15.???視点
三人称視点で、地の分が多めです。
ウェスティー王国のとある港は、今日も晴天に恵まれ海は穏やかである。港に並ぶいくつかの漁船は朝早くから漁に出るために準備の真っ最中である。ただ、その中で頭一つ―――いや三つは越えるだろう船が停泊していた。
「出航準備に抜かりはありませんか?」
「勿論でさー。あっしらに任せてくだせー」
その船のデッキでは眼鏡をかけ皺一つない服を着た見るからに真面目で高貴そうな男と、相手に対してヘコヘコ頭を下げだらしなく服を着た下っ端男が何やら話していた。話し終えた後、下っ端男が自分の部下に出航の最終確認をするよう号令を出した。すぐにでも出航すると思われる一見何の変哲もない船だが、彼ら以外にも乗船している人達がいた―――。
朝早くいた漁師は彼らが積み荷を積み込む所を目撃していた。きっと何日も海の上にいるのだろう、積み込んでいる人数よりも多い木樽を重そうに運びいれていた。転がした方が楽だろうにがんばるなぁ、と軽口を叩いていた。漁師の予想は大方当たってはいたものの、核心にはつけていなかった。
「では私は船内の様子を窺って来ますので、準備が整い次第目的地に向けて出航して下さい」
「うぃーすっ!」
そう言って高貴そうな男―――ジャンは船内へと姿を消した。
「てめぇら!チャッチャッと準備を済ませて出航すっぞ!」
それを確認した下っ端男―――ズークは先程までのヘコヘコした言動とは裏腹に、部下に準備を忙がせた。彼らが向かう場所は、ウェスティー王国とは正反対に位置するイーフト聖王国。正反対の国でも陸で移動する方が安全で早いにも関わらず、何故わざわざ船を使ってまで赴くのかは、彼らが運ぶ商品に原因があった。
船内へと行き、迷う素振りを見せずに奥の部屋へとたどり着いたジャン。彼の目の前にはズーク達が運びいれた木樽が10個近く並び、木樽しか置いてない部屋なのに、鼻を突く様な臭いが充満していた。顔をしかめながらも中へと入る。
よく見なければ気づけないが、木樽全てには小さな穴が空いており、船内に運び入れる前に中身を確認したはずなのに、わざわざ全ての蓋を空ける。そして―――
「ちゃんと生きてますか?」
唐突に木樽へと話しかけ始めた。否、正確には木樽の中にいる人へと。
そう、木樽の中には人族、獣人、エルフなど多様な人種が入っていた。しかし全員に共通する点も多数存在していた。それは全員が若い女性で、首輪が付けられている点である。
つまり彼女達は何処からか拐われたか、あるいは帝国で奴隷として買われた奴隷達である。ウェスティー王国で奴隷は禁止されているが、見えない部分ではこうして存在しているのが実状である。彼女達奴隷を聖王国へと届けるべく闇奴隷商であるジャンは危険を承知で海を渡る。
わざわざ海を渡るのは、陸からだとウェスティー王国を出る際に、身分や荷物の中身を確認されてしまう。商品を届けると言っても実際に届けるのは人である。飲まず食わずだと死んでしまう恐れがあり、道中食事を与える時に不審がられる可能性があり、また道中の護衛などリスクが多い。
海上の移動もそれなりのリスクがあるものの、一度陸を離れれば人の目につくことは無いに等しい。加えて金払いがいいこともあり、金と危険を天秤にかけそれが左に傾いたのだ。
目的地であるイーフト聖王国は、教皇猊下を頂点とする宗教国家。多数の宗教が存在し崇拝されているが、一番有名なのはなんといっても、デエス教―――ではなくエクラ教である。
聖王国でも王国と同様に、奴隷制度は禁止されているが、嘆かわしい事に敬虔な信徒ばかりではない。上の立場にいながらも私腹を肥やす者がおり、今回はその人物からの依頼を受け奴隷を届ける。
聖王国へと他国から入国する際にも身分と荷物確認が存在する。では船の場合はどうなのか?それは勿論存在する。しかし陸地の国境は国を隔てるための強固な壁があり、壊したり登ったりするのは至難の業。その点海は気づかれずに上陸する事が可能だ。あとは金と権力に者を言わせれば万事解決である。
大事な奴隷が死なれては困るため、こうして自ら確認にきたジャンである。最低限の食事しかなく他者との交流をさせないために樽なんかに入れられているものの、全員息はしていた。
「……生きているみたいで、取り敢えずは安心ですね。長旅で疲れるとは思いますが、着くまで辛抱していて下さい。食事は一日に一回持ってこさせるので」
そう言い残し部屋を後にした。ジャンにとっては彼女達と顔を合わせるのは陸に着いてからになるだろう。彼は王国と聖王国を行ったり来たりを繰り返していた。奴隷を届け、何年間はその地で暮らし奴隷集めに勤しむ。依頼や奴隷が集まったら海を渡り、またその地で暮らす生活をしている。
そのため今回の乗船は初めての経験ではない。過去にも奴隷を運んでいるので、奴隷が死なない程度には食事を与え、奴隷の首輪は特殊な魔道具となっており、これのせいで自害は禁止されている。
彼女達の行き着く先は、人としての尊厳を失われた生活か、あるいは魔物に襲われジャン達と共に海の藻屑として成り果てるか。どちらにしろ地獄でしかない。
誰一人として喋る者を居らず、皆自分の未来に絶望をしている。
ある者は人にはない耳や尻尾のせいで金目的のため人攫いによって奴隷商に売られ、ある者は帝国で借金の末に奴隷となり王国へ流れ着き、またある者は犯罪を犯し奴隷へと落ちた者など、様々な事情の奴隷がいた。救いを求めるが、その手を掴む者はおらず、ただただ祈る他なかった。
だが現実とは無慈悲である。船の準備が整い聖王国へと船は動き出す。海の上に逃げ場などなく彼女達にとっては徐々に首を締め付けられているに等しいだろう。
しかしそんな彼女達の中に救いの手が差し伸べられる、幸運な女性がいた。それは誰も知らず気づいてはいないが、地獄から救い出してくれる救世主の元へと確実に近づきつつあった―――。