俺たちの関係
すっかりと日が落ち、夏の上空には、天の川が輝いている。中学の頃に学習した夏の大三角形を思い出しながら、時間を潰した。
それにしても蒸し暑い空気がまとわりつくようで、不快感が拭えない。
いや、そもそも気温以前の問題かもしれない。
この薄暗さが原因の一つだろう。
夜の市民公園は不気味さに満ちているのだから。
それに電球が切れかかっているのか、不規則に、俺の座る木製のベンチを照らす蛍光灯の灯りが、点滅していた。
しばらくぼーっとしていると、少し息を切らした声が聞こえた。
「ん、ごめんね、ゆうくん。待ったよね?」
白いワンピースの裾を翻し、桃山玲は少し駆け足で俺の元へと向かってきた。
玲は俺の右隣に腰を下ろした。その時、シャボンの香りが微かに鼻腔をくすぐった。
「いや、今来たところだから、気にしないでくれ」と枕詞のような挨拶を返すと、玲は「なんかこういうのいい」とつぶやくのが聞こえた。
一体、「こういうのいい」とは何を指しているのかは判然としないが、その言葉を受け流した。
「……英会話だったか?お疲れ様」
「ううん、今日はピアノのレッスンだったの」
「そうか、今度聴かせてくれ」
「うん、もちろん」と言った。
玲は俺の肩にもたれかかるようにして、ちょこんと肩を寄せてきた。
色白い右手を俺の左手に重ね、細い指を絡めた。
「暑いのだが?」
「ふふふ、ちょっとだけ」
「……」
「……ねえ、ゆうくんはもう気がついているんでしょ?」
玲の囁いた言葉は宙に浮くように響いた。
チラッと横目に伺ったが、玲の表情は判然としなかった。
「……」
「ふふふ、沈黙は肯定と受け取っていいのかなー?」
面白いことなどちっともないのに、玲はくすくすと笑った。
絡めていた指をほどき、俺は少し身体を離した。
玲はプクッと頬を膨らませてから、ポーチから消えたはずの財布を取り出した。
「ゆうくんに買ってもらったこのポーチはなくさないから安心してね?」
「玲……」
「やっと、今日名前読んでくれたね?」と嬉しそうな声をあげて、玲は俺を覗き込むように顔を近づけた。今にでも吸い込まれそうな大きな瞳の奥には戸惑った顔をした自分がうつっている気がした。
「近い」
「ふふ、やっぱり、私はゆうくんとの関係、みんなに言いたいなー」
「別に誰かに話すようなことじゃないだろ?」
「うーん……どうだろ?もしもみんなにわたしたちのこと言ったら、きっと私に近づいてくる男の子は少なくなるし、それに何よりもゆうくんに近づく女の子もいなくなるはずでしょ?」
「そもそも……俺なんかに誰も近付かないだろ」
「ふふふ」と誤魔化すように笑みを浮かべてから玲は言った。
「それに、私これ以上––––ゆうくんが私以外の女の子と『特別』仲良くしている姿を見るとね、嫉妬でおかしくなりそうなんだよ?」
「……」
「ふふふ、今日は本当にお財布が見つかってよかったー。それに、みんな親切なクラスメイトですごく助かったなー。助け合う関係性ってなんかいいよねー?」
濁った瞳が俺を捉えた。
「ふふふ、あと、びっくりしちゃったなー。まさか、ゆうくんからもらったポーチと全く同じものを持った人が、こんなにも近くで見つかるんだもん。世間て狭いよねー?……だからね、たまたまぶつかってポーチを落としちゃった時に、拾い間違えちゃうのも仕方がなかったんだよね?きっと不幸な事故だったんだよ」
自分のポーチじゃないことなんて、開ければすぐに気がつくはずなんだ。
なのに、何度もポーチの中を覗いていた。
きっと、初めから気がついていたんだ。
一生、俺は玲から逃げることはできないのだろう。
……いや、違う。
この罪悪感から逃げることができないんだ。
(終)