16.続・???視点
ウェスティー王国を出航してから数日が経過していた。道中の天候にも恵まれ海は穏やかそのもので順調な航海を続けていた。
デッキでは優雅に紅茶を楽しむジャンと、何やら仲間内でカードゲームに盛り上がるズーク達。海上にいることを忘れているのだろうか、と思うような光景である。
海を渡りイーフト聖王国に着くまでの一番の危険は魔物の存在である。しかしながらジャン達が乗っている船には魔物を撃退できる様な設備は整っていない。ではジャン達が魔法使いかと言えば、そうであるがそうでない。
偏に魔法使いは魔法が使える人を指す。生活魔法から大規模魔法まで、どれか使えれば魔法使いである。しかし今回の海上で求められる魔法は、魔物から船を守れるくらいの魔法を使える人。
そう言う意味では、彼らは魔法使いではないと言える。
では何故こうものんびりしているかと言えば、それは船そのものに要因がある。海棲の魔物は、音や匂いに敏感であるとされている。そのためただの船だと、船が通る水飛沫や木の匂いなどで魔物に気付かれてしまう恐れがある。
そう結論付けたかつての研究者が研究を重ね、船底に水の魔道具を取り付け、船そのものを海と一体化させる方法を思い付いた。水の魔道具のおかげで航跡を自然な波へと変え、船に使われた木や金属の匂いを薄める効果を発揮させた。
結果、魔物に襲撃される可能性が大幅に激減したのである。その技術が施されているため、こうものんびりしているのだ。
またウェスティー王国とイーフト聖王国を何度も往き来しているジャンは、どれくらいの水と食料が必要になるかを熟知しているため、慌てることはない。奴隷達には死なない程度に一日一食だけ与え、時折様子を見に行ってる。何より海上にいるせいで、とくにこれといった事がやれる訳もなく、端的に言えば暇なのである。
―――しかしのんびりした時間は唐突に終わりを迎える。船のマストから周囲の警戒をしていた人から、ある報せが届いた。
「見間違いではありませんか?」
「あっしもそう思い、マストから見やしたが確かに島が浮かんでいやした」
イーフト聖王国への航路はいつもと変わらないのに、いつもと違うものがあった。海の真ん中に島などあれば気づかないはずもない、と感じているジャンはどうしたものかと思案に耽る。
まだ距離があったこともあり、船は止まることなく進み、ついには目視でもその島が見える程に近づいた。
「船を停めて下さい」
「しかし、危険では―――」
「いいから停めなさい」
有無を言わせない口調に、思わず返事をしていまい、すぐに船を停めるよう指示を出すズーク。
ただでさえ危険な海上で、船を停めるなど正気の沙汰とは思えないことは、ジャンも十分承知の上である。それでも尚船を停めたのは、視界に映る島が無視出来ない事にあった。
(てっきり無人島だと決めつけていましたが、どう見てもあれは家。つまるところ誰かが生活をしていると。今後の事を考えるならば交流をもっていて損はない)
船を停め再度思考に耽る。イーフト聖王国からウェスティー王国へ来た時に島などなかった。同じ航路を辿っているため見落としたって線はないだろう。従ってここ最近できた島だと推測できる。百歩譲って島はいい、だがどうやら家が存在している事に引っ掛かりを覚えている。
(どうやって家を建てたのか。そもそも何故ここに住んでいるのか。考えれば考える程に謎が深まるばかり…)
「小舟で様子を探ってきて下さい」
「ぇ?マジっすか!?」
急な指名に狼狽えるズーク。それもそのはず、てっきり無視して通り過ぎると考えており、まさか自分がその島に赴くとは予想だにしなかっただろう。
「えぇ本気ですよ。何処の国の人間なのか不明なため、何人か奴隷を連れて行ってその反応を確かめて下さい」
「……わかりやした」
断ろうしたが、きつく睨まれ泣く泣く引き受けてしまった。
(何であっしが…。まぁ最悪奴隷を餌にしてここに戻ってくればいいか)
「連れて行くのは、人族と獣人、それからエルフの三人でいいでしょう」
獣人を毛嫌いすればある程度の出身国がわかるだろう。エルフは美男美女として有名で奴隷として欲しがる人が多い。残念ながら今回いる奴隷は全員女性なので、住んでいる人が女性だとあまり受けはよくないだろう。しかし自分達は多くの商品を扱っている宣伝にはなるだろうし、今後の付き合い次第によっては、大きなメリットがある。
瞬時にそう考え上陸の手筈を整える。
船内へと戻る際にどの奴隷にするかを考えていたため、選んだ三人をデッキへと連れて行く。急に外に出され戸惑う奴隷達をよそに、生活魔法で見た目の汚れを取り除き、見目をよくする。
「これより貴女方はズークと共に目の前に見える島へと行ってもらいます。とは言っても特段することはありません。ズークの指示に従っているだけでいいです」
現在奴隷達の主人はジャンのため、彼の命令を断る事は最初から不可能である。よく分からないままに小舟へと移動し、これまたよく分からない島へと進む。
彼女達は急に外へと連れ出さたため、当初は捨てられるのではと考えていた。だが、話からしてそうではないと知り多少安堵したものの、状況が掴めないでいた。命令に逆らえば首輪から激痛がもたらされる。選択肢など始めからなく受け入れる他はない。幸いついていくだけと、簡単な命令だった事もあり断る内容でもなかった。
しかしこれが運命の分岐点であることを、まだ誰も知らないでいた。
次回から主人公視点へと戻ります