Found in Translationーー翻訳に見つかったもの
* 黒森冬炎さま「改造企画」参加作品です。
オンライン日本語教室を開いている。
日本語を学びたい人は全世界に急速に増えた。レベルもどんどん上がっている。
言葉ばかりではなく、歴史、文化、日本人の考え方からわかりたいという需要が高い。
英語がちょっと話せる優しい日本人のおねえさんという立ち位置で「おはよう」から始めた私の動画も、サブスクが激増、その後、有料リモート授業に進んでくれる生徒が増えた。
生徒といっても日本のゲームにハマった中学生からビジネス提携をしたい社長さんまで千差万別。
英語で日本語を説明するこちらも、痒い所に手が届くとまでにはいかないが、笑われながらもなんとか続け、それが私の講座の魅力となっているらしい。
コメントに「答えに窮してる姿が可愛い」などと書かれる。
ただ最近困っているのは、トップクラスの成績を叩きだしている生徒3人が、雑談の端々に個人情報を探ろうとしてくること。
いや、もう3年、ウェブカメラを通じて顔を合わせている、3人とも為人はわかっている、私が独身であることも知られているのだ。
ただ、「ラブレターの書き方が知りたい」と言ってきて、つらつらとというより、たどたどしく、日本語で想いを書きつのるのはよしてほしい。
はっきり言って、イタい。
ということで、今日は超絶難しい課題を出し、3人が日本の何もわかっていないことを証明しようと思い立った。
「日本の奥は深いのよ! 色恋沙汰より勉学に励みなさい!」と突き放すために。
私はPC画面に相対し、全世界に笑顔を向ける。
「今日は皆さんの実力テストでーす。次に出てくる日本語の、読み方、英訳とどんなシチュなのか考えてください。期限は付けないので急がないで。いっぱい悩んでから答えはメールでいつものアカウントに。待ってるョ!」
そしてこの日本語を画面に1分間載せた。
BGMは著作権フリーの小学唱歌。ギャップがエグいけどちぐはぐさも落とし穴になるよね?
――――誰か知らむ波と訪なふ殿方の何れ一位と吾の定むるをーーーー
まず1週間後に、おそらく私より年下だと思うnerd、オタク系ジョンから返答があった。
――――
読み:だれかしらむなみとたずなふどのほうのなんれいちいとわれのさだむるを
英訳:Someone knows the wave and the visiting fudono's first place and my decision.
シチュ:ふどのがわかりません。波とふどのと私が海で競泳してるみたいです。
――――
健闘してるけど、ここまでだよね、意地悪してごめんね、とメールに対して謝った。
アニメ好きだから「ちはや〇る」くらい観てるかと思ったんだけど。
意味の区切りが把握できてないこの英訳、グーグルかワードだね?
次がトライアスロンで何度か横浜に行っているキエレンから。わざわざ「これはタンカです」と前置きしてある。
――――
読み:だれかしらむ なみとたずのう とのがたの なんれいちいと わのさだむるを(字余り)
英訳:Who knows the wave and any of the lords who visit me as the first place and I decide
シチュ:詠み手は夜の女。男の品定めをしている。
――――
「惜しい! というか合ってる!」
「訪なふ」、音便にしてるのに、訪の字自体が読めてない。
まあ、言葉の端々に感じてはいたけれど、キエレンってアスリートだけあって上から目線だね。
「字余り」ってわざわざ書いちゃって、字余りでない可能性は考えないのかな?
でも意味のほうはかなり正しくとれてるよね。「波と」の「と」がandじゃないとわかってないくらい?
品定めしてるのは私。
結果としてキエレンはもっと深い関係になりたいと思ってる私を「夜の女」呼ばわりしたことになるけどね!ww
さて、その次がコース内いつも最優秀の若き社長、アルだった。日本市場開拓に向けて出張にもよく行ってるし、提携予定の日本の会社に接待もされている……。
――――
読み:たれかしらむ なみとおとなふとのがたのいずれいちいと われのさだむるを
英訳:Who knows the wave and the person who visits the first place and I decide
シチュ:「誰が波と一番最初に訪れる人を知っているのか、私が決める」、怒涛のように攻め一番乗りする者が勝者になるというビジネスの教え。
――――
「うぉー!」
叫んでしまった。人というものはここまで意訳できるものなのだろうか?
翻訳というより改造だろう。改悪?
読み方、英訳、シチュエーションと変換するたびに自分の関心事に持っていってる。恐怖さえ感じてしまう。
やっぱりない、この人と付き合ったら単なる通訳として利用されてポイされそう。
他にもパラパラと返事はきたけれど、一から説明するのも大変なレベルで、そろそろ動画でさらっと答えを言ってこの課題は終了宣言をしようと思った頃だった。
全くのご新規さんからメールが届いた。この返答のためだけに登録したようだ。アカウントは黒江さんというお名前。
――――
読み:たがしらむ なみとおとのう とのがたの いずれいちいと あのさだむるを
英訳:Who knows among the gentlemen courting me like waves, which one would I place at the top? Nobody.
シチュ:先生の現状。
私には先生の一番が誰なのか、もちろんわかりません。でももし、この答えが合っていて、先生が男性全部を鬱陶しいと思われているなら、私は女です。My name is Chloé.
――――
「誰か」の「か」に敢えて濁点を振ってきたことに驚いた。誰を「た」と読むと「か」は濁りたくなる。
反語の意味に取ってくれたのも嬉しい。
クロエちゃんは、バイリンガル、日本で育ったんじゃないだろうか?
高校の古文とかをかなり真面目にやって自分でも和歌集とか読んでないとできるレベルじゃなくしたはずなんで。
私はこっそり「はなまる」を送った。
あれから4年、今日そのクロエとふたり、ウェディングドレスを着て教会に立っている。
途切れず続いたメールのやりとりは私の中の何かに気付かせ、根本から変えてしまったから。
―了―