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7.アリスの独白

助けられた側の視点の話になります

 (わたくし)の名前はアリスティーゼ・フォン・クライガーと申します。家族や親しい友人からはアリスと愛称で呼ばれていますわ。大陸の西に存在するウェスティー王国のクライガー公爵家の長女として姓を受け、ただ長女と言っても二人兄がいるため末っ子ですわ。

 代々王国では男が家を継ぐ慣習があり、女である私が家を継ぐことは決して有り得ず、まして兄が二人もいるため万に一つも有り得ませんわ。

 そのため我が家をもっと発展させるための政略結婚の道具として、日夜お稽古に励む毎日。そんな生活にもいつしか慣れてくるもので、しかし突如として終わりを迎えました。


 以前から私は奴隷というものが嫌いでしたわ。ウェスティー王国では奴隷制度を禁止していますが、隣国のサウシー帝国では反対に国が主体となって奴隷制度を認めているとか。奴隷、と一口に言っても様々な奴隷が存在し最低限度の生活は保証されていると記憶しておりますわ。


 ですが人を物として、また()()として扱う行為に嫌悪感がありました。今にして思えば同族嫌悪だったのかもしれませんわね。


 ある日たまたまお稽古が早く終わり、お父様に用事があったので部屋へと訪れました。執事からは執務室にいると訊きましたが、ノックしても返事がなく、何かあったのかと心配になり中へ入りました。


「お父様居ませんか?」


 扉を少しだけ開け中を窺いますがどうやら執務机には座っていないみたいですわね。もしかしたらベットで寝ているのかしら?執務室にベットがあるなんておかしな気もしますが、なんでもお父様曰く、すぐに休むためだそうです。


「フッフッフ、観念するんだ。誰も来やしない」

「……や、やめてください」


 中からお父様の声と聞き取りにくいですが女性の声も聞こえます。ですが屋敷で働いてるメイドの声ではないように思えます。


「お父様居るのなら返事をしてく――」

「なっ!?アリス!」


 お父様が裸の女性の上にのっている光景を見て思わず絶句しました。しかもその女性は裸、と呼ぶには相応しくない物が彼女の首に纏わり付いています。実際に目の当たりにしたのは初めてですので確証はありませんが、ほぼ間違いなくそれは人としての尊厳を奪う奴隷の首輪。実の父が強姦行為に及んでいるだけでも信じられないのに、奴隷がいただなんて……言葉がでません。


「こ、これは違うんだ!決して一方的ではなく……そう!これはそういうシチュエーションなんだよ!」


 だからなんですか!?お父様の性癖なんて知りたくもありませんわ!


「お母様は知っているのですか?」

「…妻には黙っている」

「見てしまった以上、私は見過ごすことはできませんわ」

「頼む!それだけは勘弁してくれ!!」


 公爵家当主で、実の父親が娘に対して土下座をするなんてどう反応すればいいのでしょう?普段の威厳はどこへ行ってしまったのでしょう…。


「お父様だからこそ尚更無理ですわ。浮気現場を見てしまった娘の気持ちにもなってくださいまし。それにずっと秘密を抱えるのは私が耐えられません」

「……そうか、そうだよな。妻には自分で伝えるからアリスは部屋に戻っていなさい」

「わかりましたわ。本来は私のお稽古を増やしてほしい、とお願いしに来たのですがまたの機会にいたしますわ」


 その後自室へと戻り、気分を落ち着かせるため紅茶を頼みました。いつも私の身の回りのお世話をしてくれていたメイドだったので、彼女が淹れてくれた紅茶になんの疑いもなく口に含みました。しかしこれが良くなかったのでしょうね……持っていたカップを落としてしまう程の急激な眠気に襲われ意識がそこで途絶えました。




 △▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△





 気が付いたら海の上。四方を見渡しても何も見えず、頼りないこの小舟が私の生死を握っているのだと知りました。


「……一体何故こんな所に?」


 考えられるとしたらお父様が口封じに――――しかしお父様がそんなことをするなんて信じたくもありません。ですが信じられない光景を見てしまった後では、心の片隅ではひょっとしたらと、受け止めている自分がいます。


「このままでは餓死か溺死か、どちらにせよ死の運命から逃れられませんわ。一か八かに賭けて進むしか……」


 どの方角に行けば大陸が見えるのか、仮に大陸に辿り着いたとしてどう暮らしていくのか。先の見えない不安に押し潰されそうになりますが、一つだけはっきりと言えることがあります。それはこのままでは絶対に助からない。他国との交流を図るため船で海を渡りますが、そう頻繁に――数年に一度くらいしか往来をしないためその船が通りかかるのを待つことは現実的ではありません。


 幸い私は魔法の才能があり、風魔法を使い船を動かすことができました。ただ魔力量は多くないので長時間の行使はできず休憩しながらですが。


 貴族の、まして公爵家の娘としての生活を送っていたので空腹や喉の渇きがとても辛いです。波に揺られているため真っ直ぐ進んでいるのか、いつになったら助かるのか、日に日に心が荒んでいきました。





 △▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△





 恐らく数日は経過し、しかし未だ大陸の影すら見えておらず、体力の限界が刻一刻と近づいてきているのが自分でも感じ取れます。何日もお風呂に入れず、潮風のせいで肌はベトベトで髪もゴワゴワ。おまけにトイレなんかもあるはずもなく貴族令嬢として、まして人としての尊厳も限界にきていました。

 極めつけは漂流生活始まって以来の大嵐。いつ沈んでもおかしくない状況で、矮小な私にできることは必死になって船にしがみつくことだけ――しかし体力の限界を迎えた私は海へと放り出されました。波に呑まれる、という最悪な状況はなんとか回避できましたが、船は流されもはや絶対絶命。


 どうせこのまま死ぬのなら――最後の力を振り絞って私の声を風魔法で飛ばします。こんな嵐の日に出航している船なんて万に一つも有り得ません……ですが、今はその奇跡に頼る他ありませんわ。必死に叫び続け力の限り天へと救いの手を求めました。


「たす、け、てぇ!だれ、かた、すけて、く、ださい」


 海水が流れ込んでくるため片言になってしまいますが、それでも精一杯声の限り叫び続けます。波に拐われいつ死んでもおかしくない、そんな時に――


「すぐに助けるっ!!もう少しだけ頑張ってくれぇ!!」


 終に死神が向かいに来たのでしょう……私の耳にはっきりとした幻聴が聞こえました。どうせ気のせいだと諦め意識が朦朧とするなか、”死にたくない”と踠く私もいました。頭では理解していても本能がそれを拒み必死になって手を伸ばし、まるで誰もいない海の中、"ここにいる"のだと――。


 次の瞬間私の横を白い物体が横切り、尚も幻聴は続き――


「これに捕まれ!」


 頭で考えるよりも先に体が動きそれに触れた。しかし荒れた波の影響と体力の限界が近い私は満足に掴むことができず、けれどこれを手放せば待っている未来は死。掴めないのなら抱えこむまでですわ。


「あと少しだっ!この手に捕まれ!!」


 幻聴がよりはっきりと鼓膜を刺激し、その言葉に従い最後の力を振り絞り天へと伸ばし――救いの手が私を掴む。助からない、と諦めていた私にとって文字通り地獄から救い出され激しく心が揺さぶられました。


「おいっ!大丈夫かっ!!」

「はぃ…」


 力を出し切ったせいで満足に体が動かず声もでません。助かったのだという安堵感と体力の限界からか意識が朦朧となりかけては――


「気をしっかり持て!」


 何度も私に声をかけられその度に体の奥底から力が沸き上がり、きゅっと服を掴み続けました。しかし代償は大きく――この後は忘れたい出来事の連続でした。


 濡れたままいると体調を崩してしまうのは理解できますし、何より家の中を汚してしまうのが大変心苦しかったです。だからと言って殿方に服を脱がされるのは羞恥心で心が張り裂けそうですわ!どうやら殿方は紳士な方で勝手に脱がせるようなことはせず、私に許可を求めそれを承諾したのは私ですよ?でも恥ずかしいものは恥ずかしいのです。どうせならもっと可愛いのだったら――。


 ドレスの代わりに殿方が着せてくれた服は肌触りがとても良かったです。髪も乾かしていただき感謝の念に絶えません。しかしどうして上着だけなのでしょうか?


「横になって寝るか?」

「……(フルフル)」

「なら腹は減ってないか?」

「……(コクッ)」

「よしっ!それなら軽く作るから待っててくれ。もし眠たくなったら遠慮なく寝てていいからな」


 無愛想な返事しかできないにもかかわらず明るく気さくに、常に私のことを気にかけてくれます。疲労感だけでなく恥ずかしさも相まって上手く喋れませんが、決して私が口下手な訳ではありませんよ?


 どうやら料理を作ってくれるらしくお腹がぐぅー、と鳴り空腹を訴えてきます。淑女として恥ずべき音のため聞かれていなかったかとても心配です。さらにこれまで嗅いだことのない良い匂いがして、お腹がはしたなくも鳴り続けます。


「お待たせ。一人で食べられるか?」

「……(フルフル)」

「しゃーない。食べさせてやるから熱かったり、口に合わなかったら言ってくれ」

「……(コクッ)」


 多少は回復してきましたがここは甘えます。下着姿を見られこれ以上の羞恥心などあるはずが――しかし私の考えはとても甘かったとすぐに思い知らされ――


「ほれ、あーん」

「……(もぐもぐ、ゴクン)」


 恋人でもない異性の方から"あーん"されるなんて忸怩たる思いです。しかも自らおねだりするように口を開けてしまい、ちょっと前までは餓死や溺死だと嘆いていましたが今では悶え死に苦しめられています。


 作って下さった料理は、見た目シンプルなもののとても美味しかったです。空っぽだった胃を優しく刺激され堪らずたくさん食べてしまいました。殿方は苦笑いを浮かべていましたが、美味しさと空腹感には勝てませんわ。


「君の事情は後回しでいいから、今はゆっくり休んで体力回復に努めてくれ」


 人間とは単純な生き物でお腹が満たされると次に眠気が。ここ最近満足に寝れていなかったせいもあり徐々に意識が遠くなっていき――これから先どうなるかはわかりませんが、きっと良い未来が待っている、そんな予感を覚えながら眠りにつきました。

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