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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

弟が優秀なせいで!!!

「権力なんていらない」と強がるけど実は欲しい王国前章

作者: 今井米 

エロと笑いと涙の物語にしたかった

・・・・うーん、文才。

『実兄は怖いし王国は静かにお祭りしてます』の続きだよ滅茶苦茶長いから、読み終わるのに2時間ほどかかるらしい。

それは、満月の夜の事だ。


「おい!!今日の仕事終わったのか!!」


「・・・・まだです。」


人生100年時代と謳われていた世界で、僕はいよいよその四分の一を消費したところだった。ピザで例えるならクオーターまで食べた所だ。


・・・・そんな言い方しないか。


ともかく、人生はあと4分の3残っている。

これを長いとみるか、短いとみるかは人それぞれだ。どっちが悪いかとかはない。その人の好みだと僕は思う。


「何で終わってねえんだああ!?お前の頭は飾りか!?飾りなのか!?それともお前の腕は蝋でも詰まっているのか!!一日あってできてねえってどういうことだよ!!人間の屑じゃねえのかお前はよぉ!!」


「‥‥すみません。」


そして僕は、圧倒的前者だった。


その時の僕は善良なる歯車として社畜人生を歩んでいたものだ。ゆっくりと、けれども着実かつ確実に。気付かないまま奴隷としての人生を強制されていた。


「すみませんじゃねえんだよ!!あと二日で終わるのかよ!!」


だってそれは。。。。。それは一ヶ月分の仕事(タスク)だったじゃないか。それを急に取引先に見栄張って三日で終わらせるなんて言ってしまったからじゃないか。


「こんなの終わる訳ないのに。。。」


「ああ!?何か言ったか!!」


「・・・・言ってないです。」


つい口に出してしまった僕を真っ直ぐ見据える上司。参ったな。普段は決してこんなことを口に出すヘマはしないのに。


「いいやお前は言ったね。俺は確かに聴いた。」


彼はこうやって当たり散らす。口答えできない部下を。疲弊した若人を。自分の優位性を他者に見せて、自分を大きく見せるため、彼はこうやって当たり散らすのだ。


「お前は確かこう言ったな。『これで終わらなかったら俺が責任もって首を吊ります』てな。」


「そんなこと言ってないで」


「いーや言ったねお前は!俺はそれを聞いて感心したもんだ!俺はお前の漢気に惚れちまったよ!」


「でもそんなこと言って」


「よし今日のところは不問にしてやるよ!明日までに全て終わらせればそれで俺は水に流してやる!」


「いやでもそんなことできるわけな」


「出来ないって決めつけるから出来ないんだよ!!お前はできるさ!」


話を聞いてくれ。耳を傾けてくれ。僕を。。。。。見てくれ。


「寝るな!食うな!喋るな!息をする時間すらも惜しめ!そうすればお前はできる!俺はお前を信じているぞ!」


「でも明日って。。。そんなの無理ですよ。まだ半分も終わってないんですよ・・・」


「煩い!俺に口答えしてんじゃねえ!手前みたいな役立たずを雇っている会社に報いようと思う心意気が、お前にはねえのか!!」


耳鳴りがする。


「てめえら若い者はいっつもそうだ!簡単にあきらめる!俺がお前らの時は徹夜なんて当たり前!サビ残だっていつものことだ!24時から仕事が始まって、24時に仕事が終わるんだよ!」


目眩がする。


「それが今の軟弱者たちはどうなっているんだ!そもそもこんな猿でもできるようなことをお前は出来ないという事自体が。。。。。。」


僕の視界はゆっくりと暗くなり、それに伴い今まで堰き止めていた(せきとめていた)疲労を放流するかのように、脳内に鈍い痛みが走る。


あ、これはマズイ奴だ。


動かないといけないのに動けない。眼を閉じちゃいけないのに開けれない。羊水に浸かる胎児のように、ただゆっくりと、ゆっくりと意識と無意識の境界線が曖昧になっていく。


「おい!?下手な芝居はよせ!そんなことで納期は縮まらないぞ!!甘えるな!」


その時僕は分かったんだ。


ああ、死ぬんだって。こんな経験初めてだったけれど(なにせ死んだことないし。)、人間死ぬ前はお迎えが来るって分かるんだね。


ここで一言。



満月。。。。関係ねぇ。。。。。



「起きろ坊。」


薄暗い部屋の中で瞼をパチリと開け、僕は空を見上げる。


あるのは只の天井。なんの変哲の無い、少し赤がかった天井だ。


「知らない天井だ。。。」


「毎日それ言っとるのぉ。。。」


静かに。今ちょっといい所なんだ。


「哲学的な話をするよぺル。」


「別によいが、、、、、坊は前そう言ってショートケーキの甘さについてのあっさい話しかせんかったよな。」


いいじゃないかショートケーキ。僕はケーキ好きだよ。


「妾も好きじゃが。。。哲学関係なくないか?」


ごもっとも。


「でも大丈夫。今回はちゃんと哲学しているから。」


「その言いようには不安しか覚えんがのう。。」


部屋に響くのは、二人分の声のみ。


未だ幼さの抜けない童子の声と、女性特有の柔らかく高い声。


「努力しろって良く言われるでしょ?」


「無視か。」


「よく言われるでしょ?」


「・・・・・うむ、妾も良く言うな。」


女性はその若々しい声とは裏腹に、老獪な妖のような話し方で少年の言葉に肯定する。そのキャラづくりはどうよって正直思う。


「努力は素晴らしいものだし、それによって得れる成果は莫大だ。それは僕もそう思う。努力は尊くて美しくて劇的で、ロマンティックでコスミック(神秘的)でもあるんだ。大いなる力を持つ超越行為だと言わざるを得ない。」


「そうじゃのう。。。。。何を超越したのかは知らんがそうじゃのう。。。。。」


適当な相槌を打つ女性を敢えて無視して話を続ける少年。


「でも努力って難しいから『努力しろ』って言うわけじゃん?そこんとこは何で誰もアドバイスしないの?」


「それは努力方法を教えろってことかの?」


そうですよ。有体に言えばコツを教えてくれってことさ。


美女の言葉に肯定する僕は、補足するかのように言葉を続ける。


「具体的には努力を続ける秘訣とかだね。逆になんでそれは教えてくれないのさって思うね。」


「そうか。。。」


「努力は素晴らしい。だからそれ(努力)をやれ。それは分かる。でも努力は継続が難しい。皆それを知っているはず。なのに難しいことをやれとしか言わないのは何故さ。そのコツを教えてくれよ。楽に面白くそれができる方法を教えなよ。」


「そうかぁ。。。。」


「ただ難解なことをしろって言うだけなんて。それじゃあ無責任じゃないか。」


心底不思議そうな声で話をする少年に、女は戸惑いを隠せない。あれだけ哲学哲学言っておきながらただの雑談。しかも愚痴めいた雑談。哲学言う必要は絶対なかった。


それでも女は少年の質問に最大限答えようと言葉を紡ぐ。緩やかに、けれどはっきりと力を込めて。


「教えないのではなく、努力を続ける秘訣なんて分からないのじゃ。妾も、当然大人たちも。だから教えないのじゃないかえ?」


「そうなの?」


疑問に疑問で返す邪道を行いつつも、疑問を抱かざるを得ない。大人は皆努力したんでしょ?じゃあ努力のこなし方を知っているものだと思っていた。


「そうじゃよ。大人だってそんなの分からんのよ。知っていたら教えるに決まっておるさ。」


「じゃあ万人に通ずる秘訣とかないの?」


「そんなん見つけ取ったら億万長者じゃよ。」


「億万長者。。。。いい響きだね。」


少年の戯言は無視して話を続ける女性。享楽的な響きであるのは全面的に同意するが、いまする話じゃねえだろって思っている。だから自分の主張を進めたんだ。


「でも大人は無理だと分かっていても一応言っておくのじゃよ。『努力しろ。』『努力は素晴らしい。』『努力はいつか報われる。』『努力する人は偉い』ってな。後々で努力の重さに気付いた時に、自分の言葉を思い出してもらうために言っておくのじゃ。」


「へー。」


「どや、いいこと言ったじゃろ。」


あどけない顔をした少年は年不相応なことを問いかける。正直そんなこと妾に言われても。。て思っていた女性は、結構いい感じに返せて満足していた。少年の頭を撫でながらでっちあげた理論にしてはいいじゃないっと密か思っていたほどだ。


しかし現実はそう甘くなく。。


「うーん。5点。」


少年の冷酷な点数に驚愕する女性。


「それはおかしいじゃろ!?」


「そう?」


「そうじゃろ!結構な出来じゃったと妾は自負しておるぞ!」


「ふーん。」


「せめて6割は貰ってもええはずじゃ!!」


結構な出来なのに6割って。。。。と僕は思いながら話を続ける。


「5点満点だから5点で完答なんだけどね。」


衝撃の事実にまたもや呆ける女性。満点とはこれいかにって顔だ。


「いやそれも可笑しいじゃろ!?そこまで深い言葉じゃなかったぞ!?」


「じゃあどうすればいいってのさ。。。」


いい点を与えたら怒られて、悪い点を与えても怒られる。

どうしたら喜んでくれるって言うんだ?


善良なる少年である僕は苦悩する。


思えば幼い頃から人の心を慮れって言われてきた。


相手の生き方、人生から得た矜持。持ち上げすぎても貶しすぎても痛めてしまう繊細で傲慢な自尊心。それをいち早く把握し、順応して言葉をかける。


僕にはそれが著しく欠けているらしい。


曰く、相手の負の感情を消化できていないだとか。


人に気を遣って何が楽しいんだって思うけど、そうではない。


計算高いとか腹黒いとかそういうことでは決してない。


自分が喜ばしたいときに相手を喜ばし、自分が怒らせたいときに相手を怒らせる。これができない人間は、相手の為に行動できていないということ。


怒らせるか悲しませるか。それを目的としない自分の行動を、それが出来ずにそれを望む己の行動を、只の自己満足といわず何と言うのか。


自分が相手を喜ばせたいと思うのなら、『自分がされて喜ぶこと』ではなく、『相手が喜ぶこと』をするべし。その為には、相手の心を把捉するのが最重要。


そんな事を次兄と次姉は言っていたっけ。


「ファイーブ。聞いているのか?」


「ああ、勿論だよ。ペル。僕が懐いてくれて嬉しいて話でしょ?」


「いや、違うじゃろ。。。。満点はおかしいって話じゃ。」


さっきも言った通り、僕には相手の心が分からない。


僕の『喜び』と、相手の『逸楽(いつらく)』はベクトルが異なるらしい。


長さも、向きも、何もかも。


だから。。。。。。


「ああ、そうとも言うね。」


「そうとしか言わんじゃろ。。。。。坊は本気で教会に行くか?」


ペル、僕には君が必要なんだよ。




これは、そんな僕の物語。





どうかご清聴下さいな。





「知らない天井だ。。」


「それはもういいって言ったじゃろう。」


僕が居るのは高級そうな宿のその奥の一室。そこはVIPオブVIPしか入れない宿主の部屋の中。さっき高級そうって言ったけれど、実際に高級なんだ。


「気持ちいいかい坊?」


「ノーコメント」


そこで僕は部屋の主に膝枕して貰っている。


・・・ちょっと首が痛いけど、男の浪漫の為に我慢する。


大体成人女性と、13歳の男の子じゃ膝枕は無理なんだ。でも男の浪漫ていうブースターが、痛みを緩和してくれる。。。筈。


……首、かなり痛い。


正直さ、そこまで膝枕に浪漫感じてないんだよね。でも、ほら。周りが憧れていたらちょっとだけ憧れるでしょ?そういう感じ。誰だって百害しかない煙草を吸いたいと思っていなくても、周りが憧れていたり吸っていたら自然と吸ってしまう。それと同じだ。


いや、違うかな?


「ちょっと待っておれ。」


そんな僕の顔を見て、膝の位置をずらしながら柔らかい太腿を僕の頭の下に敷くペル。お陰で痛みがかなり緩和した。


「痛かったかの?」


「・・・かなり痛かった。お陰で今は大丈夫になったけど。」


僕の言葉に呆れた様な顔をして目を覗き込んでくるペル。蒼炎のように煌めく彼女の瞳に、僕は目が離せない。


そんな僕をお構いなしに彼女はその若葉のような瑞々しい唇から言葉を織りなす。


「だから辞めて置けと言っておるのに。男はこういう膝枕なんぞに浪漫を抱くが、考えれば首を痛めるという事に気付くじゃろ?」


あまりのいいように、ちょっとムッとした僕は口をとがらせて反論する。


「それでもしたくなるのが浪漫なのさ。女の人だって宝石をジャラジャラ付けたいって誘惑に駆られるでしょ?付けすぎると却って下品に映るのに。」


「そういうものかの。」


「そういうものさ。」


男のロボット。女の服選び。筋肉や背。なんかよくわからん執着心っていうのは性別問わずあるよね。理由なんて全く無いけど、なんとなくそれに執着するんだ。本能なのかな?


膝枕に執着する本能っていやらしすぎるな…。


でも僕の言葉に納得したのかペルはくすりと口角を上げて微笑む。


「ふふふ、本能か。。。確かにそうなのかのう。」


「でしょ?」


「じゃが。。。。」


「じゃが。。。?」


ペルは何ともいえぬ表情で僕を見る。


「‥…膝枕に執着する本能っていやらしすぎるのぅ。」


「でしょうね。。。。」


ペルもそう思っていたんだ。。。


「それにしても、、、、」


「なにさ?」


懐かしいそうに遠くを眺めて物想いに耽るペル。その何でもない動作ですら様になるのが彼女の凄い所。


「始めはあんなに警戒していた坊が膝枕を要求するほど妾に懐くとはのう。」


「やめてよ。誰だって始めは警戒するさ。美人が半裸ですり寄ってきてるんだもの。色仕掛けを警戒するさ。」


「半裸ていうなし。そんなこといったら水着や踊り子の衣装は裸になってしまうじゃろう。」


「違うの?」


肯定しようとしたけど、話の流れ的に疑問形に修正した僕。こういう咄嗟の判断がこの先を分けることを僕は知っている。


「違うぞ!?坊それ絶対言うなよ!!殴られるぞ!?」


「ごめんなさい。。。」


そしてこの判断は正しかったわけだ。あぶねえ。


「まったく。。。。。まあ坊の生れを考えれば仕方のないことかのぉ。。」


僕の生れ。


そこには薄着の人なんていない。淑女は妄りに肌を見せず、男は常に紳士たれ。それが当たり前でそれをこなしてやっとスタートラインに立てるような世界。


王国五子、王位継承権5位の第5王子。今年で13歳になる学園二年生。


それが僕、ファイーブの肩書だ。


そして今僕と話しているのがペルセポネ。娼館『ヤーマ』の主で、娼婦で、踊り子で、鑑定士で、占い師。ペルセポネなんていうギリシャ神話の大仰な名前は、所謂源氏名というやつなんだろう。本名は僕も知らない。


付き合いが長い僕はぺルって呼んでいる。


サファイアのような蒼い瞳。日に焼けた健康的な肌。黒曜石のような吸い込まれる漆黒の髪。誰もが羨むようなスタイルに、色気と神聖さの調和した衣装。


まるで美の神を体現したような彼女を独り占めしている僕は、世界一幸福な男と言ってもいいだろう。


そんなことを思いながら彼女を見ていると、溜息を吐きながら彼女は僕を見る。


「話は戻すが、もし密の罠だった今の状況はどうするんじゃ?」


「どうって?」


「もし本当に色仕掛けだとしたら、坊は悪女の巣に絡め取られておる真っ最中ということになるんじゃが、てことよ。」


「ははは、確かに。こんなにもペルにべったりだもんね。」


ペルセポネは著名な踊り子として様々な場に入り込み、その手練手管で男を惑わし、占いと鑑定の力で権力者と対等な立場を作り上げている女傑。この王都の顔役の1人として数えられている。


そんな彼女だからこそ、この関係に不安を抱いているのだろう。なにせ王子である僕を利用すれば何億という富が転がり込んでくる。


「優しいねえ、ペルは。」


「うっさい。そんなもんじゃないわい。他の組織に利用されるのが心配なだけじゃ。」


照れてる照れてる。


裏町だけじゃなくて、王都全体の顔役になったていう彼女は、何度か王宮でその力を遺憾なく発揮し、また王家に連なる貴族の相談役として幾度となく貴族街へ足を運んでいる。凄いよね。


そしてそれが僕の想い人だ。


にしても、心配かぁ。。。


「僕の力を一つだけ享受しているっていう優位性が無くなっちゃうもんね?」


僕はにんまり笑って彼女にそう語りかける。


「にししし、バレたか。」


すると女傑は滅多に見せない悪戯娘のような笑顔で返す。僕にだけ見せてくれるこの笑顔。これを見るのに、僕は何年かけたことか。


「でも大丈夫だよペル。」


「なぜ?」


きょとんと無垢な少女のような顔で僕を見る。この顔を見れるのも僕だけだ。


「僕の権力はたいして大きくないからそもそも濫用できないし、実際に悪用したら人間の首は即座に飛ぶだろうからねぇ。」


逆に言えばまだ首が飛んでいないペルは、僕の威光を笠に好き勝手しているわけじゃないということ。あんだけ僕の力を利用するなんて言っといて。。。


いい奴かよ。


そんな僕の生暖かい視線に何かを感じ取ったのか、誰かに弁明するかのように早口で喋るペル。


「いやいやそれでも王子の寵愛を独り占めしとるなんて結構なメリットじゃからな?他の娘っ子どもが聞けば羨まし妬まし憎しで妾は刺されてしまうわい。」


ペルが周囲に妬まれて刺されている姿なんて想像できないな。むしろそんな娘達の相談に乗っていそう。


当然そんなことを口には出さず、僕は言葉通りに受け取ったふりをして話を続ける。


「確かに僕を独り占めすれば色々と融通は聞くようになるだろけど、汚職だと判断されれば議会で断罪一直線。王家の威徳を固守するため一層厳しく締め付けられると思うよ。」


僕の興味を反らせたことに安心したのか。安堵の表情を浮かべて彼女は一言。


「怖いのぉ。」


そんな風に全く見えないんだが??


まあいいか。


「王子だもの。王国の権威と面子の塊を簡単に使えると思っちゃいけないよ。」


ニューヨークの町を駆ける蜘蛛男も言っていた。大いなる力は大いなる責任を持つって。王子の力を十全に使えるのは、それ相応の責任を担ってからだ。


そんな僕の最高にクサイ台詞を聞いて目をパチクリとさせたぺルは、ニマニマ笑ってこう言ったね。


「いやいや、ここまで儂に惚れておきながら、ちゃんと先を考えて居る坊が怖かったのじゃよ。」


つまり僕は捉え違いをしていたと。中二台詞を吐いてことよりこっちの方がめちゃ恥かしい。


当然そんなことに気取られない様にキリッと凛々しい顔で僕は話を続ける。

…だからニマニマするの辞めてくださいお願いだから。


「勿論分かっていたよ?」


「嘘つけ。」


一瞬で看破された。無念。


「…色ボケしつつも冷静な判断が出来ているってことが怖いってことなの?」


「そうじゃよ。」


「変なの。快楽に溺れることとリスク管理を怠ることは同一じゃないのに。」


何か面白かったのか、クスリと微笑んだペルは人形のような指で僕の髪を漉きながら鈴の音のように言葉を転がす。


「そういうものなのじゃよ。」


「そういうものか。まぁぺルがそう言うのなら。。。」


ペルがいうのならきっとそうなのだろう。そう思ってしまうぐらい僕は彼女にベタぼれだ。


もう自分の身分を投げ出してもいいぐらい好きだ。


分かっている、分かっているよ?相手は何万という男を相手に金を貢がせ、腹の中に化け物を買っている貴族や商人相手に交渉してきた百戦錬磨の女傑。


きっと僕なんてカモにしか見えていないだろう。


キャバ嬢に貢ぐ財布Aと変わらない。


それでもやっぱり僕はこの恋を諦められないんだ。


その事を素直にペルに告げると、彼女は困惑した顔で僕を見返す。急に何言ってんだコイツって顔だね。うん、ですよね。


「妾は職業柄こういうのに慣れ取るんじゃが。坊はええのかえ?妾は坊を愛することはあっても恋することは無いんじゃよ?」


「ははは、どうだか。愛を力に世界を救う戦士だって、愛の為に地球を滅ぼす男だっているんだよ?女の子一人の心ぐらい簡単に傾かせてみせるさ。」


「チキュウ?どこの国じゃそれは?」


ああそっか。この世界はそういう風に言わないんだっけ?


「愛は世界を変えるんだから、一人の女の子の気持ちを変えるぐらい余裕だよってこと。」


最高にクールな顔でキメ台詞を放つ僕に、ペルの顔は変化する。

む、これは。。


「そのセリフ気持ち悪くて吐きそうなんじゃが。。。。」


「え、本に載ってたのに。。。。」


決死の言葉をバッサリと切り捨てるペル。この人に情はないのかな?そんな所も好きだよ。


「13歳の王族にそんな本薦めるとか正気の沙汰じゃないのぉ。。。」


「でも『ヤーマ』の女の子たちから借りたんだよ?」


「あいつら後でシバく。」


「ふふふ。」


僕にはペルが必要だ。


ペルと話していると落ち着くし、何より重圧を忘れることが出来る。


心が安らぐんだ。


薬物の効果なのかと調べた事があるけれど、何も出てこなかった。


これはペルだからこそなせる業。


人を魅入らせる話術。力ある占いと鑑定。恋慕を誘う色気に、苦悩を察し救う経験値。それがペルの武器であり、実力。これに僕は救われた。


「それにしても、始めはびっくりしたよ。8歳児に遭うのにもうちょっと刺激の少ない服は無かったの?」


「・・・寧ろ8歳児にそこまで遠慮すると思うかの?8歳児じゃぞ?スカート捲って喜んどるような年齢の餓鬼に露出云々を気にするわけなかろうて。」


「いや気にしようよ。痴女だと思って通報しようとしたんだけど。」


通報ボタンが手元になかったからそのままフリーズしてたけど、もしあったら懐かしの必殺コマンド以上の速度で連打してたに違いない。それぐらい衝撃的な出会いだった。


「アラヤ人への救済に感謝を述べに来ただけじゃったんじゃよ。それも話が通っておるということじゃったんだが。。。」


「信じられないことに、僕にだけ話が通っていなかったんだよね。」


ペルが来ることを姉上兄上は知っていたらしい。なぜ僕だけ。性質悪すぎる悪戯だよね。当事者なんですけど?せめて無関係の人にしてくれ。


ところが僕の言葉に彼女は何も不思議じゃないと言わんばかりの苦笑い。


「いや、あの方はよく面白がってそういうことを為さるから信じられなくはないんじゃが。。。ドッキリてそういうものじゃし。」


「え、よくするの?僕王族だよ?そこで面白がる?ぺルがよく言うあの方って恐れ知らずすぎるでしょ。」


「そういう方なんじゃよ。。。。」


『あの方』っていうのは誰か知らないけど、言い方から察するにぺルの上司。王都の顔役に上司がいること時点でびっくりだけど、ぺル曰く『頭可笑しい善人もどき』らしい。


それ本当に人間?怖くなって詳しい話を訊くのは辞めた。僕、偉い。ヤバい事には首を絶対ツッコまないんだ。


前世で学んだことの一つだ。


それにしても『あの方』は、王族への根回しだけ敢えてしないとか首が怖くないのかな。面白がって自分の命賭けるとか勇気有り余っているね。それを他の事に使え馬鹿。本当にびっくりしたんだぞ。


「まぁ、取り合えず。今でも感謝はしとるぞ坊。アラヤ人の奴隷市場をぶち壊してくれてなかったら、あの娘たちは今頃搾りつくされて酷い目に遭っていたじゃろうからな。」


「ふふふ、どういたしまして。」


ペルセポネ、もう長いからぺルで行くけど、ぺルはアラヤ人と言って一定の居住国を持たない特徴を持つ種族なんだ。流浪の民と言えばいいのかな、兎にも角にも国を渡り歩く民族。


そしてアラヤ人のもう一つの特徴としては知神の加護が強いこと。ぺルみたいに占いや鑑定と言った技能を持っている娘が多いんだよね。


だから隷属させて、無理矢理にでも自分の物にしようとする組織に狙われやすい。知識は財産。財産は富。莫大な知識を持つアラヤ人は上手に使えば金になる。そういう思惑でアラヤ人を攫い、市場で競売にかけるようなところも後が立たない。


そんな組織の一つを僕は叩き潰したんだ。


見つけたのは偶然だけど、潰せて本当に良かったよ。


「でもそのお礼だからと言ってあの時の僕に会おうとよく思ったね。」


「まぁ聞いておったのは噂だけじゃったからのぉ。」


第五王子である僕は、それはそれは複雑な環境でグルングルンに雁字搦めにされている。


平民でありながらも父の寵愛を独り占めした母に、王位継承戦に祀り上げようとする貴族、そして僕を疎んで消そうとする王家の人間。急逝した母の喪服中に来た夥しい数の暗殺者。愚かな政策を自慢げに語る害悪と、憎々し気に僕を見る派閥の長達。


幼くしてそのことを理解した、いや、()()()()()僕は、前世の記憶も相まってかなりやさぐれていた。スローライフやってやる!!王国なんざ滅んじまえ!!俺の人生なんだから国民なんて知るか!!てやつだ。


もう不良も真っ青な反抗期である。


そんなやさぐれボーイ一直線だった僕は、ぺルに出会った。


自分の彼女への第一声は今でも覚えている。


「痴女さんですか?」


「ぷぷぷ、そっくりじゃのう坊!」


「ぺルも反応が成長していないよ。」


あの時僕の言葉に爆笑で返したぺルは、当時8歳だった僕の拙い言葉に惜しむことなく付き合ってくれて、僕の友人として相談に乗ってくれた。僕はそこからぺルの店に遊びに行き始めたんだ。


正直8歳が遊びに行くところではないが、当時の頃から皆暖かく迎え入れてくれた。


・・・・多分店の子達は面白がっていただけなんだろうけど。


なにせ王国の裏表を束ねる一大派閥である自らの長が、幼気な少年ひっかけてきたんだからね。僕が店の子だったら店長を煽ってる。実際煽られていたし。


「それでも坊はきていたのぉ。。」


「まあ、その頃からペルが好きだったからね。」


僕がぺルに惹かれた理由は簡単、話を最後まで聞いてくれたから。どっかの少女漫画の王子様ぐらい我儘で浅薄な台詞ほざいているな僕。何様なんだよ僕。でもそれで恋に落ちちゃった。


そんなちょろするぎる理由で始まった恋だけれど、やっぱり僕はペルセポネが好きだ。


そんなペルと会わせてくれたくれたあの日を、僕を今でも感謝している。


「ペルにしてみれば、あの時僕に会いに来なければよかっただろうけど。」


「なぜじゃ?一族を助けた恩人に感謝を告げないなど、アラヤ人としての名が廃るぞ。」


「そのせいで僕に付きまとわれているんだけどね。」


その言葉に眼をパチクリと瞬かせたぺル。

そしてこてんと可愛らしく首を傾げて一言。


「別に良いじゃろ。どこも問題ないわい。」


あらイケメン。惚れ直しちゃいそうだ。



「店の女の子に『店長はついに少年愛(ショタコン)に目覚めたのか!?』て言われているけどね。」


「マジであやつらシバキ倒さないと分からんのか。。。」


それは嫌なのか。。。難しいなぁ。


「責めないでやってよ。彼女らは悪くないさ。」


「いやでものぉ。。流石にのぅ。。。」


「その噂広めたの僕だし。」


「何やっておるんじゃ坊!?」


いやだって外堀を埋めていこうと思うじゃん?ぺルがイエスとしか言えない状況にまで持ち込むのが普通じゃん?


その為の最善手がこれだったんだよ。


「それに僕としては、ぺルに感謝して貰わなくてもいいんだよね。」


「・・・・なぜじゃ?」


「だってぺルにあえたから。」


「・・・・坊。」


「これだけで十分なお礼だよ。」


それが、僕の偽らざる真摯な気持ち。


「それはキモいて言っておるのに何故言うのじゃ。。。。」


酷い。


結構勇気を出して言ったのに。

けどまぁ、前世の僕だって、13歳の少年に手を出している女性を見たら通報するだろうな。


あと、成人女性を口説いている13歳を見たらビビる。恋愛対象として見るとかじゃなくて、ただただビビる。


「恋愛って難しいなぁ。。。。」


「坊。。。。」


なにさその残念な子を見るような目は?



前世の僕は何もしてこなかった。


普通にご飯を食べて、普通に遊んで、人並みの勉強しかしてこなかった。


人並みに親に反抗して、恋をして、そして大人になった。


待っていたのは地獄だった。


運が悪かったんだ。


寝れない、休めない、徹夜連勤は当たり前。給料は低くて、何もしてないのに怒られる。何をしても怒られる。自分以外のことも責任取らされる。


そんな企業に入っちゃった。


俗に言うブラック企業ていう奴。


まさか自分がって気持ちだよね。テレビで『ブラック企業って怖いなー』て思いながらそこに通っていたなんて。


「案外自覚はないもんだねー」


「何がじゃ?」


無視すればいいのに律儀に反応してくれるペル。そんなところが(略


「いや。自分はそんなことにならないって思っていても、客観的に見ればそうなっているんだよなーて思ってさ。」


「今日()哲学じゃのう。」


「ははは。そうかな。」


今もしかして盛大にディスられた?いやいやそんな馬鹿なね。


「そんな難しいこと考えんと、休めよ坊。その為にここにきたんじゃろ。」


「そうだね。ここは癒しと休息の場だよ。」


人には休息が必要だ。機械と同じ。


メンテが不可欠なんだ。


メンテナンスをしないとガタが来る。そうならないように睡魔というシャットダウンスイッチが人には備わっている。睡魔は体のサインなんだ。無視していいものじゃない。根性で部品は修復しないんだ。


「最近はきちんと寝れていないしね。」


「そうなのか?」


「そうなんです。」


それでも人には寝られない時はある。締め切り前とか、仕事中とか、寝てる状況じゃない時がある。


そういう時は貯蓄リソースを燃料に振って体を覚醒させる。脳を強制的に暴走させて眠気を覚まし、アドレナリンをガンガン分泌して無理矢理体を動かす。過剰なエンジンで破損に目を瞑ってでも体を稼働させてるんだ。


苦痛は全部アドレナリンという興奮物質が吹き飛ばしてくれる疲れ知らずのマシーンの出来上がり。辛くても痛くても、気にしなければ意味はないってね。


当然コストは高く付く。血圧血糖の上昇、集中力の持続精度の短縮、情報処理能力も低下する。脳内に飛び込んでくる情報を正しく処理できず、意味のない情報に囚われる。故にミスジャッジが起きる。


ケアレスミスの増大だね。


あれは、注意力が落ちたから起きるんじゃない。


正確に言えば、脳に溢れ出ている情報全てに注意してしまっているせいで、本当に大切な情報を見失ってしまっているだけなんだ。注意していないのではなく、()()()()()()()()のだ。


ゆえに過労は不眠を招く。


暴走した脳が過熱(オーバーヒート)して、それを冷ます放熱期間(クールタイム)。これが終わって人はやっと眠れるのだ。この冷却時間が終わるのを待たずに脳をまた使えば、永遠に熱を帯びた脳の完成で、睡魔はやってこない。


熱を帯び続けた機械が稼働すればどうなるかなんてわかり切っている。


今でも薬を用いないと眠れない。中々社会復帰が難しい現代病の一つ。


そんな病に罹った僕は、何もできなかった。それに気付けず、気づけば死んでいた。


享年25の事だった。


人生賭けて学んだのは、人には休息が必要ってことだった。

分かっていたけど分かっていなかった。その値段は高くついたよ。


・・・・保険適用されるかなぁ


「ファイ!!」


そんな風に黄昏れて夕焼けを見ながら寝そべるなんていう青春ゴッコしていると、絹のような声が店内に響き渡る。声の主は下からかな。


ペルにも聞こえたのか僕の方をしっかりと見ている。

あれだけ大きな声だと聞こえるか。


「坊?迎えがきたぞ。」


「分かっている。」


僕もペルも何度も顔を合わせたことがある、友人の声だ。


「ここにいるのは聞いておりますわ!!さっさと出てきなさいファイ!!」


僕の幼馴染にして親友、スノー。彼女が僕を尋ねてきたのだろう。


「毎回思うけど、なぜスノーはここが分かるんだろう?この『マーヤ』て店は移動式なんでしょ?」


移動式っていうのも十分ツッコミたいところだが、その移動場所を探し当てるスノーはどうなんだ。人間探査機か。


僕の疑問にペルは和やかに笑って謡うように答える。


「頑張ったんじゃないのかえ?それこそ流行りの『愛ゆえに』てやつじゃろうて。」


そのセリフマジで年寄りみたいだね。口には出さないけど。


「そんなに年寄り臭いかえ?」


バレてる!?


「いやいや!!そんなことないよ!!今を生きる最先端のナウでヤングな子みたいなこと言ってたよ!!」


「坊も年寄り臭いのぉ。。。」


折角好きな子の好感度を上げようと必死にフォローしたのに、逆に憐憫と同情の視線を向けられた。解せぬ。


「それにしてもあの娘っ子は本当に坊のことが好きじゃのう。。。」


「夫人の病を治したからかな。でも栄養バランスを考えて食事をとって貰っただけなんだけどね。。。」


「お、おう。それで治るような病じゃったのか。」


一応この世界でも栄養っていう考え方は浸透している。詳しい原理とまでは言ってないけれど、経験則で分かっているんだよね。


・・・・言いにくいんだけど、それを怠った夫人は正直。


僕への感謝より前に、改善するべき点はあるでしょう。


「だから僕を救世主の様に扱うのはよしてほしいんだよね。」


「娘っ子の好意を無下にするのは関心せんがのぅ。」


「ぺルはただ面白がっているだけでしょ。」


「そうとも言うな。人の恋路を見るのがこれほど面白いとは。アイツ等が妾の罰を受けても尚おちょくってくる理由が分かったわ。」


「。。。。。」


罰、受けているのにやっているんだ。それは知らなかった。


「ほれ、さっさと行かぬか。あんな良い娘を待たせるなんて男としてほんまに。。」


「ほいほい。」


ぺルの部屋から出て、階下に下り右折してそのまま30m直進。そこには店の女の子と喧嘩している僕の幼馴染がいた。つまり入り口に着く。


「ファイ!!!」


「やあ、スノー。どうしてここに?」


「お勤めが終わって、偶々ファイーブがそこに入るのを見たのですわ。」


スノーは、名前が示すように雪のような白の肌に純白の髪をした僕の親友だ。前世で見れば二度見間違いなしの少女。雪の精のような華憐な姿に見とれる人もいるだろう。肌と髪の色にドン引きする人だっているだろう。でも今世じゃこういう髪色が普通なんだ。


「どうしましたの?」


「相変わらず透き通るように綺麗な髪だなって思って。」


なのに黒髪は悪魔の生まれ変わりとかマジ意味分かんないよねこの世界。じゃあ青色とかどうなんですか!?海水の生まれ変わりですか!?それとも空の生まれ変わりですか!?そこんとこどうなんです先生!!


しかも僕みたいにちゃんと生まれ変わっている奴がいるから一笑にふせないのが性質悪い。


「ふふん!いいでしょう。」


「うん、綺麗だよスノー。」


そんなことを思いながら顔を輝かせるスノーを見る。彼女はつい前世の妹を思い出させる。あいつは元気かなぁ。僕みたいに変な企業に勤めていないといいけれど。


「今日のお勤めは早く終わりましたの!」


「それは良かった。お疲れ様。」


「あれぐらいなら余裕ですわ!それに苦痛どころか楽しいですし!」



今スノーが言ったお勤めとは雪巫女の祈祷のことだ。

雪巫女とは国の天候『降雪』を司る雪龍と唯一想いを通わせることが出来る人間。


「降雪だけとかwwwしょっぼwwww」とか笑う人がいるかもしれないけれど、雪龍の降らせる雪はもう豪雪なんだ。ガチれば王国全土がツンドラ地帯に一直線どころか瞬間変化だ。


夏に大雪が来ても困るし、冬でも頻繁に-25℃とかになられたら国がしっかり亡んじゃうんだよね。寒いから凍傷云々は勿論のこと、交通網の麻痺に加えて寝たら凍え死ぬし作物も動物も全部駄目になっちゃうからどうしようもない。だから雪龍とお話できる雪巫女が国の存続を決めるって言っても過言じゃない。


そんな相手を借金漬けにするなんて兄は国のことなんてどうでもいいのだろうか。どうでもいいからするのだろうね。


「それでどうしてスノーはお店の前で大騒ぎしたんだい?」


「そりゃあ、私だってそんなことしたくありませんでしたけど。。。」


「けど?」


恐る恐る言葉を選ぶスノー。まるで僕が怒っていると思っているかのようだ。


「今晩はフォー様に夕食の招待がされていますのよ?」


「準備は出来ているから大丈夫だよ。」


「そうですけど。。。でも万が一でも忘れていたらと思うと。。。」


しょぼんとしたスノーの顔を見て心が痛む僕。13歳の少女にマジレスする元成人男性。控えめに言ってカスだよね。大人げないとかいう次元じゃないよ。シンプルに屑だ。


そんな自己嫌悪感を紛らわす為に、猫撫で声で声を掛ける僕。


「時間も遅いしもう帰ろっかな。さ、一緒に帰ろうかスノー。」


「・・・・ええ。」


「坊はモテモテですね。。。」「羨ましいなぁ。。」「私もモテたい。。。」

「美少女。。。。」「ナデナデしたい。。。。」


そしてそんな僕をみてそんなことをほざく店の子達。君達僕がぺルのこと好きなの知っているよね?雇い主の反感を買いながら煽っているんだよね?


それにスノーと僕はそういうのゃないし。前世で考えるとスノーは孫くらいの齢だ。流石に恋愛対象にはならないし、できない。


「ん、どうしたのスノー?」


服の裾をひっぱりふくれっ面で僕を見るスノー。リスみたいで可愛い。


「いいえなんでも。」


(ファイは私よりもあの女が良いのですね。)


スノーはぼそりと小声で呟くが、残念ながら僕には聞き取れなかった。


「何か言ったかいスノー?」


「いいえ、何でもありませんわファイ。」


そっか。


スノーと共に王城に戻っていると、唐突に彼女が僕に尋ねてきた。


「ファイはまだ身分を明かしていませんの?」


店の女の子達に僕が王子だと言えばあの無礼な人間達を一掃できるのにって顔だ。スノーはなんだかんだ言って貴族の娘だから、こういった身分には煩いんだよね。


これが貴族として健全な証。


僕と価値観がちょっとだけ相いれない部分。


「当然言ってないよ。」


「どうして?」


「言う必要が無いからさ。」


「怖いんですの?」


んぐ。思わず顔を引きつらせる僕。顔面に振りぬき右ストレートを喰らった気分。


「どういう意味だい?」


「第五王子だと、煙たがれると思っているのでしょう?」


「ははは、そんな馬鹿な。」


乾いた声しか出ていないのを自覚しながら、それでも白を切る僕。

まあ、スノーの目を見る限り見抜いているだろうけど。


「王宮と同じように腫物扱いされるのが怖くて堪らないのでしょう?」


うーん。。。。。。ぶっちゃけその通り。


なんなのスノーは。エスパーかな?


冗談はともかく。スノーはさ、幼い頃から何百年も生きている雪龍おじいちゃんとお話しているからか、こういう人の機微に聡いんだよね。早熟すぎる。


真面目な顔して僕を見るスノーを前に、誤魔化しきることはできない。


「‥‥そりゃあさ、自分の身分を明かすのは怖いよ。」


「ファイーブ。。。。。。」


「だって王子だよ?一声で平民の首を刎ねることができるんだ。」


権力っているのは、究極的には作業の効率化のためにある。


船頭多くして船山に上るように、皆がワイワイ好き勝手に指示をすれば迷走する。船頭ていう頭を一つだけにしなきゃいけない。船頭と船員という身分を区別しなきゃ船は海を進めないのだ。


その為に権力権威が付随したの必然のこと。


そして船員が船長を恐れ敬うように、国民が莫大な権力を持つ王子を畏怖し讃えることは当たり前なんだ。そうすることで身分の差が浮き彫りなって、より作業が効率的になる。


この問題は、権力者が自分を優性民だと勘違いする事。能力じゃなくて生れと言う幸運で得た地位を実力と勘違いするんだ。


そしてもう一つが下の者が上の身分の人間を恐れること。これを責めることは誰にも出来ない。


僕だって怖くて泣いてしまうさ。


機嫌ひとつで人生をクシャクシャにできるんだから。


「でもファイはそういうことしないでしょう?」


「そういう風に相手は思わないってわけだよ。スノーだって人助けをする悪魔がいて、人を傷つける天使がいるなんて言われても信じないでしょ?」



天使は善。悪魔は邪。権力者は危ない。理由もクソも無い。これらは全て()()()()()()なんだ。


「そうですけど。。。」


顔を曇らせながら渋々納得するスノーの頭を思わず撫でてしまう僕。。


「子供扱いしないで」


「ごめんごめん。」


「もうっ。出会ってから何年経っていると思っているの。私はもう子供じゃありませんからね。」


頬を膨らませながら抗議する彼女に思わず頬を緩ませてしまう。ちょろい。


僕がスノーに出会ったのは、エルム地方の更に奥の山の中。


丁度城の中で缶詰みたいな生活をしていて嫌気が刺した僕は、転移っていう空間接離魔術で旅をしていた。一方でスノーは、病に臥せている母親を助ける為に領地の薬草を取っていた。


当然一人の女の子が登山下山できるほど山は優しくなく。崖から転落しそうになったところで助けたんだ。


ついでにスノーの母が罹患していた病も治した。


僕は医者じゃないけれど、ただの熱だったからちゃんとしたご飯と食生活を教えてあげただけで治ったんだよね。


「そしたら今度は借金と。。。。」


僕の言葉に非難の意を汲み取ったのか申し訳なさそうに頭を下げるスノー。そういうつもりでは無かったのだけれど。


言葉って難しい。


「あの時はごめんなさいファイーブ。関係無いのに巻き込んじゃって。」


「関係無くは無いじゃないか。僕の兄がしでかしたことなんだから。」


母の病の後、今度は兄王子によって家に多大な借金を掛けられたスノー。彼女は一度本格的にお祓いとか行くべきじゃないかなって思う。厄が多すぎるよ。


「一体どうして第三王子様に奸計を仕掛けられたのか。。。何かしたのでしょうか。」


「さあね。彼等はどうでもいいことで人を陥れる。肥大化した自尊心を傷つけるようなことでもしてしまったんじゃないのかな。」


「ファイ!」


僕の発言に咎めるような眼で注意するスノー。今の発言は王子への不敬にあたるもんね。でも僕だって王子だし、気にすることはないだろう。


「大丈夫。誰も聞いちゃいないさ。」


ここで王子について話をしよう。


僕の国には、5人の王子がいる。


第一王子ワーン。第二王子ツー。第三王子スリー。第四王子フォー。そして第五王子ファイーブこと僕。これは五男兄弟ていうわけではなくて、性別関係なく呼び名は『王子』なんだ。


これは『性別関係無く王の子である故に』ていう理由があって、他国では王女と呼ばれるツー姉上とフォー姉上も王子と呼ばれるんだ。


イイ話だよね。


閑話休題


そんな4人の兄姉がいる僕だけど、兄上達とは仲が良くない。


彼等は二人とも絵本で見るような欲深い人で、自分の為に平気で他者を蹴落とすんだ。


今回のスノーの家が抱えることになった借金もそう。兄上達の派閥最大の怨敵であるドレイク家(スノーの実家)に対して罪を被せて、賠償金と称して多額の借金を負わせた。


取り潰しを狙ったのか、後で有利な契約を結ぶつもりだったのか分からないけど、碌でもない目的だったのは確かだ。


酷いよね。


男なら正々堂々と戦うべきだ。搦め手などという卑怯な策を使うなんてカッコ悪い。


だから僕はS級モンスターである腐王クサルンを倒してスノーの家が背負った借金を返した。卑劣な罠に負けるわけにはいかないからね。


腐王クサルンは魔族だったとかなんか言われたけれど、弱くてよく覚えてないや。


「腐王は200年を生きる狡猾な魔の主。それを一晩で倒すなんてファイじゃなければできませんでしたわ。才に溢れているからこそできたことです。」


「皆が言うほど凄いことかなぁ。本気でやれば一刻で倒せたよ?」


これは本心。皆が伝説に怯えすぎているだけだよ。


「凄いですわファイ!!あの腐王をそんな乱雑に扱えるのは貴方だけですわよ!」


「うーん、皆が勘違いしているだけだよ。頑張れば誰だってできるさ。」


「そんな!!友人が女性しかいないのだってファイだけです!!もっと誇ってください!」


それは逆に僕の事を馬鹿にしてないかな?


そこから宰相の髭がどうとか、新作の甘露がイマイチだとか雑談を交わしながらも、僕はスノーと別れて食室に向かう。


その間も先ほどのスノーとの会話が一時も頭から離れない。


なぜ皆して僕を天才だとか言うのだろう。僕は普通の少年なのに。


前世から何もできなかった自分が今更天賦の才を持っているとは思わない。そんな器量があるとは思っていない。だって中身が前世の僕なんだ。


百歩譲って体がファンタジーでチートなニューゲームハイスペックボディだったとしても、中身は僕のまんまなのだ。うだつが上がらない前世の僕と何も変わらない。


皆は僕が何よりの才能があると思っている。天才だと思っている。でもそれは皆が努力していないだけだ。だって中身は、魂は凡夫と一緒なんだよ。


努力すれば誰だって僕と同じくらいになれるさ。前世と同じようにね。


前世で何もできなかった僕が、生まれ変わっただけで聖徳太子のようなリアルチートになれるほど人生甘くない。人生は、そこまで甘くないのだ。


もう夢は見ない。油断もしない。僕は僕らしく、ゆっくりと、丁寧に生きていくんだ。


そんなことを思いながら夕飯を食べていると、正面に座る女性が僕に問いかける。


「・・・となるのだけど話を聞いているのかしらファイーブ?」


僕の姉。第四王子ことフォー様だ。


「はい姉上。借用書の詳細と、その原本は恙無く(つつがなく)保管しております。」


「そう。話を聞いているのならいいわよ。」


小麦のように美しい金色の髪に、陶器のように滑らかな肌。そして静穏な蒼色の瞳。そんな容姿の姉上は、僕の言葉に素っ気なく返事する。


いつも通りだ。


「姉上。」


「なに?」


「スノーの借金を建替えてくれてありがとうございます。」


僕の謝辞を聞いているのかいないのか、姉上は食事の手を一切止めることなく淡々と言葉を発する。


これもまたいつも通り。


「べつにいいわよ。きちんと金を返してきたのだから。」


姉上、フォー姉上は分かりにくいがとてもやさしい方だ。


スリー兄上に謀略によってスノーの実家が借金地獄に陥っても、快くお金を貸してスノーの借金を肩代わりしてくれた。


借金の追撃としてくる様々な第一王子派からの攻撃を止めるようにスリー兄上と話をして、ワーン兄上にスノーへの殺害依頼を止めるように要請してくださった。


焦って金を稼ごうと僕とスノーを止めて、返済プランを組み立ててくれたのも姉上。その上借金は無利子で良いと言ってくれた。しかも期間はナシ。生きているうちに返してくれたらよいと。


感謝してもしきれない。


でも太っ腹て誉めたら駄目らしい。太っているて言われているみたいで嫌だって言ってた。可愛いかよ。


腐王クサルンを屠って得た報奨金も、すぐには借金返済には充てず、まずスノーの実家であるドレイク家の立て直しに使うように助言。その後余裕が出来てからゆっくり返せばいいとも言ってくれた。


無利子で期限なし。これだけ良心的な借金をさせてくれる人がいるだろうか。


優しくて、困っている人を助けることに何の躊躇も無くて。尊敬していた姉だ。


でも太っ腹と言ってはいけない。


「あのね、二人とも。」


「何よ。何か文句ありますか?」


「いや、文句はないのだけどね。でも俺の作戦を潰した現場を目の前で見せないでくれます?」


そしてそんな僕らに声を掛ける一人の男。中肉中背。くすんだ金髪にどす黒く濁った紺色の目。値段だけは張る悪趣味な魔具をじゃらじゃらと、下品に身に着けているその男はにこやかに笑っている。


そんな男に姉上は一言。


「嫌なのですか?」


「当たり前でしょ!?結構頑張って準備した罠なんですけど!?どれだけの下準備したと思っているの!!コネも金もガンガンつぎ込んだんだよ!?」


僕と姉上の間、つまり斜め向かいに座る男はヒステリックにそう叫ぶ。彼の皿だけ他とは異なり、豪奢で華美。その品で一体幾らの民を救えると思っているのだろうか。


「でしょうね。そうじゃなければ国属の公爵家を取り潰そうなんて真似できないですもの。」


「でしょ!?フォーは僕の苦労を分かってくれるでしょ!?」


姉上に必死に自らの悪事を伝える男は、まるで自分が被害者であるといわんばかりに手を顔に当てて、悲痛満ちた声を絞り出す。


「なのにポンと金を返されてさ。。。。愕然とした俺の気持ちを察してくれないかなぁ。。。。」


そんな僕の大事な友人を罠に嵌めた張本人。フォー姉上と同腹の兄、スリー第三王子。


よくもまあ僕の前に顔を出せたものだと思う。恥ずかしくないのだろうか。


「姉上。なぜこんな奴と一緒に食事をとるんですか?」


アンタ(ファイーブ)もメンヘラちゃんみたいなこと言うわね。アンタが嫌いな人間と飯を取ろうが取らまいとそれは私の自由なのよ。」


「ちなみにフォー。それは兄を尊敬している的なツンデレ理由ですか?」


「寝ぼけんなゴミ。テメェらがどちらか一方の派閥とのみ食事すると煩いからでしょ。そんなの無かったら誰がお前となんか飯食うか。不味くなる。」


姉上の辛辣な言葉にまたもや大袈裟に目頭に手を当てるスリー。僕は姉上にあんな暴言吐かれたらショックで寝込むけど、他人が言われているのを見ると胸がすく。


「・・・そんなこと言わないで。俺泣いちゃうよ?」


「おう泣けよ。シェードもお前が泣く姿見たいって言ってたわよ。」


フォー姉上の隣で控えている側近のシェードさんはうんうん頷いている。ここまで露骨に嫌がる側近もいるんだね。。。。。いい気味だ。


それにしても姉上はいつも冷静沈着。僕も見習いたいものだ。


「・・・酷いよフォー。」


「いいから泣けよ。」


「……えっと。」


「ほら泣けって。泣くんだろ?泣けよ。」


ただし冷静で優しいからと言って穏やかな人間とは言ってない。


「・・・ぐすぐすぐす。」


「そんなウソ泣きじゃなくて号泣しろ。懺悔しろ。私に今までのことを全部謝れ。」


しれっと要求をすり替えていく姉上。いいぞもっとやって下さい姉上。


「なんなら私がアンタを串刺しとかどうですか、これで泣き喚かない奴はいませんよ。」


「俺フォーの兄ちゃんだよね?そんなぞんざいな扱いに断固抗議するよ!」


兄上と姉上の仲がいいのか悪いのか。僕にはそれが分からない。一度聞いてみたことがあるけれど、姉ははっきりと嫌いだと言っていた。


そしてスリーは家族全員を愛していると言っていた。


けれど僕には、姉上と兄上にはそういう感情を抜きにした尊敬というか、信頼があるように思える。互いに互いを尊重し、快不快を超えた敬意が、二人の間にはあるように見えるのだ。


僕が尊敬してやまない姉上。僕が軽蔑してならない兄。二人の間には一体何があるのだろうか。


「それで、ファイーブ。」


「なんですか姉上?」


二人について考えていると、思い出したかのように声を掛ける姉上。


ただし、目は冷たい。


「腐王クサルンには魔族の証である黒角が生えていたのね?」


「え、ええ。でも黒い角が生えているだけで魔族と断定するのは時期尚早ではないかと。。。」


「そうね。でもそういう問題じゃないのよ。もし魔族じゃなかったら『ああ良かった』て安心すればいい話なの。問題なのは魔族だった時。もし魔族だったなら魔王が復活している可能性が高くなるわ。」


「そうなんですか?」


「そうなんですかって、アンタねぇ戦史でどれだけ言われてきたと。。」


そういって僕を怒鳴り付けようとして姉上だが、ふと我に却ってように声を抑える。そして僕の頬をグ二グ二と掴んでは伸ばしてこう呟いた。


「そういえばアンタはまだ学園で戦史を習ってないのね。。」


「い、いひゃい。。いひゃいでひゅあねうえ。。。。。」


あ。それ再来年習うって聞いた。

あとほっぺた痛い。やる側は気持ちいいかもしれないけど、やられる側はマジで痛いから。


「アンタのしていることを聞くと、本当の年を忘れてしまうから嫌だわ。。。」


「は、はははは。」


『本当の年』という言葉に思わずギクリとしてしまう僕。そんなこと姉上が分かる訳ないのに。杞憂だと分かっていてもつい、ね。。。。


「前回の人魔大戦は257年前。辛うじて勝利した人族の人口は12分の1にまで減少し、草地は毒で汚染されていたと言われていたのよ。取れる対策をしないなんてありえないわ。」


姉上の言葉に、事の重大性を知った僕。確かにそんなことされたら過剰な反応したくなりますよね。でも、それ以上に僕には聞きたいことがある。


「魔族に毒って効かないのですか?」


「ポジティブシンキングが、毒になることもあるらしいね」


「精神的なものだろ。いいから黙ってろゴミが。」


スリーがしょうもない冗談を言うも、姉上に一蹴。そして姉上の言葉によれば、千差万別。効くのもいれば効かないのもいるのだとか。


「まぁ、教会の聖水とかは必ず効くらしいわね。」


「へぇ。。。」


そういうことを授業で習うのかな。


「にしてもあの神童と名高い第五王子がこんなにも女子に弱いとは思わなかったよ。女の子の為に腐王が魔族である可能性も無視して命を賭した争いをするなんて。人間だれしも弱点があるんだね。」


ニタニタと僕の顔を覗き見るスリー。反吐が出る。どうしてこんなにも性格が悪い人間が生きているのだろうか。どうして誰も彼を処罰しなんだ。


「僕は神童じゃありませんよ。何度も言ってきているじゃないですか。」


嫌悪感を露にしてスリーに答えるも、彼ら(何故か姉上も)は肩をすくめておざなりに返事する。


「はいはい。そういうことにしておくわ。」


「天才の謙遜乙ー。」


慣れたように僕の言葉を処理する二人に思わず気を悪くする。


「なによ?」


「・・・僕は天才じゃないです。ただの一般人です。」


「はいはい。前人未到の軍隊級潜在魔力保有者で、災害弐級精霊を手懐けて、全属性持ちで、政治に精通していて、齢半年で言葉を発した王子様で、かつ一般人を装いたいのね。分かった分かった。」


違うのに。。。。。


僕は天才じゃないのに。。。。。


彼女達は何故、僕を天才のように扱うのだろうか。本当の天才は、僕程度では足元にすら及ばないというのに。


僕が今まで成功してきたのは運がいいからだ。


()()王族と言う金を持つ家に生まれ、()()権力者の家に生まれ、()()誰よりも早く自我を持ち、()()誰よりも多くの失敗をしてきた。


()()前世の記憶を持って生まれて、()()容姿が優れていて、()()初期魔力量が多くて、()()良識のある家に生まれた。


僕は運がいい。恵まれているとしたらそれは才能ではなく運だろう。


そんな僕が大きな結果を持って帰ってくるのは、それも運がいいからだ。


天才と言われる謂れはない。


僕が必死にそう弁明する。


「そっかそっか・・・・・。正直どうでもいいわね。」


「ファイーブは天才って概念に劣等感(コンプレックス)に満ちた信仰を抱えているからねー。正直天才ってものを万能か何かと勘違いしているんじゃないって常々思うよ。」


姉上の言葉に便乗してスリーは述べる。そんなスリーの鳩尾(みぞおち)を肘で撃ちながら姉上は話を進める。


「でも例え運がいいとしても勝手に国宝の所有権替えたり、未発掘エリアを踏破したり、商人や貴族に喧嘩売ったりしないでね。」


「あ、はい。」


それには何も言い返せない。僕の所為ではないけれど、ぐうの音も出ない程の正論なので何も言えません。


しかし、本論はそこではないのだろう。彼女はにこやかに笑いながらも僕の目を見る。


「でも。それ以上に絶対に、」


「「戦に巻き込まれるな。」」


スリーとフォー姉上は一言一句同じ言葉を重ね紡ぐ。


耳に胼胝が出来るほど言われてきている言葉。もうイントネーションまで真似ることが出来るほどだ。


でもそれを話す時の二人の目は。


冷たいとか、暗いとか、そういった次元の話じゃなくて。


ただただ、怖い。


「分かっているならいいわ。」


「分かっているならだけどな、ファイーブ。」


代わる代わる言葉を畳みかけてくるフォー姉上とスリー。


「勝手に国の所有物や歴史、財産を崩すのはいいわ。いや、良くは無いけれど、なんとかなる。何とかして見せるわ。」


「かっくいー。」


「カスは黙ってろ。」


「ひどい。」


「商人や貴族に喧嘩売るのもいいわ。それが法に則ているのなら。」


「そこらへんは俺が何とかして見せるよー。安心していいさぁ。」


またもや合いの手を入れるスリーを片目で見た姉上は、そのまま話を進める。


「スリー兄上の性根は最悪だったけど、」


「きわめて最悪だけれど」


二回言った。


スリーもめっちゃ悲しそうな顔して‥‥無いわ。寧ろいつも通りニコニコ笑っている。だから姉上にも嫌われるんだよね。言っとくけど姉上に嫌われるって相当だよ?


「すこぶる最低だが腕は確かだ。だからそこは信用していいわ。」


三回同じことを言いながら、姉上は言葉を続ける。


「これについて私はあまり支援はできないけれど、貴方がそうしたいなら好きにすれば良い。偽善で殴って嫌いな人を成敗。やればいいんじゃないって話よ。」


そして今度は無言のスリーとは対照に強く言葉を放つ姉上。


「けれど戦火は別。これだけは連れ込まないで。例え貴方がそれを悪だと断じようとも、それを許容できずとも、貴方だけの考えで巻き込まないで。」


「そのための議会。そのための政治。あなた一人の意見で国の進む道を決めないで。」


「分かった?」


「・・・・・」


「ファイーブ?」


姉上の猛々しい言葉と、その威圧に、僕は思わず目を反らす。けれど姉上は、例え目を反らそうとも、僕の目を覗き込むように見てきて返事を迫るんだ。


「ちゃんと約束なさい。」


「・・・でも。」


脳裏に浮かぶのは、エルンのこと。エルフの王女で、僕の親友。


彼女は話してくれた。自身の国の紛争の事。自身の家族が今どれだけ悲惨な目に遭っているか。自分は平和に暮らしているが、家族に対してどれだけ歯がゆい思いをしているか。


できることなら助けてあげたい。


「おい。」


そんな僕の想いを見透かすかのように声を掛ける姉上。地の底を這うかのような低い、恐ろしい声。脳裏に浮かぶのは、命乞いをする侯爵の生皮を剥ぎ、彼の娘と妻を釜茹でにした悪魔の姿。


「忘れるなよ?私は、平和を乱す奴は潰すと、()()()()()()()?」


一言一言を、銃弾を装填するかのように重く、けれども丁寧に発する姉上。圧が、畏怖が、この場を支配して僕は動けない。


「私が宣言する時は、()()()()()()。」


「私は、宣言したことは()()()守るんだよ。」


「・・・了解です。」


フォー姉上は、平和主義だと呼ばれている。


僕はこれが最高の考え方だと思っていた。皆仲良く、兄弟なんだから殺し合わずに生きていけばいい。兄上みたいに他者を蹴落とすのではなく、傷つけず、協力して生きていく。


そうすれば全体で見てもプラスであるし、どうして彼等は争うのだろうかとさえ思っていた。姉上のように平和を掲げ、皆で解決に向かって頭を突き付けて考えていけばよい。()()()()()()()()


あれを見るまで。


姉上の本当の『平和主義』という考え方を知った。あの拷問は忘れようにも簡単に忘れることは出来ない。


僕も仲良くしてもらったことのあるエナンチオマー侯爵。父上と仲良く盃交わすエナンチオマー侯爵。姉上だってそれを知っている筈だった。


それを姉上は容赦なく処刑した。しかも彼の目の前で彼の血族全てを拷問にかけ、惨たらしく殺すという過程を挟んで。


その理由が自身の箔を作る為というのだ。


僕には、もう姉上を昔のように尊敬して見ることは出来ない。


「・・・フォー。」


「あら、どうしましたサーシャ様?」


そんな空気のなか、フォー姉上に声を掛けた少女が一人。


青葉の様な緑色のある茶髪に、翠色の目をした少女。頭にピンと張った耳と、服から見えるふさふさの綿毛のような尻尾があることを除けば、僕らと全く同じ人間だ。


「獣国において、肉と野菜を同時に出すのは不敬に当たる、、、らしい、です。」


「らしい!?え、どっち!?」


可愛らしくこてんと首をかしげるサーシャ様は、王国との友好の印として父に嫁いできた獣国の王女様だ。何故かその婚姻は見送りになったけれど、それでも我が国の準王族として王宮に住んでいる。


「私の父も母も、肉食だったから肉しか出たことが無い。でもそういう話は聞いたことがある。」


「シェード?」


「詳しく調べてみますが、恐らくそれは獣国のナクラ地方の文化かと。」


「ナクラ地方?そんな場所あるの?」


フォー姉上の言葉にシェードさんは空を見て、(そら)んじたであろう知識を口に出す。


「遥か昔獣人の楽園『ズーピア』の12層のことをそう呼ぶと記憶しております。」


「あらそう。」


「・・・ごめんフォー。私が間違っていたのかもしれない、ですよ。」


申し訳なさそうに俯きながら謝罪するサーシャ様に対して、フォー姉上は屈託のない笑顔でこう言った。


「大丈夫ですわサーシャ様。こういう文化の齟齬を一つ一つ刷り合わせていくのも異文化交流の醍醐味ですから。」


最近13歳になられたサーシャ様は、よく姉上とともにいる。どうしてだろうか。思えば始めの方から姉上に懐いていたよね。


何故だか僕には分からない。サーシャ様が一番懐いているのがあんなひどい事を言っていた姉上と兄上だなんて。獣人を軽視した発言をサラサラと述べたあの二人の傍にいることが一番多いだなんてなぜなのだろう。


それにこんな妹を慈しむような、聖女みたいな性格の姉上が、あんな拷問するなんて信じられる?


そして僕あの時から3日ぐらい飯が喉を通らなかったけれど、兄上達とフォー姉上はその後何事も無いかのように昼食を召し上がっていた。


それだけ、フォー姉上にとってあの行為は歯牙にかける価値のない事柄だったのだろうか。


もしそんな人なら、サーシャ様が懐くだろうか?


そんな人が、僕の友人を助けるだろうか?


3億Gという決して小さくない借金を建替えて、スリー兄上とワーン兄上に話を通して追撃を止めるように話をするだろうか。


分からない。僕にはまだ分からないことだらけだ・・・・


家族のことですら僕には分からないのだ。


「というか男共は早く飯食べなさいよ。冷めてしまうわ。」


「うぃーす。」


「あ、はい。頂きます。」


僕とスリーは皿にある品を食べる。


スリーは迷宮魚のムニエルを口に運び、僕はフォークを掴み、空飛鯉のソテーを口に運ぶ。口いっぱいに広がる魚の風味と蕩ける脂。


おいしい。幸せだ。


そして姉上は、サーシャ様の背中を勢いよく押した!?え!?


「ひゃ!?」


「サーシャ様は伏せて!」


姉上、一体何を?


突然の姉上の蛮行に目を奪われていた時、直ちにスリーは懐から玉刀を取り出し席から立ち上がる。遅れて僕も事態に気付く。これは、、、、狙われている!?


パリン!!


僕が襲撃に気付いた刹那、窓が割れた音がしたかと思うと白仮面の男がひぃ、ふぅ、みぃ。。7人。多いな。


そんな風に思いながら魔力を練る僕とは対照的に、襲撃者を見ながら姉上はスリーに問いかける。


「スリー兄上?」


「いや俺じゃないからね。幾らファイーブを狙ってもこれはしないわ。サーシャ様は王宮の窓割って刃物を構える不埒者に心当たりある?」


「・・・・・ないです。」


フルフルと首を横に振るサーシャ様を見て姉上達は言葉を紡ぐ。


「最近こういうの多くないですか?本格的に騎士と警吏に文句いいます?」


「影も見逃しが多すぎるよね。流石に文句を言わせてもらうか。」


「近衛兵の給料とか没収してもいいんじゃないですか?」


「今月でもう10回目。週刊アサシンから日刊に格上げだね。」


「そういえば今日の占いチェックしてないですわ。。。」


緊張感の欠片も無いまま、二人は何事もないかのように構える。スリーは近接主体の逆刃持ちの構え、姉上は中遠距離用の杖を片手に半身の構えだ。


「フォーはサーシャ様を守りなよ。」


スリー(アンタ)は私達を守って下さいよ。」


「シェードさん?」


「私が守るのはフォー様とサーシャ様のみです。」


シェードさんは懐から小太刀を取り出したかと思うと、端的にそう答え、するりと身を低く構える。


「シェードさん!?俺は!?スリー第三王子は守ってくれないの!?」


「フォー様の命令に含まれていないので。」


「え、フォー!?マジで言っているの!?」


「何でアンタを守ると思うのよ。死んでくれたらいいのに。」


二人が話をしている間、僕は急いで術式を紡ぐ。一撃必殺。最大級の魔術を相手に・・・・


「ファイーブは何もしないでね。」


すると姉上に止められる僕。一体どうして。。。。


「そんな危ない目に遭わせられないわ。」


「でも!!」


そんな足手まといのように言うけれど!

僕は姉上からの子ども扱いに納得できない。僕の方が魔術の腕は上なのに。。。


「いやお前範囲殲滅しか行使できないじゃん。それ撃たれたら俺等も死ぬからね?それ分かっての『でも!!』なんだよね?」


でも。。。。。


「さっきの言葉を補足するなら、『危ない目に遭う』のは私達で、そういう目に『遭わせる』のはお前って意味だからね?」


姉上の言葉にこくこくと頷き同意するスリー。じゃあどうするんだ?姉上達は実技を疎かにして、騎士団稽古もサボっているじゃないか。


見たところ白仮面は手練れ。姉上達の普段の様子を見ている僕としては勝てるとは思えない。少しぐらい痛い目に遭ってでも確実に相手を仕留めることができる僕が対処するべきだ。


僕らを見ながらじりじりと距離を詰めてくる白仮面の男達の動きは洗練されていて隙が無い。相当な訓練を積んでいるに違いない。


それでも姉上はリラックスした姿勢を崩さず杖をユラユラと揺らしながら歌を口ずさむ。この張り詰めた戦場では似つかわしくもない澄んだ可憐な歌声。


「いーまー♪」


突然の行為に白仮面達からも動揺の空気が。


何をして 

「『沈黙(サイレンス)』!!!」...!!!


不意打ち気味の姉上の叫びを合図に、毬のように飛び出したスリーと白仮面達が刃で切り結ぶ。多少は不意を突くことは出来たものの、冷静に対処され力負けしてよろめくスリー。


だから僕がするって言ったのに。。。


そしてその隙を逃さず一斉に襲い掛かる白仮面。符丁を合わせるように無数の凶刃がスリーを貫く。


「スリー!!」


・・・・なんてことは無く。


ポン!という可愛らしい音とともに白仮面の足が爆ぜた。


え?


脚が、なぜ?


「おっしゃ見たかオラ!!俺の『ポヨポヨ』さんは無敗なんだよ!!」


スリーのふてぶてしい声とは対照的に、痛みと無力感に絶望的な顔をした兵士から垂れる血の充満した匂いが鼻腔を刺激し、僕は思わず咳き込む。


その間に姉上は杖を振りかざしてナイフやフォークを投擲しては白仮面の手や腕を地面に縫い付ける。


「シェード!!」


「りょ。」


存在しない脚を呆然と見つめ、縫い付けられた双手を必死に引っ張る仮面の男達の腕をすぐさまシェードさんが圧し折っては拘束していく。


その隙にスリーと姉上は白仮面の武具を奪っては、部屋の奥へと放っている。二人は相変わらず雑談したまま。


「シェードちゃん手際いいなぁ。。。良すぎない?教えてフォー先生。」


「もうかれこれ100人ぐらいにしてますからね。しかも毎日毎日毎日毎日。拘束三昧してればそりゃああなりますよ。」


「そっかぁ。」


「ストレスで禿げそうって言ってましたわ。」


「あ、シェードちゃん!!どうせ洗脳兵もどきだから、手荒にあつかっちゃていいよ!」


「話聞けよ。」


そんな二人の雑談の間に、サーシャ様はひょこりと顔を出す。どこにいたのかと思えば、ずっと机の下に隠れていたのか。


「洗脳兵てなに、ですか?」


フォー姉上の腕に抱きかかえられながらも声を上げたサーシャ様の頭を撫でながら、姉上は彼女の疑問に答えていく。


「命令を確実に遂行する事を何よりも重視する兵士のことですよ。痛みとか気にしないような訓練、というか洗脳教育を受けているので、拷問とかあんまり意味無いのですよねー。分かり易い例で言うなら教会の異端審問官なんかがそうですよ。」


「暗殺連の『蟲』なんかもだねー。痛覚ないんじゃないってぐらいアイツ等怪我しても動き止まらないし。」


「実際痛覚なんてないじゃない?機械人形(オートマタ)って言うんでしょうアイツ等のこと。」


「それは人形差別ですぅ。人形だって痛みを感じるんですぅ。人権侵害で訴えますよ?」


「人権侵害って。。。。ていうか痛みなんてどこで感じるのよ。」


「それは勿論。。。。。心さ!!!」


「ふふ、どこよそれ。」


姉上とスリーは笑いながら、シェードさんの捕縛作業を手伝っている。そして一人一人の仮面を外しながら、何やらメモを取っていく。どうしたのだろう。


姉上は僕の視線は一切気にならないらしく、ぶっきらぼうにスリーに尋ねた。


「それで主犯格はどれですか?」


「えーとね。。。。ちょっと待ち。」


そう言ってスリーは白仮面の前をウロウロと歩き回ったかと思うと、一人に向けてびしっと指をさす。


「こいつが主犯っぽいね!!」


え。。。


「本当かよ…」


僕と同じく姉上は信じていないみたい。

胡散臭い者を見るような目でスリーを見る姉上を見て、慌てて弁解するスリー。


「そうだって!脚が爆ぜた時に全員がコイツを見ていた。指示を仰いでいたんだよ。統率の取れ過ぎた兵隊の欠点の一つだね。役割に従事するあまり、思考を他者に委ねる。通常時における迅速な動きがか可能になるけれど、緊急時の咄嗟の判断が個人で出来ないんだ。」


僕があたふたとしている間に、そこまで考えていたのか。。。。。

でもそれならさっき白仮面の前をウロウロと歩き回った理由があったのか?


姉上はそこには疑問を感じなかったのか話を続ける。


「じゃあコイツが指示したのですか?」


その言葉を否定するかのように首を横に振るスリー。


「いや、コイツを媒体に声を届けたって感じだね。本当の主犯はコイツの体を通してこっちの様子を見ているだけの筈。この白仮面の中にはいないよ。もしコイツが親玉なら阿呆でしょ。」


「確かに親玉にしては弱かったですけど。間抜けが統率している場合だってあるでしょうに。」


ポンポンとキャッチボールのようにテンポよく話が弾む姉上とスリー。

僕?僕は内容に追いついていくので精一杯。


「切り捨てこそが洗脳兵の強みなのに?それに完璧な練度で襲撃決めれる癖に、その後はてんで駄目とか存在価値無いでしょ。そんな奴らが王宮の警備潜り抜けた考えるぐらいなら、、、、ねえ?」


「優秀な親玉の指示があって、そいつはここには居らず安全な場所で控えていると考えている方が自然ですかね。じゃあ急いで知らせを出して、捜索。主犯を追いかけさせますわね…」


「その頃には逃げられてそう。」


二人がわいのわいの喋っているが、何をそんな悠長な。そんなことしなくても僕なら解決できる。


「僕に任せてください。」


「え?」


「『探知』」


この男の時軸を閲覧し、親しかったものをリストアップ。


「『口寄せ』」


そしてその中から半径2㎞以内にいる人間を問答無用でこの場に引きずり出す。


「混合術式『捜索捕縛』」


淡い緑の光とともに行使された僕の魔術は、幾何学的な陣をこの場に描く。


「相変わらずイカれた出力じゃんか・・・・・」


「どの口が才能無いってほざいているのよ。。。」


そして陣の中から出てきたのは、白い服に身を包んだ、赤い面の男。


「な、なにが起こった!?」


慌てふためく赤仮面だがお生憎様。きちんと捕縛してあるから抵抗は無意味だ。同じように目を白黒させている姉上とスリーに僕は事情を説明する。


「この白仮面と関係がある人間で、半径2㎞以内の人間を探知、そして召喚しました。恐らくコイツが襲撃の犯人です。」


「!?!?!?」


「ガチチートじゃん。」


「この世界を作ったとかいう女神に文句言いたくなってきたわ。」


既に拘束までしてあるから、暴れて逃げられるという心配もない。


「それじゃあ、折角だから御尊顔を。。。。ておいぃ!?」


「なにようっさいわね。。。。ん、マジか。」


赤仮面を引っぺがし、その素顔を見たスリーは素っ頓狂な声を上げ、フォー姉上も愕然とした表情で赤仮面の男を見ている。二人して目を見開き、男の顔を見つめている。


僕には見覚えのない人間だけど、どうしたのだろうか。


「誰なんですかコイツ?」


尋ねてみるも、二人は暗い顔をしたまま。姉上はともかく、スリーがここまで顔を顰めるのは珍しいな。


「十二使徒じゃんかよ。。。。何で狂信者がこんなとこに来てんだよ。。。。帰れよぉ。。。。」


「何しに来たのよコイツ。。。。」


十二使徒って誰?


僕の顔を見て察したのか、姉上は若干テンパりながらも説明してくれた。


「教会の顔よ、お顔ね…。貴方のお友達(笑)の聖女ちゃんと同等の権力を持ち、戦闘面にやや偏りを見せる化け物。教皇直下の何でも部隊で、それが出来るほどの実力を持つわ。でもさっき言った通り荒事がメインね。そこが聖女とは異なるわ。」


つまり教会の公認戦闘部隊の一人ってわけか。。。。


「滅多に出てこないし、時々公式の場で登場するだけの筈なんだけど。。。そんな奴がなぜこんなことをしにきているの。暇なの?」


「なにしにきたんだよ。。。。。バカンスなら南国に行ってくれよ。。。」


げんなりとした顔をした二人は、そのまま赤仮面の男の顔をじっと見つめ溜息を吐く。失礼すぎる。


「まあでも良かったじゃん?教会だからさ、拷問が楽だよ。」


無理矢理取り繕ったような声で話すスリー。滅茶苦茶嫌そうな顔してる。そんなに教会は嫌いなのかな。


「違う!!」


「おおう!?何が!?」


僕がスリーの心を推し量っていると、赤仮面の男が突然声を張り上げ、スリーは顔をその声に怯えながらも赤仮面を見つめる。


「びっくりしたわ・・・・・。」


「俺もだよ。。。。急に大声出さないでくれ。」


そんな二人の抗議には目もくれず、男は大声で自らの主張を叫ぶ。


「俺は教会の者ではない!俺は抵抗組織(レジスタンス)だ!圧政を敷く王子を成敗しにきた!」


抵抗組織(レジスタンス)?確か王国の現政権に不満を持つ勢力のことだった気がするけど、そんな人が何故ここに?


「いや、顔割れてるくせにその言い訳はどうよ。ていうかそんな風に自白する奴がいるか。」


「そもそも、王子を成敗してどうすんのよ。今の政治を担っているのは王と議会よ。私らを潰したところで意味ないじゃないの。狙ったとしてもせめてワーン兄上でしょ。抵抗組織(レジスタンス)が私達を狙う理由になってないわ。」


あ、そっか。姉上の言葉に僕は冷静になる。コイツが嘘吐いている可能性だってあるわけなのか。


「煩い!そう言ってお前たちはいつも俺達をなかったことにする!俺達の訴えをいつも無視するんだ!」


嘘を看破されたからなのか、元からなのか、そう言って男は忌々しそうな顔で姉上をねめつける。その眼光は憎悪に満ちていて、まるで太古の大悪魔でさえも射殺さんばかりの迫力だ。


「お前らが悪魔の手先となって王国を牛耳っているのは分かっている!俺はその悪逆非道な不義によって虐げられている民衆を救いに来たのだ!」


「まるで俺等が悪いみたいに言うの辞めてくれない?」


「悪魔は揃って自分は悪くないと言う!」


「馬鹿が、善人だってそう言うに決まっているだろうが。」


スリーの言葉に姉上はうんうんと頷く。そして言い訳にケチをつけ始める二人。


「というか頭悪い言い訳だな。もうちょっと構想練ってから来いよ」


「悪魔って言い方が教会っぽーい。」


揶揄するかのようにコメントしていく二人に、赤仮面の顔がその仮面のように赤く染まる。怒っているんだね。


「煩い煩い煩い!俺は教会とは関係ない!」


僕から見ても見苦しい言い訳を述べる赤仮面。どうしてそんな言い訳が通用すると思っているんだろう?僕ですらコイツは教会関係者だと分かるのだが。。。


あ、さっき騙されそうになったのはノーカンで。


「あの、そこまで否定しますか?」


「無論!俺は教会ではなく抵抗組織(レジスタンス)だ!」


思わず声を掛けた僕の声を聴くや否や瞬時に言い返す男。それを見て姉上は口笛を吹きながらスリーを呼びつける。


「スリーくーん???」


「任せろ。たった今、マッハで作ったからよ!!」


ふざけた様な姉上の掛け声に、スリーが持ってきたのは教会が信奉する聖書。その上には女神が描かれた有名な絵画を貼っている。


それを見た赤仮面の男は大きく目を見開き、怯えの籠った声を出す。


「な、それは!?」


女神が描かれた絵が貼付(ちょうふ)された聖書を赤仮面の顔にずいっと近づけたスリーは二タァと笑って嬉しそうに声を掛ける。


悪意に満ちた醜悪な顔に、僕も思わず顔を逸らす。


「宗教画オン聖書。お前ら大好きで大好きで崇拝して止まない女神様の顔が描かれた絵を聖書に貼ってあげた。」


自らが作った物を得意そうに自慢し、それを見せびらかすスリー。コイツは何がしたいんだ?そんなものを持ってきたところで、、、まさか。。。いや、でも。。。


「ホラ、踏めよ自称非聖職者。」


踏み絵。。。。


「ふ、ふざけるな!そんなことをするなんて嫌に決まっているだろう!!」


「嫌とか関係ねえよ。踏めっていってるんだよ。」


「な、なにをする!離せ!」


当然激しく抵抗する赤仮面。誰だって自分が信奉する存在を踏みつけたくはない。をだがそんな彼のことはお構いななしに、脚を掴んでは無理矢理踏ませようとするスリー。


え、えげつない。。。。


「教会とは関係無いんだろ?なら踏めよ。」


無茶苦茶なことを言うスリーの横で、白仮面の男達にナイフを刺すフォー姉上。こっちはこっちで何をしてるんだ!?


「今のスリーの理屈は言いがかりも甚だしいけど、これが赤仮面(貴方)にとっての苦痛になるのなら私から言うことは無いわね。いけいけ苦しめもっとやれー。」


「フォーも邪悪だよね。」


「その口縫い縛るぞ塵兄貴。」


「怖いから辞めて。」


一通り白仮面の男達を刺して満足したのか、男が付けていた赤仮面を自分にもつけてケタケタ笑っている姉上は、突然不思議そうに踏み絵と男を怪訝そうに見つめたかと思うと、交互にその二つを見比べる。


「なにさフォー。」


そんな姉上を気掛かりに思ったのか、声を掛けるスリー。そして姉上はものいいたげな顔で声を上げる。


「‥…始めは半信半疑だったけど、こんな紙切れ踏むことにそんなに抵抗感があるなんて、と思って。実際目にしてみても未だ納得できないわ。踏めばいいじゃないの。」


「まぁ聖職者はしっかりイカれているから、俺達とは苦痛の基準も変なんだよね。そこに理屈なんか求めちゃ意味無いよ。えい!」


そう言って今度は踏み絵を破り捨てるスリー。ご丁寧に火まで着けて、聖書を焼き捨てている。


それを見て声にもならない悲鳴を上げて必死に聖書を救おうとする赤仮面。


・・・これを見ているとどっちが悪者なのか分からなくなるなぁ。


「やめろやめろやめろやめろ!!お前らには神への敬意がないのか!?」


「いや俺無神論者だし。」


「私は神を信じているけど、貴方の言う通り敬っては無いわよ。」


赤仮面の悲痛な叫びに淡々と言い返すスリーと姉上。あまりにも非道な行為にまたもや僕は顔を反らしてしまうが、二人はそんな僕に目もくれず燃えている聖書を男の顔に近づける。


「無礼な!!人の身でありながら神を愚弄するか!その命を持って懺悔しろ!償え!」


「はいはい分かった分かった。この後俺は懺悔しまくるから目的を教えてくださいな。」


「神に仕える高潔な貴方がこんなことをなさる理由を教えて頂けませんでしょうかー?聴けば神の啓示を感じる予感がするわー。」


そう言って今度は聖書に水を掛け始める二人。一体何をしているんだ?


「襲撃の言ってくれたら聖書の火を消してあげたい気分になるかもー。」


「ああ、私もよー。突然信仰心に目覚めて消火したくなるかもー」


聖書を人質に雑な脅迫を始める二人に、蒼褪めた顔で聖書を見る男。そして数秒後、自棄になったような口調でサーシャ様を睨みつけて怒鳴りつける。


「そこの異物を処分するためだ!」


怒鳴り声にびくりと怯えるサーシャ様を見て、二人は首を傾げる。今のは誰がどう見ても、サーシャ様に対して言っていた。


ということは、つまり。。


二人も同じ結論に達したのか答え合わせをするかのように赤仮面に問いかける。なぜか、その顔は、満面の笑み。


「異物。。。。。てサーシャ様のことか?」


「そうだ!!」


「一瞬で抵抗組織(レジスタンス)設定が破綻したわね。」


姉上の言葉が耳には入っていないのか、無視しているのか、話を続ける赤仮面の男。


「その汚らわしい獣を今すぐ殺せ!それこそが人類の為なのだ!!」


その言葉に二人は増々笑みを深める。

なんなんだ一体?なぜ二人は笑っている?


「教会って人族至上主義でしたっけー兄上?」


「いんやフォー。人によるね。融和派や共存派もいれば、排斥派もいるよ。そこは他の組織とあんまり変わらない。いい人も悪い人もちゃんといる。」


そうなのか。どこの組織にも差別的な人間はいるんだね。


「じゃあこいつは短絡的な襲撃で教会のイメージを下げる政治できない系の使徒で、排斥派だったってことですか?」


「うーん、どうなんだろう。。。。お粗末でも教会を擁護していたし、、、、いやお粗末なのは政治出来ない系の人間の証だわ。来週尋ねてくる『声之代理』なんかにこやかに笑いながらお布施と称して相手国から金毟り取っていくしな。」


ふわりふわりと軽やかに。二人の言葉は閑談のように流れていく。


「確かこいつは『千面群舞』とか言われている第七席の人ですわよね?」


「そうそう。レッド=ホワイトマスクとか言う名前だよ。あくまで()()()()は、だけど。本名は、被検体121番とかだった気がする。」


公式名称、本名。それぞれの名前を知っているスリーは、そのまま謡うようにしてレッド=ホワイトマスクの情報を話していく。


その話に少しだけ不快感を露にしながらも、姉上は言葉を続ける。


「うわぁ。。。嫌な事聞いちゃった。それにしても第七席がなんでまたこんなことを。。。使徒は政治もできる脳筋狂信者なのではなかったのですか?」


「それは聴いてみるしかないんじゃない?」


世間話をするかのように教会に内情をばらしたスリーと、それには顔色を一切変えずに疑問を呈した姉上は、再びレッドの方に振り向いて言葉を投げかける。


「おーい。君はなんでこんなことをしたんだ?」


「邪悪な獣を殺すためだと言っている!!」


「獣人が?」


「そうだ!」


自らの言葉を正しいと信じて疑わないその顔を見て、僕の頭の血が沸騰するかのようにカッと熱くなる。あんなに惨いことをしておいて、それを一切悪びれないなんて!


この男への怒りのあまり僕は思わず声を出す。


「ふざけるな!獣人だって人間だ!」


「お前は神の言葉を否定する気か!!」


「ああ、するね!獣人は人だ。殺して掃いて捨てて。そんな扱いをしていいものではない!」


彼等だって笑うし、泣くし、お喋りだってする!!僕らと同じ人間だ!!


「じゃあ獣人って言い方やめなよ。」


「いいぞファイーブ。狂人の世話は狂人のお前に任せた。」


そう言って頭を指さしクルクルを人差し指を回すスリーに、それを見て笑う姉上。だが今はそんな二人の言動は気にならない。それよりもこの赤仮面の男が僕には許せない!


「獣人だって人間だ!僕らと何が違うんだ!」


「女神はこんな失敗作を望んではいない!!」


「なんだと!!」


「慈愛の宗教が聞いてあきれるわねー。」


レッドの主張に呆れた顔をした姉上とは対照的に、真面目な顔にでレッドに問いかけるスリー。


「一回聞いてみたかったんだけど、女神教の信条って『他者に寛容』だよね?これ(獣人)それ(他者)に含まれないの?」


「他種族は仕方がないだろう。」


ぬけぬけと非人道的なことをほざく男は、悪びれもせずに言葉を吐く。


「何が仕方が無いんだ!」


「うーんと、、つまり?」


僕の声を無視してスリーはまたレッドに尋ねる。なんだってそんなことを!気狂いにそんなことを訊くだけ無駄だ!


「世界を救うためだ。」


「子供を殺して?」


「一人の犠牲で、数億人が助かるんだ。仕方ないだろう。我々は未だ大陸を失って生きていける程強くはないのだ。」


「そっかぁ。。。。なるほどね。」


その言葉に得心(とくしん)が行ったといわんばかりに頷くスリー。


・・・・こいつは、何を言っている?


姉上も理解できないのか、一人だけ納得しているスリーに声を掛ける。


「どういう意味ですか兄上?」


「聖書の第五章肆節『大地焼失』によればさ、『害虫に蝕まれた世界を浄化するため、女神は業炎で生きとし生けるものの母なる大地を焼焦する』てあるんだよ。」


「それで?」


「害虫てのは純人族以外、つまり獣人/魚人/魔人/森人/鉱人/龍人その他諸々を指すのが今の教会の主流なんだよね。」


「えっと、、、、つまり社会にその『純人以外(害虫)』が一定割合以上存在すると『蝕まれた』判定が下り。。。その、大陸が燃えるとでも?」


「ていうのが教会の主張だね。」


「だから殺すってことですか?」


姉上の怪訝そうな顔に、スリーはなんでもないかのように首を縦に振る。


「そう。普段は温厚な純人様の慈悲で愛玩動物として生かしてやるけど、繁殖しすぎて社会に進出されると世界の破滅だから処分しなきゃってわけ。」


「獣国って戦争国家だけど、あれが最先端ですよね?頭良くない方の脳筋種族国じゃないですか。そんなに社会デビューこなしている獣人いませんよね?」


「サーシャ様が王国の王族になれば、獣人くんの社会的地位が上がる。そうすれば王国における獣人の割合が増えるって考えたんじゃない?ほら、王国(ウチ)って腐っても大国じゃん?その王国での獣人が増えるってことはそれすなわち。。。。てことじゃない?」


「ええ。。。」


「話が三段階くらい飛躍してるけど、風が吹けば桶屋が儲かる理論でしょ。加えて信じたいものしか見ない感じだしねー。」


スリーと姉上の意味の分からない会話が繰り広げられるのを呆然と聞いている僕。一体彼等が何を言って何に納得しているのか分からない。分かりたくもない。なぜ悪人のいう言葉を鵜呑みに信じているんだ?


こいつらはただ自分の思考を宗教に委ねる馬鹿者じゃないか。


こんなのだから聖女であるレリジオンは、教会の将来を憂うなんてことになっているんだ。


「せめて真偽の精査をして欲しかったですね。。。」


「ああ使徒よ、こんな古臭い本を信じているとは情けない、てか?」


二人の兄姉が冷笑を露に赤仮面ことレッド=ホワイトマスクの顔を見る。そんな彼は馬鹿にされたことに腹を立てているのか、烈火の如く勢いで声をがなり立てる。


「煩い!!神の言葉は絶対なのだ!!」


「踏み絵でもこう言うってことは、よっぽどの事が無い限り嘘は吐いてないよ。」


「笑えないですわね。。。。。」


「本人には悪意がなくて義侠心からの凶行っていうのが性質悪いよねー。」


「煩い煩い煩い煩い!!!お前らのような下等生物には、主の御言葉が聞こえないからそういるのだ!」


「クスリでもやってるのかな…?会話しよ?言葉のキャッチボールしようぜ?会話は人類最大のイノベーションだよ?」


「ヤクは駄目だよー。」


おちょくるような二人の言い方に、益々怒りを露にする赤仮面。


「黙れと言っている!!!俺は神の遣いだぞ!!」


「うんうんそれなら仕方ないねー。じゃあ牢屋に入れるかぁ。良かったでちゅねー神様対応の牢に入れてあげまちゅからねー。」


「例え俺を投獄しようとも、その紛い物を生かすことだけは許されない!神が許さない!俺達教会が許さない!」


赤子に話しかけるかのように赤仮面に述べる姉上とは対照的に、スリーはげんなりした顔で呟く。


「コイツ殺しちゃ駄目?暴れられるとマジで面倒だよコイツ。」


「一応ここは、王と法が支配する国家ですわ。裁判なしで殺害はだめですわよ。」


「フォーは以前に自分(フォー)がしたこと理解してます?思いっきし殺してたよね。」


「私はセーフです。優秀な部下がいますから。」


「え?なに?それは僕への皮肉かな?部下が一人もいない僕への嫌味かな?」


「近い未来に沢山の民が死ぬ!数多の犠牲者がでる!だからその犠牲を最小限にする為に殺すのだ!」


姉上達が赤仮面の処遇を相談している間に叫び続ける男。一体何が彼をここまで駆り立てるのか。これだから宗教は嫌いなんだ。


「小娘たった一人で、未来の世界が救われるんだぞ!なぜ殺そうとしない!」


「うーん。。。。」


姉上は首を分かり易く傾け、分からないって全身でアピールしている。当然レッドを馬鹿にしているのだろう。


「おい、俺のどこが可笑しい!何が間違っているっていんだ!このままだと何万という子供が将来焼け死んでしまうのだぞ!!それをたった一人で抑えられるんだ!」


まんまと挑発に乗った赤仮面を見て、うんざりした顔でスリーは彼を見る。


「その考え方は傲慢じゃないかな?ならお前が死んででもガキを全部救う策を思いつけよって話。」


「話が逸れてますわ。そもそも焼失の真偽が不明ですし。。。」


「黙れ!大局を見ろ!上に立つものならその責任から逃れるな!殺せ!」


「怖い。。。。」


「話出来ない系の脳筋ではありましたね。」


姉上はそう言って、続けて言葉を投げかける。


「その大地が燃え尽きるっていう考えが未だに理解できないのだけれど?」


「神がもたらしたものはなんだ!思い出してみろ!」


フォー姉上はすぐさまスリーに助けを求める。


「なんですか?教えて兄貴。」


「『この世界』とかじゃね。神話って大体そんなこと言っているじゃん。それよりもフォーに兄貴って言われたの生まれて初めてな気がする。」


「魔法!神器!遺跡!種族!聖樹!命!大陸!第一章でこれだけある!」


縄が皮膚に食い込み、所々肌が裂かれ暗赤色の血が滲みでるも気にせず声を張り上げるレッド。


「全てが聖書通りに描かれている!冒険王が森人の住処に辿り着く前から、聖樹の存在は詳らかに記されていた!鉱人の所有する神器もだ!種族もだ!全て俺達純人が出会う前から聖書に記されていた!純人族が発見する遥かに前からだぞ!これだけの根拠が合って、その信憑性を疑う方が過ちだ!」


縄は赤く染まり、目は血走り、口からは白い泡が飛び出るもなお主張を辞めない男。


「論理的に考えれば分かるだろう!今まで聖書に載っていたことは真実だった!なら同じく『大地焼失』も真実だと思うのが自然だ!」


「・・・・そう言われると正しいと思う気がしてきた。」


「ちょろ。兄上カルトセミナーとかに参加したら瞬殺されそうですわね。」


「冗談よー。別に『大地焼失』が真実だとしても害虫が獣人達を指すとは限らないでしょ」


「少なくとも我々人類ではない!」


スリーの指摘に即座に反論するレッド。その反論を聞いてフォー姉上は成程と呟いて口を開く。


「もしそうだったらとっくに焼け焦げている筈ですものねー。」


「そうだ!」


「それでそれで?そっからどうつながるんだ?」


合いの手を入れるスリー。コイツはもしかしてこの男の言葉を信じているのか?どう考えても出鱈目だ。大地を焦がす魔術なんて聞いたことが無い。純人族以外が害虫だなんてありえない。


「『害虫』は我々純人ではない!だが他の種族がそうである保証はない!」


「保証できないのなら殺す必要があると?」


「それが一番確実な方法だ!もし間違えれば大地が焼けるのだぞ!」


「成程ねー。大地焼失(それ)は大きなリスクだしな。おいそれと無視することは出来ないからそうならないように保険を掛けると。」


スリーと姉上が積極的に反対しないからか、先ほどよりも大きな声で持論を叫ぶ赤仮面。もしかして二人は、赤仮面の意見に同調している?


「お前らも王家として国を導く者なら分かるだろう!少なきを切り捨て多くを救う!これが最善手だ!俺達の役目を忘れるな!俺達は民を、同胞を生かすためにある!そのために他種族など切り捨てろ!」


「筋は通るねー。」


うんうんと頷くスリー。


「私には、異種族の子供を殺してでも守りたい家族がある!それを守る為なら私は喜んで汚泥を啜ろう!それだけの覚悟が私にはあるのだ!自分を信じるものの為に非情な判断ですら厭わない!それが上に立つ者の最低限の決意だ!」


「立派立派。すごいすごい。」


「その子供を寄こせ!お前らも兄弟がいるのなら分かるだろう!守るべき国民がいるのなら分かるだろう!俺達にはそれをする責務がある!」


レッドの気迫に、びくりと体を震わすサーシャ様。姉上はそんなサーシャ様を庇うかのように背中に彼女を隠す。スリーはそんな姉上に見向きもせずに問いかける。


「なるほどね。。。。どうするフォー?」


「だが断る。駄目。断固拒否。」


「だよねー。」


「な!?」


驚く赤仮面を見ながら、姉上はゆっくりとサーシャ様の頭を撫でる。まるで我が子を見るかのように優しい顔をしながら、姉上はサーシャ様を抱きしめてからこういった。


「大局的に見れば。。。。だよ。お前がやったことは正しいかもしれない。100年後か200年後じゃあ正義かもしれない。それぐらい先の人間の価値観じゃ、お前の考え方の方が適切だと思われるかもしれない。」


「同じことを三回も言うなよ。」


「なら何故!!!」


茶々を入れるスリーを無視して声を上げるレッド。スリーはいい加減黙れ。


「でも、あんたは負けた。私にというかファイーブの理不尽魔術によってね。勝てば官軍負ければ賊軍。弱肉強食。優勝劣敗。負けた奴は問答無用で悪いのよ。だからあんたのしたことは全部悪になる。今この瞬間の貴方は悪なのよ。」


姉上の言葉を肯定するかのように続けて話すスリー。


「俺達は正義の王子だからぁー。俺達は悪に屈するわけにはいかないのですぅ。ですからー、悪の言い分を聴くことは誠に遺憾ながら出来ないのですぅー。それが国家の中枢に立つ者の責務なんですー。」


「王族は正義の味方だからね。だから心から申し訳ないけど!アンタの傍には立てないわ。」


全く申し訳なさそうに見えないアルカイックスマイルを口に浮かべて姉上はレッドに親指を下に立てる。


「ごめんね!」


「お前たちは立つ正義を間違えている!俺達が正義だ!!教会こそが善なる存在だ!」


まるで母に裏切られた幼子のように絶望した顔でフォー姉上を見るレッド。姉上はそんな彼を見ながら彼の赤い仮面を手に取り、にっこりと笑う。


「大丈夫。今この場ではアンタの全ては悪として処分されるから。ちゃんとそうやって処理してあげる。そうね、貴方は抵抗組織(レジスタンス)になりたがっていたようだから、『王国と獣国の仲を嫌ってサーシャ様を狙った抵抗組織(レジスタンス)に属する誘拐犯』として処理しておくわ。できますよね兄上?」


「大丈夫。大丈夫。俺そういうの得意だから余裕でいけるよ。これで教会はハッピー。教会に貸しを作れて王国もハッピー。互いにハッピーしか無いね!」


抵抗組織(レジスタンス)のハピネスはガン無視されているけどね、と思うが口には出さない。


「そういうこと。だから悪者として、、、、、、、ね?」


朗らかに見せつつも、見せつけない。華美よりも清廉。笑っているようで、寂しげで。薔薇ではなく蒲公英(タンポポ)のように控えめでありながら、それでもなお閑麗で。


僕が今まで何百何千何万回と見てきたそんな笑顔を顔に貼り付けて、フォー姉上は静かにこう言った。


「安心して死にな。」


そして彼は死んだ。


瞬く間に振りぬかれたシェードさんの神速の腕は鎌となり、広大な血飛沫を齎しながらレッド=ホワイトマスクの首を消し飛ばした。姉上は震えるサーシャ様の手を握りながら、それをただ眺めているだけ。


そして唇を震わせながらポツリと呟く。


「‥‥これ、後片付けどうしよう。」


地面に飛び散る臓物。大机ほどの広さの血だまり。所々の壁に刺さる人骨。


それらを見て姉上は口を開く。


「絶対後で文句言われちゃうわ。あの子達誰かさんのせいで機嫌悪いのですよね。」


「うげ、服が血塗れだ。汚ねぇ。」


「何を今更。」


「今更!?それってどういう意味かなフォー!?」


何事も無かったのかのように、いつも通り。声、表情も、話も何もかも。


ただの日常生活のように、彼等はいつも通りだ。


「それよりシェードちゃんはどうして私に血が被るような殺し方をしたのかなー?ちょっとお話しよっかー。今月のお給金について詳しく相談しましょうねー。」


「だってフォー様私のこと禿げって言ったもん。。。」


「言ってなくない!?アンタ今もしかして被害妄想で嫌がらせしたの!?アンタ今すぐこっち来なさい!!お給金について話があるわ!!」


「いや待って?俺は?俺はどうなの?俺の方がガッツリ血がかかっているんだけど。」


つんと鼻を刺激する匂いを放つ血塗れ達磨もとい兄上。


「どうでもいいじゃないですか。自分で取ってくださいな。」


「どうでもよくはないよ!?血糊って全然取れないんだよ!?というか俺には殺すなとか言っておいて、フォーはあっさり殺すのはなんなの!?理不尽じゃない!?」


「正当防衛よねー。しゃーないしゃーない。切り替えていこう。」


「まあ、狂信者はあれ以上口割ることは滅多に無いし、殺した方が経済的だけどさぁ。。。」


震えるサーシャ様をぎゅっと抱きしめながら、なんでもないかの様に話す姉上とスリー。


でも、僕には納得がいかない。このままで終わるなんてできやしない。


「どうして、、、」


「ん?」


「どうしてそんなに平気なんですか?」


そしてなにより。。。。。


「なんで!!そんな平静でいられるんですか!」


エナンチオマー侯爵が死んだときを思い出す。あの時も二人は、藻搔き苦しむ彼の命を弄びながらいつも通りに昼食を食べていた。


食事が喉が通らない僕。悲壮な顔で涙を抑える父上。拳を必死に抑えるツー姉上。


そんな僕らに一切眼もくれず、二人は何事も無かったかのように食事をとっていた。


「人が、サーシャ様が殺されそうになったんですよ!」


「たった、今!ここで!サーシャ様が!殺されそうになったんです!それなのにペチャクチャと無駄口を叩いて!危機感が足りてないんじゃないですか!」


今までのやり取りから、姉上がサーシャ様を無下に思っているわけが無い。


…そんなわけがないのに、どうしてこんなに緊張感がない?真剣さが感じられない?実戦の、命のやり取りの欠如なのか?


「あんな風に人を殺して!サーシャ様の命の危機でもあって!それなのにその態度は何なんですか!貴方達は命をなんだと思っているんだ!」


この人達にとって、他人の命ってなんなんだ?僕の言葉に姉上は押し黙る。少しは反省してくれたのだろうか。


「スリーもだ。お前はどうしてそんな簡単に人を傷つけるんだ!人の気持ちを考えたことがないのか!」


スリーは何も言わない。ただ、目を瞑って黙ったまま。


「そんなことより、手引きした人間がいる筈よね。」


え?


「そうだねフォー。普通に考えて僕らの居場所をこんなピンポイントに当てて襲撃するなんて考え辛いよねぇ。態々窓がある場所から侵入してきたしね。」


「この部屋を私達が使うってことを知ってないと出来ないことよねぇ。」


「ワーン兄上に調べて貰う?」


「それしたら兄上多分泣いちゃうね」


「感涙で?」


「悲涙でしょ。」


僕の言葉など始めから無かったかのように、雑談をするかのように気軽に言葉を交える姉上とスリー。


「第一王妃様がスパルタすぎて日々の責務ですら手一杯ですものねー。」


「その上今はツー姉上と議廷でバトってんじゃん。そんな時に仕事頼んだら過労死しちゃうよ。」


「じゃあ兄上が調べてくれます?」


「任されたーぜ。でもフォーも頼むよ。裏付けとかして欲しいし。」


「おっけーです。」


もしかして。。。この二人は。始めから僕の話を一切聞いていなかった?


「僕の話なんて聞く価値もないってこと?」


「いや被害妄想かよ。ちゃんと始めから聞いていたから。要はあれでしょ?『ひどーい』『さいてーい』『なんてやつだー』『ゆるせなーい』みたいなことを言えってことでしょ。今度からはきちんとそう言うから。」


つい呟いた僕の声に、反応するスリー兄上。


「無視なんてしてないからねファイーブ。ただ今はそれどころじゃなかったし、その要望に応えたところでそんなことをする機会がなさそうだったから反応しなかっただけよ。」


「違う!」


この人達は、何を言っているんだ?


僕の話を、ただのお願いだと思っていたのか?


「違うって何がよファイーブ。」


「僕が言っているのは人としての話だ!デリカシーを持って発言しろと言っているんだ!」


「えと、つまり今回はサーシャ様が狙われたからサーシャ様に『大丈夫ー。辛かったねー。酷い相手だねー。許せないねー』て言えってことでしょ?今度からそうするって言ったじゃない。」


「そうじゃない!」


僕の言葉にフォー姉上とスリーは互いに目を合わせて首を傾げる。


「言っている意味分かるフォー?」


「いや。。。。相手に同情して慰めろってことじゃないかとばかり。。。」


「俺もそうだと。。。」


本当に分からないのか?


「僕が、どういう事を言っているのか、理解していますか?」


「哲学的な話?」


「さぁ。。。。」


こいつら。。。


本当に分かってないのか?


確かに、そんな慰めの言葉や同情は何の役にも立たない。それで現状が改善するかと言われるとそんなことは決してない。


けれど、例えそうだとしても。


それで何も言わずに、その境遇を茶化すのは()()だろ。


誰かの母親が死んだとして、じゃあ自分はその子の前で『俺の母親マジでウザイから死んでしまえ』と言わないのは当たり前じゃないのか?例えその一言を我慢したからと言ってその子の母親が蘇るわけではないけれど、例え自分の母が本当にどうしようもないクソ野郎だったとしても、だからといってその子の前で言ってしまうのは、()()だろ。


現状は変わらないからと言って、人の気持ちを無視した言葉を投げかけるのは、()()んじゃないか?


それが、思いやりってものじゃないのか?


何も言わずに黙った僕を見て、またもや首を傾げながら姉上は皆に話しかける。


「取り合えず今日はこれで解散ね。シェード、サーシャ様、ファイーブは先に帰っておいて。私と兄上は()()()()()()()()()()()()()()に今日のことを報告するから。」


「フォーの護衛は?」


「ローズがいますわ。」


「いやあの娘ポンコツじゃん。。。。。真剣な子に言いたくないけどあの娘阿呆じゃん。」


「肉盾にはなるでしょ。」


「げっどぅうー!!無いわー、今の発言は無いわー。」


「お前が言うな。」


僕の話が無意味であったというかのように、へらへらと話を続ける二人。


「僕も残ります!」


このまま彼等を残しておくのはマズイ気がする。


「いやお前いたところで……」


僕の要望を一蹴したスリーはそのまま僕を無視してフォー姉上とシェードさんに指示を出す。二人は僕をちらりと見たけれど、そのまま何も言わずにテキパキと動き出す。


「でも!!」


「さっきの話聞いていたか?一応略さずに言うなら『いやお前いたところで意味無いし。それなら帰れよ』、だ。全文聞いても決心が変わらないなら敢えて聞いてやる。お前に何ができるんだ?」


「証言ができます!」


なにもしないなんてできない!僕も何か役に立ちたいんだ!


「ファイーブは文官からの心象が悪いから、いると話が拗れるだけよ?10分で済むような話が1時間とかになりそうで嫌だからスリー兄上は帰れと言っているのよ。」


「お前は権力稼ぎサボってたからなー。こういう細かな場じゃ発言権無いぞ?最悪、目撃者Aとして近衛に連れて行かれるだけだぞ?」


「そんな馬鹿な!」


スリーの言葉を否定しないどころか首を縦に振り同調する姉上。そして下手すればまともに話を聞いてくれずに連行されるというスリーの言い分。


そんな道理に反することがまかり通っているなんて、どういうことなんだ?


「いえ本当よ。王家の権力濫用を防ぐために、王子は功績ごとに応じて権限が授けるじゃないの。貴方の今の政干渉権限(せいげん)って『(9)』でしょ?初等書記官と同じぐらいしかないじゃない。そんぐらいなら業務上権限は近衛の方が高いわよ。」


政干渉権限とは、読んで字の如く王族に叙される(まつりごと)に干渉できる権限のことだ。通称『政限』と呼ばれるこの権力は、現代で言うなら平社員、部長、課長、と言った風な仕事上の身分分けに使われる。


これは経験の浅い王子が政治に口出しできないようにするという思惑の下古い時代から存在する制度で、生まれた始めの王子には『(10)』の権限が下賜されるのだ。王子が立てた偉勲を毎年議会が論功し、その年終わりに政干渉権限(せいげん)は更新され、値が小さくなるごとに、王宮内での発言権も増すというわけだ。


因みにスリーの政限は『(3)』、フォー姉上は『(5)』、ツー姉上は僕の二つ上で『(7)』、ワーンは『(2)』である。


僕は、『(9)』。権力なんてあっても碌なことがないんだ。楽に気ままに生きるには、そんなものは無い方が良い。


「お前はやっていることは凄いけど、その報告を面倒臭がって全部ブッチしてるから文官からの印象&実績もスカスカなんだよなー。昼行灯(ひるあんどん)に憧れているのか知らないが、ちゃんと書類にしたためないと駄目だぞー。」


「貴方、調書室に連行されるわよ?一応王族専用の部屋だから見た目は豪華にしているけど、手抜き工事で作った部屋だからそこでの長時間拘束は結構辛いわよ。」


「そんな!!僕が何もしてないなんて明らかじゃないですか!」


権限の無い奴の話は聞いてもらえないなんて不平等だ。そんなに身分は大切か?人の発言の価値を只の階級の数字で決めるのか?


それでも二人は肩をすくめて相手にもしてくれない。


「そういう大綱(ルール)だったじゃないの。いきなり言われたのならいざ知らず、幼い頃から告げられてきて、今更『知らない』『可笑しい』は通用しないわよ。」


規則(ルール)に沿って動いた者のみが、悪法(ルール)を変えられる。王国はそういう大綱(ルール)で動いているんだぞ?」


「自称大国である王国が、腐ったままでも他国に舐められないでいられたのはこの暴君暗愚(バカ)を弾く大綱(ルール)を守ってきたからよ。貴方の一存で破らせるわけにはいかないわ。近衛もきっと同じこといってくるわよ。」


「だからって!!」


規則に固執して、問題解決に尽力しないなんて本末転倒だ!


しかし姉上は僕の顔を見て溜息を吐きながら歌うように台詞を吐く。


「権力なんて面倒臭い。権力なんかあってもいいことない。人類皆平等だから権力なんてしょうもない。生れで差別じゃなくて能力での差別こそがあるべき形。」


それは、僕が常々言ってきたこと。僕が、父上とツー姉上に進言してきたこと。


「御高説どうもって話よね。私もそんな言葉言ってみたいわ。」


けれど、フォー姉上はそう思っていないようだ。臭い物を嗅いだような顰め面で言葉を紡ぐ。


「そして貴方はそれに沿って生きてきたじゃない。大した権力も無しで。凄いわ。眩しくて明るくて正しくて。私には無理だわそんな生き方。」


「だから結局のところ、()()守ってくれるのはその権力よ。そしてそれは社会にもそっくりそのまま当てはまる。これの善悪はともかく、そういうルールで社会は回っているからよ。そうすることで多数を救うの。」


そして姉上は息を吐く。そして吸う。

その何気ない仕草は、彼女なりの喝の入れ方なんだって気付いた時にはもう遅くて。


「それが嫌なら社会から出ていけ。お前の我儘で社会のルールを変えようとしてんじゃねえよ。」


目は夜のように暗くて、声は唸り声のように低くて。


言い返そうとした僕は気圧されてしまった。


そして直ぐに姉上はにぱっと幼女のような明るい顔つきに戻ったかと思うと、朗々と声を上げる。


「まぁ、さっきも言ったように貴方は権力がなくても行使できる力があるからね。それのせいで苦労したことはあると分かっていても、羨ましいとは思ってしまうわね。そんな貴方にだからこそ思う所はあると思うけど、そんな意地張るような場面じゃないのだし、さっさと帰りなさいな。」


フォー姉上の朗らかな声に、スリーもこくこくと首をふり同意する。


「これが命に関わることなら『権力なんて関係ないだろ!』て言えばいいけど、今回は調書を俺等が受けるからお前は邪魔だから帰れって話だかんな。そこまで抵抗する意義は無いだろ。ホレ、帰った帰った。」


「でも。。。。」


「今日のお前は『でも』って言うの多いなぁ。。。」


「そんな悪事を黙って見ていることなんてできない!俺だって何か役に立ちたいですよ!」


サーシャ様を狙った非道な犯行!それに対処するのに僕だって貢献したい!何もしないままなんて嫌なんだ!


「悪かどうかは微妙よねー。善悪なんてそもそも主観的価値観だしね。」


というかそう思うなら力を付けろよ、と小声で呟く姉上。これはきっとあれなのだ。聞こえるように言っているのだ。


それぐらいのことは僕にも分かる。けれど、言っている内容は分からない。


「本当に聖書の言う通り世界が焼かれるのなら、こいつらは世界の人間を救う為に尽力しているってことになるしねー。寧ろサーシャ様一人で何年後かの大地が救えるのなら赤仮面がしたことの方が適当だろ。」


「確かにねー。」


二人が話しているのは僕の予想とは全く違う言葉。悪逆非道な犯人を庇わんとする言動。


何を言っている?レッドが、サーシャ様を狙った卑劣な罪人が、正しい?


「そんなの聖書の内容が間違っているに決まっている!」


「水掛けローンだね!!」


おちゃらけた口調で声を上げるスリー。水掛け論だって?世界が焼け果てるかどうか否かが、水掛け論だっていうのか?


大地が焼けるなんてありえないだろう!


一体どれだけの燃料が必要になると思っているんだ!?


「悪魔の証明よね。間違っているって証明できないし、正しいとも証明もできない。」


姉上でさえも、聖書の内容を否定しない。


だれがどう考えても、あんなことは不可能だっていうのに。


そんな僕の思いに気付いたのだろうか、姉上はため息を吐きながら床を蹴る。


「あのね、ファイーブ。未来がどうなるかなんて分からないわ。」


でも、例えそうでも、大地が焼けるなんてありえないだろう。


「もしかしたら500年後には大地が球状だって言われてるかもしれないし、王国から帝国まで1時間で辿り着くかもしれないし、魔力媒体無しでも空を飛んで月の上を歩く人間がいるかもしれない。未来はそんな荒唐無稽な世界なのかもしれないよ。」


それは。。。


「もしかしたら世界中の人間と会話することができるようになるかもしれないし、動く静止絵を取ることもできるかもしれない。ほら、なんだっけ、勇者様の。。。」


「『スマーホ』だろ?世界中の人と文通も会話も出来て、緻密な絵や、世界情勢を切り取ったりするんだっけか。魔力無しで。あと算盤や時計の機能も兼ねているんだっけ。もしかしたらそれが俺達の世界でも再現できるかもしれないな。」


そんなの。。


「だからね、ファイーブ。聖書の内容が間違っているとは一概には言えないのよ。実際に聖樹に遺跡、人種やらなんやらの実績もあるのだし。」


間違えている可能性も十分あるけどね、と姉上は僕の頬に手をやりながら優しく微笑む。


「まあ。少なくともこの人達は、善意でやっているってことよ。言動が支離滅裂で矛盾ばっかりだったけど。でも善意100%の行動だったわけ。」


「教会の顔だしねー。()()()に決まっているじゃん。ファイーブの聖女ちゃんだって、いつも誠意と善意をもって行動するでしょー?こいつらも一緒なんだよ。」


「にしても大地焼失かー。海の中にいたらどうするんだろ。」


「海もぐつぐつ煮るから大丈夫なんじゃない?きっと。おそらく。」


「適当なこと言うの辞めなよ。」


分からない。


もし、赤仮面のしたことが正しいのだとしたら、僕達のしたことは何だったんだ?あの人を殺した僕は、悪なのか?あの、サーシャ様を殺そうとした人間が正しいなんてありえるのか?


そんなの、、、嫌だ。


その想いに縋りたくて、僕は正義だと言って欲しくて、声を絞り出す。


「結局、僕たちのしたことは正義なんですよね?正しいことだったんですよね?」


「「違うよ?」」


「え。。。」


違う。。?僕らが。。。悪?


僕が。。。。悪?


「100%正しいことなんてないわ。100%間違っていることはあるけども、真なる正義は存在しない。常に反例が付きまとう。96%、97%、98%、99%。100%に近い正義は必ずある、けれど100%の正義は決してない。」


「だから皆迷いながら進むの。自分がしていることが100%正義になるように何をすればいいか悩んで悩んで考えて。それをひたすら続けるのよ。」


「私達がアイツを殺したのは、邪魔だったから。私の描く未来図の障害になるから排除しただけよ。悪人善人は関係無いわ。サーシャ様を狙ったのがたとえ温厚篤実な女神だったとしても私は同じことをするわ。」


「温厚篤実な神とか存在するわけねーけどな。いたとしても胃炎で早死にしてるだろうね。」


「今そういう話じゃなかったろ黙れよ塵カス。」


「ふええええ。情緒不安定すぎない?」


僕には全く分からない。

そんな大きな話は。


「ねえ、ファイーブ。」


僕の混乱した顔を見たからだろうか、しゃがみこんだ姉上は僕の頭に手をかざし、ポンポンと静かに叩きながら声をかける。


優しくて、暖かい声。スノーの借金を建替えて、僕の誕生日を祝って、スリーから僕を守ってくれた時の声。


「貴方は自分の考えを間違っているか合っているかの二択でしか考えていないのでは無くて?」


「別にどっちでもいいじゃない。私なりの考え方があって、貴方なりの考え方が合って。スリーの考え方があって。ツー姉上の考え方があって。ワーン兄上の考え方がある。」


「そりゃあ余りにも非論理的で非人道的な意見は却下するとして、それ以外は否定する必要はないんじゃない?」


「貴方の考え方。私の考え方。それでいいじゃない。自分の意見を可と不可だけでとらえる必要はないのよ。」


目は朝日のように明るくて、顔はいつものように和やかで。


「でも考えるのを諦めるのは駄目。」


「考え続けるということは、この思考レースを走り続けるのは、とてもしんどい。投げ出してしまいたいぐらいに、重たくて、窮屈で、絶望的なものよ。」


「でも王族は、その辛い思いを背負う為にある人身御供なのよ。こんな苦痛に満ちたゲームを国民の代わりに肩代わりしてあげるのが私達の役目なの。それからは逃げちゃ駄目よ。」


だからこそ、僕は何も言えなかった。


そこから僕は言われるがままに部屋に戻り、ベッドの中で眠った。疲れていたからなのだろうか、翌日は昼過ぎまで寝ており、久々に朝食を抜かしてしまった。


そしてその晩は夢を見た。


悪夢だった。


前世の夢だ。


そこでの僕は、全てが並だった。


何かで秀でているわけでも無く、劣っているわけでも無い。どこにでもいて、誰も気にしないような平凡凡夫。僕はそれでも構わなかった。寧ろ優れた才能には困難がつきものだ。重荷は無い方が良い。


けれども油断したんだ。


夢を見てしまったんだ。もしかしたら僕は才能があるんじゃないかって。



だから努力を怠った。無くても生きていけるって思ってしまった。何も磨かず、何も考えずに生きてきた。


その結果がブラック企業で過労死。


姉上は言っていた。


100%正しいことなんてめったにないと。100%間違っていることはあるのに、真なる正義は存在しない。常に反例が付きまとうと。


世の中の人間が、善悪で二元論的に語れるわけが無いなんてことは知っている。立場が変われば、見える正義も困窮者も変わっていて、それ故に定義が主観に依存する正義が、一通りじゃないことも、人によっては食い違う事があるんだって分かっている。


だから姉上とスリーは正義と悪を軽んじる。物事をそんな千変万化な基準で測る訳にはいかないから。そんなものは毛ほどの役にも立たないから。


もっと誰が見ても揺るぎない証拠(エビデンス)に基づく、誰がしても同じ結果になる方術(メソッド)を。そんなものを彼等は求めている。彼等は普遍性を重んじている。


けれど、やっぱり


困っている赤ん坊を救うことが。


死にかけの子供に一握りのご飯を与えることが。


泣いている友人を助けることが。


そして、命を狙われた少女を助けることが。


それの一体何が間違っているというのだろうか。


これのどこに悪が入り込めるというのか。


それは確かに少ないだろう。それは確かに微かなもので、人生に一度しか見れないようなものかもしれない。またあまりにちっぽけで気付けないかんもしれない。


けれど純粋な善はあると思うんだ。


それが心の意義じゃないかと僕は思うんだ。


「という夢をみたんだ。」


「哲学じゃのう。。」


「でも、100%の悪があるなら、100%の善もあるはずなんだよ。理論的に考えれば、だけど。」


「正直どうでもいいから無視してお土産のクッキーを食べたいのじゃが。駄目か?話聞かなきゃならんか?」


うん、嫌そうな顔してるもんね。知ってるよ。でも駄目。


「相談に乗ってくれるって言ったのはペルじゃないか。」


「まぁのぅ。。。。でものぉ。。。」


面倒だなって顔してるペル。まあ僕もこんな相談されたら中二発症する前にすることあるだろ馬鹿って思うもんな。


僕だってペル以外にこんなお話するの絶対いやだし。恥ずかしいから。


けれど、それでも話さずにはいられない。


「兄上も、姉上も。。。皆が目を背けている所を率先して進んでいる気がするよ。」


「そうなのか?」


「彼等は、生理的嫌悪感よりも客観的成果を重視しているんだと思う。」


というよりも、露悪的と言うべきなのか。誰もが恐れて進まない道を、その結果を重視して進んでいるな気がする。


言うは易し、行うは難き。


誰だって自分の気持ちを優先する。


ドラマの悪役を嫌悪しながらも同じようなことを現実で行うように。迷惑だとわかりながらも酔っ払うように。駄目だと分かっていながらもポイ捨てするように。ありのままの自分を、と人には言いながら自分は精一杯着飾るように。


それらが悪だというわけじゃない。けれど、綺麗ごとは綺麗すぎるのだ。綺麗ごとを守れるほどの感情を持てるほど、僕らは清くない。


だから彼等は人の感情に満ちた考えよりも、偽善と建前で塗り固められた意見を好んでいるのだ。


善意と悪意ではなく、その両方が入り込まない合理的な行動。誰もができる模範的な言動(偽善で欺瞞)。そしてそれがもたらす結果。彼等はそれを模索しているではないか。


「坊はそれが嫌なのかい?」


「まあね。」


「そりゃまたどうして。」


何気なく問うペル。実際そこまで深い意図はないのだろう。けれど僕は、彼女の花のように美しい顔を見るだけで、答えられなかった。


「・・・・・・分からないんだ」


言えたのはたったこれだけ。


「分からない。。。?」


「何で嫌なのか分からないんだ。」


じゃあなんでお前は嫌々言うんだよって顔してるペル。うん、その気持ちも分かるんだけどね、もうちょっと表情を取り繕ってくれ。傷つく。


「なぜか嫌なんだ。この嫌に理由なんかないんだよ。」


「まあ、そういう感情は妾にだってあるし、抑えようのない激情も、理屈じゃない想いも、あるんじゃろうけど。」


「けど?」


口ごもるペルにもう一度尋ねる僕。


「坊がそんな感情を抱いているとはのぉ。。」


ペルは僕をなんだと思っているの?サイボーグか何か?

僕にだってそういう感情はあるよ。


「嫌ってだけで反対するような奴じゃなかったろ坊は。」


「そう、だったんだけどさぁ。。」


今まではそうだったんだよ。でも、今はどうなんだって言われると、はっきり答えられる自信がない。


「分かってるんだよ頭では。兄上の言っていることは正しくて、王族としては感情よりも結果の伴う非道を敢えて進まないといけない。好みで有効な道を避けることは怠慢だろうね。」


国民が建前を信じるのは良い。国民が夢を見るのは良い。国民が盲目的に理想を追い求めるのは良い。けれど、僕達王族は。国民を導く僕達は。その民と同じように正義に溺れるわけにはいかないのだ。その為の特権階級なんだ。


正義に溺れて。夢に溺れて。理想に溺れて。


その結果国民を殺すなんてわけにはいかないのだ。


僕らは理想と現実に折り合いを付けなければいけない。どちらかだけを見る訳にはいかない。両方を見て、擦り合わせて、可能な部分を抽出していかなければならない。


それが、王族としての責務だから。その為の特権階級なのだから。


「。。。。」


「それでも僕にはそれが辛いんだ。兄上だって辛いんだろうけど、それを知っていても僕には背負いきれないよ。。。。。」


僕の一挙一動に、命が懸かっている。僕のミスでダース単位の人が死ぬ。だからこそ、感情で、善悪と言う言語化できない基準で行動するわけにはいかないのだ。


理解はしている。理屈も分かる。


でも、納得は出来ない。


間違っていると思う事を、なぜ選ぶんだ?


数字として見ればそれが最善だとしても、どうしてこの湧き出る嫌悪感を無視しなくてはならない?


僕の人生だ。この生き様は僕だけのものだ。


それを、どうして感情を無視して行動しなければならない?


僕だけの生き方に、心を蔑ろにする必要がどこにある?


「そんな風に考えて疲れぬのか?もうちっと人生楽しんでもよいだろうに。」


「十分楽しんでいるさ。王子だよ?贅の限りを尽くして生きているよ。」


権力、財力、才能、環境、名声。


王族という草臥れ疲れる身分を手にする代わりに与えられるものは、それもう莫大だ。民なら垂涎(すいぜん)ものだ。これが無くても生きていけると、こんなものいらないと思えるほど僕は自惚れちゃいない。


昔はこんなのいらないって見栄張っていたけれど、今ではそんなこと口が裂けても言えない。この与えられるものがなくちゃ、やってられないよ。


これだけの仕事なんだ。報酬ぐらいは夢を見たいんだ。


「そして王族と言う夢のような待遇を僕は楽しんでいるよ。」


「そういうわけじゃなくてのう。。。」


顔を暗くするペル。一体どうしたのだろうか。辛い仕事に見合った給与。それがきちんと与えられるのだから僕は不満無いよ。


「それに何度もいっているじゃないか。」


「?」


宝石のような目をパチクリと瞬かせるさせるペル。


「僕は既に王族以上の報酬をもう手にしているんだよ。」


「なんじゃそれは?不老不死の妙薬とかか?」


参ったな。まだ伝わってなかったか。これは兄上姉上以上の難敵だね。


「ペルに会えて僕は本当によかったってことさ。」


そう言って坊は、ペルの頬に軽く口づけをする。


「だからそれはキモいて。」


「いいんだよそれでも。今はそれで。」


初恋なんだ。甘酸っぱく惨めに藻搔いて行こう。


「有難うペル。だいぶ心が楽になったよ。」



翌週。僕らのことを第七席『レッド=ホワイトマスク』に密告し、サーシャ様殺害を依頼した人間が判明した。


スパ=パスタという貴族だった。


彼の屋敷の地下には、何十と言う獣人が鎖に繋がれ、腐臭と死臭に満ちたこの部屋の中で冷たくなっていた。


凍傷火傷裂傷なんて軽い物。


股から足に掛けてズタズタに裂かれている少女。


火に焼かれ縮む肉体によって体中の骨が折れている少年。


氷が肺に敷き詰められ、窒息している老婆。


皮膚を剥がされそこらに釘を打たれている夫婦。


赫色の家族()()()であろう血肉だまり。


僕はただ吐いているだけだった。


胃の中が空っぽになっても、胃酸で舌が焼けていても、ただ、泣きながら吐いていた。


「あの女は、俺が必死に手にした地位をあっさりと越えやがった!何なんだ!ふざけんな!俺の努力を返せくそ野郎!!」


努力してない奴が努力している人を妬み、憎み、蹴落とそうと躍起になる。実力を上げることには興味がないけれど、足を引っ張ることだけは抜け目ない。


「いやー、王国にもまだまだ屑がいたものだね。」


「何が王族だ!ここは王国だ!獣国なんていう野蛮国家のメスだろ!?猿と変わりやしないじゃないか!それなのに名前は一緒だからって特別扱いか!?ふざけるなよ!俺がどれだけ王国に貢献してきたと思っている!」


「全く、これじゃあエナンチオマー侯爵が浮かばれませんね。彼は皆がこんなことをしない為に志願してくれたのに。」


「餓鬼共に下げたくもない頭を下げて!手を汚して!それだけの思いを俺はしたんだ!それなのにあの獣の餓鬼はなんなんだ!王族!?汚らわしい獣風情がか!?俺をおちょくるのもいい加減にしろ!」


他者への賞讃は惜しみ、自分への賞讃を惜しむ奴は決して忘れない。理不尽な恨みを抱いて生涯永劫忘れない。他者から賄賂を貰うことを当然のことと信じ込み、自らと違う意見を許せない。厳しい現実を認めず、甘言しか受け入れない。




「アイツは何をした!?王族としての責務を果たしているか!?ただ他国から寄せられた置物の女に、どうしてあそこまでの地位が与えられる!?俺が王国に治めてきた税をどうしてあんな無能な畜生に使われなければならない!!」


自分は決して顧みず、相手の欠点ばかりを粗さがし。他人の不幸を望み、自分だけは幸福であろうと平気で嘘と暴力を行使する。


「いやー、気持ちは分かるな。自分が努力して手に入れた地位を相手が楽々手にしていたら怒るよね。」


「私は分かりませんね。そもそも私の欲する地位を希望する人がおりませんので。」


「フォーのそういう感情との折り合いの付け方素直に尊敬するよ。」


「それはどうも。」


「終いには俺への挨拶はなし!なんなんだ!王族以外には興味ありませんってか!?俺を舐めるのもいい加減にしろよ!!」


そんな人間を受け入れろなんて、僕にはできない。


僕にはそれをする理由が分からない。


「・・・許せない。」


「これを許せる人間は兄上ぐらいよファイーブ。」


姉上はつまらなさそうにスパの顔を見たかと思うと、興味なさげに他の牢を覗く。鉄格子の強度を確かめようとするのはやめよう。


「当然俺は許すさー。人間は失敗する生き物だもの。過ちの一つや二つ、普通にするだろうさ。そこから人間は学んでいくんだ。俺はこんな自己愛に基づく人間を愛しく思うよ。」


「ほらね。」


僕がスリーの方を振り向くと、にへらにへらを笑いながらしゃべる我が兄。本気で言っているのかいないのか。


僕には分からない。


「それでコレはどうするのフォー?」


「『サーシャ様に嫉妬するあまり抵抗組織(レジスタンス)と結託して王子殺害を企てた下衆貴族』という名目で裁判ですね。これを否定すると、教会との利権争いという藪蛇になるので裁判官もきちんと忖度してくれるはず。無難に磔、後にギロチンですかね。」


「政治的取引だねー。いつもみたいな処分はしないの?」


「コイツは拷問するメリットも、暗殺する利点もないのですよ。エナンチオマー侯爵は見せしめにする価値があったし、狂信者は教会関係者とバレないために始末する必要があった。でもコイツは只の悪党なので。。。」


「法に則って処刑した方が効率的か。確かにね。」


こんな時でも、こんな場合でもいつもどおりの彼等。

まるで夕飯のメニューを考えているかのように何事も無いような顔で振る舞う彼等。


「どうして。。。。。。。」


「ん?なーにファイーブ?」


彼女のいつもの顔にうすら寒いものを覚えながら僕は問う。


「どうして彼はあんなしょうもない理由で人を殺めようと思うのですか?」


「しょうもない理由?」


何を言っているのか分からないといった顔で僕を見る姉上。それが彼女の本心なのか違うのか、今の僕には分からない。


「自分が出世しなくて、その腹いせでサーシャ様を狙ったことですよ!」


「それが不思議なのかファイーブ?」


「当たり前だろスリー!どうしてアイツにはあんな人間として恥ずかしい行為を出来るんだ!?」


僕の問いかけに、二人はただ顔を合わせるだけ。そして姉上は口を開く。またいつものように、何事もなかったかのように。


「それが人の性だからよファイーブ。」


「でも。」


「フォーの言っていることは的を得ているよ。」


珍しく、スリーは全面的に支持している。

少しだけ、真面目な顔で。


「皆そう思っている。皆サーシャ様を妬んでいるんだ。絵本じゃ王子と結婚したシンデレラはめでたしめでたしだが、彼女の本当の闘いはこれからだ。上位貴族はサーシャ様を蔑み嫉妬しているんだけ。でも中位から下位貴族は特にサーシャ様を嫌っている。サーシャ様は獣国から、王国の王族に職種変更(ジョブチェンジ)したからね。自分が喉から手が出る程欲しがった王族という地位をあっさり手にしたから嫉妬と憎しみの嵐は絶えずある。」


「不法に攫った獣人に八つ当たり。そして暗殺依頼。その行動に移したのがスパ=パスタってだけなのよ。」


「犯行に及んでいないだけで皆そう思っている。勿論『思う』と『行動する』には天と地ほどの違いがある。だからファイーブの質問の答えとしては。『人間の性分である嫉妬と怒りに我慢できなかったから。』だね。要は忍耐力の問題。彼の人格の問題ではなく、人間として当然の本能に耐えうる理性が無かったという能力の問題なのよ。」


それじゃあまるで、皆は心の中でサーシャ様をあんな目に遭わせたいってこと?そんなこと、、、ありえない。


「別に全ての貴族があそこまで思っているとは言わないわ。けれど、サーシャ様を蹴落とすために、少々手荒な手段を用いても良い、とぐらいは思っているわよ。」


「そんな。。」


「さっきも言った通り、人は簡単に嫉妬するし、理不尽な恨みを抱くものだからね。」


そんなことない。人はそんなに殺伐としていない。

だって、だって。。。。。


「僕はそんな風に人に対して思ったことないですよ。」


「知るか。」


そんな僕の精一杯の叫びを、姉上は一刀両断する。


「貴方のことは知らないわよ。でもね、私も、ワーン兄上も、ツー姉上も、スリーも、父王も。これは全ての人間が大なり小なり持っている感情よ。貴方がいくら高潔ぶって、悪を憎んでいようともこんな面は必ずあるわよ。」


まるで知っているかのように姉上は言い。


「貴族だから、とかじゃない。平民貧民だってそうだぞ。成功した人間を恨んで妬んで足を引っ張るなんて話は探せば雑草の数よりあるだろうよ。」


うっとりとした顔でスリーが続ける。


「果たして貴方は見てないフリをしているのかしら?それとも貴方には本当に無いのかしら?」


「どっちなのか愉しみだね。」


「全然愉しみじゃないわよキチがい。」


「フォーはやっぱり僕への態度を改めるべきだと思う。」



そして僕は、気を失った。


また、夢を見た。


まっくらな闇の中で、少年が一人泣いている夢だ。


それは幼い頃の、僕だった。



姉上のいう事は分かる。


けど、分かっていると思っていた者が分かっていなかった事例など山ほどあるように、結局のところ僕には分かっていなかったんだ。


「なあファイーブ。いつものお前の哲学を聞かせておくれ。」


「珍しいね。」


いつものようにペルのお店でペルと話をして、哲学と言う名の雑談を交わしていると真剣な顔をしたペルが、僕を見ていた。


「宗教は悪かの?」


アラヤ人は知神レドトンの加護を強く受ける人種だ。知神レドトンの加護は前言ったが、その強大な加護故に、アラヤ人は知神を強く信奉している。


ペルもそれに漏れず、熱心な信徒だったはず。


どうかしたのだろうか。


嘘を吐いて綺麗ごとを言っても良かったが、ペルの顔を見て僕は本心を語ることにする。


「・・・・宗教はさ、信頼の最終形だと僕は思っているんだ。自分の理解を超えた存在を信じているってことだからね。だからもしも宗教が悪ならば、信用も、友情も、愛情も、想いも、全部悪って言うことになるよ。」


「宗教は悪じゃないということかのう?」


正しい、間違っている。正義、悪。前の姉上の話が脳裏を走る。


それを無視して僕はペルに哲学を披露する。


「さっきも言ったように宗教はさ、神様を信頼している行為なんだ。ありもしないものに信頼を寄せることを愚かだという人も言えば、だからこそ信用するという人もいる。だってそれは裏切れないのだから。自分が知覚できないものからの裏切りなんて分かりようもないからね。」


僕の言葉にペルの顔に陰が走る。


知識を重んじるのに、知識で測れない存在を信奉することに矛盾を感じているのだろうか。


「じゃあ宗教は現実逃避の行為かの?弱虫じゃから信じるのかのう?」


アラヤ人への中傷として、このようなものがよくある。『アラヤ人は知神の住まう楽園『天之国』へ死後定住することを目的としているが、知りようがないものを目的とするなど白痴の信徒だ』と。


きっとそのようなことを言われたのだろうか。


彼女の顔を見て僕はそう推測する。


「死後の楽園を信じるアラヤ人は、腰抜けなのかの。その為に現世を生きる我々は、死後の世界を信じないといけない我々は、なぜこの世にいるのかのう。」


何があったか分からない。力になりたくてもペルが言わない限り僕じゃ力になれない。


だからこそ、できる限りのことだけはきっちりする。


「確かにそういう捉え方もできるけどさ。死後を信じることは、本当に腑抜けなのかな?」


優しい声で、明るい顔で。姉上がしてくれたように、あの時のペルがしてくれたように僕は喋る。


「・・・・」


「例えば愛しい人が突然死んだとしてさ。それが例えば寿命だとして。死んで無になったなんて受け入れられるかい?実際に死んだ人はもう会えなくて、もうどこにもいなくて、どこにも存在しないんだよって言われるよりかはさ、神の国で君を待っているって信じた方が素敵じゃないかい?」


「・・・」


「人はどうして死ぬのか分からない。死んでどうなるのか分からない。どうなるのか正しいのかなんてわからないんだ。」


「どうせ分からないならさ、素敵な方を信じたいとお思う人の気持ちは弱虫のかな?」


「きっとそれはさ、その人が楽しく生きたいっていう表れ何だよ。残酷な世界を寂しく生きていくんじゃなくて、優しくて暖かい世界を希望を持って生きていきたい。そういう気持ちの表れ何だと思うよ。」


「だからそれは弱虫なんかの気持ちじゃなくてさ、もっと、、何て言うのかな。世界を美しくとらえたいって言う素敵な考え方何だと思うよ。」


「そうか。。。」


「そうだよ。」


「そうじゃのう。。。。」


「そうなんだよ。」


「ファイーブ。」


「なに、ペル?」


「有難う。。。。。」


そう言った静かな声と優しい台詞は裏腹に。


ペルの顔は痛みを堪えながら泣きじゃくる少女のようだった。





そこは、暗黒の中。



喉が焼けるように熱い。



腹がナイフで串刺しにされたように痛い。



肺が締め付けられる。



呼吸がままならない。



前が見えない。。。目隠し?



それに、これは、、攻撃されてる!?


花火が飛び散るように意識が覚醒するとともに、現状を把握する。

僕の上にのしかかる物体。生暖かいことから体温を持つ生物。前が見えないことと、顔から感じる質感から顔を覆う布かなにか。平衡感覚から押し倒せるていることが分かる。


相手の体重は肺の上。手を喉に当ててるところを見るに窒息死を目論んでいるのか。幸いなことに反射防壁(シールド)のお陰で命の危機に陥らずに済んでいる。意識が覚醒したのはこれのお陰でもあるのか。


魔力を練る。


右手に炎の極式魔術。左手に氷の極式魔術。それらを合成して、刃を形作る。


「『獄炎凍土』!!」


「ぐふ!?」


「『分割追尾』!!」


僕の喉を締め付ける人間の臓物を貫いた自作魔術(オリジナル)は、そのまま八つに分裂し生体反応を探知。そして追撃せんばかりに目標を滅多刺しにする。


「ぐ!?」


悲鳴を堪えてようなくぐもった声。ダメージは受けている。強さは上の下。対処できる強さ。


殺しはしない。でも無傷では返さない!!


体に密着していることを逆手に取り、騎士団での近接術を使って押し倒される側から押し倒す側に素早く体位を切り替える。喉に添えられている腕を掴み、慌てて僕から距離を取ろうとする暗殺者を離さない。地面を氷で覆い、地面に仰向けで寝転がらせた相手を固定。よし、確保完了。


「捕まえた!」


その瞬間。


「『毒血』!!」


自爆用毒術?


あ、覆面に液体の感触が!?慌てて顔に被せられた覆面を破り捨て、解毒魔術を自分に掛ける。そして相手の顔を確認するべく暗殺者の仮面を剝ぎとる。


さて、僕を殺しに来たのは誰かな。


前回の協会関係者か、それともサーシャ様関連か。








「え。。。。。」




どうして。。。。?




「ごほ、やっぱり無理だったか。。。。」




「女神に、幸あれ。」









それは、








ペルだった。



3秒後。呆然とする僕を他所に、ペルは死んだ。

死因は失血死。そして中毒死だった。








「やあ、ファイーブ。愛しの兄貴が来たぞー。外に出るぞ。」


そこから僕は、部屋に籠った。スノーが来て、ツー姉上が来て、父上が来て、レリジオンが来て、賢者様が来て、エルンが来た。他にも色々来た。


でも、外に出る気にはなれなかった。


泣いた。泣いて泣いて泣いて泣いた。


でも意味が分からなかった。


なぜ、ペル?


僕を殺す、は百歩譲って分かる。僕は王子だ。彼女の立場からすれば王子に危害を加える理由は100は降らないだろう。でも、たった一人で。自爆用の魔術まで掛けて。一体何故なんだ?


どうでもいい。


もう、どうでもいい。


ただただ、どうでもいい。


今は疲れた。


考えるのも、息をするのも、動くのも、毛布を動かすのも、フォークを手に持つのも、ナイフを掴むのも、スプーンを手にするのも面倒くさい。


疲れたんだよ。


だから休ませてくれ。


別に一ヶ月も休んじゃいない。寧ろ今日で三日ほど。普段の僕じゃ信じられないことだけど、別に三日ぐらいおかしなことじゃない。


「へいへいファイーブ。外に出ようぜお日様浴びようぜ?」


今は、ほっといてくれ。


「おいおい、無視は兄ちゃん傷つくなぁ?返事しようぜ?」


相変わらず人の神経を逆なでするようなスリーの声に、苛つきを抑えながら僕は返事する。


「。。。どうしてここに?」


「墓を作りに行こうと思ってさ!」


墓。。。。誰の?


「フォー姉上のですか?」


「お前それ本人の前で言うなよ。マジ泣きするぞアイツ。」


フォー姉上じゃないのか。じゃあ一体誰の。誰が死んだんだ。


「じゃあ誰のだよ。。。どうでもいいよ。。。」


「聞いて驚け、ていうか聞かなくてもお前のとこに来たんだから気付いてもいいと思うんだが。」


呆れた様な声に、僕は堪忍袋の緒が切れる。今まで堰き止めていた怒りも、不安も、悲しみも、絶望も、全てごちゃ混ぜになって僕は声を荒げる。


「いい加減にしろよお前!!お前に付き合う気分じゃないんだよ!!」


「テッテレー。高級娼館兼占い館の『マーヤ』の主、ペルセポネの墓さ!」


そしてそんな僕を無視して。

兄貴は冗談を言うかのようなノリで話をするんだ。いつものように。



場所は、王族以外のやんごとなき身分の人間が葬送される場所。王に飼われた猫だとか。側室にすらさせて貰えない愛人だとか。消さなきゃいけなかった妾の子供だとか。


そういう人が埋葬されている場所だ。


「質問に答えてください。」


「先に墓を作ってからだよ。」


スリー兄上の手を借りるのは違う気がした。


だから一人で墓を作った。


「魔術を使えよ。」


「煩い。」


魔術を使うのは違う気がした。


だからスコップと猫車(手押し一輪車)を使って穴を掘った。


「だから魔術を使えって言ったのに。」


「煩い。」


アラヤ人の葬儀は火葬だったから、棺にペルの亡骸を入れて焼いた。窯に棺を入れ込んで火炎を放つと、肌をチリチリと刺すような熱が籠る。


それを見ながらスリーはそこらに落ちていた石を拾って僕に渡す。


「これはせめてものお礼さ。」


「・・いらない。」


「まあそういわずに」


「・・いやマジでいらない」


何がしたいんだ?


そんなことを思いながら、渋々石を受け取ると、スリーから肉が焼けるまで、4時間半ほどかかるらしいと言われた。


「石を受け取ってくれたお礼に、ある少女の話をしてあげよう。」


その間に、スリーから話を聞いた。


「アラヤ人はかつて流浪の民族。埋葬してくれるのは身寄りしかいない。ところが彼女にはそんなものありゃしない。だから俺らしか作れる人がいないのさ。」


僕が聞きたいことを知っていながら、敢えて違う話をする。焦らすかのように話題を選ぶスリーの話は、僕の頭を逆に冷静にした。


「彼女の部下は?」


「彼女の部下は今店の立て直しさ。王族を殺そうとしたんだからね。耳が早い貴族にはもうバレている。それでも頑張って噂を消して、トップが抜けた分を埋め直して今はてんてこ舞い。残念ながら彼女の葬礼する暇なんてありゃしない。だから俺が頼まれたってわけ。」


いつものいうに、赤子に謡うかのように話すスリー。


丁度良い音節の、美しい歌のよう。


「なぜ兄上なんです?」


「部下の後始末だから。」


「部下?」


「彼女は僕の部下なんだ。これでも苦労したんだぜ?アイツが欲しがっている物全部を駆けずり回って用意して、折角交渉の場に立ってくれたと思えば今度は条件が厳しいのなんの。あれじゃあ俺の部下じゃなくて協力者だ。ま、頑張って従属関係を築けたのは流石俺って感じかな。」


誇らしげに胸を張り、鼻高々に自慢するスリー。ということは、ペルが僕を殺しに来たのは。


「お前の命令か?」


「おっと残念ながら違う。いや、折角手に入れたレア駒を、ファイーブに横取りされるとは思わなかったしそれには大海が出来るほどの殺意が湧いたけど、俺じゃない。」


そして、スリーは僕を見た。


いつものような明るい顔で、明るい声で。

けれどやっぱり寂しそうな目で彼は話した。


「今から弟君を殺しに行くって言われたんだ。その時に二つのお願いを託された。」


「お願い?」


お願い。その言葉に僕の胸に棘が刺さったような痛みが走る。


一体、なぜだろう。


「一つは俺へのお願い。『例えファイーブが妾をころしても許してほしい。逆に妾が殺しに成功したら主が妾を殺しておくれ。』だって。」


・・・・やっぱりあれはペルなんだ。


一縷の望みとして頭にあった『双子説』『変装説』『ドッキリ説』が全て音をたてて崩れていく。そして僕を殺そうとしたという事実は遅ればせながらやってきて、ずどんと僕の腹へ響いた。


けれど、それだけ。


ペルが僕を殺そうとした。以前ならそれだけで僕は胸が引き裂かれるような思いになっていたのに、今はもうそれを現実として受け止められている。理由は分からない。けれど僕はそれを、事実として受け止めれている。


何故かは、分からない。


「なぜ僕を?」


「教会からの命令だろ。今回でサーシャ様を狙う教会の動向も知ったお前さんは、その上神輿である聖女も匿っているときた。教会からすればツーストライクでもバッターアウトなのさ。」


「え、それがどうして」


教会と彼女に何の関係がある?

彼女はアラヤ人だ。知神レドトンを信奉する民族であって、女神レールオフを信奉する教会とは何ら関係が無い筈。


そんな僕の顔を見て察したのか、彼はその場にあった石をつまらなさそうに蹴り付けながら呟いた。何でもなさそうな口調で、とても重要なことを。


「『権謀紡ぎ』。それが彼女の名前さ。」


「え?」


「彼女は第五席の十二使徒『権謀紡ぎ』なのさ。」


使徒。


確か、教会公認の、戦闘部隊。


あまりの真実に脳が麻痺したのか、思考が纏まらない。頭を強かに打ち付けたようなぼわぼわとした浮遊感とともに、スリーの言葉を反芻する。



第五席の十二使徒『権謀紡ぎ』



彼は確かにそう言った。


「さっきも言ったけど、そんな狂信者を部下にするのは本当に苦労したんだよ?俺の言いなりにさせるのに結構苦労したんだよ?取引として裏と表のそれなりの地位を用意して、流せる情報を流して。言いなりと言っても色々条件も付けさせられたし、弱み握ってなかったら俺が噛み千切られるとこだったんだ。」


心底口惜しそうな顔でペラペラと語るスリーを見て、僕の頭は怒りで脳が活性化する。先ほどのまでの浮遊感は消え去り、そしてそのお陰で怒気も思考に掻き消される。


丁度良い適度な怒りだ。


そして正常に働き始めた思考は疑問を形作る。


「なぜ。」


「んんん??」


「なぜだ。彼女はアラヤ人でしょ?」


何度も言うが、アラヤ人は知神レドトンを信奉する民族。女神レールオフを信奉する教会とは何ら関係が無い。


けれどそんな僕の浅はかな知識を嘲笑うかのように、彼はクスクスと笑う口を手で押さえながら幸せそうに真実を告げる。


「逆だよ。アラヤ人だから、さ。そしてアラヤ人だから彼女は女神教の信者なんだよ。」


「でも知神と女神は別物じゃないか。」


僕の反論を予知していたのか、彼は小馬鹿にしたような仕草で僕を見る。それを見て立腹するほどの心は、今の僕には無い。


彼が本気で、僕を馬鹿にしているわけではないことが、分かるから。


「だから神話も歴史も勉強しとけって言われたろう。」


え?


「知神レドトンは女神レールオフの従弟なんだよ。聖書の創世記に載っているだろう?」


…知らなかった。


本日何度目になるか分からない脳を揺さぶる程の新情報。


このまま聞かなかったフリをして寝込んでしまいたい。寝込んでしまいたいが、それをするには僕はペルと関わりすぎた。見て見ぬ振りを出来るほど、僕とペルの関係は浅くない。少なくとも僕にとっては、だが。


「女神教は崇拝されて繁盛しまくっていて、知神はもう虐待されまくっているからイメージしにくいけれど、宗派も聖書も同じものさ。女神レールオフが作った世界を生きて、そこから女神の善徳説に盲信するか、知神の慧叡説を盲信するかの違いであって、聖女も聖者も同じ人間を指しているんだよ。同じ女神教さ。門派が違うってだけ。」


「それで宗教心から僕を殺しに?」


「いや、教会からの正式な命令って言ったでしょ。」


教会からの命令。そういやそんなこと言っていたっけ。ペルは女神教で。僕はサーシャ様を狙った十二使徒から教会の意向を知った。そこまでは分かる。


それなら、一つだけ疑問が残る。


「なら何故、スリーや姉上はその対象になっていないので?聖女レリジオンと親しいというのはそこまで大きいのですか?」


一瞬だけ、誤魔化そうとしたのだろうか。刹那の間だけ中を見て目を泳がせたスリーは、観念したように息を吐きながら話し出す。


悪ふざけが露見した幼児のように軽く、そしていつも通りに。

少しづつ、彼等がいつも通りな理由が分かってきた気がする。


「いやフォーはそんなバレるようなヘマはしないよ。アイツは国外では無能でお花畑なか弱いお姫様で通してあるし、狙われるなら一番最後。殺すのは簡単だとしても、メリットがないと思わせているからね。」


そして、と言葉を続けるスリー。


「俺はそもそも『権謀紡ぎ』と上下関係を築いていたし、教会とは仲が良い。特に後ろ暗い所とはね。それを知りつつも忖度してくれる俺を失うなんてデメリットが大きすぎるのさ。」


あとは分かるだろう、と言わんばかりの目で僕を見るスリー。

ああ、そういうことかクソッタレ。良く分かったよ。


「ところがお前は違うよな。女神教の禁忌を次々と冒すし、取引でどうこうなる人間じゃない。武力もあるし、賢者と聖女の両方と親しい。教会としても脅威となる若い芽を先に摘みたかったんだ。それでお前が狙われたんだな。」


スリーは狙うメリットよりデメリットが大きくて、フォー姉上はそれぞれメリットもデメリットも少ない。僕だけだ。僕だけが、メリットが十分にあってデメリットが少ない。


それなら僕を暗殺するように命令されたのは妥当な指示だ。


けれどこれだけでは終わらないらしく、兄上はコホンと喉を鳴らして言葉を紡ぐ。


「あとお前は踏み絵について喋ったろ?あれは地雷だったね。信者なら誰でも怒り狂う。特に第五席に座っているようなマジキチ狂信者ならね。」


「それは。。。」


もやりと心がざわつくが、そんなことスリーが分かる訳もなく。


「しかもお前は俺やフォーの名前を一切出さなかったそうじゃないか。お前のことだから気遣いとかじゃなくて純粋に言い忘れていただけだろうけど、それで憎しみも全部お前に行ったんだな。」


確かに、王宮で起きたことは彼女に話した。踏み絵についても当然話した。それが誰がやったかどうか話してはいなけれど、恨みが募ったであろうことは容易に想像できる。


「彼女は。。。それで僕に?」


「そうだね。聖女ちゃんの件や、教会のサーシャ様への思いが知られたぐらいで短慮な過ちを冒すような子じゃなかったんだ。なにせ政治出来る系の脳筋だからね。一応話が通じる系の脳筋だったんだ。しかもアイツは君に愛着でも湧いていただろう?だからあそこまでなら我慢できたんだよね。でも、踏み絵は駄目だったんだね。」


「そんな。。」


「お前が勝手にペラペラ喋ったんだろ?それでこうなった。王国の国家秘密を喋るなんてことしなきゃ良かったのに。」


呆れた顔で僕を見るスリーを見て、今まで掻き消えていた怒りが再燃する。


「証拠はどこ?アンタが仕組んだんじゃないって証拠はどこにある?」


スノーの時のようにスリーが仕組んだ可能性は捨てきれない。これが言いがかりに近いものだと分かっていても、やはりコイツへの怒りはメラメラと燃え上がる。


「まぁ、信じないだろうね。」


けれどあっさりと。あっさりと彼は僕の怒りを受け止めた。それが逆に、僕の怒りを消火する。


そしていつものように、もう何度目になるのか。目を瞑って幸せそうに、謡うように言葉を投げる。


「けれど世の中には、お前のほんの13年ちょっとの人生じゃ暴ききれないような隠し事が山ほどある。お前に限りなく近いのに、感じることすらできない程巧妙に隠匿された真実がな。」


「だからお前が俺のことを信用しない様に、お前はペルセポネの全てを信用するべきじゃないかった。少なくとも、口止めされたいたことを喋る程の信を置くべきじゃなかったんだ。彼女は、お前と違って茨の道を歩んできた。報われない、けれども逃げられない道をね。」


「そんな彼女を好きになっただけで全てを知った気にならない方が良い。それだけのことしか俺には言えないね。」


その言葉に僕は何も言い返せない。何も言えなかった。


でもそんな事実を知られるのはカッコ悪いから、せめてもの抵抗としてかすれ声で問いかける。


「弱みって何ですか?」


「なに、そんな大したことじゃない。アイツが今経営しているお店である『マーヤ』を潰さない。アイツの従業員を殺さない。王族に関わった穢れた職種の人間に危害を加えない。そして元々俺は王都内の商売や利権関係には強くてね。見返りとして教会から脱退と、店への継続的な支援と。そしてアイツが死んでも取り壊さずにするっていう条件で俺の部下になったわけ。」


そして僕の急所を抉るかのように、先ほどの言葉を繰り返す。


「けれども教会から足を洗うからと言って、彼女は信仰心を捨てたわけじゃない。お前が必死に踏み歩いたのは、彼女の地雷だったわけだ。」


その言葉は痛くて、僕の心を貫いて。


そして、一つだけ僕に気付かせてくれたことがある。


「ねえ兄上。」


「お、兄上なんて言われるとは。明日は雨か?」


「何を隠しているんですか?」


「‥‥」


確かに、今までの理由で合点がいく。僕を殺したいほど憎んだ理由も、そしてその実行に至るまでの彼女の心境も。


けれど、一つだけ変なんだ。


それだけだと、まだ弱い気がする。


彼女は、確かに狂信者と呼ばれる類のものなんだろう。けれど、即座に殺しに結びつくほど話が出来ない人間じゃなかったと僕は思う。


なにせ彼女は、話が通じる系の脳筋なのだ。


他ならぬ兄上が、そう言ったのだ。


「うーん、そんなこといってもな。」


「そして僕は、彼女が好きです。」


「お、おう?」


「彼女は、そんな人間じゃないと、断言できます。これだけだと、まだ弱いと。動機にしては、脆弱だときっぱり言い切れます。」


そして何より。


それだと死に際の彼女の泣き顔が、説明できないじゃないか。


「・・・・・」


「頼むよ兄上。教えてくれ。」


「・・・・はぁ。」


ほんの一瞬の溜息だった。

けれど僕は、そこにスリーの本心を見た気がした。


くたびれた心を狂気で隠す様な、そんな男の顔を見た気がした。


「ペルセポネの本名はね、『被検体122番』だ。」


ポツリと告げる彼の言葉に、僕ははっとする。


被検体、122番。


心臓が、鷲掴みにされたかのように痛くなる。脳が、勝手に仕事をする。思い出したくもない、知りたくもないのに記憶野が情報を提供してくる。


「先月僕らが殺した、被検体121番。通称『千面群舞』ことレッド=ホワイトマスク。お前の言うペルセポネは彼の妹なんだよ。」


僕が、悪と断じて侮蔑と怒りをぶつけた男の、妹。


蒼褪める僕の顔を見えてはいないのか、頭を掻きながらスリーは言葉を投げ続ける。今度はもう、いつも通りの軽い声で。


「彼女は兄が殺されて怒り狂った。しかも踏み絵を踏まされて、だもんね。そりゃあ怒るさ。当然彼女は復讐を願うよね。そこで彼女の復讐候補は4つ。」


「1.俺。

直接の怨敵。ただし絶対の上下関係と部下の将来を俺は握っている。


2.フォー。

直接の怨敵。ただし、鉄壁の護衛たる影が彼女についている。ついでに失敗した時の報復が笑えない程鬼畜。


 3.サーシャ様

直接の仇ではないが、兄の目当てだったもの。そして報復するだけの力は無いが、フォーの庇護下にある。即ち彼女を傷つければフォーが敵に回る。


 4.ファイーブ

直接の仇ではないが、常に自分と接敵している。単純な難易度で言えばベリーハードだが、失敗してもリスクは無し。報復も無い。チャンスは常にある。ただし、被検体122番が一番心を許している人物。


この中でお前は選ばれてたってわけだよラッキーボーイ。」


「‥…僕に言わなかった理由は?」


「まあ、お前が殺された理由が俺とフォーを狙う事が出来なかった腹いせって言うのは気の毒だろ。」


ここで兄を責めることはできる。姉を批判することはできる。ペルに僕を恨むのはお門違いだって怒鳴りたてることだって。けれど、それをするのは、違う気がする。


何故かは分からないけど。違う気がするんだ。


だから僕は、兄上の言葉に。


「僕はまだ死んでいませんよ。」


そう言い返すのが精一杯だった。


そんな僕を見て兄上は、懐から白い封筒を取り出して僕の目の前に置いた。


「もう一つのお願いはこれ。彼女からお前宛に預かっていた手紙があってね。」


僕はひったくるように手紙を奪い取り中身を見る。優しく、紳士的に受け取る余裕は無かった。破るように蝋印を剥ぎ、手紙を取り出す。


そこには、達筆な文字でこう書かれてあった。



  ファイーブへ


これを読んでいるということは、貴女は私を殺したという事でしょう。

心優しいあなたのことです。きっと私の為に泣いてくれたのでしょう。

こういえば不謹慎だけれど、私の為に泣いてくれて嬉しいですよ。


これを読んでいる貴女は今、どうしていますか?

泣き虫なあなたのことです。きっと泣いて泣いて、飲まず食わずで泣いて、夜通し中私のことを思ってくれていることでしょう。


不摂生な生活を暮らしているのでしょうか?

休息の大切さを教えてくれたのは貴女ですよ。



一つだけ言わせてください。


貴方は悪くないです。貴女のしたことも、何故したのかも、その必要性も理解しています。


けれど女神教は私の人生だった。故郷だった。そこれは私の家族でした。

そして被検体121番、レッド=ホワイトマスクは私の兄でした。


例え貴方が悪くないと頭で分かっていても。貴方のことが愛おしいと思っても。これが八つ当たりだと分かっていても。


それでも貴方を恨むことは辞めれませんでした。


どれだけ自分の感情が矛盾していると分かっていても。どれだけ私の我儘だと分かっていたとしても。それでもあなたへの憎悪は消せなかった。


貴方のことを想えば想うほど。愛憎は紅蓮の如く私の心を蝕んでいきました。


ごめんなさいファイーブ。貴女に辛いことを強いた私をどうか攻めてください。貶してください。それは貴方にだけ許された権利です。


ねえ、ファイーブ。

貴方は私のことを素敵だと言ったけれど。貴方はきっと私を勘違いしている。


だってこんなにもあなたのことを苦しめるのですもの。



私は強くない。心も、体も、何もかも脆弱で、恨みに流される愚かな人間です。

貴方が私を慕うのは、母として私を見ているからなのです。

幼い頃に母を亡くした貴方には縋る相手がいなかった。


貴方は恋しい母を、甲斐甲斐しく世話する私と思い重ねたんです。

貴方は愛と恋の違いが分からなかった。

だからこんな卑しい私を、こんなにも愚かな私に情愛を向けたのですよ。


ねえファイーブ。貴女の周りには貴女そのものを見せれる相手はいますか?



貴方には甘える相手がいなかった。貴方には弱みを見せれる相手がいなかった。貴方には失敗を見せれる相手がいなかった。

周りは利発なあなたに期待し、そんな相手は用意されなかった。

貴方は子供でいられなかった。


貴方は強くあらねばならなかった。


それが貴方の生き方だと分かっていたとしても。そうすることが貴方の誇りだとしても。


私に甘えて、心を許して、怒って、泣いて、笑って。無邪気な子供に戻ってくれました。


嬉しかったですよ。


これを読んでいる頃には私はいないでしょう。きっと死んでいることでしょう。貴女の嫌いなスリー様から話を聞いていることでしょう。


もしかしたら私のことを恨んでいるかもしれません。私のことを憎んでいるかもしれません。


それでも言わせて下さい。


貴方は私の自慢の人です。


私は貴女を殺したいほど憎んでいます。



そしてそれと同じぐらい貴方の事を心の底から愛してます。


            ペル

                            』


・・・・なんだよ。


・・・・なんなんだよ。



あの老人臭い口調はないのかよ。

あれは只のキャラ付けだったのかよ。


ははは、そうじゃないだろ。


彼女は、僕を愛してくれたんだ。


「さて、そろそろ遺体は焼けて骨だけになったかな。」


窯から取り出した棺の中で眠っている彼女は、博物館でみるような骨になっていて。


白く、滑らかで、所々罅割れていて焦げていている、美しい骨だった。そして錯覚なんだろうけど、その頭蓋骨は僕を見て微笑んでいるようだったんだ。




ああ、くそ。



涙が止まらないなぁ。






「墓標は『ぺル』にして下さいってさ。」


技術の発展とともに、人類にとって必須スキルが出てきた。


それは努力。


努力をすればのし上がれるという社会の構造は、裏を返せば努力しない奴は置いていかれるということ。だから今世では努力をすることにした。


多くは望まない。欲張らない。


世界を救ったり、大発明をしたり、賢王になる気も無い。


ただ昨日より、僅かだけ強くなって。


一時間前より(かすか)に成長して。


それで、君の横で笑っていたかった。


それだけだ。


()()()()()()()()()()()()



「・・・・兄上。」



「何だい?」



「俺、王位継承戦に参加します。」



「・・・そうかい。」



「強くなって、もっともっと力を付けて。全部解決できるようにします。誰もが笑って、誰もが人並みに苦労して、人並みに恋をして、人並みに笑って、人並みに泣いて。誰もが人並みの生活をできるようにします。」



「・・・・そっか。それはいい夢だね。」



「夢ですか。。」



「・・・・ああ。それは不可能だろうね。」



きっぱりと断言する兄。いつも通りヘラヘラしたチャラついた態度だと言うのに、目が一切笑っていない。静かで、穏やかな波のよう。


「でもそういう問題じゃないんだろう?」


「ええ。」


出来る出来ないとか、そう言う問題じゃない。


可能だからするとか。


不可能からしないとかじゃない。


今が無理なら十年後、二百年後、三千年後。そのもっともっと先の子供がやっと掴めるような困難な夢だとしても。


それは諦める理由にはならない。


寧ろそれは続ける理由になる。


未来の子供たちその夢を掴むために僕はその礎となれるのだから。


だから僕は全力でそんな社会を作るよ。それを見て子孫たちが笑って暮らせるようになるのなら喜んで全部を捧げようと思うさ。


「お、日の出の時間だよ。」


橙の陽が、地平線から覗き見る。


僕は照らされた頭蓋骨を手に取って。


「『圧縮(コンプレス)』。」


それは、白くて、所々黒くて。


そして、苦くて甘酸っぱい味がした。



力がいる。


圧倒的な武力じゃまだ足りない。


誰もが従うような権力がいる。全てを手に入れるような財力がいる。


知神の加護を信じている訳じゃない。。。。





けれどペル。





願わくば天之国とやらで見ていて欲しい。





僕の二度目の人生は始まったばかりだ。


感想、意見、お待ちしております。

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