ピコ
私の名前はピコ。今年で五歳。
王都の下町でお母さんと二人暮し。
お父さんは居ない。
お母さんは近くの食堂で昼前から夜まで働いてる。
私はお家でお留守番。
お家って言っても三階の一部屋だけ。
おトイレや台所やお風呂は一階にあるけど、ここのおうちで暮らしている人たち皆んなで使っているから、お母さんが居ない時はお部屋から出てはいけないの。
二階や三階の他のお部屋には冒険者のおじさんやおばさんやお姉さんが借りて暮らして居る。みんなだいたい昼間は居ない。
一階の半分はおおやさんの家。
私はおおやさんがちょっと苦手。
笑った顔を見た事がないから。
いじわるされるわけじゃないけど、ちょっと怖い。
今日は一週間ぶりの炊き出しの日。
温かいスープとふかふかのパンが食べれる日。
いつも通りお母さんと炊き出しのお屋敷に行くと門の前にはもう行列ができていた。
「お、ピコだ!」
「ピコちゃん来たねぇ」
いつもこの炊き出しの日に会うお兄ちゃんとお姉ちゃんに会った。
お兄ちゃんは八歳お姉ちゃんは七歳で私より年上だ。
でもいつも二人だけで炊き出しに来てる。
「タキ兄ちゃんラナ姉ちゃん!」
今日は嬉しいな。
一緒に食べれる。
あれ?
「タキ兄ちゃん、ほっぺあかいよ。だいじょうぶ?」
「ああ、出てくる時にちょっとな。」
兄ちゃんが片手でほっぺを押さえる。
痛そう....
「おじさん....今日は朝から酔っ払ってたから....」
ラナ姉ちゃんが悲しそうに言った。
兄ちゃんと姉ちゃんはおじさんの家でいそうろうしてるんだって。だからおじさんの機嫌が悪い時によく殴られるんだって言ってた。
私はお母さんに叩かれたりしたことないからよく分からないけど、おおやさんやお隣の冒険者のおじさんに大きな声で怒られるよりも怖いことだって、お母さんが教えてくれた。
それは考えられないくらい怖いことだ。
「お兄ちゃん....怖かったね....」
泣きそうな気持ちの私に気付いてタキ兄ちゃんが頭をワシワシしてくれた。
「大丈夫だよ。いつもの事だ。ンな顔するなって!ほら、門が開いたぞ!お貴族様の美味いメシ食って元気になろうぜ!」
「今日はお肉いっぱい入ってるといいねえ~」
門から入って並んでいると、お手伝いの冒険者のおじちゃんが近寄ってきた。
「あ〜お前ら食事終わったらちょっと来てくれるか?」
「オレとラナ?」
「それとそっちの嬢ちゃんもだ。」
えっ?私も!?
「あのッ、ウチの子が何かしましたか?」
お兄ちゃんたちだけでなく、私も呼ばれてると聞いてお母さんが心配そうにたずねる。
「それが今日のお貴族様がなんか、子供に用があるとか言ってて子供が来たら呼んでくれって言われてるんだよ。」
「何だよそれっ....お貴族様が俺たちみたいな貧乏なガキになんの用があるって言うんだよ?」
タキ兄ちゃんが怖い顔をして返事する。
私と繋いでるお母さんの手もプルプル震えてる。
「あの、うちの子はまだ小さいので、私も、ついて行ってもよろしいでしょうか?」
お母さんが私をぎゅっと抱き締めておじさんに聞いてみた。
お母さんのそんな様子に私もだんだん不安になってくる。
お貴族様がどんな用があるのだろう?
「あ〜まあ一緒に行っても大丈夫だと思うぞ。それにそんなに心配しなくてもいい、と思う。」
冒険者のおじちゃんはにかっと笑いながらそう言った。
「食器返却したら声掛けてくれや。」
そう言っておじちゃんは列の後ろの方に歩いて行った。見てたら後ろの方にいた小さな子を連れたお母さんにも声をかけていた。
私たちだけじゃないんだ....
「....何なんだよ....。」
「なんだろうね?でも、あの人の話し方だとそんな悪い感じではなかったよ?」
「気味悪ぃな....こっそり帰るか?」
「食器返してから出口まで結構あるからすぐ捕まると思うよ?それに冒険者ギルドからクエスト受けてきてる人達に勝てると思えない。」
ラナ姉ちゃんが短気をおこしそうなタキ兄ちゃんを止める。
ラナ姉ちゃんは優しくてアタマがいい。
タキ兄ちゃんもラナ姉ちゃんの忠告にはだいたい従う。
私もラナ姉ちゃんの様に優しくてアタマがいいお姉さんになりたいな。
順番が来てお盆を持つ。
お母さんが二人分のスープをもらう。
私は二人分のパンをお盆にのせてもらおうとお盆を差し出すと、そこにはタキ兄ちゃん達ぐらいの子供がいた。
「おお、小さいのに二人分持てるのか?落とさぬようにな!」
キラキラした不思議な紫の目のキレイな顔をした男の子がお盆にパンをのせて声をかけてくれた。
え、天使さま....?
「....コ、ピコッ!?」
はっ!!
「あ、お母さん....」
いつの間にか私はお母さんと並んで席に座っていた。
「大丈夫?席に座っても全然食べないから心配しちゃうでしょ?」
お母さんが心配そうに見てる。
「お、お母さん、さ、さ、さ、さっき、天使さま、いた!」
「だよねッッッ!!」
私の声にはげしく同意する声がテーブルの向かいからした。
見るといつもおっとりなラナ姉ちゃんがほほを赤くしてスプーンを握りしめてウンウンうなづいている。
「すごく綺麗な子だったよねっ!!」
ラナ姉ちゃんが興奮している。
「天使様みたいだったよねっ!!」
私も腕をブンブン振って姉ちゃんに言う。
「いや、確かに顔は綺麗だったけどさあ~子供に炊き出しの手伝いなんてさせるかなぁ?」
タキ兄ちゃんがパンをもぐもぐしながら考え込んでる。
パンを配ってる場所を振り返ってみると、さっきの男の子はちゃんとパンを配っていた。
「うわあ、夢じゃない~」
背中にハネははえてない、どうやら一人一人に話しかけてる感じだ。みんなパンをもらう時にとても驚いている。いつもはお貴族様のお屋敷で働いているメイドさんが配ってくれるから話しかけられることなんて全然ないんだもん。
「ほら、冷めないうちにスープも食べなさい。」
「はあい」
わお!
今日のスープはお野菜もお肉もちゃんといっぱい入ってる!
パンもふわふわだ!
お母さんが食堂で貰ってくるパンは普通に硬いパンだ。
硬いパンもゆっくり噛んで食べるとだんだん甘くなって美味しいけど、お貴族さまから貰える炊き出しのパンは口に入れる前からもう美味しいのだ。
結局食べ始めたら食べ終わるまで夢中で口を動かし続けた。
「はあ〜美味しかった!」
食べ終わってお腹もいっぱいになった。
食事が終わったら席を空けないと次の人の迷惑になるから、お盆を持って返却口に行く。
いつものように返却口に食器を乗せると、
「お腹いっぱいになった?」
と、声をかけられた。
「え?」
びっくりして声の方を見ると、そこに薄い金のサラサラな髪の毛のかっこいい男の子が優しげに微笑んでお盆を受け取っていた。
二人目の天使様ッッッッ!?
「美味しかったかい?」
その天使様は微笑みながら話しかけてくれる。
私もラナ姉ちゃんもお母さんさえも声が出せずかたまっていた。
「今日の炊き出しはすげぇ美味かった!」
タキ兄ちゃんはちゃんと返事していた。
その言葉にニッコリとしてさらに私たちに声をかけてくれた。
「君たち呼ばれているよね?そこの冒険者の人に食事が終わったと伝えてくれれば案内してもらえるはずだから。」
「は、はははっハイっ!!」
それまで固まってたはずのラナ姉ちゃんが男の子をじっと見ながら上擦った声で返事をした。
「それじゃあ後ろがつかえてるみたいだから移動してね。」
そう言うと男の子はお盆を持って後ろに下がって行った。
真っ赤になってぼうっとしてるラナ姉ちゃんをタキ兄ちゃんが引っ張て行って、そばに立っている冒険者のおじさんに声をかけた。
冒険者のおじさんに連れてこられたのは、いつもは入ることのできない建物の中だ。
つやつやに光る柱に絨毯の敷かれた階段....お貴族様仕様だ。
「とりあえず、ここで待っててくれ。」
そう言っておじさんはもとの会場に帰って行った。
「今更ながら、マジで俺たち何させられるんだ?」
炊き出しの会場は人がいっぱい居たし、美味しい食事に頭がいっぱいだったから忘れていたが、いかにもお貴族様仕様の廊下に自分たちだけという状況、でさすがにタキ兄ちゃんも声に不安をにじませている。
場違いな居心地悪さをひしひしと感じていると、二階から扉が開いて閉まる音がした。
パタパタと軽い足音がして階段をお姫様が降りてきた。
「お待たせしてごめんなさい。」
お姫様は私たちを見てにっこり笑った。
ヒラヒラのいっぱいついたエプロン、ひとつに束ねられた長い髪と優しげな微笑みがとても親近感を感じる。
「えっと、こんにちは?私はリナリアよ。お腹はいっぱいになったかしら?」
二階から降りてきたからお貴族様だと思うのだが、お貴族様がとても可愛い女の子であったことと、気さくに声をかけられたことにびっくりして私たちは今日何度目かの驚きでカチカチに固まってしまった。
「あの、大丈夫?」
返事のない私たちに戸惑ってオロオロしてる彼女はとても可愛らしかった。
「は、はははっハイッッッ!!」
上擦った声でタキ兄ちゃんが返事をした。
「そう、良かった。それで実は少しの時間で良いからお手伝いを頼みたくて来てもらったのだけれど、お時間有りますか?」
リナリア様は両手を胸の前で合わせて小首をかしげながら聞いてきた。
「も、もちろんです!今日はゆっくりしようと思ってなんも予定いれてないんっすよ!」
タキ兄ちゃんがはりきって返事をする。
「え、午後からおじさんの用事が....」
「ラナ、お貴族様の用件の方が大事に決まってんだろ!?」
ラナ姉ちゃんの言葉に被せ気味で兄ちゃんが答えた。
その勢いに押されて姉ちゃんはコクコクとうなづく。
「無理しなくても短時間でいいのよ?」
リナリア様が気遣うが
「大丈夫っス!任せてください!!」
やる気満々の兄ちゃんの返事ににっこり笑って、
「頼もしいわ、よろしくね!」
そう言ってタキ兄ちゃんの手を握った。
その瞬間、兄ちゃんが真っ赤になったのがピコからでもよく分かった。
「私達も特に用事は有りませんので大丈夫ですよ。」
お母さんがリナリア様にそう言った。
「ありがとう!では中に入って食器洗いと、拭き取りをお願いしてもいいかしら?」
お貴族様の頼み事はそんなに特別な事でも、難しいことでも、ましてや無理な事でもなかった。
そして私たちと同じ様に案内された子供が段々と増えていき、手伝う場所が狭くなった時、最初に手伝い始めた私達が廊下に呼ばれた。
廊下に色とりどりの毛糸の何かが並べて置いてある。
その横にリナリア様とさっきの天使な男の子が二人とも並んでいた。
「今日はお手伝いありがとう!子供達にお礼の品よ。どれでも一つ選んで持って行って。ああ、広げて見てもらっても良いわよ。」
そう言われて一つ手に取ってみるとそれはあたたかそうなマフラーだった。横に置いてあるのは手ぶくろ。帽子もある。
「あの、これは....?」
ラナ姉ちゃんが小さな手袋とくつ下が繋がっている品を持ち上げた。
「ああ、それは小さい子用ね。サイズが混ざらないように繋げてあるの。メイドが作っていたわ。」
私は淡い色の四角い物を手に取った。
「コレは....なんだろ?」
「ああ~!それね!帽子よ!被ってみて!」
確かに言われれば帽子だ。被ってみると結構暖かい。
「っ!!ピコちゃんっ!!」
「「めっちゃ可愛い~!!」」
ラナ姉ちゃんとリナリア様がキャ〜っと叫びながら褒めてくれる。
え、帽子被っただけよ?
不思議に思って窓ガラスに映った自分を見ると、猫の様に耳がピンッとなった帽子を被った私がいた。
「ふぉおおお!!!」
あの四角がこんな可愛くなるとわ全然思わなかった!
「すごい!可愛い!!私、これにする!」
私が頭を押さえてそう言うと、リナリア様がとても嬉しそうに笑った。
「気に入ってくれた!?嬉しいな~それ私が作ったのよ。」
「え、お嬢様が編んだの?」
私はとてもびっくりした!
だって普通はお貴族様の顔を直接見ることすら怒られるのに、わざわざ私たちのために編み物を作ってくださるなんて!
「他にッ!他には?何かお嬢様が作られた物は有りますか!?」
タキ兄ちゃんがとても真剣な顔をしてお嬢様に詰め寄った。
すると、スッと素早い動きでお嬢様の前に二人の男の子が並んで立った。
「平民、姉様に近すぎる。」
大きい方の男の子がタキ兄ちゃんに冷たく言う。
その様子はまるでお話に出てくる騎士様のようで、怖さと同時にドキドキした。
タキ兄ちゃんはハッとして下がった。
「す、すみません。」
青い顔をして頭を下げた。
「もう、ユーリったら過保護ねえ。大丈夫よ。」
ふふふっと笑いながらリナリア様が言う。
「ユーリもカインも、ありがとう。....そうねぇ私が作ったのはこの帽子とこのマフラーとあとそのマフラーよ。」
指さしながら作ったものを教えてくれた。
一つはワイン色の長くて首に何回もぐるぐる巻けそうなマフラーで、もう一つは深い緑色の短めの、何なら一回巻けるぐらいの長さしかないポコポコしたデザインのマフラーだった。
「じゃあ私はこの赤い色のマフラーをください。」
そう言ってラナ姉ちゃんは長いワイン色のマフラーを手に取った。
「じゃ、じゃあ俺はコレを貰います!!」
そう言ってタキ兄ちゃんは緑のマフラーを大事そうに持った。
「あらら私の作品は早々に貰われたわね!」
手をパチンと鳴らしながら嬉しそうにリナリア様が言った。そしてタキ兄ちゃんの前に来た。
「リーナっ!?」
小さい方の男の子が少し焦った感じでリナリア様を止めようとする。
「大丈夫よ。」
ニコッと笑ってタキ兄ちゃんの手からそのマフラーを取ってタキ兄ちゃんの首に巻いた。
「これはね、片方に輪が作ってあるから、ここにフリンジのついた方を通すのよ。ほら、こうすると仕事中もモコモコしないでしょ?しかも伸縮しやすいようにゴム編みなんだから!」
リナリア様は一生懸命説明しながらマフラーを巻いて整えているが、かんじんの兄ちゃんはもう真っ赤になってカチンカチンに固まっていた。
兄ちゃんのすぐ目の前にリナリア様の顔があるのに兄ちゃんの目はなんだかぐるぐる回っているようだ。
「姉様、それはわざとなんですか?さすがに可哀想ですよ。」
「リーナ....悪女だな....」
二人の男の子は呆れながらリナリア様を後ろに引っ張った。
「ほら、姉様。次の子供が来ましたよ。案内してください。」
外からまた数人の子供たちと、小さい子を抱いた親子が現れた。
「ほら、君達はこの外で貰えるはずの乾パンをここで渡すから、これ持ってもう帰っていいよ。ああ、外ではもう貰えないからね。あと、お手伝いしてくれたお母さんはここで余分にもうひと袋渡すから。」
そう大きい方の男の子が言って、小さい方の男の子が乾パンの入った袋を私たちに渡してくれた。
私たちはぼうっとして真っ赤なタキ兄ちゃんを押しながら建物から外に出て炊き出し会場に出た。
出口に向かって行く途中のテーブルのそばを通る時に、みんなが私の可愛い帽子を見てわぁとかおおとか言うのがなんだか少し恥ずかしくて、そして嬉しかった。
素敵なお貴族様のお嬢様だったなぁって思っていたら、正気に戻ったタキ兄ちゃんが
「俺、絶対にあのお嬢様のお役に立つ大人になるぞ!」
と、呟いたのが聞こえた気がした。
私もこんな可愛い帽子を作る職人になりたいと、帽子の耳を触りながら思った。
今回は平民のピコちゃんから見た炊き出し会場の様子です。
なんとなく雰囲気が伝わればいいなあ~




