18.実力行使
『彼らには聞きたいことがあるので、生かして捕らえなさい。多少の怪我くらいはかまいません』
そう水晶から声が発せられた瞬間、傍観者であった女性達3人が臨戦態勢をとった。奴隷だから主人の命令に従っているのか、ズークだけは積極的に動く気配はない。
「ずいぶんと余裕じゃないか」
『滅相もない。人数差は戦闘において極めて重要ですからね。稀に一騎当千の人がいますけど、あーいった人物は例外です』
「確かにあんたは間違っちゃいない―――」
ジリジリと距離を詰めてくる三人。捕らえろって指示しかされていないにも関わらず、三人は距離をとり三方から狙ってくる構えだ。幸い彼女達には武器の携行が見られない。
「しかしな、こちとら魔法使いだ。簡単に捕まると思ったら大間違いだぞ?」
『余程自信がお有りのようですね。まぁ私はいざとなれば逃げますので』
「え?あっしはどうるなんすか!?」
揺さぶって時間稼ぎをしようと試みるも、意に返さない様で何故かズークが一番動揺する結果となった。
「俺が二人を受け持つからアリスは一人を頼む。念のためあの男にも注意を払ってくれ!」
「任されましたわ!」
アリスには見た目人族の女性を任せ、俺は頭からケモ耳の生えた――多分猫耳の――女性と、耳の尖った女性の相手をする。
命令が絶対であろうと、自由を奪えば関係ない。風魔法の操り、彼女達を風で拘束する。風よりかは重力に近いかもしれないが、頭の上から地面へと風を浴びせる。普段は体を浮かせるために、地面から空へと向かって発動させているそれを、逆向きにしているだけに過ぎない。だが、急激の負荷に襲われ地面に縫い付けられる二人。
しかし予想外の出来事というものは、何も相手ばかりでなかった。
魔法を巧みに操り俺の風魔法を相殺し立ち上がる。異世界物の定番ならば、耳の尖った種族はエルフだ。森で過ごし魔法に長けた種族として有名である。目の前の光景を見せられ、闘いの最中にも関わらずつい納得してしまった。
「なかなかやるじゃん。これならどうだ!」
俺の強みは魔法に対するイメージが明確であるため、無詠唱で発動できたり威力が高いこと―――ではない。ほぼ無尽蔵にある魔力が一番の強みだと俺は思う。つまり何が言いたいかといえば、お互いに魔法を発動し続ければ先に相手の魔力が尽きてこちらに分があるって事だ。
先ほどよりも若干魔法を威力を強める。もしここが地球だったら不法侵入に当たるから多少相手が怪我をしても自業自得だ。しかし一方的に相手が悪いからといって命まで奪うことは今の俺には無理だ。そもそも人を殺めた事がある人の方が圧倒的に少ない。たとえ異世界であってもまだ覚悟が足りていない。
「ぐっ…」
最初はうまく相殺されていたが少しずつ押す展開へと変わり始めた。形勢が不利な事は、誰が見ても明らかなのに、抵抗激しく魔法を行使し続ける。
もう一段階強くしようかと思い始めたタイミングで、抵抗がなくなった。
「もしかして魔力切れ?」
限界まで魔力を使い続けると魔力切れをおこし気絶する、と以前アリスから教わった。さっきまでの抵抗が嘘のようになくなり、まるで屍の様に動かなくなった。
「相当魔力を酷使したのね。己の限界を超えるとあの様に気絶するのよ」
ただの独り言だったのに、答えがもたらされ予期していない相手からで余計に驚いた。
「てかアリスの方は終わったのか?」
「ええ、怪我もなく片付いたわ。風魔法を巧く操って気絶させたわ。これもヒロヤに観せてもらったアニメのおかげよ」
どんな内容だったか聞くと、擬似真空を作って気絶させたみたいだ。俺よりも上手に魔法を使いこなしてるな。
「それに奴隷は主人の命令には絶対よ。例え体が悲鳴をあげていても動ける限りは行動し続けるわ。だから彼女は限界を越えて気絶したってわけよ。だからもう一人の方も早い所気絶させないと、ずっと苦しみ続けるわ」
命令には絶対遵守。それを聞いて背中に嫌な汗が流れた。人を人として扱わずまさに奴隷だ。
直ぐ様もう一人の意識を奪った。もし目を覚ました時にまた襲いかかってくるようであれば、その時はあれを使ってどうにかしよう。
「ずっと傍観してたけど、お前は何もしないのか?」
「…あっしはただの連絡係であって戦闘員じゃないでさ!どうか命だけはっ!!」
「命までは取りはしない。ただ手を引かないってなら」
「ここで逃がすと必ずまた来るわ。今よりも多くの人や武器を持ってね」
この世界の感覚でならばアリスが正しいのかもしれない。それでも偽善者と呼ばれようと俺はここで殺しはできない。一度それをしてしまえば、これから先同じことを絶対にしてしまう。
それをしないからこそ、しちゃいけないと感じる。日本でもそうだったが、悪い事を一度でもしてしまえば前もやったから別にいいかと、罪の意識が薄れる。ここでそれは禁止されていなくても、躊躇なくやれるほど俺という人間はできていない。
「それでも俺は殺したりはしない」
「はぁ…ヒロヤは甘過ぎるわね」
『私が言うのもあれですが確かに貴方は甘いですね』
「一度きりだ。また次、同じようなことをしてきたら、今回のように甘くはないさ。俺の気が変わらないうちにさっさと消えるんだなっ」
「そ、そうしやす!ではあっしはこれにて!」
水晶の向こう側にいる奴に吐いたつもりだったのに、何をどう勘違いしたのかズークが脱兎の如く小舟へと走り、止める暇もなく去っていった。
「お、おいっ!!……って聞いちゃいないな。どうすんだよこれ?」
脅しのニュアンスは確かに込めたけどもさ、まさかこうも一心不乱に逃げるとは。どれだけ自分の事だけを考えていたのか。
「気絶したらその前までの命令ってなくなるの?それともまた攻撃してくる?」
「……どうなるのかしら?私にも分からないわ。でもこのままってのもね」
なら仮に命令を実行するとして、起きた時に行動できない様に縄で両手足を縛っておこう。そうと決まればDPを使って縄を購入し、手分けして縛っていく。あとの事は彼女達と直接話してから決めよう。
彼らの処遇をどうするか悩みましたがこれでいこうと決めました。